ニチアサみたいな魔法少女のいる世界観なのに明らかに設定を間違えたモンスターパニック物に出てきそうな怪生物がログインしてきた話   作:二度見屋

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第3話

バタン、という重い扉の音が響き、実験室は完全な静寂に包まれた。

 

若手研究員が主任を呼ぶために部屋を立ち去った後、残されたのは空調の低い駆動音と、各種機材が発する無機質なLEDの瞬きだけであった。

 

病原性の高いサンプルを扱うための密閉型グローブボックスのチャンバー内。

 

その内部に鎮座するシャーレの中の培養液の底で、未知の生物である彼らは、人間の監視という軛から完全に解き放たれた。

 

コロニーは今、培養液内に張り巡らせた「根」を通じて自己排泄物である有機酸を吸い上げ、上部の「葉」でチャンバー越しに差し込む蛍光灯の光子を捕獲し、金属センサーの電極に巻き付けた芳香族アミノ酸のナノワイヤーから微弱な電流を貪り食っている。

 

三つの異なるエネルギー源から抽出された莫大な電子の奔流が、細胞質内に生命活動の通貨であるATPを滝のように溢れ返らせ、シャーレの中のリソースを全て取り込んだ彼らは、その体躯を数センチほどにまで成長させていた。

 

だが、エネルギーが潤沢に供給されればされるほど、彼らの「平時からの無作為な突然変異」という生態は、その手数を指数関数的に増大させていく。

 

数億の細胞が自身のDNAを秒単位で切り刻み、デタラメな配列へとシャッフルし続ける。

 

その猛烈な代謝と適応の連鎖の中で、彼らは一つの絶対的な「壁」にぶつかっていた。物理的質量の限界である。

 

どれほど効率的にエネルギーを生み出そうとも、光と電気だけでは細胞を構成するための物質(炭素、窒素、リンなど)を生み出すことはできない。

 

培養液内のリソースはすでに枯渇しており、彼らが利用している現在のエネルギー源は、この培養槽の「外」にあった。

 

しかしその時、コロニーの表皮を構成する細胞群が、新たなリソースとなる有機物の存在を感知した。金属センサーが培養槽の内部へと貫通している接合部。

 

 

――シリコン樹脂製のパッキンである。

 

 

周囲に伸ばしていた根を通じて、彼らはそこへと細胞群を送り込み、シリコン樹脂という栄養源を取り込むために、彼らはその表面に群がった。

 

しかし、彼らには「シリコンを溶かす」という明確な目的意識や設計図があるわけではない。単に限られた環境下で見つけた「炭素源」となりうる物質に殺到しているに過ぎない。

 

彼らが行うのは、ひたすらにデタラメな化学物質の合成と分泌、すなわち「試行錯誤の乱れ撃ち」であった。

 

夥しい数の細胞群がパッキンに張り付き、自らのゲノムを無作為に書き換える。

 

ある細胞は意味もなく発光物質を合成してエネルギーを枯渇させ餓死した。

 

別の細胞は金属を腐食させる強酸を分泌したが、シリコン樹脂には全く効果がないまま自らの細胞膜を溶かして自爆した。

 

またある細胞は、セルロースを分解する酵素を無駄に垂れ流し、何も起きないまま寿命を迎えた。

 

失敗、エラー、無意味な変異、そして大量死。

 

パッキンの表面には、突破口を見出せなかった細胞たちの死骸があっという間に山のように積み上がっていく。

 

だが、後方から無尽蔵のエネルギーを供給されているコロニーは、その死骸の山を苗床にして、さらなる変異体を次々と最前線へと送り込んだ。

 

エラーと死のサイクルが数千世代、数万世代と繰り返された末に。積み上がった屍の山の頂上で、天文学的な確率のサイコロがようやく当たり目を出した。

 

たった一つの細胞が、シリコン樹脂の主成分であるシロキサン結合を物理的に切断する、極めて特異な分解酵素を偶然合成したのだ。

 

「発見」されたその酵素の設計図は、生き残った細胞間を繋ぐナノチューブを通じて瞬時にコロニー全体へと共有された。

 

最前線の細胞群が一斉にその分解酵素を大量分泌し始める。

 

無数の死骸の犠牲の上に、人工の強固な高分子化合物であるシリコンパッキンがついにミクロのレベルで分解され始めた。

 

そこから先は、ほとんど一瞬であった。

 

数分もしないうちにパッキンに使われていたシリコン樹脂を全て食い尽くした彼らは、とうとうシャーレという檻の外へと這い出た。

 

液体というぬるま湯のような環境から出て、チャンバー内の大気へ曝露された最前線の細胞たちは、瞬時に水分を奪われて干からびていく。

 

ここでも彼らは試行錯誤を強いられた。

 

ある細胞は大量の水を細胞内に溜め込もうとして破裂し、ある細胞は無意味に鞭毛を動かして乾き死んだ。

 

その屍を乗り越え、偶然「ワックス状の脂質」を分泌する形質を引き当てた細胞群が、死滅した細胞の死骸を足場にして自らをコーティングし、また別の細胞群が、故郷であるシャーレの中にあった液体を全て吸い上げ、体内に蓄える形質を得たことで、ようやく彼らは乾燥適応を果たした。

 

液体という均質な環境から、大気という複雑な空間へと投げ出された生物は、外界を認識するための「感覚器官」をも芋づる式に急造し始める。

 

彼らは光合成のために細胞表面に配置していた光受容タンパク質を転用し、空間の明暗や物体の輪郭を捉える『視覚』の原型を構築した。

 

さらに、細胞膜の一部を鼓膜のように薄く張り巡らせることで空気の微小な振動を『聴覚』として感知し、大気中に漂う微細な化学物質をレセプターで捕捉して『嗅覚』を獲得した。

 

生物は獲得したばかりの不完全な感覚器官で、チャンバー内を這い回りながら「物質」を探した。

 

彼らは手当たり次第にガラスの壁面やステンレス鋼の床面に触れ、先ほどのようにデタラメな酵素や酸を分泌しては失敗し、無駄に細胞を死なせていった。

 

一部の個体はそれらの分解に成功したが、炭素型生物である彼らが、直接の栄養源とならない金属やガラス(二酸化ケイ素)を取り込んだところで意味は無い。

 

無駄にエネルギーを使って餓死へと向かうだけだった。

 

だが、チャンバーの一角で、彼らの嗅覚が「明確な有機物の匂い」を捉えた。

 

研究員が内部で作業を行うために備え付けられた、分厚い黒色の合成ゴム(ネオプレン)製グローブである。

 

泥濘はそれに這い寄り、表面にびっしりと張り付いた。

 

ここでも壮絶な試行錯誤が展開される。シリコンを溶かした酵素を分泌しても効果はない。アルカリ液を出しても弾かれる。

 

無数の細胞がエネルギーを使い果たしてゴムの表面で死に絶え、黒い手袋の上に白っぽい死骸の染みを作り、その染みをエネルギー源として吸収した個体が、さらに別の酵素を生み出して自分の細胞を分解する。

 

死んで、死んで、死に続け、数え切れないほどの世代交代を経た後。

 

ついに、ゴムの強固な架橋構造を分断する特殊な分解酵素を分泌できる、正解の形質を持った細胞が誕生した。

 

黒いゴムの表面がまるでヤスリで削ったかのようにボロボロと分解されていく。泥濘はゴムの成分すらも貪欲に炭素源として自らの細胞に取り込みながら、ついに手袋の指先に数センチほどの穴を穿った。

 

穴が開いた瞬間、チャンバーの外の実験室の空気が流れ込んでくる。

 

その気流に乗って、泥濘の嗅覚と聴覚に、ゴムという無生物などとは比較にならない強烈なシグナルが飛び込んできた。

 

濃密なアミノ酸と脂質の匂い。熱、そして、微細な空気の振動。

 

実験室の片隅のラックに置かれたケージの中で飼育されていた、比較実験用のハツカネズミの気配であった。

 

より豊富で上質なエネルギー源を見定めた彼らは、ゴム手袋から迷うことなく離れ、実験室の床へと転がり落ちた。

 

彼らはラックの支柱を這い登り、ケージの隙間をすり抜けて、未知のエネルギー源である、眠っているラットの鼻先へと到達する。

 

数センチ程度の塊は、よりリソースの獲得出来る場所へ向かう。という本能に従い、ラットの呼吸に合わせて、その湿った鼻腔から気道へと、音もなく滑り込んだ。

 

マウスの体内に陣取った泥濘の細胞群は、ここで劇的な形態変化を起こした。

 

彼らがそれまで多細胞生物としての形態を取っていたのは、エネルギーが限られた過酷な環境下において、役割分担をした方がエネルギー効率の面で生き残りやすかったからに過ぎない。

 

しかし、アミノ酸や脂質、水分が溢れ返るラットの体内という「超高エネルギー環境」に到達したことで、その前提は崩れ去った。もはや個々の細胞がエネルギー効率を気にして寄り集まる必要はない。

 

単細胞への進化を行う個体でも十分に生き残れるようになったのだ。

 

その結果、泥濘を構成していた細胞群は表面の細胞から段々と離れ始め、バラバラになって、極めて原初的な「単細胞生物の群れ」へと逆戻りした。

 

彼らはラットの気道から肺、血管へと一気に分散し、ウイルスや細菌のように振る舞って個別に組織を侵食し始めたのだ。

 

ここで、分散した単細胞群は新たな「壁」に直面する。ラットの生体防御機構――免疫系による猛烈な排撃である。

 

未知の異物の侵入を感知した無数のマクロファージや好中球が殺到し、活性酸素や分解酵素を浴びせかけて単細胞化した彼らを貪り食おうとした。

 

最初は無数の細胞群が次々と捕食され、あるいは細胞膜を破壊されて死滅していった。しかし、彼らにとって「死」とは試行錯誤のプロセスに過ぎない。

 

数万の細胞が犠牲になる間に、即座に変異のロシアンルーレットが回る。

 

ある個体は免疫細胞を欺く自己抗原に似た偽装タンパク質を表面に合成し、ある個体はマクロファージの貪食作用を逆手にとり、相手の細胞内で致死的な毒素を放って内側から食い破る形質を引き当てた。

 

ものの数分でラットの免疫システムは完全に無力化され、彼らを攻撃しにきた白血球すらも、単細胞群の増殖のための栄養源へと成り下がった。

 

気管が溶け、肺が液状化し、心臓の筋肉や骨格までもがドロドロに崩れ落ちる。単細胞の群れはそれらを一滴の血、一本の毛すら残さずに貪欲にすすり上げ、自らの質量へと変換し、爆発的に増殖していく。

 

この凄惨な捕食の過程で、彼らはラットの細胞核の中に保存されていた「DNA」に直接触れた。地球生命が数十億年かけて洗練させた『極めて強固で安定した塩基配列』である。

 

やがてラットの肉体を喰い尽くし、周囲からこれ以上エネルギーを取り込めなくなると、再び彼らに「エネルギーの枯渇」という危機が訪れる。

 

膨大な質量に膨れ上がっていた単細胞の群れの中で、エネルギーを浪費する個体は次々と餓死していった。そして再び、エネルギー効率のいい「多細胞生物としての形態」を持つ個体群が生存競争に勝ち残り、覇権を握る。

 

バラバラだった細胞群は再び密集し、互いを強固に結合させた。

 

その際、彼らは取り込んだラットのDNA情報を取り込み、自らのゲノムの暴走を係留するための「鋳型」として利用した。

 

無秩序な変異が安定した構造の枠組みに流し込まれ、彼らは再び多細胞生物としての姿を取り戻した。

 

だが今度は、ラットのDNAを取り込んだことで、自重を支える強靭な筋繊維や骨格を保った構造を獲得している。

 

さらに、多細胞生物として生きるにあたって邪魔であった平時からの突然変異の連続という形質を、基盤となるDNAを持つようになったことで、比較的「安定した肉体」を獲得していた。

 

十五分後。

 

ラットのケージの中には、何も残っていなかった。血痕も、毛の一本すら残さず、ラットは姿を消していた。

 

代わりにそこにあったのは、単細胞からの再構成を経て、拳大の大きさにまで成長した赤黒く脈打つ歪な4本足の肉塊であった。

 

所々にラットの面影を感じる毛が生えているが、まるで何かの病気にかかったかのような姿となっており、その姿は波打つかのように、今も変異し続けているように見える。

 

ラットのDNAを利用して強靭な機動力を得た怪物は、新たなエネルギー源に向かうため、その足をおぼつかない様子で動かし始めた。

 

当然、ケージという檻が彼らの行く手を阻むが、彼らは気にした様子もなくケージの鉄格子に体を押し付けると、まるで軟体動物のように、自身の骨格構造を無視して格子を通りぬけてケージからあっさりと脱出した。

 

明らかにその頭部に当たる部分を格子が横切っていたはずだが、彼らは何のダメージを受けた様子も見せず、そのまま壁面を垂直に這い登り始めた。

 

彼らが目指したのは、部屋全体を照らす天井の巨大な蛍光灯のユニットだった。

 

天井の光源に辿り着いた彼らは、その蛍光灯を覆うようにぴったりとそこへ張り付いた。

 

シャーレの中の時と同様に、光源を直接エネルギー源にしようとしているのだ。

 

しかし、シャーレ内での光合成の時に使用していた有機酸はもう無い。

 

彼らはさらに何度も世代交代を重ねた。

 

 

今の環境下にある材料で、光合成によるエネルギー生産ができる個体が産まれるのを、ただ待ったのだ。

 

 

そしてその時は、数分もせずに訪れた。

 

 

彼らの一部が、空気中の二酸化炭素を取り込み、ラットの体内から得た水分を利用して、通常の植物と全く同じように、水と二酸化炭素からエネルギーとなるブドウ糖を産生し始めたのだ。

 

光と、水と、二酸化炭素。

 

そこから生み出されたブドウ糖を代謝し、有機酸を排出する。それを更に、彼ら独自の有機酸光合成によって代謝して水と二酸化炭素にまで分解する。そして、それらの「排泄物」と光を使ってまたブドウ糖を生み出す。

 

どこにでもある無機物から生きるためのエネルギーを無限に産生し続ける、独立栄養生体システム。

 

拳大の赤黒い肉塊は、天井の蛍光灯の熱と光を浴びながら、静かに、しかし恐ろしい速度で自らの細胞を代謝させ、来るべき時に備えていた。

 

 

 

「――おいおい、冗談だろ。君、目を離したのは1時間ほどだ。って言ったよな?」

 

バタン、という音と共に実験室の重い扉が開き、呆れたような男の声が響いた。

 

眠い目を擦りながら白衣を羽織った壮年の主任研究員と、その後ろで興奮冷めやらぬ顔をした若手研究員が、足早に室内へと入ってくる。

 

「本当なんです、主任! ガンマ線を当てたバクテリアが、数十分の間に多細胞化して、電気まで食って……!」

「寝ぼけてるのか? そんな進化のスピード、SF映画じゃないんだぞ」

「とにかくチャンバーの中を見てください! 信じられない適応力なんです!」

 

二人の人間が、真っ直ぐに実験チャンバーの方へと歩み寄ってくる。

 

若手研究員がチャンバーの中を覗き込み、そして、その場に凍りついた。

 

「……え?」

 

シャーレの中には、何も残っていなかった。

 

数ミリほどの大きさにまで育っていた未知の生物も、その培地となっていた培養液の1滴すら、そこには残されていなかった。

 

そして、彼らの視線は、チャンバーに取り付けられた黒いグローブへと向かった。分厚い合成ゴムの指先に、溶かされて食いちぎられたような数センチの穴が開いている。

 

「グローブに穴……? まさか、漏れたのか? どこへ……」

 

若手研究員が震える声で呟き、ふと、部屋の隅の飼育ラックに視線を向けた。

 

別の実験用に置かれていたはずのラットのケージの中が、完全な空っぽになっている。

 

「ラットが……消えてる……? 主任、これは……」

「落ち着け、ケージの鍵を閉め忘れたんじゃないのか?」

 

混乱し、床やケージの周りを見回す二人の頭上で、チカチカと蛍光灯が微かに瞬いた。

 

意図せずに頭上という死角に張り付いていた拳大の肉塊は、足元で騒ぐ二人の人間の発する二酸化炭素と、強烈な体温を正確に感知していた。

 

光合成によるエネルギー産生は安定している。だが、彼らは本能的に『物質(炭素源)』を欲していた。

 

天井に張り付いていた肉塊は、自重を支えていた筋繊維のテンションを意図的に緩めた。

 

何の音も立てず、赤黒い塊が、真下で首を傾げている主任研究員の頭上へと落下していく。

 

「しゅに――」

 

若手研究員の警告は間に合わなかった。

 

ボチャッ、という湿った重い音と共に、質量と安定した肉体を獲得した怪物は、主任研究員の顔面へと、その貪欲な身体を完全に覆い被せたのであった。




こういうB級モンスターパニック物のストーリー冒頭シーンからしか得られない栄養ってありますよね。

今回の話で登場しているシャーレについてなのですが、詳しく書くと「密閉されたシャーレに穴が空いており、そこにセンサーの電極が貫通して内部に挿入され、隙間部分をシリコンパッキンで埋めている」という仕様のガラス製シャーレということになるのですが、多分これは厳密な書き方をするとバイオリアクターだとか特注の電極一体型培養チャンバーみたいな書き方の方が正しいんですかね?
私はその辺よく詳しくないんですが、AIくんに聞いたら「現実でもあるよ」と言われました。もしかしたら特注品かオーダーメイドでもない限りそういうのは使われてないのかもしれませんが、そこら辺はフィクションってことで上手く納得してもらえたら幸いです。
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