ニチアサみたいな魔法少女のいる世界観なのに明らかに設定を間違えたモンスターパニック物に出てきそうな怪生物がログインしてきた話 作:二度見屋
「突入!!」
隊長の声を合図に、黒い装備に身を包んだ隊員たちが、天井の開口部をこじ開けて続々と生体ルームの内部へとなだれ込んできた。
彼らは周囲の異様な光景に気圧されることなく、すぐに訓練された動きで散開し、銃口を上げた。
そして、その銃口の先に——壁際に佇む白亜の怪物、ポチの姿を捉えた。
「目標を視認! 当該個体、確認!」
「撃て!」
隊長の号令と同時に、複数のアサルトライフルが一斉に火を噴いた。
タァン! タァン! タァン!
「銀の弾丸」が、けたたましい銃声とともに、ポチの白い装甲へと殺到する。
ポチの神経網が、その現象を高速で解析した。
小さな金属の塊が、高速で自己の肉体へと衝突してくる。装甲の表面が欠け、わずかな衝撃が走るが、ブーリガン構造の外骨格はその程度の運動エネルギーをいともたやすく受け流していた。
しかし——ポチは、即座に反撃しなかった。
この金属塊の射出が、果たして「攻撃」なのか。ポチには、まだ確定できなかったのだ。
ポチがこれまで「攻撃」と認識し、反撃や回避の対象としてきたのは、自己の肉体に致命的な損壊をもたらす事象——アキの数千度の炎、カグヤの理不尽な運動エネルギー。──だけだった。
それらと比較して、この小さな金属塊がもたらす損傷は、あまりに微小だった。装甲をわずかに削るのみで、いくつかは装甲の隙間の肉質に当たって組織に食いこんでいるものもあるが、この程度の細胞の損壊は瞬時の再生で完全に補える。
顔に飛んできた金属塊を掴み取り、まじまじと観察してみてもこれが何なのか理解できない。
これは、自己の生存を脅かす「攻撃」なのか。それとも、無視して構わない些末な刺激なのか。
判断材料が足りない以上、能動的な反撃はリスクを伴う。
ポチは、これまでの学習に従い——最も安全な選択肢を取った。すなわち、静観である。
ポチは飛来する弾丸を、複眼で正確に捉えながら、一切の反撃をせず、ただ無言で、その金属の雨をやり過ごし続ける。
「き……効いてないのか!?」
「弾を掴み取ったのか?! あの巨体でなんて動きしやがる!」
隊員たちの間に、動揺が走った。
銀の弾丸は、悪魔に対する切り札であるはずだった。
しかし、目の前の白い怪物は、その弾丸を意に介すどころか、今も掴み取った弾丸を手の中で転がしながら眺めている。それでいて、反撃してくる素振りもない。
ただひたすらに、攻撃を「やり過ごす」だけの異形。その不気味さに、歴戦の隊員たちの背筋が凍りついた。
「ひるむな! 撃ち続けろ! 弾幕を張れ!」
隊長の怒号が飛び、銃撃がさらに激化する。
無数の銃声が、密閉された生体ルームの中で反響し、轟音となって空間を満たした。火薬の匂いが立ち込め、いくつかの弾丸は跳弾となって壁や床に食い込む。
そして——その轟音と振動は、純白のベッドの上で惰眠を貪っていた、一人の少女の眠りを、無遠慮に揺さぶった。
「……んぅ」
カグヤの黒いワンピースの裾が、ピクリと揺れた。
「……やかましいのう」
寝ぼけ眼を擦りながら、カグヤがゆっくりと上半身を起こす。その小さな顔には、ありありと不機嫌の色が浮かんでいた。
「妾が、せっかく気持ちよく寝とったのに……」
カグヤがじろりと睨んだ先には、ポチに向かって銃を乱射する、無数の警衛隊員たちの姿があった。彼らは突如として体を起こした幼い少女の存在に、一瞬ぎょっとして銃口を逸らした。
「こ、子供!?」
「民間人か!? なぜこんな場所に!」
困惑する隊員たちを、カグヤは心底鬱陶しそうな目で見回した。
「……やかましい虫ケラどもじゃな」
その瞬間。
カグヤの小さな体から、ぞわりと、空気を凍てつかせるような気配が立ち上った。
天井を構成する生体組織がミシリと軋み、室内の空気が、見えない重圧によって強制的に押し縮められる。歴戦の警衛隊員たちが、その正体不明の威圧感に、本能的な恐怖を感じて後ずさった。
「な、なんだ……この、圧は……!?」
「……息が、できねえ……!」
カグヤは、ベッドの上にぺたんと座り込んだまま、面倒くさそうに頬を掻いた。
「あー、めんどくさ。いちいち相手にするのも億劫じゃ。……ポチ」
カグヤはポチへと気だるげに視線を向けた。
「もうここはやかましゅうて敵わん。引っ越すぞ。もっと静かで、誰も来ん面倒のない場所へ移動せい。……分かったら、さっさと動け」
ポチの神経網が、その音声を受信した。
「ポチ」——これは、自己を指す識別標識である可能性が、これまでの統計解析で高まっている。
そして、続く音声の中に、ポチが断片的に意味を掴みつつある単語が含まれていた。
「イドウ」「ウゴケ」
これらの音は、過去の状況において、物理的に位置を変える行動と相関して発せられることが多かった。
統合すると——おそらくこの
ポチは、即座に行動を開始した。
カグヤという最大の脅威の要求に応えること。それが、自己の生存において最優先される事項である。
地下の生体ルーム——それは、ポチ自身の肉体の一部である。壁も、床も、天井も、ベッドも、すべてがポチを構成する細胞群によって形成されている。
ポチは、その巨大な肉体全体と繋がる生体ケーブルを介して、一斉に変形の指令を伝達した。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!
突如として、生体ルームの壁が、床が、激しくうねり始めた。
「な、なんだ!? 部屋が動いてる!?」
「地震!? いや、違う……壁が、潰れるぞ!?」
警衛隊員たちが、足元の揺れに体勢を崩し、パニックに陥った。
部屋を構成していた硬質なキチン質の壁面が崩れ、赤黒い筋繊維が剥き出しになって激しく蠕動する。天井が垂れ下がり、床がせり上がり、空間そのものが巨大な生物の内臓のように収縮を開始した。
ポチは、自己の肉体を、移動に適した形態へと再構築しようとしていた。
部屋という静的な構造を捨て、四肢を持つ巨大な四足歩行の獣の形へ。
しかし、その変形の過程で——室内にいた十数名の警衛隊員たちが、うねる肉の壁に飲み込まれ、ポチの体内へと巻き込まれていった。
「うわあああっ!? 飲み込まれる!?」
「隊長! 体が、壁にっ……!」
肉の壁に絡め取られ、もがく隊員たち。
だが、ポチは彼らを捕食しようとはしなかった。
ポチは既に学習している。
彼らは、こちらから手を出さない限り、いずれ
それに、今この瞬間、ポチに与えられた最優先タスクは「捕食」ではなく「移動」である。
ポチは、変形してうねる肉体の内部で、巻き込んでしまった隊員たちを、消化することなく、再び体外へと押し出していった。
ブジュッ、ブジュッ、という粘着質な音とともに、体液まみれの隊員たちが、ポチの肉体の表面から、次々と地表へと吐き出されていく。
「ぶはっ!? な、なんだこれは……!」
「外に……放り出された!?」
体液で全身をぬめらせた隊員たちが、瓦礫の上に転がり出る。彼らは一人として、致命傷を負ってはいなかった。ただ、得体の知れない肉の塊に飲み込まれ、そして吐き出されたという、悪夢のような体験に呆然とするばかりだった。
そして——すべての隊員を吐き出し終えたポチの肉体は、ついにその全容を地表へと現した。
瓦礫の山を突き破り、A地区の崩落現場にせり上がってきたのは、全長十数メートルにも及ぶ、巨大な四足歩行の肉塊であった。
「て、撤退! 全隊、退避ぃ——!」
吐き出された隊長が、無線機に向かって絶叫する。彼らには、もはやあの巨大な怪物を止める術はなかった。レベル1相当という当初の評価が、いかに的外れであったか——その事実を、彼らは身をもって思い知らされていた。
巨大な肉の獣は、夜の街を縫うように疾走した。
その際、ポチは追跡を撹乱するための工作も忘れなかった。
移動の途中、ポチは自らの肉体の一部を、いくつもの塊として切り離した。切り離された塊は、それぞれが独立した獣の形をとり、本体とは異なる方向へと散り散りに走り去っていく。
どれが本体で、どれが囮なのか。追跡者にはもはや判別がつかない。複数に分かれて夜陰へと散開する肉塊の群れは、人類の追跡の目を、完全に欺いていた。
そのうちのいくつかは、しかし獣の形すらとらなかった。
走行の合間に肉塊たちは、さらにその体を細かく分裂させていき、小さな肉片のような姿にまで小さくなると、路地の暗がりや瓦礫の隙間へするりと潜り込み、そのまま物陰にへばりついて動きを止める。
一見すればただの取りこぼし。剥がれて死んだだけの肉片にしか見えない。
だがそれらは死んではいなかった。
彼らもまた、細胞単位で進化し続ける生命体なのだ。
それらの肉片は、環境に即した肉体──昆虫やトカゲなどの小動物と似た形状──に姿を変えて、人類の追跡の目を見事に欺いていた。
本体の獣は、いくつもの建物の陰を伝い、無人の路地を駆け抜け、やがて街の郊外へと到達した。
ポチの感覚器が、新たな潜伏先の候補を探索する。
このまま新しい場所に移動したとしても、今回のように他の二足歩行個体に居場所がバレれば、再度移動を命令される可能性がある。
ならば目指すべきは、人気がなく、静かで、外部からの干渉を受けにくい場所。
やがてポチが見つけ出したのは、街の外れにひっそりと佇む、廃棄された地下変電所跡だった。
かつて街に電力を供給していたその施設は、すでに役目を終え、巨大なコンクリートの躯体だけを残して打ち捨てられていた。地下深くまで広がる広大な空間。分厚いコンクリートの壁。そして、何より——他の二足歩行個体の気配がまったくない。
ポチは、その地下施設の入り口へと巨体を滑り込ませた。
地下の広大な空間に到達すると、ポチは再びその肉体を変形させ始めた。
四足歩行の獣の形態を解き、巨大な肉塊が地下空間いっぱいに広がっていく。壁を、床を、天井を、再び自己の生体組織で覆い尽くし——かつての廃ホテルの地下と同じ、あの「生体ルーム」を再構築していった。
硬質なキチン質の壁。淡い燐光を放つ天井の触手。そして、部屋の中央に鎮座する、純白の体毛に覆われたベッド。
さらにポチは、地表へと向けて光合成のための器官と、地下へ向けて無機物を抽出するための根を、慎重に、目立たぬよう張り巡らせていった。
今度は、前回のように地表に大きく露出させることはせず、廃墟の構造に紛れ込ませるようにして、壁に沿って這うように、まるでツタのような形状に組織を変異させた光合成器官を生み出した。
数十分後。
打ち捨てられた地下変電所の最奥には、外部からは決して気づかれることのない、あの異質な生体ルームが、完璧に再構築されていた。
「うむ。ここは静かで良いのう」
ベッドの上で、カグヤが満足げに伸びをした。
「これでようやく、ゆっくり眠れるというものじゃ。ポチ、よくやった。褒めてつかわす」
カグヤはそう言い残すと、純白のベッドへと顔をうずめ、ものの数秒で再び規則正しい寝息を立て始めた。
壁際に佇むポチは、無言のまま、その様子を見守っていた。
絶対的脅威の要求を満たし、その静止状態を維持すること。それが達成された今、ポチの神経網は、再び平時のタスクへと処理を戻していく。
地表からの光を浴び、無機物を吸い上げ、莫大なエネルギーを蓄えながら——ポチはまた、収集した膨大な音声データの解析を、静かに再開するのだった。
———
事件の顛末を、アキとマリナが知ったのは、翌日のことだった。
昼休みの喧騒に包まれた、中学校の教室。
窓際の席で、アキは購買で買ったパンをかじりながら、退屈そうに頬杖をついていた。午前中の授業の疲れか、その顔には気だるげな色が浮かんでいる。
そこへ、隣のクラスのマリナが、自分のスマートフォンを片手に、つかつかと歩み寄ってきた。
「ねえ。ちょっと、これ見て」
マリナは空いていた前の席の椅子を引き、アキの机に向かい合うように腰を下ろすと、声を少しだけ潜めた。周囲では、同級生たちが思い思いに昼食をとり、笑い声を上げている。うかつな話はできない。
「何よ、改まって」
アキも、つられて声のトーンを落とす。
マリナが差し出したスマートフォンの画面には、ニュースアプリの速報記事が表示されていた。
『——昨晩未明、A地区の崩落現場跡地にて、警衛隊による大規模な制圧作戦が実施されました。関係者によると、作戦の標的は、先日来同地区で目撃されていた二足歩行型の悪魔であるとのことですが、作戦は失敗。現在、当該悪魔は、巨大な姿に変貌して逃走し、現在も行方は分かっていません。なお、突入した隊員に死者はなく、全員が生還しています。警衛隊は今回の件を元に、この二足歩行型の悪魔の脅威度をレベル3以上に相当するとの見解を──』
「……っ、警衛隊が、あいつらの拠点に!?」
アキが思わず声を上げかけ、慌てて口をつぐんだ。ちらりと周囲を窺うが、誰もこちらに注意を払ってはいない。アキはパンを置き、画面に顔を近づけて、ひそひそと続けた。
「私たちが知らないところで、こんなことになってたの……? 昨日の今日でしょ」
「みたいね」
マリナは冷静にスマホの画面をスクロールさせた。
「私たちが拠点を見つけた後、警衛隊も独自にあの場所を突き止めてたってことでしょう。それで、昨日突入した。……でも、結果は作戦失敗。逃げられてる」
「逃げられて、って……あの部屋ごと逃げたってことなのかしら?」
「『巨大な姿に変貌して逃走』ってあるから、おそらくね」
そこまで言って、アキは、ふと違和感を覚えた。
時刻は、昼休みの真っ最中。周りの生徒は皆、弁当や購買のパンを机に広げている。それなのに、目の前のマリナは、何も食べていない。手にしているのはスマートフォンだけで、昼食を食べる素振りすら見せていなかった。
「……ねえ、マリナ。あんた、お昼は?」
アキが、訝しげに問いかける。
「食べないの? もう昼休み、半分過ぎてるわよ」
マリナは、わずかに視線を逸らした。
「……いらないわ。ダイエット中よ」
「ダイエット……?」
アキは、きょとんとした顔でマリナを上から下まで眺めた。すらりとした体型のマリナに、ダイエットなど無縁に思えたからだ。
しかし、数秒の間を置いて——アキの口元が、にやりと吊り上がった。
「……マリナ」
アキは、じとっとした目で幼馴染を見つめた。
「あんた、タクヤくんが痩せてる子がタイプって言ってたの、気にしてるわけ?」
その瞬間、マリナの頬が、かすかに赤らんだ。
普段はクールで論理的な彼女が、めずらしく動揺を見せる。だが、それも一瞬のこと。マリナはすぐにいつもの澄ました表情を取り繕うと、すっと立ち上がった。
「……あなたには関係ないでしょ」
それだけを言い残し、マリナはスマートフォンを手に、足早にアキの席から離れていった。その耳が、ほんのり赤いままだったことには、本人も気づいていない。
「あー、図星だ。素直じゃないわね、ほんと」
アキは、去っていく幼馴染の背中を眺めながら、くすくすと笑った。
街の運命を左右する、得体の知れない怪物。その謎を二人で追いながらも、片思いに一喜一憂する、ごく普通の中学生。
そのアンバランスな横顔を、誰に知られることもなく。
やがて、昼休みの終わりを告げる予鈴が、けたたましく校舎に鳴り響いた。
アキは、ニュース記事の最後の一文を、もう一度だけ脳裏でなぞった。
——『突入した隊員に死者はなく、全員が生還しています』
(……人を襲わない、怪物)
賑やかな教室の喧騒の中で、アキの胸に、ふと、ひとつの問いが残る。
街を脅かしているはずなのに、武装した部隊に攻撃されてなお、誰一人殺さずに逃げ延びた怪物。
シズカの言葉が、脳裏をよぎる。
——あの怪物は悪魔じゃない。悪魔とは別の、未知の何か。
(あいつらは、本当に、私たちが倒すべき敵なの……?)
その問いに答えを出せぬまま、アキは午後の授業を受けるべく、のろのろと教科書を取り出した。
中学生としての、ありふれた日常。その裏で、彼女たちは街の運命を抱えている。
逃げ延びた怪物と少女は、新たな静寂の底で眠りにつき。
そして、彼らをめぐる謎は、いっそう深まっていくのだった。
AIくんに聞いたところ、地球上で現在確認されてる生物の中で、反射神経が一番高いのはアシナガバエという昆虫で、約0.005秒未満で反応できるそうです。(人間は約0.15秒)
同様に、動体視力が一番高いのはクロタマムシの仲間で、一秒間に400コマの映像を認識できるそうです。(人間は1秒に60コマ)
つまりこのレベルまでなら、理論上生物でも可能な範囲ということなので(暴論)それを元に計算してもらったら(腕にかかるGや衝撃を無視すれば)8m以上の距離からなら初速が900m/sのライフル弾を掴み取れるらしいです。