ニチアサみたいな魔法少女のいる世界観なのに明らかに設定を間違えたモンスターパニック物に出てきそうな怪生物がログインしてきた話 作:二度見屋
街の喧騒から外れた裏通り。古びた煉瓦造りの一角に、喫茶店『クローバー』はひっそりと佇んでいた。
CLOSEDの札がかかった扉の内側で、香ばしい珈琲の香りが漂っている。カウンターの奥では、ショートヘアの女性——シズカが、アキとマリナの二人の会話を静かに聞いている。
「——というわけで、拠点は見つけたのに、結局仕留めれなかったのよ」
テーブル席で、アキが憮然とした表情でカップを傾けた。向かいに座るマリナは、アイスティーの氷をストローでカラカラと鳴らしながら、冷静に補足する。
「あの白い怪物、一体倒したと思ったら、地下からもう二体出てきたの。多分、あの二足歩行の個体は、あれにとっては使い捨ての分身みたいなもので、本体が無事な限り無限湧きするタイプなのかもしれないわ」
「でも、その部屋ってのが敵の体そのものなんでしょ?」
シズカが、淹れたてのコーヒーをお盆に乗せて運んできた。湯気の立つカップを二人の前に置きながら、椅子に腰を下ろす。
「ええ。一度部屋に入ったけれど、壁も床も天井も、全部が脈打ってた。あんな場所に踏み込んで戦うのは自分から敵の胃袋に飛び込むようなものよ。だから前回は、あいつらを地上に引きずり出そうとしたんだけど……出てきたのは分身だけ。肝心のカグヤと部屋本体は地中深くに潜ったまま動かなかった」
二人の肩の上では、妖精のイオとレミが、それぞれの主人の言葉に合わせて明滅していた。
「悔しいっすよ……! あと一歩だったのに!」
赤いイオが上下に激しく揺れる。
「落ち着きなさい、イオ。攻めきれないと見て退いた判断自体は、正しかったのですから」
青いレミが、お淑やかにたしなめた。
シズカは頬杖をつき、少し考えるそぶりを見せた。
「それで今日は、その怪物と——カグヤ、だっけ。あの子をどう攻略するか、その作戦会議ってわけね」
「そういうこと」
アキが身を乗り出した。
「シズカさんはOGで、私たちより悪魔のことにも魔法のことにも詳しいでしょ。だから知恵を貸してほしいの。次は絶対に、あいつらを倒したい」
シズカはコーヒーを一口含み、ゆっくりと言葉を選んだ。
「うーん……正直に言うとね。話を聞く限り、私はそのカグヤって子が『悪魔の親玉』だっていう前提が、そもそも怪しいと思ってるんだ」
「どういうこと?」
アキが怪訝そうに眉を寄せて聞き返す。
「まあ、聞いて」
シズカは続けた。
「あなたたちが戦った、その魔力の無いっていう白い怪物。商店街でケーキ屋に押し入って、ケーキを一つだけ持って帰ったって言ってたわよね。人間には目もくれずに」
「そうよ。意味が分からないわ。悪魔のくせに、人を襲わずにケーキだけ……」
「そこなのよ」
シズカの瞳が、すっと真剣みを帯びた。
「悪魔は、人間の絶望や恐怖を糧にする生き物でしょう。悪魔たちにとって、お菓子なんて栄養にも何にもならないはず。それなのに、その怪物はケーキに固執した。これは、悪魔の行動原理じゃ説明がつかないの」
マリナがストローから口を離し、鋭く反応した。
「つまり、あの怪物は悪魔じゃない。悪魔とは別の、未知の何かだと?」
「私はそう見てる」
シズカは頷いた。
「そして、その怪物を従えてるカグヤって子も、悪魔とは違う何かなのかもしれない。あなたたちは『悪魔の親玉』だと思って戦ってるけど、その認識が間違ってると、攻略の方針そのものを見誤るかもしれないわよ」
アキは腕を組み、むっつりと黙り込んだ。
「……でも、現にあいつは『世界征服する』って公言してるし……悪魔だろうが何だろうが、街を脅かす存在なら、倒すべき敵には変わりないわ」
「それは、そうなんだけどね」
シズカは小さく苦笑した。理想に真っ直ぐなアキの性格は、こういう時に頑固さとなって表れる。
「ただ、敵の正体が分からないまま突っ込むのは危険だ、って言いたいだけよ。少なくとも、あの怪物が人間を襲わないっていうのは、あなたたちにとっては好都合じゃない。一般市民を人質に取られる心配がないんだから」
「確かに、それは一理あるわ」
マリナが顎に手を当てた。
「あの怪物の非好戦性は、戦術を組む上で重要な要素ね。こちらが攻撃しない限り、向こうから手を出してこない。だとすれば、あの拠点だけを叩けば、市民を巻き込むリスクは低い」
「問題は、その『供給源を叩く』方法、ってわけね」
シズカが話を引き戻す。
三人は、しばし黙考に沈んだ。
「……やっぱり、外から炙り出すしかないんじゃない?」
アキが口火を切った。
「前回みたいに分身が地上に出てくるんじゃなくて、大元の部屋そのものを地上に出させて、私の炎とマリナの氷で本体ごと焼き尽くせばいいのよ」
「言うのは簡単だけど」
マリナが冷静に水を差した。
「あの部屋は地中深くにあるのよ? よっぽどのことがない限り、大元そのものが地上に出てくるとは思えない。前回だって、出てきたのは使い捨ての分身だけだったでしょう? それにいくら私たちでも、あの機動力の怪物たちを相手にしながら、地下の本体へ意識を割いて攻撃するのはリスクが高すぎるわ」
「うっ……それもそうね」
「それに」
マリナは続けた。
「仮に大元を引きずり出せたとしても、カグヤが残ってる。あんな怪物を従える存在よ? あいつに関しては、手の内も何も分かってないわけだし……」
その言葉に、アキも顔を曇らせた。
「……一つずつ、潰していくしかないんじゃない?」
シズカが口を開いた。
「カグヤって子の力がどんなものか、もっと観察する。あの怪物の本体を引きずり出す方法を探る。今すぐ全部を解決する手はない。でも、相手の手の内を一つ一つ暴いていけば、いつか突破口は見えるはずよ」
「……そうね」
アキが、ゆっくりと頷いた。
「焦って突っ込んで、また攻めきれずに終わるよりはマシだわ。次に動くときは、もっと相手のことを調べてからにする」
「それがいいわ」
シズカが、安堵したように微笑んだ。
「無理だけはしないでね。あなたたちは、街にとって大事な希望なんだから」
その言葉に、アキは少しだけ表情を和らげた。
こうして、喫茶店での作戦会議は、決定打のないまま、しかし冷静な方針を確認する形で幕を閉じた。
二人は、次の機会に向けて、まずは敵の情報を集めることを誓い合い、店を後にした。
———
その、まさに同じ頃。
A地区の崩落現場、ポチの拠点の真上では、まったく別の事態が進行していた。
ものものしいエンジン音とともに、複数台の警衛隊の装甲車両が、瓦礫の山を取り囲むように展開していた。
黒いタクティカルギアに身を包んだ隊員たちが次々と降り立ち、「銀の弾丸」が装填されたアサルトライフルを構える。彼らの視線の先には、瓦礫の隙間から天に伸びる、あの不気味な生体組織の幹があった。
指揮を執る中年の隊長が、双眼鏡でその異様な光景を見据えながら、隣の副官に問いかけた。
「……分析班の見立ては?」
「はっ」
副官がタブレットを操作しながら答える。
「先日来、当該区域で目撃されている二足歩行型の個体がここの地下へ入る様子を衛星が捉えていました。ソナー探査によると、この植物のような物体は地下にまで根を生やしており、これらの存在は同一個体、そうでなくても、関連した存在であるとの見解を示しています」
「脅威度の評価は」
「それが……」
副官は、少し言いよどんだ。
「目撃情報を総合する限り、当該個体の脅威度は、極めて低いと推定されます」
「低い? これだけのビルを崩落させた個体がか」
隊長が訝しげに眉を上げた。
「はい。確かに、このA地区のビル崩落は当該個体の関与が疑われています。しかし——」
副官が、タブレットの画面を隊長に向けた。そこには、商店街の防犯カメラが捉えた、ポチの行動記録が映し出されていた。
「先日、C地区の洋菓子店『パティスリー・ルミエール』に当該個体が侵入した際の記録です。当該個体は、店内に多数の一般市民が居合わせていたにもかかわらず、誰一人として襲撃しておりません。それどころか——」
副官が画面をスワイプする。
「ショーケースから、洋菓子を一つだけ持ち去り、そのまま退去しております。死傷者はゼロ。器物損壊のみです」
隊長は、その映像をまじまじと見つめた。白い異形の怪物が、ガラスを叩き割り、ケーキを一つ掴んで悠然と店を出ていく、シュールな光景。
「……ケーキ、だと?」
「はい。当該個体の行動は、人類に対する明確な敵対意図を示しておりません。そのため、その戦闘力自体は極めて低いと分析されます。A地区の被害に関しても、当該個体ではなく、別の悪魔によるものではないかとの分析が有力です。……ゆえに、脅威度評価はレベル1相当——通常の警衛隊戦力で対処可能、という判断が降りています」
隊長は、しばし黙考した。
確かに、これまで出現してきた悪魔とは、行動原理がまるで異なる。人を襲わず、菓子を奪って帰る怪物。そこに、人類を滅ぼすような凶悪な意志は感じられない。
「……警戒は怠るなよ。レベル1という評価が正しかったとしても、悪魔は悪魔だ。」
隊長は双眼鏡を下ろし、無線機を口元に寄せた。
「全隊に告ぐ。これより作戦を開始する。目標は、地下に隠れている二足歩行型の悪魔の駆除。突入準備にかかれ」
『了解』
無線の向こうから、隊員たちの応答が返る。
重武装の警衛隊員が、瓦礫の穴を目指して、じりじりと包囲網を狭めていく。
———
地下の生体ルーム。
純白のベッドの上で、カグヤは規則正しい寝息を立てていた。ポチをからかい、ひとしきり遊んだ後の、心地よい惰眠の最中である。
その時、生体ルームの天井を構成している組織が、地表から伝わってくる微かな振動を捉えた。
複数の、二足歩行個体の足音。そして、嗅ぎ慣れない金属と火薬の匂い。
ポチの神経網が、警戒のパルスを走らせる。
また、二足歩行個体が近づいてくる。だが、その個体群は、炎を放つ個体とも、氷を放つ個体とも、異なる匂いと装備を纏っていた。
これは、未知の脅威なのか。それとも——
ポチには、まだ判断がつかなかった。