ニチアサみたいな魔法少女のいる世界観なのに明らかに設定を間違えたモンスターパニック物に出てきそうな怪生物がログインしてきた話 作:二度見屋
きらびやかなネオンの光が夜空を焦がす大都市の、さらにその真下に広がる暗緑色の闇。
人間たちが日々の営みに追われ、娯楽や労働に現を抜かしている足元には、彼らが決してその存在を知ることのない、もう一つの社会がひっそりと、しかし確実に根を張っていた。
かつて数世紀前、妖精たちの後を追うようにして地球へと侵入してきた悪魔たち。
彼らはただ破壊を撒き散らすだけの野獣ではない。人間と同等、あるいはそれ以上の高度な知性を備えた上位の悪魔たちは、人間社会の盲点とも言える地下の巨大な廃バイパスや、放棄された大戦時の防空壕といった暗闇に、独自の退廃的なコミュニティを築き上げていた。
悪魔は絶望や恐怖といった負の感情を受信し、それを生命活動の糧とする生物である。彼らにとって人間とは、生存に不可欠な栄養素を産み出し続ける畑であり、家畜に他ならなかった。
より濃厚な、より良質な絶望を効率よく収穫するため、上位の悪魔たちは時に人間に紛れて社会の裏側に潜み、あるいは凄惨な事件や事故の噂を意図的に流布して人々の心に小さな恐怖の種を蒔く。
その悪魔たちのコミュニティの最奥。
重厚なゴシック調の調度品で飾られた、人知れぬ廃地下聖堂の広間に、一つの人影が座っていた。
赤黒いビロードが張られた豪奢な玉座に深く腰掛け、グラスに満たされた怪しく輝く深紅の液体を弄んでいる男。
悪魔たちのリーダーであり、彼らの絶対的な支配者――ザラキ。
吸血鬼を思わせる、端正でありながら病的なまでに白い肌。冷酷なまでの知性を湛えた切れ長の双眸は、闇の中でも獣のように紅く妖しく発光している。身を包むのは、人間の貴族がまとうような仕立ての良い漆黒の三つ揃いのスーツ。
彼がただそこに佇んでいるだけで、周囲の空気は凍りついたように重くなり、広間に控える下級の悪魔たちはその圧倒的なカリスマ性と、強者特有の威圧感の前に、這いつくばって頭を上げることすらできなかった。
「――戻ったか、クロウ」
ザラキは広間の入り口へと視線を向けた。
その声は、チェロの重低音のように静かに、しかし地下聖堂の隅々にまで冷酷に響き渡った。
暗がりから這い出るようにして現れたのは、黒い外套をまとい、鳥の嘴のペストマスクを被ったクロウであった。
「ザラキ様……。ただいま、帰還いたしました」
クロウはザラキの玉座の前まで進むと、深く膝を折り、その頭を畳みかけた。
「随分と魔力が波立っているな。『おとり調査』は失敗したか? あの炎と氷の魔法少女たちに、手ひどくやられたと見える」
ザラキは咎める風でもなく、ただ冷淡に事実を口にした。
彼の衣服は整っており、その姿勢も普段と変わらず静かなものであったが、ザラキの目には、彼の魔力が一時的なノイズにより攪乱されている形跡が見て取れた。
クロウはかぶりを振り、掠れた声を絞り出した。
「いえ、魔法少女どもの連携は想定の範囲内です。彼女たちが悪魔に気を取られている隙に、予定していたA地区のビル崩落現場の惨状を引き起こした存在の調査を行っておりました。……しかし、その調査の最中、驚くべき存在に遭遇いたしました」
「ほう?」
ザラキは初めて、手元で弄んでいたグラスの動きを止めた。その紅い瞳が、マスクの奥のクロウを射抜くように細められる。
クロウは姿勢を正し、その奇妙な遭遇の経緯を極めて淡々と、簡潔に告げた。
「A地区を壊滅させたのは、妖精でも人類の兵器でもありません。魔力を持たない二足歩行の怪物……そして、規格外の魔力を持つ一人の少女です。囮を放って警戒区域を無人にした後、我が使い魔は、街を堂々と闊歩してスーパーの食料を貪り食う身長二メートル超の白い装甲のようなものを身にまとった異形の姿を目撃しました。しかし、その怪物は他の食料はその場で食い漁ったのにも関わらず、プリンだけを回収して裏路地へと消えたのです」
「プリン、だと?」
ザラキは眉を微かにひそめた。クロウの語る怪物の挙動はあまりにも不可解であり、かつて地球上で観測されたどんな生命のテンプレートにも当てはまらない。
「ええ。その怪物を尾行した先は、まさにA地区の崩落現場の地下でした。そこはコンクリートの地下室などではなく、妙な材質で四方を覆われ、床から伝わる微かな脈動によって部屋自体が『生きている』ことを直感せざるを得ない異質な部屋でした。そして、その部屋のベッドに、黒いワンピースを纏った八歳ほどの幼い少女が眠っていたのです」
クロウは一度言葉を切り、ペストマスクの奥にある双眸をザラキへと向けた。
「私は日頃よりカラスを通じて魔法少女や妖精たちの会話を盗み聞きしておりました。奴らはかねてより、世界征服を目論む最悪の悪魔の指導者が、少女の姿をしてどこかに潜んでいると噂し、その存在を『カグヤ』と呼んで極めて強く警戒していました。……人間たちはなぜそんな勘違いをしているのか疑問に思っておりましたが、そこにいた少女の容姿、そして周囲の異質さを目の当たりにした瞬間、私は直感したのです。奴らが恐れていた『カグヤ』とは、まさにあの地下にいた少女のことでしょう」
「ふむ……」
ザラキは静かに顎を引き、クロウの報告の先を促した。
「少女が目を覚ました瞬間、その体内から放出されたのは、天を圧するような魔力でした。私はこの情報を持ち帰るために、即座に退避いたしました。……ザラキ様、以上の遭遇事実とカグヤとやらが有する力を総合し、私は、A地区のビル群を粉砕した張本人は、あの地下にいたカグヤ、あるいはあの白い装甲をまとった怪物、もしくはその双方によるものであると予想しております」
クロウの無駄のない報告が終わり、地下聖堂の広間は水を打ったような静寂に包まれた。
ザラキは静かにグラスを玉座の脇のテーブルへと置き、両手の指先を絡め合わせて、黙考に入った。
彼の紅い双眸は、地下聖堂の闇を見つめたまま、微動だにしない。
冷徹な支配者の脳内では、提示された新たな情報の断片が、悪魔としての生存のための利害計算へと、高速で書き込まれていっていた。
魔力を持たない、謎の白い怪物。
そして、それを従え、不条理なまでの魔力を有するという、カグヤという名の少女。
この二つの理外の存在が、この地上の街に居座っているという事実。
それは一見すると、この人間社会の裏で静かに暮らしている悪魔たちにとって、自らの生存領域を脅かしかねない危険要因であるように思われた。
しかし、ザラキの冷徹で合理的な知性は、その事象を全く異なる角度から見つめていた。
(……カグヤ。そして、その白い怪物。これらの存在は、ただそこにいるだけで、人間たちにこれ以上ないほどの恐怖と警戒を抱かせ続けるだろう。魔法少女どもは、あの怪物と少女を、悪魔の頭目とその手下だと勝手に誤解し、血眼になってその影を追っている)
そう。
地上の人間たちは今、正体不明のビル崩落事故、そして商店街を堂々と闊歩する不気味な巨人の姿に、底知れぬ恐怖を抱いている。
国家規模の悪魔アラートが鳴り響くたびに、避難シェルターへ逃げ込む一般市民たちの心は、言いようのない絶望と、明日の生存への不安で真っ黒に染め上げられている。
そしてその負の感情は、すべて、この地下に潜む悪魔たちへと、極上の栄養素として無尽蔵に供給され続けていた。
(我らがわざわざ姿を現し、危険を冒して奴らに敵対する必要などどこにもない。あの怪物と少女が勝手に街をうろつき、気まぐれに歩くだけで、人間どもは勝手に怯え、絶望し、我らのための食料を量産してくれるのだ)
悪魔たちにとって、これほど都合の良い存在が他にあるだろうか。
カグヤと怪物は、悪魔が生存するために必要な絶望を、リスクなしで勝手に生み出し続けてくれる、極めて優秀な自動生産システム。
効率よく食料を量産してくれる都合の良い『畑』なのである。
「ザラキ様、いかがいたしますか。奴らを、我らの総力を以て奇襲し、あらかじめ排除すべきでしょうか」
クロウが緊張に満ちた声で、次の指示を仰いだ。
ザラキは玉座の背もたれに深く体を預け、低く笑った。
「くだらん。奇襲など、そんな無駄なリスクは取らんでよい」
「では、静観、ですか……?」
「そうだ」
ザラキは紅い目を細め、冷ややかに言い放った。
「あのカグヤという少女と謎の怪物は、我らにとって、勝手に食料を生んでくれる都合の良い存在だ。手出しは一切無用。……クロウ」
「はっ」
「あの新拠点の周囲に、貴様のカラスどもを配し、監視を徹底しろ。我らはあの『益虫』をただ静観し、奴らがもたらす恐怖を、静かに収穫し続ければよい」
ザラキの冷酷な、しかし極めて合理的な命令。
下級悪魔たちは、その支配者のあまりにも打算的な結論に、感嘆の息を漏らした。
「御意のままに、ザラキ様」
クロウは深く頭を下げ、その瞳に、冷静なる打算の光を宿した。
地上の人間たちが、そして正義感に燃える魔法少女たちが、カグヤというバグを倒すために必死に動き回ろうとも。
人間社会の闇に潜む悪魔たちは、ただ冷ややかに、その勘違いがもたらす極上の恐怖を貪り、怪物の「お使い」の陰で、静かに牙を研ぎ澄ませ続けるのであった。