ニチアサみたいな魔法少女のいる世界観なのに明らかに設定を間違えたモンスターパニック物に出てきそうな怪生物がログインしてきた話 作:二度見屋
真夜中の都心に、けたたましい悪魔アラートの重低音が鳴り響いていた。
『C地区に悪魔出現。推定脅威度はレベル4。繰り返す——推定脅威度、レベル4。付近の一般市民は、直ちに最寄りの地下シェルターへ避難してください』
無機質な合成音声が、人気の絶えたビル街に、幾重にもこだまする。
その警報を引き起こした元凶——全長二十メートルを優に超える、巨大な蛇の異形が、再開発区域の中心で、その醜悪な巨体をのたうたせていた。
ぬらぬらと黒光りする鱗。胴のそこかしこに並んだ、爛々と輝く無数の眼。そして、ビルの一階分ほどもある巨大な顎門からは、紫色の毒液が絶え間なく滴り落ちている。
だが、その巨体を相手取る二人の魔法少女は、決して、劣勢ではなかった。
「そこっ!」
紅蓮の炎で大蛇の周囲を灼きながら、巧みにその動きを牽制するのは、炎を権能とする魔法少女——アキ。
そして、その隙を逃さず無数の氷の礫を眼に撃ち込み、確実に手数を削っていくのは、相棒であり幼馴染でもある氷の魔法少女・マリナだ。
二人はアラートを受けていち早くこの現場へと駆けつけていた。脅威度レベル4——並の悪魔ではない。だが、これまでにもレベル4級の悪魔を退けてきた経験のある二人の連携は、巨大な大蛇を相手取ってもなお着実に、その巨体を追い詰めつつあった。
「もう一押しよ。氷で動きを止めるから、合わせて——」
マリナが、次の一手を口にしかけた、その時。
追い詰められたことを悟った大蛇が、形勢を覆さんと、最後の悪あがきに打って出た。
鞭のようにしなる巨大な尾を、傍らにそびえる十数階建てのビルへと、力任せに叩きつけたのだ。
——ズゴォン!!
凄まじい轟音と共にビルの側面が半ばから抉り取られる。砕けたコンクリートとガラスの破片が、数百、数千の凶器となって、二人の頭上へと雪崩のように降り注いだ。
「——っ!」
二人が咄嗟に身を翻し、その瓦礫の雨を回避しようとした、その刹那——。
世界が、巻き戻った。
降り注いでいたはずの、無数の瓦礫。それが、ありえない光景を描き出した。
落下していたコンクリートの破片が、ふっと中空で静止し——そして、まるで時を遡る映像のように、一斉に逆再生を始めたのだ。
砕け散った破片の一つ一つが、寸分違わず元あった位置へと舞い戻り、抉れたビルの壁面が、何事もなかったかのように、完全に再結合していく。
たった今、確かに破壊されたはずのビルが——わずか一秒前の、無傷の姿を、取り戻していた。
「……え……?」
回避の体勢のまま、アキが、呆然と目を見開く。
何が起きたのか、まるで理解が追いつかない。
「……間に合った」
その時、二人の背後から、涼やかな、けれどどこか芯の通った声が、静かに響いた。
振り返った二人の視線の先。ビルの縁に、一人の少女が、ふわりと降り立っていた。
煌びやかな白を基調とした衣装に身を包んだ——見たこともない、銀髪の魔法少女だった。
突然現れた、見知らぬ魔法少女。そして、たった今、目の前で起きた、砕けたビルが独りでに元へ戻るという、ありえない現象。その二重の衝撃に、二人は、ただ言葉を失っていた。
少女は、二人を庇うように一歩前へ出ると、眼下でのたうつ大蛇へと、静かに向き直る。
新たな敵の出現に気が付いた大蛇が、その巨大な尾を、少女目掛けて一直線に振り下ろした。
だが。
少女がほんの僅かに身を傾けた、その紙一重の空隙を縫って、大蛇の顎は虚しく空を噛み、傍らのアスファルトへと突き刺さる。
続けざまに襲いかかる、尾の薙ぎ払い。毒液の奔流。巻きつこうと迫る、とぐろ。
しかし、その、ことごとくが。
——届かなかった。
薙ぎ払った尾は、瓦礫に引っかかって軌道が逸れ。吐き出された毒液は突風に吹かれ、よりにもよって大蛇自身の眼へと降りかかり。ならばと体当たりで突撃するも、自らの流した体液に滑って無様にもつれ合う。
何をしても。どうあがいても。結果だけが、ことごとく、悪魔にとって最悪のものへと、捻じ曲げられていく。
その光景を、アキとマリナは、ただ呆然と見つめることしかできなかった。
崩れたビルを、一瞬で元通りにした。時間を巻き戻したかのように。そして今、悪魔の身にだけ降りかかる、この異常なまでの不運の連鎖。
到底一つの権能によってなし得るとは思えないその異常さ。
一人の魔法少女が、こんないくつもの権能を、同時に操れるはずがない。マリナたちの中の常識が、根底から、ガラガラと音を立てて崩れていく。
「……信じられません。複数の権能……? そんなの、私たち妖精ですら、聞いたことが……」
マリナの妖精・レミが、いつもの落ち着いた声を、隠しきれない戦慄に震わせる。アキの妖精・イオに至っては、もはや一言も発することなく、ただ、その光をか細く揺らすばかりだった。
そして——終わりは、唐突に訪れた。
満身創痍となった大蛇が、なお最後の力を振り絞り、その巨大な顎門を限界まで開いて、少女を一呑みにせんと、渾身の力で襲いかかる。
少女は、その場から、一歩も動かない。
少女に喰らいつかんとした大蛇の頭部を、少女は手に持つステッキであしらうように叩き、その軌道を逸らした。
空を噛んだその巨体は、渾身の勢いを殺せぬまま、傍らにそびえる十数階建てのビルの躯体へと、凄まじい轟音を立てて、頭から突っ込んだ。
——次の瞬間。
その衝撃に耐えかねたビルの上層が、ぐらりと大きく傾ぎ、夥しい量のコンクリートと鉄骨となって、崩落を始める。
そして。
1本の鉄骨が、まるで吸い寄せられるかのように——地に突っ伏した大蛇の頭部目掛けて、寸分の狂いもなく落ちていく。
さらにその鉄骨と列を成すように、上から落ちてきた他の瓦礫が鉄骨の後に続く。
ありえない、確率だった。
四方へ散らばるはずの崩落の悉くが、たった一点へと、寸分違わず集中する。そんな事象が、自然に起こるはずもない。だが——それは、現実に起きた。
大蛇の頭に鉄骨が激突し、その上に大量の瓦礫がのしかかる。
断末魔の悲鳴が上がる間もなく、その頭部を鉄骨が容赦なく貫通した。
ありとあらゆる不運が、最後の最後までこの悪魔だけに降り積もり続けた——その、なれの果てだった。
後に残ったのは、崩れ落ちたビルの瓦礫の山と、二度と動かなくなった巨大な蛇の体だけ。
脅威度レベル4の、決して弱くはない悪魔。アキやマリナとて、単独で相手すれば苦戦は免れないだろう。
それを、この少女は、ものの数十秒足らずで、一人で撃破してしまった。
格が違う、などという言葉では到底足りない。これは、もはや同じ魔法少女という括りで語ってよい存在なのか——そんな疑念すら、アキの胸をよぎった。
アキの背筋を、ぞくりと、悪寒にも似た何かが、駆け抜けていく。それは、本来であれば味方であるはずの存在に対して抱くには、あまりにも場違いな——本能的な、畏怖だった。
「……あなた、いったい……」
アキが、信じられないという面持ちで、少女へと歩み寄る。
謎の魔法少女が、ゆっくりと、こちらを振り返った。
年の頃は、アキたちと、そう変わらないだろう。中性的で、整った面立ち。けれど、その瞳の奥には——年相応の少女とは思えないほどの、深く、静かな何かが、湛えられていた。
「……君たち、無事でよかった」
少女は、まず、そう言った。その声には、確かな労りの色がある。
「えっ、あ……。その、助かったわ。でも、あなた、見ない顔ね。この街の人じゃ、ないでしょう? いったい、何者なの?」
アキの問いに、少女はすぐには答えなかった。
ただ、死体となった悪魔を静かに見つめながら、口を開いた。
「……僕の事はセツナと呼んで、偽名だけどね。こっちはルミナス」
「そ、そう……それで、なんでこの街に?」
アキがそう訝しげにセツナと名乗った少女に質問するが、彼女はそれに答えずに、ぽつりと、呟くように意味深な言葉を放った。
「……悪魔を一体倒しても、また次が現れる。君たちは、それを、ずっと、繰り返している」
「……?」
「でも、それだけじゃ。本当の意味で、この街を——この世界を、救うことはできない」
それは、決して、投げやりな諦めの言葉ではなかった。
むしろ、その静かな声には——終わりの見えないこの戦いを、根本から断ち切る「答え」を、ただ一人、その手に握っている者の、揺るぎない確信が、滲んでいた。
「あなた……いったい何を知っているの。その答えって——」
理屈を求めて、マリナが鋭く問い質す。
セツナは、二人を振り返ると、ほんの一瞬——燃えるような正義感を瞳に宿したアキの顔を、どこか眩しげに、そして、ひどく寂しげに、見つめた。
しかしセツナは、その問いに答えることなく、静かに、けれど、はっきりと言った。
「この戦いは、僕が必ず終わらせる。だから……君たちは、君たちの信じる道を進んでくれればいい」
その言葉を残して。
セツナの姿は、夜の闇に溶けるように、その場から飛び上がり、すぐにどこかへと消えていった。
後には、底知れぬ謎と、彼女が遺していった言葉の重みだけが、二人の少女の胸に、静かに、深く、残された。
街を見下ろす、とある高層ビルの屋上。
夜風に吹かれながら、セツナは、眼下に広がる街の灯りを、静かに見下ろしていた。
「……手助けは必要なかったのでは? 彼女たちだけでも何とかなってたと思うけれど」
セツナの肩口で、淡い銀光を纏ったルミナスが、囁くように問う。
「……だからって無視はできないよ。あの子たちも、必死にこの街を守ろうとしていたんだ」
セツナは静かに、けれど迷いなく答えた。その横顔には、年相応の少女らしい優しさと——それを上回るほどの重い覚悟とが、静かに同居していた。
「……そう。あなたは本当に優しい子ね。だからこそ、私の魂はあなたを選んだのかもしれない」
ルミナスは声を細め、それから、その声に「使命」の色を滲ませた。
「けれど、この悪魔狩りは人助けのためではないわ。忘れたわけではないでしょう? 私たちが、わざわざこの街まで足を運んだ、本当の目的を」
「……うん。分かっているよ」
少女は、静かに頷いた。
「やっぱり、この街でだけ、なぜか僕の”未来視”がひどく冴えない。本来であれば、たやすく手繰り寄せられるはずの手応えが、まるで濃い霧の中にあるかのようだ。……おおかた、そこかしこに潜む悪魔どもが、余計な揺らぎを生んでいるんだろう」
ルミナスは、眼下の灯りを睥睨しながら、続けた。
「だからこそこうして、近場の悪魔から順に潰しているんでしょう? 一つでも多く、不確定な要素を取り除き、あなたの未来視の精度を少しでも上げるために」
セツナは、無言で頷き、その言葉を肯定した。
「……それで。肝心の”彼女”の居場所は、少しは見えてきて?」
ルミナスの問いに、セツナは静かに目を閉じた。
意識を、遠く、深くへと。この広大な街の、どこかに潜むはずの、たった一つの気配を求めて、伸ばしていく。
長く——それこそ、気の遠くなるほど長く、ルミナスが探し求めてきた、ただ一人の存在を。
「……カグヤ」
その名を、口の中で噛みしめるように呟く。
だが、意識を凝らしても。掴みかけたその輪郭は、観測しようとした端から、霧の向こうへとぬらりと逃げていってしまう。
この街のどこか深く。決して人目につかぬ闇の底に、確かに「何か」が潜んでいる。その手応えだけは、ある。
なのに——その像が、どうしても結ばない。
またしても、だ。やはりこの街は、どこかが決定的におかしい。
これほどの手応えのなさを、セツナはこれまで一度として味わったことがなかった。悪魔を狩り、不確定な要素を減らしてもなお、一向に晴れる気配のない、この深い霧。
まるで——セツナのまだ知らない、もっと別の「何か」が。この街全体に、見えざる靄を振り撒き続けているかのように。
「……近いよ、もう、すぐそこまで来てるはずだ」
セツナが目を開けた。その瞳の奥に揺るぎない光が宿る。
「僕たちは、確実にたどり着きつつある」
夜の街はまだ、何も知らない。
そして——少女もまた、知らなかった。
自らの「眼」を、これほどまでに曇らせている、その真の正体を。
探す者と、探される者。
互いに互いの存在を知らぬまま、その双方は静かに、けれど確実に、その距離を詰め始めていた。
魔法少女は正体を隠す存在なので、基本的に変身中は本名で呼びかけあったりしません。
アキとマリナも意識して変身中はお互いの名前を出さないようにしています。
マリナくんはセツナくんに対して「なんで権能をいくつも持ってるんだ?」というニュアンスで何者なのかを聞きましたが、セツナくんは天然なので単に名前を聞かれたと思って偽名を答えました。お互いに会話が通じてるようで通じてません。