ニチアサみたいな魔法少女のいる世界観なのに明らかに設定を間違えたモンスターパニック物に出てきそうな怪生物がログインしてきた話 作:二度見屋
D地区の大通りに立ち込めていた激しい白煙と水蒸気が、風にさらされて徐々に薄れていく。
数分前までレベル4の悪魔が暴れ回り、魔法少女たちの凄絶な連携攻撃によって水蒸気爆発が引き起こされた戦場は、今や静まり返っていた。
二人の魔法少女が空へと飛び去った後、警衛隊の車両が物々しい音を立てて瓦礫の処理を開始し始めていた。
その騒乱の跡地を見下ろす、一本の大通りを挟んだ雑居ビルの屋上。
給水塔が落とす深い影の中に、ひっそりと佇む黒い影があった。
細身の体をすっぽりと覆う黒い外套を羽織り、顔面には鳥の嘴を模した不気味なペストマスクを被った男。
悪魔――クロウ。
彼は、人間社会の裏に潜む強力な悪魔たちのコミュニティにおいて、狡猾な参謀の立ち位置にいる存在であった。
他の凶悪な悪魔たちのように強大な直接戦闘能力を有しているわけではない。しかし、彼は自身の影から生み出す無数のカラスの使い魔を街中に放つ能力を持ち、諜報に関しては右に出る者のない情報収集の専門家であった。
クロウはマスクの奥にある赤く細い双眸を明滅させながら、避難の完了したD地区の惨状を静かに見つめていた。
「炎と氷の魔法少女……。なかなかの強さだな」
クロウは掠れた声で小さく呟いた。
今回の悪魔をD地区へと手引きし、意図的に大暴れさせたのは、他でもないクロウ自身であった。
しかし、強力な悪魔を街に解き放ったとはいえ、魔法少女たちとの殺し合いを演じたかったわけではない。彼には別の、明確な目的があった。
先日の深夜、A地区で発生した大規模なビル崩落事故。
あの日、あの場所に、悪魔側から襲撃をしかけた存在はいない。
しかし、現にA地区は、悪魔がやったとしか思えないようなほどの惨状となっている
魔法少女たちが戦った様子もない。にもかかわらず、数棟の雑居ビルが物理的に壁面を抉り取られ、粉々に粉砕されていた。
何が起きたのか。
悪魔でも魔法少女でもない、未知の何かが現場にいたのか。それとも、人類側の偽装工作か何かなのか。
その正体を探るため、クロウはわざとあのクマ型悪魔を囮として解き放ち、アラートを発生させて周辺の人間を完全に退避させた。
無人となった警戒区域を作り出し、自身の使い魔であるカラスたちを放って、周囲一帯を極秘裏に捜索しようとしたのだ。
だが、その調査の最中、クロウが放った一羽のカラスの視覚が、信じがたい「異物」を捉えた。
D地区から数キロ離れた商店街。人々が避難し、無人となったはずの街の中を重い足取りでズン……ズン……と闊歩する、身長二メートルほどの白い装甲に身を包んだ謎の存在。
魔力の気配は一切ない。悪魔でもなければ、妖精の魔力を宿した魔法少女でもないだろう。
最初は謎のスーツを纏った変わった人間かとも思ったが、異様に長い腕や、病的なまでに細い胴体など、その体躯は明らかに通常の人間とも、既知の生物とも異なっていた。
クロウは、自身の使い魔にその存在を尾行させ、その一挙手一投足をつぶさに観察していた。
スーパーマーケットの店内に侵入したその白い異形は、店内の精肉コーナーに並ぶ生肉や、惣菜コーナーの食品を、トレイやプラスチックの包装ごと掴み、大顎で凄まじい勢いで「食い荒らし」始めた。
それは戦闘でもなければ、悪魔特有の恐怖を貪る行為でもなかった。ただ純粋に、自らの質量を補うための、貪欲な生物的捕食活動。
「……なんなんだこいつは……? 火事場泥棒のつもりなのか……?」
さらに奇妙だったのは、腹を満たした後の行動だ。
異形は冷気が漂うデザートコーナーの前に来ると、棚の最下段に並ぶプリンをじっと見つめ、左手から一枚の紙切れ――パンフレットを広げた。
異形はそれを縦に持ち、ジッと何かを考え込むようにパンフレットを眺めていたが、やがてそれをくるりと逆さまに持ち替えた。
額に埋め込まれた眼球を動かしながら、逆さまにしたパンフレットの写真と、実物の容器を何度も交互に見比べ、それが同じ形状であることを確認すると、右手で摘み上げ、食べようとするわけでもなく、そのプリンだけを手に持ったまま、スーパーを後にしたのだ。
「……?」
クロウの知性をもってしても、その奇妙な行動の意図はまったく計り知れなかった。
だが、あの魔力を持たない異形こそが、A地区のビル群を物理的に粉砕した張本人であるという確信が、クロウの脳裏に浮かび上がった。
異形がスーパーから出て、無人の大通りを抜けて裏路地へと消えていく。
クロウは黒い外套を風になびかせながら、自身も使い魔と合流し、その怪物の追跡を開始した。
怪物――ポチの移動は、不気味なほど堂々としていた。
コソコソと身を隠すような仕草は一切なく、ただA地区の方向へと向けて、黙々と歩を進めている。
数十分後、ポチは先日のビル崩落現場の最奥、廃ホテルの瓦礫の隙間へと、吸い込まれるようにして地下へと入っていった。
周囲には、何やら奇妙な見た目の木のような物がいくつか生えているのが見て取れる。おそらく、ここがあの怪物の拠点なのだろう。
クロウは気配を殺しながら、瓦礫の隙間からその地下への空洞へと侵入した。
冷たく暗い、コンクリートと鉄骨の湿った空間を予想していたクロウは、その入り口を抜けた瞬間に、ペストマスクの奥の瞳を驚愕に引き裂かれた。
「な、んだ……これは……」
眼前に広がっていたのは、無機質なコンクリートの地下室ではなかった。
内観はホテルの部屋と奇妙なまでに酷似しているが、壁という壁、床という床が謎の質感の素材で形作られており、よく見るとそれらが全て、生きているかのように脈動しているのが見て取れた。
天井からは、何本か触手のような物が垂れ下がり、それらの先から淡い光を放って部屋を照らしている。
人間の作った機械的な部屋でも、魔法少女のような存在が権能や魔力で作り出したファンタジーな空間でもない。
目の前にあるのは、生物の肉体が、そのまま「部屋の形状」を模倣して脈打っているという、おぞましい生体組織そのものだった。
その部屋の壁に、白い外骨格の装甲をまとった怪物が、静かに佇んでいた。
怪物は床面から伸びた生体ケーブルを自らの肉体に接続し、ジッとそこに立っていたが、侵入してきた黒い外套の影を察知し、ゆっくりと顔をそちらに向けた。
クロウは、ペストマスクの奥から冷徹な声を絞り出した。
「貴様は、何者だ。同胞か。それとも、妖精か人間が造りし人造物か」
ポチの額に嵌め込まれた眼球が、ギョロリと回転し、クロウの姿を正確に捉える。
ポチに魔力を感じ取れるような感覚器官は存在していない。それにポチはまだ、悪魔や魔法少女、人間といった存在の区別すら着いていない。
目の前のこの個体も、多少見た目は異なるが、外で遭遇した二足歩行個体と同様に、布状の外装を身につけており、やはり頭部から特定の音パターンを発している。
なぜここにやって来たかは分からないが、
沈黙が、部屋のドクドクという微かな鼓動の音と共に流れる。
クロウは、ポチから返答がないことに不気味さを覚えたが、同時に、この部屋の中央にある存在に目を奪われた。
しなやかな筋繊維が幾重にも重ね合わされ、純白の体毛で覆われた、不気味なほどに高級感漂う生体ベッド。
その上で、黒いワンピースを身に纏った、八歳ほどの幼い少女が横たわっていた。
カグヤである。
その少女の姿と、その身から溢れる膨大な魔力を見た瞬間、クロウの脳裏に、数々の情報がフラッシュバックした。
クロウは、以前から諜報活動を行う中で、地上の魔法少女たちや妖精の間で「世界征服を目論む、最悪の悪魔の指導者が、少女の姿をしている」という噂が流れているのを知っていた。
クロウにはそれが”なんの事を言っているか分からなかったが”目の前の少女を見て、直感的に「こいつが、奴らが言っていた存在か」と悟った。
魔法少女たちは、この異質な存在を「悪魔の指導者」だと完全に”誤認”しているのだ。
しかし、この少女は一体何者なのか。自分が耳にしていた情報は単なる噂に過ぎず、魔法少女たちが何か勘違いしたのか変な思い込みをしているだけで、そんな少女の姿をした世界征服を目論む存在が実在すると考えていなかったクロウは、カグヤの方向に顔を向けたまま固まってしまった。
ベッドの上で、カグヤの黒いワンピースの裾が、ピクリと揺れた。
「……うっとうしいのう」
カグヤが、眠たそうに目を擦りながら、ゆっくりと上半身を起こした。
その小さな唇から、不機嫌極まりない、しかし酷く子供っぽい声が漏れ出た。
「……ポチ、変な虫を部屋に入れたな?」
カグヤが不機嫌そうに、ペストマスクの男――クロウの方へとその視線を向けた。
次の瞬間、地下室のすべてが変貌した。
「ッ、が、あ……っ!?」
カグヤの小さな体から放出されたのは、莫大という言葉すら生温い、天を圧するような魔力の圧であった。
クロウは無意識に膝を着き、この目の前にいる幼女の姿をした怪物の爪先一発で、己の存在が分子レベルで消し飛ばされることを本能的に悟った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!
生体ルームの壁が軋み、部屋を構成する組織が謎の圧力を感じて収縮する。
カグヤがただ不機嫌そうにそこに座り、魔力を周囲にわずかに漏らした。それだけなのにも関わらず、部屋の中の空気が強制的に押し出されるような、圧倒的な重圧感。
ただそこにいるだけで世界を歪ませる、バグのような存在感。
カグヤは、ペストマスクの悪魔を一瞥すると、底冷えするような声で言い放った。
「汚物以下の畜生風情が妾の眠りを妨げるか。……帰れ、さもなくば、今すぐこの場で塵にしてくれる」
何の気負いもない、ただの邪魔者を払うかのような宣告。
だが、その言葉の裏にある魔力の質量が、クロウの喉元に物理的な刃となって突きつけられていた。
「……ッ」
クロウは、まるで重力が数倍に膨れ上がったような錯覚を覚えながらなんとか立ち上がった。
策略、罠、搦め手。悪魔としての彼が持つすべての手段が、この規格外の理不尽の前にはただの無意味な砂粒に等しいことを、その本能が正確に理解していた。
交渉の余地など、最初から一ミリも存在しない。
「……失礼、した」
クロウは掠れた声でそれだけを絞り出すと、外套を翻し、部屋の隅の影に吸い込まれるようにして消えた。
「ふん、ポチ、次からはこういう有象無象は、中に入れる前に外で片付けておけよ。……って言っても通じておらんのか。めんどくさいのぉ……」
カグヤは大きなあくびを噛み殺すと、再びベッドの上に寝転んで寝息を立て始めた。
「…………」
ポチは、無言のままその場に佇んでいた。
彼にとっては、あの謎の黒い外装の個体が消えたことよりも、カグヤという天災が再び眠りについたことの方が、生存において遥かに重要な事象であった。
ポチは再び生体ケーブルを肉体へと接続し、深く静かに、生体ルームの意識の中へと没入していった。
廃ホテルの瓦礫の隙間から、這い出るようにして夜の闇の中へ躍り出たクロウは、崩れかけたコンクリートに拳を叩きつけた。
「なんなのだ……! あいつらはッ!」
魔力が無くポチと呼ばれていた謎の怪物。
そして、それを従える、自分とは比較にならないほどの莫大な、おぞましい魔力の圧を放つ謎の存在。
あの存在は、ただそこにいるだけで、すべてのパワーバランスを崩壊させる。
あの幼女の気まぐれ一つで、この街、いや人類社会すらも一瞬にして消し炭にされかねない。
魔法少女たちが「悪魔の指導者」だと誤解して警戒しているのもうなずけるが、あれは決して我々の身内ではない。
「この情報を……一刻も早くザラキ様へ伝えねばならん」
クロウは背中からカラスのような翼を広げると、人間社会の裏に潜む悪魔のコミュニティを統べる「真の悪魔の指導者」の元へと向かうため、夜の街の闇へと一瞬にして消え去っていった。