ニチアサみたいな魔法少女のいる世界観なのに明らかに設定を間違えたモンスターパニック物に出てきそうな怪生物がログインしてきた話 作:二度見屋
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥォォォォォォォン……!!!
重苦しい低音のサイレンが、避難の完了したD地区のビル街に響き渡っていた。大通りは、乗り捨てられた車両と散乱した看板で埋め尽くされ、激しい地鳴りがアスファルトを絶え間なく震わせている。その破壊の波の中心で、黒い剛毛に覆われた巨躯が咆哮を上げた。
「グアァァァァァァッ!!」
全長六メートルを超える四本腕のクマの悪魔。左右の胸部から不自然に突き出た追加の剛腕が、路肩の街灯を紙のようにへし折り、周囲を威嚇するように振り回している。
「撃て! 怯ませるだけでもいい、魔法少女が来るまでの時間を稼ぐんだ!」
ひしゃげた防護盾の影から、警衛隊の小隊長が叫びを上げた。
一斉に放たれた『銀の弾丸』が、激しい閃光と金属音を伴って悪魔の肉体に突き刺さる。剛毛が弾け、黒い表皮に次々と穴が穿たれる。
人類は数百年前から悪魔の危機に晒されてきた。その間、ただ少女に羊のように守られるだけの立場を良しとしてきたわけではない。膨大な犠牲と、甚大な時間をかけて、人類は悪魔の「弱点」となる物を発見していた。
それが「祈りを込めた銀」である。
悪魔に対して通常の兵器は効果が薄く、まともにやり合えば蹂躙されることは必然である。
だがこの銀の弾丸と小銃があれば、魔力を持たない人間であっても、悪魔に対して抗うことが可能なのだ。
しかし。
「ギシィィィッ!!」
それが通用するのは脅威度のレベルが1~2までの悪魔である。
目の前の、レベル4相当と判断されたクマの姿をした悪魔は、銀の弾丸で撃たれながらも、まるで倒れる様子を見せない。
そのまま悪魔は、鬱憤を晴らすかのように四本の腕を同時に地面へと叩きつけた。局所的な衝撃波が爆風となって走り、警衛隊の急造された防衛線が瓦礫ごと吹き飛ぶ。隊員たちが路上を転がり、無残な悲鳴が上がった。
崩壊した包囲網を嘲笑うかのように、悪魔が逃げ遅れた隊員に向けて剛腕を振り下ろそうとした、その瞬間。
「そこまでよ!」
上空から鋭く響いた声と同時に、悪魔の足元で赤黒い熱波が爆発した。
ドゴォォォォンッ!!
凄まじい衝撃を伴う爆炎が悪魔の顔面を直撃し、その巨躯を強引にのけぞらせる。
煙を切り裂いて路上に舞い降りたのは、真紅のドレスを翻し、星のステッキを構えたアキだった。そしてその頭上、冷気を帯びた氷の結晶を周囲に浮遊させながら、青いドレスを纏ったマリナが滞空している。
待ち望んだ二人の魔法少女の現臨に、戦場に希望の息吹が戻った。
「いくわよ!」
「ええ。かなり頑丈なやつね。一撃で仕留めるわよ」
「分かってる!」
アキがステッキを大きく一閃させると、周囲の空気が急速に歪み、赤熱した六発の火球が円環を成して出現した。
悪魔は新たな標的に向けて、四肢を激しく蠢かせながら突進を開始する。
しかし。
「滑りなさい」
マリナが冷徹な視線のままステッキを突き出す。
悪魔が踏み込もうとした足元のアスファルトが、摩擦を失った鏡のような極低温の氷床へと瞬時に変貌した。
「!? ガァッ!?」
前方への推進力を制御できなくなった悪魔の巨体が、見苦しく体勢を崩して氷の上を滑っていく。
「凍りつけ!」
マリナのステッキから放たれた極低温の波動が、体勢を崩した悪魔の巨体を正面から直撃した。
逃げる隙もなく冷気を浴びた悪魔の全身は、一瞬にして硬質な白銀の氷に覆われていく。針金のような剛毛も、その下の強靭な筋肉繊維も、細胞に含まれる大量の水分ごと例外なくガチガチに凝固し、完全な氷像へと変貌した。
凍結による物理的な障壁。悪魔は身動き一つできず、その四本の腕を振り上げた姿勢のまま路上の真ん中に固定される。
だが、凍りついた体を強引に動かそうとしているのか、氷像がミキミキと不気味な軋み音を立て始めた。表面の氷に微細な亀裂が走る。
「今よ! 炎を叩き込んで!」
「任せなさい!」
アキは大きく跳躍し、ステッキを頭上に掲げた。
ステッキの先に、限界まで圧縮されて白熱した超高温の火球が瞬時に出現する。炎の権能を介してアキの魔力が熱へと変換され、ステッキの先端に凄まじい光となって収束した。
その温度は瞬時に数千度に達し、凍てついた周囲の空気が強烈な熱膨張を起こして爆鳴を上げる。
「消し、飛べッ!!」
アキが振り下ろしたステッキから、白熱した極大の炎の槍が、氷漬けになった悪魔の胸部へと真っ直ぐに突き刺さった。
――凍りついた物質への、急激な超高熱の投射。
極低温から超高温への、刹那の温度相転移。
悪魔の細胞内に閉じ込められていた氷の結晶が、数千度の熱を浴びた瞬間、液体化のプロセスを完全に飛び越えて一瞬にして膨張し、爆発的な超高圧の水蒸気へと変化した。
ドグシャァァァァァンッ!!!
大気そのものを揺らす猛烈な水蒸気爆発が、大通りの中心で引き起こされた。
内側から急激に発生した凄まじいガス圧に、悪魔の硬化した肉体は耐えきれなかった。細胞の一つ一つ、筋肉の繊維の一本一本が内側から一斉に爆裂し、巨大な肉体が物理的に粉々にすり潰されていく。
剛毛も、皮膚も、強靭な骨格も、強烈な水蒸気爆発による剪断力と熱量の前に完全に四散し、塵となって大気へと吹き飛ばされた。
爆風が収まった路上には、黒い煤と水蒸気の白煙だけが立ち込めており、悪魔の肉体は破片すら残らず完全に消し炭となって消滅していた。
「やった……!」
アキが着地し、大きく息を吐いた。
上空から静かに降りてきたマリナも、悪魔の消滅を確認しながら小さく頷く。
「無事に終わったわね。水蒸気爆発、うまくはまったわ」
「ええ。案外楽に片付いたわね」
アキはステッキを握る手に力を込めた。
その表情はすぐに曇り、遠い商店街の方角を見つめる。
「……でも。やっぱりどうしても気になるの」
「あの怪物のこと?」
「そう。……あいつは、今の悪魔とは全然違う性質で動いている」
アキのその疑問は、魔法少女としての戦いの中で培われた鋭い本能そのものだった。
「同感よ」
マリナは冷たい瞳を、怪物が消えた方向へと向けた。
「人を襲う様子はなかったけれど、だからといって安全な存在だとは限らない。今回は追跡を断念せざるを得なかったけれど、次に見つけた時は、確実に仕留めるわよ」
二人の魔法少女が、固い決意を交わす。
その瞳には、迫り来る未知の脅威に対する強い警戒心が宿っていた。
しかし、彼女たちが命がけの死闘を繰り広げ、その不気味な存在感に頭を悩ませていたまさにその頃。
当の「怪物」は、アキたちの心配や警戒など一ミリも気にしていない、極めて静かな空間にいた。
人の気配が完全に消え去った無人の商店街。
ポチはそこをただ当てもなくさまよっていた。
彼には人間社会の常識も、店という仕組みも、お金というルールもわからない。左手に一枚のパンフレットという唯一の情報源をしっかりと握りしめたまま、ただ歩き続けていた。
その時、ポチの頭部から伸びる触角が、風に乗って流れてきたある匂いを捉えた。
それは、生肉の生々しい脂の香り、加熱された小麦や油脂の匂い、そして完熟した果実の甘酸っぱい香りなど、ありとあらゆる「食べ物」の匂いが混ざり合った、強烈に濃密な空気の塊だった。
ポチの肉体は、その魅力的な匂いに惹かれるようにして、自然とそちらの方角へと足を進めていた。
辿り着いたのは、ガラス張りの大きな建物――避難指示によって無人となった、商店街の大型スーパーマーケットだった。
入り口の自動ドアは閉まっているが、その隙間から、さらに濃い食べ物の匂いが漂い出してきていた。
ポチは自動ドアが開くことを待つこともなく、指先を自動ドアの隙間に差し込むと、何の躊躇もなく、ただの薄い板でも破るような軽さでドアを物理的にこじ開けた。
メキメキ、バキィン!
強化ガラスを支持するアルミのフレームが歪み、ポチが通り抜けるのに十分な幅が作られる。
ポチは辺りに散らばったガラス片を踏みつけながら、その巨大な体を滑らせるようにしてスーパーの内部へと侵入した。
空調によってひんやりとした空気の中に、匂いの発信源である無数の食料が並んでいる。ポチは本能に身を任せ、目の前にある食べ物を手当たり次第に食い漁り始めた。
精肉コーナーに並ぶ、パックに入った生肉。
ポチはそれが何なのか、どう調理するものなのかも知らないまま、パックごと肉を掴み、口元の大顎へと運んだ。
パックのプラスチック樹脂やトレイの発泡スチロールごと喉の奥へと流し込んでいく。
ポチは続いて、惣菜コーナーの唐揚げ、製パンコーナーの食パン、青果コーナーのバナナやリンゴを、トレイや袋のまま、次から次へと大顎で噛み砕き、飲み込んでいった。
食べれば食べるほど、全身の細胞が活性化し、その体躯が大きく成長する。
スーパーの棚をいくつかの区画にわたって完全に食い荒らしながら、冷たい店内をゆっくりと徘徊し始めたポチの、額に嵌め込まれた眼球が、あるコーナーの棚の最下段で動きを止めた。
冷気が微かに漂うショーケースの奥に、いくつかの「黄色い物体」が並んでいる。
ポチは、その物体の形状を見て、左手に握りしめていた紙切れ――カグヤから手渡されたパンフレットを広げた。
そこには、カラフルなインクで刷られた幾つかの図形が載っている。
文字を読めないポチは、ただパンフレットに載っている「写真の形状」と、眼前の棚にある「黄色い物体」をじっと見比べ始めた。
パンフレットを縦に持ち、しばらく見つめる。
パンフレットをくるりと半回転させ、逆さまに持ち替えた。
額の眼球が激しく動き、逆さまにしたパンフレットの写真と、実物のプラスチック容器を交互に走査するように見比べる。
黄色い半ドーム状の物質。その上に重なる、暗褐色の液状の層。
ドーム型の透明なプラスチックカバー。
そして、容器の側面に貼られたラベルの、歪なグラフィック。
いくつか写真と差はあるが、この棚にある黄色い物体は、カグヤから提示された紙の「写真」と、同一の立体パターンを持っている。
ポチはその指先で、むんずとそれを摘み上げた。
回収は無事に成功した。ポチは目的の物体を手にしてスーパーを後にした。
彼は無人の大通りを避け、暗いビル風が吹き抜ける裏路地へと侵入。
そこから、カグヤの居る方向へと向けて、移動を開始した。
カグヤが寝転がる、生体組織で構築された「生きたスイートルーム」
内部は、ポチ自身の生化学代謝によって発生する淡い燐光によって、アンバー調の落ち着いた光に満たされていた。
しなやかな筋繊維を重ね合わせ、純白の体毛で覆われたベッドの上で。
「ふはぁ……。よく寝た、寝た。……それにしても、ポチの奴、遅いのう。プリンを取ってくるだけじゃと言うのに」
カグヤはゴロゴロと転がりながら、天井に向けて不満そうに声を上げた。
その時、部屋の天井を形成する組織が、ズズズ……と波打つようにして大きく開いた。
そこから、全身を白い外骨格の装甲で包んだ人型の端末――ポチが、ドスンという音を立てて飛び降りてくる。
「おっ! 帰ってきたか、ポチ! 遅いぞ、妾をどれだけ待たせる気じゃ!」
カグヤがベッドから勢いよく起き上がり、腰に手を当ててポチを睨みつける。
ポチは無言のまま、カグヤの前に歩み寄り、手に持ったプラスチック容器をカグヤの目の前へと差し出した。
「おおおおおっ!! これじゃ! まさにこれじゃ!!」
カグヤの瞳が一瞬にしてパァッと輝いた。
彼女はポチの手から奪い取るようにしてプリンをひったくると、フタを開き、プリンの容器を両手で持ち、そのまま口元へと運んだ。
「いただきまーすじゃ!」
カグヤが大きく口を開け、プルプルのプリンを豪快に吸い込んだ。
「んん〜〜〜〜〜〜っ❤」
カグヤの頬が、至福の表情で緩んでいく。
「美味い! 濃厚な甘みと、このほろ苦いカラメルソースの絶妙なハーモニー! これじゃ、妾が朝から求めていたのは、まさにこのプルプルした贅沢なんじゃ!」
カグヤは一瞬にしてプリンを完食すると、空になったプラスチック容器をペッと床に投げ捨てた。
「満足じゃ! ポチ、お主はなかなか優秀な犬じゃのう。褒めてつかわすぞ!」
カグヤは上機嫌でベッドの上にダイブし、ゴロゴロと寝返りを打ち始めた。
「ふぁ……、美味いものを食ったら、また眠くなってきおったわ。……んじゃ、妾もう適当に寝るから、お主も適当に良きにはからえよ」
カグヤは大きなあくびを噛み殺しながらポチに対してそう適当に命令すると、ものの数秒でスースーと規則正しい寝息を立て始めた。
「…………」
ポチは、ベッドの上の少女へと向けたまま、静かに佇んでいた。
カグヤという、自己を片手間で消し飛ばしうる絶対的脅威。
その脅威を眠らせ、静止状態に保つための最適解は、提示された命令を完璧にこなすことである。
ポチは自身の生存本能に従い、カグヤの要求を遂行し続けることを選択していた。
ポチは無言のまま床面から伸びた生体ケーブルを掴むと、自身の肉体に接続し、再び拠点全体の生体ルームへと意識を同化させていく。
地上で魔法少女たちがどれほど頭を悩ませ、使命感に燃えていようとも。
この地下の歪な平穏は、一人の怠惰な少女の気まぐれと、一匹の怪物の徹底された自衛の本能によって、静かに、しかし奇妙に保たれ続けるのであった。