ニチアサみたいな魔法少女のいる世界観なのに明らかに設定を間違えたモンスターパニック物に出てきそうな怪生物がログインしてきた話 作:二度見屋
より低次元の世界に侵略し、その世界からエネルギーを奪うことで生きる種族であり、その際に現地の生物の感情を読み取って「その生物が最も恐れる姿」に姿を変える。
ちなみに銀が弱点なのは人間が「銀が弱点の怪物」を想像して悪魔を恐怖しているから。
どこかのせこい武器商人が吐いた嘘によって銀が悪魔に対して特攻を持つようになった。
重い沈黙が、街角に降りていた。
世界の終わりと、たった一人の犠牲。あまりに大きすぎる二つを天秤にかけられて、アキもマリナも、すぐには言葉を返せなかった。
風が、足元の枯れ葉を、からからと転がしていく。その乾いた音だけが、やけに大きく耳に響いた。
その沈黙を、先に破ったのは、マリナだった。
「……いいわ。セツナ、あなたに協力する」
「——っ、マリナ!?」
弾かれたように、アキが顔を上げる。信じられない、とでも言うように、その瞳が大きく見開かれていた。
「本気で言ってるの!? あの子を……一人の人間を、犠牲にするのよ!?」
「ええ。本気よ」
マリナの声は氷のように静かで、まるで揺らがなかった。
「考えてもみなさいよ、アキ。私たちがこれまで、どれだけ血を流して戦ってきたと思ってるの。指の感覚がなくなるほどの寒さの中でも、ぼろぼろになるまで打ちのめされても、歯を食いしばって、何度だって立ち上がってきた。……それなのに」
マリナは、握った拳にぎゅっと力を込めた。
「悪魔は、ただの一体だって減ってなんかいなかった。セツナの言う通りなら、私たちのやってきたことは、最初から対症療法でしかない。悪魔の根絶を果たさなければ、それが永遠に続くだけ」
その響きには、隠しきれない深い疲弊が滲んでいた。
「でも、セツナの計画が成功すれば、それが終わる。次元の道さえ閉じてしまえば、もう悪魔はこの世界へは来られない。……たった一人の犠牲で、この先、流されるはずだった、何万、何億もの血が救われるのよ。それの、どこが間違っているっていうの」
それは一見、冷淡とさえ言えるほどの断言であった。
しかし、言葉とは裏腹に、マリナの心中は人類の未来の事よりも、他の事に気を取られていた。
悪魔さえ、いなくなれば。この、終わりの見えない戦いから、解放されれば。
——私も、ただの普通の女の子に、戻れるかもしれない。
魔法少女である自分は、身近な人を増やすことすら推奨されず、近づくことさえずっと自分に禁じてきた。話しかけるどころか、まともに目を合わせることすら。
けれど、もしも悪魔がいなくなったら。その時こそ、タクヤくんに、この胸につかえた思いを、憂いなく伝えられる。
そんな思いを抱くマリナだからこそ、この計画に、賭けてみたかったのだ。
「……っ、そんなの、おかしいわよ!」
アキの声が、震えながら夜気を裂いた。
「世界のためだからって、たった一人に全部を背負わせて、犠牲にするっていうの!?」
アキは、ぐっと唇を噛み、それから振り絞るように叫んだ。
「そんなの——そんなの、絶対に間違ってるわよ!」
「……綺麗事ね」
マリナは静かに目を伏せた。
「その綺麗事で、これから先、悪魔に殺されていく無数の人たちは。いったい、誰が救ってくれるの? ……たった一人を切り捨てられないせいで、何万、何十万もの人が無慈悲に殺されていく。それが、あなたの言う『正しさ』なの、アキ」
「そういうことじゃない!」
アキは激しく首を振った。
「一人の命の重さを、救える人数の多さで割って、釣り合うかどうか計算するなんて……そんなこと、私には出来ない! したくない! 一人を見捨ててまで掴む平和なんて……そんなものに、私は絶対に、頷けないのよ!」
それは、嘘偽りのないアキの本心だった。
誰か一人を踏み台にして手に入れる平和など、彼女の心は、どうしても受け入れられない。……マリナにも、それは痛いほど分かっていた。分かっていて、それでもなお、彼女も譲れなかった。
二人の言葉は、もう、どこまでも平行線だった。
幼い頃から、ずっと背中を預け合い、肩を並べて同じ敵に立ち向かってきた。喧嘩をしても、次の日には、けろりと笑い合えた。誰よりも分かり合えるはずの、たった一人の相棒。
それなのに。たった一つ、この一点だけが、どうしても、どうしても噛み合わなかった。
「……分かり合えないみたいね、私たち」
マリナがぽつりと呟いた。その横顔には、隠しきれない寂しさが滲んでいる。
そして、マリナはゆっくりとセツナへ向き直った。
「行きましょう、セツナ。……こうしている間にも、悪魔はこの世界にやって来ている。時間が惜しいわ」
「……ああ」
二人が踵を返し、その場から歩き出そうとした、まさにその時。
「——待って」
アキの、低くそれでいて固い声が、二人を呼び止めた。
振り返ったセツナとマリナが見たのは。ステッキを構え、二人へまっすぐに切っ先を向ける、アキの姿だった。両の瞳のその奥には、燃えるような決意の炎が確かに揺れている。
「行かせない」
「……アキ」
「あんたたちが、本気でカグヤのところへ行くって言うのなら。……私は、力ずくでも、止めてみせる。あの子を犠牲になんて……絶対に、絶対にさせない!」
セツナの瞳が僅かに揺れた。そして、その手が、ためらいがちにゆっくりと持ち上がっていく。
それでも、セツナが心を殺して、その権能を発動しようとした瞬間。
「待って、セツナ」
差し出されかけたその手を、マリナが横から、そっと制した。
「……ここは、私にやらせて」
マリナは静かにステッキを構え直すと、その切っ先を、長年連れ添ったかつての相棒へと向けた。
マリナの声が、ほんの微かに掠れた。
「これは、私たちの問題だから」
「……マリナ」
アキが感情を堪えながら、マリナと対面する。
「ごめんね、マリナ。……でも、私は、退かないから」
「ええ。……知ってる。あなたは、そういう子よ。……だから、私も、退くつもりはないわ」
次の瞬間。二人は申し合わせたように、同時に地を蹴っていた。
アキのステッキの先から、轟と音を立てて、燃え盛る紅蓮の炎が噴き上がる。それを迎え撃つように、マリナの周囲の空気が凍てつき、無数の鋭利な氷の刃がきらめきながら生まれた。
灼熱の炎。凍てつく氷。
正反対の性質を、真っ向からぶつけ合いながら——分かり合えなかった二人の、哀しい戦いが、始まった。
アキの放つ灼熱の火球が宙を裂いて、マリナの張った氷壁を次々と溶かし、砕いていく。対するマリナは、その圧倒的な冷気で炎の勢いを押し殺しながら、研ぎ澄まされた氷柱を的確に、アキの周囲へと撃ち込んでいった。
一進一退の、攻防。
幼い頃から、数えきれないほど、共に同じ敵と戦ってきた。時には、じゃれ合うように模擬戦を繰り返したこともある。だからこそ、互いの手の内も、攻撃の癖も、何もかもを知り尽くしている。その実力は、悔しいほどに、ほとんど互角だった。
繰り出される一撃を、相手は紙一重で読み切り、捌く。狙い澄ました決定打が、どうしても、入らない。
激しくぶつかり合う炎と氷が、辺り一面に白い水蒸気を立ち昇らせる。視界が、霞んでいく。その白い霧の中で、二人は何度も、何度も、交錯した。
幾度目かの交錯の、その刹那。炎の刃と氷の刃とが、火花を散らして激しく噛み合い、二人の顔が、すぐ間近で交差した。
苦渋の感情に満ちたアキの瞳と、固く張り詰めたマリナの瞳が、ほんの一瞬、真正面からぶつかる。
もう、言葉などいらなかった。互いの覚悟が、どうしても退けない理由が、その視線だけで痛いほどに伝わってくる。
だが次の瞬間には、二人はまた弾かれたように、それぞれの方向へと跳び退いていた。
頬を、腕を、肩を掠めていく攻撃が、その身に薄い傷を刻んでいく。息はとうに上がり、魔力は刻一刻と削られていった。
……どうして。どうして、最後に刃を交える相手が、世界でたった一人の、かけがえのない親友なのよ。
氷柱を放ちながら、マリナの胸が鈍く軋んだ。それでも、二人は決して退かなかった。
——どちらが勝っても、おかしくはない。
そんな、薄氷の上のような均衡を。ほんの僅かに傾けたのは。
「——っ、はぁあああっ!」
アキが、残った魔力のほとんどを注ぎ込んだ特大の業火を放った、その刹那。
マリナの冷徹な瞳が、その軌道のすべてを見切っていた。
長年、誰よりも近くで、その背中を見続けてきたからこそ、分かる。アキが、本気の渾身の一撃を放つ、その直前。
彼女の踏み込む右足に、ほんの僅かに生まれる力みの癖。その一瞬の隙を、マリナは見逃さなかった。
迫り来る業火を、自らの身を盾にするようにして、ありったけの氷で正面から受け止める。両者の力が拮抗し、膨大な量の水蒸気が爆発的に、白く立ち昇った。
そして、その真っ白な帳の、向こう側で。
マリナは、アキの足元の地面へと音もなく静かに、凍てつく冷気を這わせていく。
「……っ、しま——」
アキが、その異変に気づいた時には、もう、何もかもが遅かった。
足元から瞬く間に駆け上がった氷が、その両足を、胴を、伸ばした腕までも、分厚く透明な氷塊の中へと閉じ込めていった。
「……っ、マリナ……」
「……ごめんね、アキ」
完全に氷漬けとなり、もはや指先一つ動かせなくなった相棒を前に、マリナは肩で大きく息をついた。
あと一歩。ほんの少しでも、自分の踏み込みが遅れていたなら。あるいは、アキの放った炎が、もう少しだけ勢いを増していたなら。敗れていたのは、自分の方だったかもしれない。それほどまでに、紙一重の僅差だった。
「全部が終わるまで……あなたには、そこで眠っていてもらうわ。大丈夫。凍えて風邪を引いたりしない程度には、ちゃんと加減してあるから。……だから、心配しないで」
氷の中で微かに揺れるアキの瞳から、マリナはそっと目を逸らした。
これ以上見つめていたら。固めたはずの決意が、音を立てて崩れてしまいそうだったから。
氷漬けにされたアキの傍らでは、置き去りにされた赤い妖精のイオが、ぱちぱちと、頼りなく明滅している。
マリナの肩のレミもまた、かける言葉を何一つ見つけられないように、その淡い光を、深く深く翳らせていた。
その一部始終を、セツナは、少し離れた場所から、ただ黙って見つめていた。
「……行きましょう、セツナ」
マリナは、くるりと相棒に背を向けた。その横顔は、もう二度と振り返ろうとはしなかった。
「……本当に、いいのかい」
セツナの、静かな問いに。
「いいも何も、ないわ。……もう、決めたことだもの」
マリナは、短くそう答えるだけだった。
ただ——ステッキを握りしめたその手が、微かに震えていることに。セツナは、あえて気づかないふりをした。
凍てついた相棒を、たった一人残して。
二人の魔法少女は、世界の命運がかかった地下の拠点へと。静かに歩き出した。