ニチアサみたいな魔法少女のいる世界観なのに明らかに設定を間違えたモンスターパニック物に出てきそうな怪生物がログインしてきた話 作:二度見屋
地下変電所跡の最奥。再構築された生体ルームの中で、純白のベッドに突っ伏していたカグヤが、もぞりと身じろぎした。
「……ふぁ」
長い惰眠から覚めたものの、その小さな顔には、すでに濃い退屈の色が滲んでいた。引っ越し直後こそ静寂を喜んでいたが、静かすぎる地下空間は、裏を返せば、何の刺激も娯楽もない無味乾燥な箱でしかなかった。
カグヤは寝転がったまま、淡い燐光を放つ天井の触手状組織を、虚ろな目で見上げる。
「……退屈じゃ」
ぽつりと、カグヤが呟いた。
「あー、退屈で退屈で頭がどうにかなりそうじゃ。寝るのにも飽きたわ。なにか……そうじゃな、なにか手慰みに遊べるものがいいのう」
上半身を起こし、頬杖をついて思案する。
「将棋でもするか」
名案だ、とでも言いたげに、カグヤはぺちんと手を打った。だが、すぐにその表情が曇る。当然ながら、この打ち捨てられた地下に、将棋盤などという気の利いた品があるはずもなかった。
「……盤も駒もないしのう。ふむ」
カグヤはちらりと、壁際に直立する白い装甲の怪物。
——ポチへと視線を向けた。
「ポチ。お主、これを作れ。将棋盤と、その駒じゃ」
カグヤはベッドからぺたんと床に降り立つと、生体ルームの床——硬質なキチン質で覆われた一角に、おもむろにしゃがみ込んだ。
そして、その細い人差し指の爪を、無造作に床の組織へと突き立てた。
ぶつり、と。
カグヤの幼い指先が、ポチを構成する生体組織を、まるで粘土でも抉るように、いとも簡単にブチブチと切り裂いていく。
その瞬間、ポチの神経網に、ピリッと微弱な損傷シグナルが走った。
床は、ポチ自身の肉体の一部である。カグヤの爪が組織を抉り出すたびに、わずかな細胞の死滅がポチへと伝達された。
だが、ポチはそれを「攻撃」とは判定しなかった。
それに——この行為には、明確な「規則性」があった。
カグヤの指先は、床の上に、等間隔の縦線と横線を刻んでいく。縦に九本、横に九本。それらが直交し、八十一の升目を持つ、整然とした格子模様が床へと浮かび上がった。
格子を刻み終えると、カグヤは今度はその傍らに、小さな図形をいくつも抉り始めた。
五角形——将棋の駒の形である。先端の尖った、家紋のような五角形の輪郭。カグヤはそれを大小取り混ぜて何種類も刻み、さらにその一つ一つの内側に、複雑な文様を小指の爪で引っ掻いていった。
「歩」「香」「桂」「銀」「金」「角」「飛」「王」
それは漢字であったが、当然、ポチにその意味など解読できるはずもない。ポチの視覚情報処理系にとって、それらは単なる「特定の幾何学的パターン」でしかなかった。
「ほれ。こういうものを、これと同じだけ作るんじゃ。分かったか」
カグヤは抉り終えた床の図案を指し示し、当然のようにポチへと命じた。
ポチの神経網が、その命令の意図を解析する。
今までの命令の仕方とは違う方法で提示された「図形」
カグヤの指先が自身の肉体に刻んだこの格子と五角形の群れ。
ポチはこれらは、複製すべき「鋳型」であると直感した。
おそらくこの絶対的脅威は、自己に対し、床に刻まれた図形と同じ形状の物体を生成するよう要求している。
ポチは、即座に作業へと取りかかった。
まず、生体ルームの床から、新たな組織の塊を盛り上がらせる。それを平らな板状に成形し、表面を硬質なケラチン質で覆って硬化させた。そこへ、カグヤが刻んだものと寸分違わぬ九×九の格子を、メラニン色素を沈着させて描き出す。
組織を盛り上げ、たんぱく質の架橋密度を変え、ケラチンの層を重ね、内部に繊維状の補強構造を編み込んでいく。
そうして、反りも歪みもない、平滑で堅牢な一枚の板が完成した。表面には、定規で引いたかのように均一な、八十一升の格子が刻まれている。
続いて、駒だ。
ポチは板を作った要領で、今度は小さな五角形の塊を、ひとつずつ成形していった。先端の尖った独特の形状。その表面に、カグヤが刻んだ「特定の幾何学的パターン」——漢字を、意味も分からぬまま、ただ視覚情報として忠実に複製していく。
「歩」を象ったパターンを刻んだ駒を、左右合わせて十八。「香」を四つ。「桂」を四つ。ポチは床の鋳型を正確に読み取り、必要な種類と数の駒を、寸分の狂いなく作り上げていった。
やがて、生体ルームの床に、一式の将棋盤と駒が、整然と並べられた。
魔力も、温もりも宿さない。ポチの肉体から削り出された、硬質なタンパク質製——だが、見た目だけは精巧な、将棋の盤と駒であった。
「ほう……」
カグヤは、出来上がったそれを物珍しそうに手に取り、ためつすがめつ眺めた。指で弾けば、カチリと小気味よい音が鳴る。文字も、形も、彼女の記憶にある将棋盤と寸分違わない。
「ふふん。よくできておるではないか。お主はこういう細かい仕事をやらせると役に立つのう」
カグヤは満足げに鼻を鳴らすと、盤を挟んで一人で駒を並べ始めた。
だが、いくつか駒を進めたところで、その手がぴたりと止まった。
「……む。そういえば、腹が減ったのう」
将棋に興じようにも、向かいに座る対局相手はいない。一人で盤を眺めているうちに、彼女の興味は早くも別の欲求へと移っていた。
「ポチ。あれを持ってこい。あの、つるんとした、黄色いやつじゃ。……ほれ、前に持ってきたであろう。あの甘いの。プリンじゃ、プリン」
カグヤが指で空中に、プルプルと震える半球を描いてみせる。
ポチの神経網が、その動作と発言に合致する物体を、データベースから即座に検索した。
『プリン』
過去、絶対的脅威の命令によって回収した、特定の有機物質。その形状は、すでにポチの記録に完全に保存されている。
ポチは、命令の遂行に向けて、行動計画の立案を開始した。
しかし、ここでポチの神経網は、過去の「お使い」に付随したリスクを参照した。
これまで、回収任務に用いてきた端末は、身長二メートルの白い外骨格を持つ形態であった。あの形態は迅速な移動と簡単には死なない耐久性を併せ持ち、汎用性を重視して構築された形態であった。
だが、この形態には重大な問題があった。
——目立ちすぎるのだ。
あの形態で街に出るたびに、群衆は
それらの脅威個体との遭遇は、可能であれば回避すべき事象である。
また、前回の小さな金属塊を放ってくる個体群に関しても、自分が目立つことでここの場所がバレると、再度ここへ来る可能性が高い。
そうなれば、絶対的脅威の機嫌を損ね、無為にペナルティを受ける可能性もある。
では、どうすれば脅威個体の出現を抑制できるか。
ポチは、過去に観察した膨大なデータを参照した。
街を行き交う無数の二足歩行個体たち。彼らは、互いに大きな音を上げることもなく、攻撃し合うこともなく、平穏に共存していた。脅威個体が出現するのは、決まって、自己のような異質な個体が現れたときだけだった。
ならば——結論は単純だった。
自己の外装を、彼ら二足歩行個体と区別がつかない形状へと偽装すればよい。そうすれば、群衆は逃げ惑わず、脅威個体も出現しない。回収任務を誰にも気づかれることなく遂行できる。
ポチは、即座に新たな端末の構築に取りかかった。
生体ルームの一角で、新たな組織の塊が、ぐにゃりと隆起した。
それは、これまでの白い外骨格とはまったく異なる形態へと、ゆっくりと変貌していく。
硬質な装甲を捨て、表面に柔らかな弾力を持たせる。色素細胞を精密に配置し、健康的な肌色を再現する。頭部には漆黒の毛髪を一本ずつ植え込み、複眼や額の眼球を引っ込めて、二つの黒い眼球を、人間とまったく同じ位置に配置した。
体表には、布状の外装——衣服を模した組織を、皮膚と一体化させて生成する。シンプルな色合いの上着とズボン。街で観察した、ありふれた二足歩行個体の装いを、忠実に再現したものだった。
数分後。
生体ルームの中央に立っていたのは——どこからどう見ても、ごく平凡な、一人の人間の青年であった。
無表情で、瞳には一切の感情が宿っていない。だが、雑踏の中に紛れ込めば、誰一人としてその正体に気づくことはないだろう。それほどまでに精巧な、人間の「贋作」であった。
「……ほう。器用なことをするのう」
カグヤは、目の前で人間そっくりに変身したポチの端末を、感心とも呆れともつかぬ目で眺めた。
「まあよい。とにかく、さっさとプリンを取ってこい。妾は、それまで一人で将棋でも指しておくとするかの」
人型のポチは、無言のまま踵を返し、地下変電所の出口へと向かった。
「プリン」の形状は、すでにポチのデータベースに完全に記録されている。今回は、回収対象を照合するための紙片すら必要ない。ポチは何も持たず、ただ静かに、地上の街へと歩み出た。
———
夕暮れの街。
人型のポチは、雑踏に紛れて歩いていた。
これまでの白い装甲を纏った異形の姿とは異なり、今や誰一人として、すれ違うこの青年が、ビルを粉砕した怪物の端末であるとは気づかない。人々はポチを一瞥することもなく、それぞれの目的地へと過ぎ去っていく。
偽装は、完璧に機能していた。
ポチは、過去の回収任務で「プリン」を発見した場所——その記憶を頼りに、街を探索した。
あのとき、「プリン」が存在していた建物。その内部には、プリン以外にも、無数の有機物が大量に陳列されていた。野菜、肉、魚、加工された食品の数々。それらが整然と棚に並べられた、巨大な空間。
ポチは、ひとつの推論を導き出していた。
——あの場所には、あれほど大量の有機物が集積されていた。ならば、あそこは、二足歩行個体たちにとっての「資源集積所」のような場所なのかもしれない。
であれば、同種の集積所を見つけ出せば、そこにも「プリン」が存在する可能性が高い。
ポチは街を巡り、やがて目的の建物を発見した。
煌々と灯りのともる、大きなガラス張りの入り口。自動で開閉する扉。その奥には、見覚えのある光景——棚という棚に、ありとあらゆる有機物が満載された、広大な空間が広がっていた。
スーパーマーケット。
ポチが推論した通り、それは紛れもない「資源集積所」であった。
ポチは何食わぬ顔で、他の人間の後ろに追従するような形で自動扉をくぐった。
店内には、多くの二足歩行個体が行き交っていた。ポチは、まず彼らの行動を観察することにした。
無闇に「プリン」を掴んで持ち去れば、かつてのように大きな騒ぎになるかもしれない。脅威個体の出現を避けるためには、彼ら二足歩行個体と同じ手順を踏む必要がある。
ポチは、人間の目を装った眼球を動かし、周囲の二足歩行個体たちの挙動を仔細に観察した。
二足歩行個体たちは、まず入り口付近に積まれた「カゴ」を一つ手に取っていた。そして、棚から目当ての商品を選び取り、そのカゴへと入れていく。
ポチは、その手順を忠実に模倣した。
入り口の脇から、プラスチック製のカゴを一つ手に取る。そして、デザートの並ぶ冷蔵コーナーへと歩を進め、棚の一角に陳列された「プリン」を発見した。
データベースに記録された形状と、完全に一致する。
ポチは、二足歩行個体がそうしていたように、慎重にプリンを一つ手に取り、カゴの中へと入れた。
カゴにプリンを収めたポチは、再び二足歩行個体たちの行動を観察した。
商品をカゴに入れた二足歩行個体たちは、皆、店の一角に設けられた「台」——レジへと向かっていた。台の前にも二足歩行個体が立っている。カゴを持った二足歩行個体は、カゴをその台に置き、そこに立つ
ポチは、その一連の流れを記録すると、自らもカゴを手に、レジへと歩み寄った。
レジに立っていたのは、若い女性店員だった。
ポチは、観察した手順に従い、カゴを台の上に置いた。
そして——そこで、動きを止めた。
店員は、慣れた手つきでカゴからプリンを取り出し、バーコードを読み取ると、にこやかに告げた。
「いらっしゃいませ。お会計、二百三十円になります」
だが、ポチは反応しなかった。
「お会計」「二百三十円」——これらの音声が、何を要求しているのか。ポチには、まったく解読できなかった。
ポチは、ただ無言で台の前に直立し続けた。
瞳には感情の一片も浮かんでいない。袋を受け取るでもなく、財布を取り出すでもなく、ただ、置物のように立ち尽くしている。
「……お客様? 二百三十円です」
店員が、戸惑ったように繰り返す。それでも、ポチは微動だにしない。
店員の顔に、次第に怪訝の色が浮かんだ。
「あの……お金、お持ちじゃないんですか?」
無言。
ポチは、相手が何を求めているのかを理解しようと、店員の発する音声パターンを必死に解析していた。だが、手がかりはあまりにも乏しい。「お金」という単語の意味も、それを「出す」という行為が何を指すのかも、現時点のポチには知る由もなかった。
レジには、後ろに客の列ができ始めていた。店員は、明らかに困り果てた様子で、小さくため息をついた。
「お金を出していただけないなら、お売りできません。……すみませんが、お買い上げにならないのでしたら、お引き取りいただけますか」
店員は、ポチのカゴからプリンを取り上げ、台の脇へと退けてしまった。
そして、ポチを店の出口の方へと、やんわりと促した。
ポチは抵抗しなかった。
ここで
ポチは、プリンを手に入れることなく、静かにスーパーマーケットを後にした。
店の外に出たポチは、その場に立ち尽くし、たった今の失敗を分析した。
二足歩行個体たちの手順を、自分は忠実に模倣したはずだった。カゴを取り、商品を入れ、台へと運んだ。手順は、完璧に再現したはずである。
だが、「プリン」は手に入らなかった。
ということは——あの「台」での工程に、自分が見落としている、決定的な手順が存在する。二足歩行個体たちが、商品を持ち去る直前に、台の前に立つ
そこに、欠落したピースがある。
ポチは、その欠落したピースが何であるかを特定するため、人通りの少ない裏路地へと足を向けた。雑踏を離れ、静かな場所で、収集したデータを整理し直そうとしたのだ。
しかし、その一部始終を、暗がりから見つめる、一対の赤い瞳があった。
ペストマスクの鴉——クロウである。
ポチ(人間形態)
見た目は人間そのもの、だけど外から見えない部分はほとんど手抜き。
服は皮膚と癒着してるので袖の中を覗かれるとバレるし、よく見ると服自体が脈打ってる。髪の毛も1本1本が触覚なのでたまにピクピク動いてる。靴も再現されてるが見た目だけなので足音が靴の音じゃない。よく聞くと素足でペタペタ歩いてる時と同じ音がしてる。