ニチアサみたいな魔法少女のいる世界観なのに明らかに設定を間違えたモンスターパニック物に出てきそうな怪生物がログインしてきた話 作:二度見屋
その夜、アキとマリナはビルの谷間に現れた一体の悪魔と対峙していた。
体長は優に10mを超える。無数の節を持つ毛虫の姿をした悪魔だ。
全身をびっしりと覆う剛毛の一本一本が槍のように鋭く、うねるたびにアスファルトを削り取っていく。
「うわっ……気持ち悪い見た目してるっすね……! 動きは存外に素早いっすよ! 気をつけてくださいっす!」
アキの肩で赤い光を揺らし、イオが警告を飛ばす。
それに答えるかのように、毛虫型の悪魔が巨体をしならせ、剛毛の穂先を雨あられと撃ち出してきた。
「——っ!」
アキが咄嗟に前へ躍り出てステッキを一閃させる。噴き上がった炎の壁が飛来する剛毛をことごとく焼き払い、宙で灰へと変えた。
「今のうちに!」
その背へ短く声を投げる。
青いドレスの裾を翻し、マリナが横へ回り込んでいた。
かざしたステッキから凍てつく冷気が奔る。毛虫型の悪魔の下半身がみるみる白い霜に覆われ、節という節が軋みを上げて凍りついていく。
「凍らせたわ! 仕留めるなら今よ!」
凍結して身動きの取れなくなった巨体へ、アキが渾身の魔力を炎へと変えて放つ。
「これで——終わりよ!」
放たれた紅蓮の奔流が氷漬けの悪魔を丸ごと呑み込んだ。
急激な高温と低温。相反する二つの力に晒された悪魔の甲殻が耐えきれず砕け散る。
断末魔を上げる間もなく、巨大な毛虫の体は爆ぜるように四散した。
「ふぅ……やったっすね! 二人とも息ぴったりっす!」
イオが赤い光をぱっと弾ませる。
「……ええ。危なげなく捌けましたね。お疲れ様でした」
レミもまた青い光を柔らかく揺らし、労いの声をかけた。
アキとマリナは肩で荒く息をつきながら、悪魔の死体をしばし見つめていた。
戦いの余韻がまだ漂うビルの屋上。
たった今、一体の悪魔を葬ったばかりのアキとマリナ。肩で息をつくその二人の前に、音もなく一人の魔法少女が舞い降りた。
銀の髪に、白を基調とした衣装。先日、圧倒的な覇気を放っていた吸血鬼の悪魔を一方的に撃退して見せたあの謎多き新顔——セツナである。
「突然すまない。……二人に、どうしても頼みたいことがあって来たんだ」
その声は静かで、けれど、どこか思いつめたような硬さをはらんでいた。
マリナの冷静な瞳が、油断なくセツナを見据える。
その肩では、青い妖精のレミが、静かに光を揺らしていた。
「……話してみなさい。あなたがそんな顔で現れた以上、ただ事じゃないんでしょう」
セツナは小さく頷くと、一度だけ深く息を吐いた。
「——君たちに、力を貸してほしい。ある相手を、捕らえるために」
「ある相手……?」
「君たちが『悪魔の親玉』と呼んでいる存在。……カグヤだ」
その名に、アキが目を丸くした。
「カグヤって……あの? ……でも、なんでわざわざ、私たちに……」
「あなた、私たちよりもよっぽど強いじゃない。その実力で、どうして今さら私たちの手を借りる必要があるの」
マリナの鋭く冷静な問いに、セツナはゆっくりと首を振った。
「……これは、ただの悪魔退治じゃないんだ。何もかも、君たちが思っているのとは違う。——順番に、話させてほしい」
セツナは、空を見上げた。
「僕の権能には、ある副次的な力があってね。確率の収束した未来を、部分的にだけれど覗き見ることができる。詳しいことは後で話す。……ただ僕は、その力で、この世界の『終わり』を見たんだ」
「終わり……?」
「数えきれないほどの悪魔が、街を、国を、世界を、残らず塗り潰していく未来だ。そう遠くない先に、それは必ず訪れる」
「ま、待ってよ。悪魔なら、私たちが倒してるじゃない。一体ずつでも、減らしていけば——」
「いや。減らないんだ。悪魔は、いくら倒したところで」
きょとんとするアキに、セツナは静かに告げた。
「あいつらは、僕たちの知る生き物とは根本から違う。この世界で肉体を砕いても、その本質である『核』が悪魔の世界へ帰るだけ。そしてまた何度でも、次元の『道』を通ってこちらへ舞い戻ってくる」
「そ、そんな……っ」
今まで、何度も、何度も。傷だらけになりながら、必死に振るってきた炎。
守れたと思った街も、救えたと信じた明日も。その全てが、賽の河原の石積みでしかなかったというのか。
そして、その時。アキは、はっと、自分の肩の妖精を見た。今、セツナは確かに、『妖精たちだけが知る真実』だと言った。ならば——。
「……イオ。今の、本当なの? あんた……知ってたの? 私たちの戦いが、ぜんぶ無駄だったってこと……っ」
アキのすがるような問いに。赤い妖精は、ぱちぱちと、弱々しく明滅した。
「……っ、ごめんっす、アキ」
イオの声は、消え入りそうなほど小さかった。
「……確かに、彼女の言う通りっす……。あたしたち妖精は、ずっと前から知ってたっす。悪魔は、いくら倒しても、その核が魔界へ帰って、また戻ってくるだけだって……」
「なんで……っ、なんで黙ってたのよ!」
「それは……」
声を詰まらせたイオに変わって、レミが続ける。
「戦っても戦っても、悪魔は減らない。……そんなことを知ったら……人間はきっと、心が折れてしまう。立ち向かう希望を、なくしてしまうかもしれない。だから、この事だけは、魔法少女にも人間にも伝えちゃいけない……そう、決められてたのよ……」
マリナの肩で、青いレミもまた、深く俯くようにその光を翳らせていた。彼女もまた、同じ真実をずっと胸の内に秘めてきたのだ。
アキは、ぎゅっと唇を噛んだ。自分を思えばこそ口を噤んでいたのだと頭では分かる。それでも、足元が崩れ落ちていくようなこの感覚を、どう受け止めればいいのか分からなかった。
セツナは、そんな二人を静かに見守ると、頃合いを計って、再び口を開いた。
「この不毛な戦いを終わらせる道は、ただ一つ。悪魔がやってくる、次元の『道』そのものを、永遠に閉ざすしかない」
セツナは、二人を見据えた。
「だがそれには、途方もない魔力がいる。この世界の理を超えて、空間そのものを縫い閉じてしまうほどの、桁外れの力が」
「そして——その桁外れの魔力を、ただ一人その身に宿している存在。それが、カグヤなんだ」
マリナの瞳が、わずかに細められた。
「悪魔が、世界を救う鍵だとでも? ……言っている意味が分からないわ」
セツナは、ほんの一瞬、痛みをこらえるように躊躇った。そして、静かに告げる。
「あの子は……悪魔なんかじゃなくて、最古の魔法少女の一人なんだ」
その言葉に、場が凍りついた。
「……は?」
最初に声を上げたのは、マリナだった。常に冷静なその瞳が、初めてはっきりと揺らいでいる。
「ありえない。魔法少女は、思春期を過ぎて精神が大人になれば、妖精との魂の適合が切れて、魔力を失う。何百年も生き続ける魔法少女なんて、原理的に存在できないはずよ」
「その通りです」とレミも声をあげる。
「カグヤという少女が仮に魔法少女だったとしても、世界征服を願うような心では、すぐに魂の適合は外れるはずです」
だが、セツナは静かに首を振った。
「——彼女の権能は不老不死なんだ。……僕たちの生み出せる魔力量がどうやって決まるかは知ってるだろう?」
その一言で。
レミが、何かを悟ったように、ぽつりと呟きを漏らした。
「……そういう事、ですか」
レミの、お淑やかな声が震えていた。
「……無限に生きるのなら、生涯にわたって生み出す正の感情も無限……それなら魔力量も無限になる……そして、無限の魔力があるなら、妖精との適合が切れた後でも魔力が尽きる事は無い……」
ぞわり、と。その場の全員の背筋を、声もなく戦慄が這い上がった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!それならなんで、あの子は悪魔の親玉だなんて噂が流れてるのよ!」
たまらず、アキが叫ぶ。だがセツナは、ただ表情を固くするだけで、答えなかった。
代わりに口を開いたのは、ルミナスだった。
「……それに関しては、申し訳ないと思っています」
その声には、隠しきれない後ろめたさが滲んでいた。
「この事実は、一部の妖精以外には知らされていません。……彼女が悪魔である。とでもしておかないと、あなたたち魔法少女の中にはきっと、カグヤを守ろうとする者が現れますから」
その言葉の冷たい意味を。アキも、マリナも、痛いほどに悟ってしまった。
罪なき少女を、悪と偽る。それは、これから彼女に行われることへの抵抗を、あらかじめ封じておくための布石なのだと。
「だったら話は早いじゃない! 無理やり捕らえる必要なんてないわ。きちんと事情を話して、カグヤ自身に、その次元の穴を閉じる魔法を使ってもらえばいいのよ。そうすれば、何もかも丸く収まるじゃない」
同じ魔法少女どうし、言葉を尽くせばきっと分かり合える。アキは、心からそう信じていた。
——その提案が、いかに残酷な現実に阻まれているかを、まだ何も知らないままに。
その淡い望みを。ルミナスの静かな声が、そっと打ち砕いた。
「いえ……。その魔法は、三次元的な思考しか出来ないあなたがた人類には使う事ができません」
ルミナスの光が、痛ましげに揺れる。
「……唯一の方法は、あなたたちも経験した、私たち妖精が人間に魂を分け与え、人間を魔法少女とするための儀式を、逆転させて行い、四次元の存在である私たち妖精が、カグヤの持つ無限の魔力を使って、その魔法を行使することなのです」
その言葉が意味するもの。それを理解した瞬間、アキの顔が、凍りついた。
魂を分け与える儀式の、逆転。——それはつまり、カグヤの中から、無限の魔力を抜き取るために、魂を奪い取るということ。たった一人の少女を、世界を救うための贄に捧げる、ということだった。
「……すまない」
セツナの声は、本人こそが誰よりも、その選択の罪深さを噛みしめているように、重く沈んでいた。
きっとこの少女は幾度も、もっと別の道はないのかと自らに問い、そのたびに無慈悲な天秤の前で、答えを失ってきたのだろう。
「……だが、そこに、どうしても越えられない壁がある」
セツナの声が苦いものを帯びた。
「カグヤの傍らには、謎の怪物がいる。……ポチ、と呼ばれている、あの異形だ。あれが邪魔をする限り、僕はカグヤに、指一本触れられない」
「怪物ってあの……? あんたほどの力があって、手こずると言うの?」
マリナの、訝しげな声。
「君たちには、僕がいくつもの力を使い分けているように見えていたと思う。……でも、違うんだ。僕の権能は、ただ一つ。——『確率操作』だ。さっき話した未来視も、その副次効果に過ぎない」
「確率……操作?」
マリナが眉をひそめ、すぐに、腑に落ちないという顔をした。彼女は以前、セツナが砕けた瓦礫を、時を巻き戻すように組み上げる光景を、その目で見ている。
「確率操作ですって? どうして確率操作であんな時間の逆行みたいな真似が出来るの?」
セツナは、困ったように微かに苦笑した。
「……それなんだけどね。僕もちゃんと理解できてる訳じゃないんだ」
そう前置きして、彼女は肩口の妖精へ目を向けた。
「ルミナス。君から説明してもらえるかい」
淡い銀の光をまとった妖精——ルミナスが、ふわりと進み出る。
「ええ。……一つ問いましょう。割れたコップが、ひとりでに元通りへ組み上がる。そんな現象の起こる確率は、ゼロだと思いますか」
「……当たり前でしょう。そんなの、絶対に起こらない」
「いいえ。——『絶対に』では、ないのです」
ルミナスは、静かに首を振った。
「この宇宙の物理の法則は、時間を巻き戻しても矛盾なく成り立ちます。砕けた破片の分子が、偶然すべて元の位置へ戻る方向へ、一斉に振動する。その確率は天文学的に小さいけれど、理論上、決してありえなくはない。あなたがたが『エントロピー』と呼ぶ、あの不可逆の流れを逆しまに巻き戻す現象です」
マリナが、はっと息を呑む。
「セツナの権能は、その『ありえないほど小さな確率』までを、極限まで引き上げてしまう。万に一つも起こらない奇跡を、意図的に、確実に手繰り寄せる。それが、彼女の確率操作の正体です」
冷たいものが、マリナの背を走り抜けた。
確率を、意のままに。
それはつまり、飛来する攻撃を必ず外させ、負った傷を必ず塞ぎ、立ち向かう敵を必ず不運に陥れるということ。
理屈の上では、ありとあらゆる事象を思うがまま捻じ曲げられる。——ほとんど、無敵ではないか。
「だが、その力が、あの怪物にだけは通用しないんだ」
セツナが、苦々しく言葉を継いだ。
「……あの、ポチとか呼ばれていた魔力の無い怪物……あれと僕の権能は致命的に相性が悪いみたいなんだ」
「相性が、悪い……?」
「力を向けようとするだけで、立っていられないほどの吐き気に襲われた。あれが具体的にどういう生き物なのかは僕にも分からない。ただ、戦った中で、二つだけ、はっきりと感じ取れた」
セツナは指を二本立てた。
「一つは、あれが無数の小さな何かが寄り集まってできた『群体』だということ。もう一つは、あれが、絶えずその姿を変え続けているということだ」
「……定まった形が無い、ってこと?」
「うーん……そう簡単な話でもないと思う。ただ不定形なだけなら、僕の権能は問題なく発動するはずだ。……僕の権能は、何かを対象として、その何かの運命を操作する形で発動するんだ。だが、僕が思うにあの怪物は、その身の根底からして常に揺らぎ、変わり続けているんだ。掴むべき運命が、最初から、どこにも定まっていないんだと思う。……ほんの少しの間しか相対してないけれど、そう感じたよ」
あくまでセツナ自身の推測に過ぎない。だがそれは、あの絶望的な相性を説明する、唯一の答えのように思えた。
セツナは、深く頭を下げた。
「だから、力を貸してほしい。……僕がカグヤを眠らせて確保する間。君たちで、あの怪物を食い止めてほしいんだ」
世界の終わりと、一人の少女の犠牲と。あまりに重い真実と選択を一度に突きつけられて、アキとマリナは、しばし言葉を失った。
握りしめたアキの拳が、小さく震えている。一人の少女を、世界のために生贄にする。
たとえ何万、何億もの命を救う選択だとしても、そんなものを認めていいはずがないと、胸の奥で、熱い何かが必死に叫んでいた。
その傍らで、マリナは唇を引き結び、じっと俯いていた。一人の犠牲で、無限に続く滅びの連鎖を断てる。感情さえ脇に置けば、それはあまりに理に適った天秤だと——彼女の冷徹な合理が、もう静かに、答えを探し始めていた。
同じ真実を前にして。幼馴染の二人の心は、すでに、別々の方角を向き始めていた。
そして、その世界の命運を左右する密談を、誰にも気づかれず盗み聞く、一対の赤い眼があった。
少し離れた電柱の上に、一羽のカラスが止まっている。その視界を、遠い地下の聖堂で共有していたのは、ペストマスクの悪魔、クロウであった。
「……次元の道を、閉ざす、だと」
掠れた声が、闇の中で低く震える。
悪魔がこの世界へと来るための、唯一の通り道。
それが永遠に閉ざされれば。この世界から得られる負の感情という糧を絶たれることになる。
「……一刻も早く、皆に報せねばならん」
主君ザラキがこの世界に再び降りてくるには数ヶ月の時間がかかるだろう。
この危急を悪魔たちへ告げ、束ねられる者は今、自分しかいない。
クロウの赤い双眸が、決意を宿して、ぎらりと光った。
世界の終わりを賭けた盤上で、新たな駒が、今、音もなく動き出そうとしていた。
Q,結局、どうしてセツナは権能でポチを倒せなかったの?
A,ポチくんの細胞は、一つ一つが生きた生命体です。
現在は多細胞生物としての体裁を保っていますが、体内の細胞群は常にそれぞれがランダムな突然変異を繰り返しています。
それが有利な形質ならば保存されますが、不利な形質であったり、他の細胞に対して攻撃的な形質は即座に淘汰されます。(例えるなら常に全身が癌細胞に犯されてるみたいなもんですね)
セツナくんの権能でポチに干渉できないのは、そのランダムな突然変異のカオスな確率が、ポチの細胞の数だけ存在しているので単純に処理落ちするからですね。セツナくんにスパコン並の処理速度があったならポチにも勝てたかもしれない。
セツナくんの未来視がこの街に来てから精度が落ちたのも、ポチの分体が街に散らばってる影響ですね。
Q,よく分かんないんだけど結局どうしてセツナは時間を巻き戻せるの?
A,セツナの時間逆行の原理についてですが、テネットっていう洋画を見てて思いついた能力です。要はやってることはエントロピーの逆転という「可能性として0ではないけれど、現実的に考えてありえないほど低確率」な現象を引き起こしてるだけで、本当に時間を逆転させてる訳ではありません。
この説明でもよく分からないって人はマクスウェルの悪魔について調べてみてください。
Q,カグヤが悪魔じゃなくて魔法少女(人間)って言うなら、どうして表舞台を避けて暮らしながら世界征服なんてことをしようとしてんの?
A,ルミナスのような妖精たちに追われるのがめんどくさくなって身を隠すようになりました。世界征服を目指すようになったのは単に本人の性格がクソで、度を越しためんどくさがりやだからです。ポチという便利な奴隷が手に入るまでは数十年に一度起きてたまにお菓子を求めて街を襲うとかしてました。世界征服を目標にはしてますが、それに向けた行動も計画もめんどくさがって何もしてません。果報は寝て待てを地で行くタイプです。妖精たちは「なんでこいつこんな人類の敵ムーブしてんの……? こわ……」と思いながらこれ幸いとカグヤ=悪魔の指導者である。という噂を流したそうです。