ニチアサみたいな魔法少女のいる世界観なのに明らかに設定を間違えたモンスターパニック物に出てきそうな怪生物がログインしてきた話 作:二度見屋
夜の郊外。人の気配の絶えた寂れた工業区画の外れに、その施設はあった。
錆びついたフェンスの向こうに横たわる、崩れかけの変電施設。かつて街へ電気を送っていたその跡地は、今や蔦に覆われた、廃墟と化している。
だが、この地下深くに、世界の命運を左右する存在が眠っているのだ。
セツナとマリナは、その廃墟を見渡せる小高い丘の上に立っていた。
「……あそこが、あいつらの巣ってわけね」
マリナが、眼下の廃墟へ油断なく視線を注ぎながら呟く。そして、隣に立つセツナへと、率直な疑問を投げかけた。
「ところで。そのポチっていうあの怪物は、カグヤと一緒にあの地下にいるんでしょう? ……どうやってあいつらを分断するつもりなの。私があの怪物を食い止めるにしても、まずは二人を引き離さないと話にならないわ」
至極もっともな問いだった。狭い地下でカグヤとポチが揃っていれば、セツナがカグヤへ近づく隙など生まれるはずもない。それにそもそも、セツナの話が正しければ、あの地下にあるカグヤの部屋は、ポチの肉体そのものらしいではないか。そんな場所で戦うのはあまりにも不利だ。
だが、セツナの答えは、あまりにも予想の外にあった。
「そりゃもちろん——」
彼女は静かに、夜空を見上げた。
「吹っ飛ばす」
「……は?」
マリナが、思わず訝しげな声を漏らした。
吹っ飛ばす。
その言葉の意味を、脳が理解するより先に。
天が、落ちた。
眼下で、世界が爆ぜる。
耳をつんざく轟音とともに、変電所の跡地が、大地ごと、根こそぎ吹き飛んだ。灼熱の光が膨れ上がり、爆風が同心円状に、四方へと広がっていく。遠く離れた丘の上にまで、遅れて熱風の壁が到達し、マリナの全身を、びりびりと打った。思わず、腕で顔を庇う。
「嘘、でしょう……っ」
マリナの喉が引き攣った。”あんなもの”が、よりにもよってこの瞬間、あの一点へ落ちてくるなど、偶然であるはずがない。ならば、これは。
「”ちょうどいい大きさの小惑星が地球の近くにあったんだ”……それを少しずつ確率を手繰って、こっちへ引き寄せておいた。この丘まで離れていれば、僕たちが巻き込まれることもないよ」
セツナの声は、あくまで静かだった。世界を滅ぼしうる天の災いを、まるで盤上の駒でも動かすように、事も無げに。
——これが、確率操作。隕石すら、意のままに手繰り寄せる力。
やがて、立ち込めた土煙が、ゆっくりと晴れていく。
二人は丘を降り、まだ熱を帯びた、抉れた大地を踏みしめながら、その中心へと歩を進めた。
そこにできていたのは、直径数十メートルにも及ぶ、巨大な擂鉢状の窪みだった。地表は文字通り捲れ上がり、深く隠されていたはずの地下空間が、その醜い臓腑を、夜天の下へと晒している。
そして、その底一面に。
無数の焼け焦げた肉片が飛び散っていた。
キチン質の殻の破片。ちぎれた燐光の触手。純白の体毛をまとった、生々しい肉の塊。隕石の直撃を浴びて爆散した、ポチの成れの果てだった。
だが、それはただの死骸ではなかった。
ばらばらに飛び散り、衝撃によってスクランブルエッグのような目にあいながらも、生き残ったわずかな肉片たちが、びくり、びくりと痙攣し、ずるり、ずるりと、地を這いはじめる。
まるで一つの意思に導かれるように、それらは互いへと向かい、じわじわと集まっていく。寄り集まった肉が周囲に散らばった骨片などの「材料」を回収しながら寄り集まり、ぐぢゅ、ぐぢゅと湿った音を立てて絡み合うと、少しずつ、一つの塊へと形を成していった。
やがてその塊は、二本の脚で大地を踏みしめ、ゆっくりと起き上がる。
昆虫の複眼を思わせる、無数の眼。白い生体装甲に覆われた、特撮ヒーローめいた異形の体躯。それは、ポチが以前から偽装や外出のために用いてきた、あの人型の姿だった。飛散した己の全てをかき集め、ポチは今、少しずつ、その形を取り戻しつつあった。
そして、その傍らに。一人の少女が、ぽつんと立っていた。
黒いワンピースをまとった、八つほどの幼女。天災の直撃を受けてなお、その白い肌には、傷の一つも無い。カグヤである。
「……なんじゃ、騒がしいのう」
天から降ってきた災いを前にしてなお、カグヤは気だるげに欠伸を漏らすばかりで、まるで意に介した様子もない。
——その、隙だらけの一瞬を。マリナは、見逃さなかった。
ステッキを振り抜き、ありったけの冷気を、真横から叩きつける。
まだ再構成の途上にあったポチの不完全な体は、その一撃に抗う術もなく、めきめきと凍てつきながら、大きく後方へと吹き飛ばされていった。カグヤの傍らから、無理やり引き剥がすように。
狙い通り、カグヤと怪物は、こうして引き離された。あとはマリナが、あれをこの場に縛りつけておけばいい。
その隙に、セツナは、まっすぐカグヤのもとへと歩み寄った。
気だるげだったカグヤの双眸が、ゆっくりとその少女を捉える。
だが。
カグヤの視線が真に射抜いたのは、その少女ではなかった。
少女の肩口に浮かぶ淡い銀の光。
一匹の妖精。
——ぴくり、と。
その瞬間、カグヤのまとっていた気だるげな空気が、音もなく凍てついた。
忘れるものか。あの銀の光を。
幾百年もの時を経てなお、カグヤの奥底に、冷たい泥のように沈み続けていた忌まわしい記憶。
いつぞやの夜、突然現れたかと思えば、妾の魂を寄越せと言い放った妖精。
妾を庇って消えた、たった一人の友を死に追いやった元凶。
その姿を、その気配を、カグヤが見紛うはずもなかった。
「…………ルミナス」
地の底から絞り出すような声で、カグヤはその名を吐き捨てた。
セツナの肩の上で、銀の光がびくりと硬く強張った。
「久しいのう。……忘れた日など、一日たりとてなかったわ」
カグヤの声は 静かだった。
静かすぎた。
「よくものうのうと、また妾の前にその面を晒せたものじゃ」
その小さな体から、桁外れの魔力が音もなく膨れ上がっていく。
だがそれは、これまでの気まぐれな余興で放たれていた魔力とはまるで質が違った。
煮えたぎるような剥き出しの殺意。
ただそこに在るだけで大気がびりびりと軋み、クレーターの壁面からぱらぱらと小石が崩れ落ちていく。
離れた場所でポチと対峙するマリナでさえ、その桁違いの圧に思わず息を呑んで硬直した。
これが、最古の魔法少女。
今まで相手にしてきたどんな悪魔とも、まるで比べ物にならない。
だが今、そのカグヤの体を満たしているのは、力そのものよりもなお、純然たる一個の怒りであった。
「エラを返せとは言わぬ。……じゃがな」
カグヤは 静かに右手を掲げた。
「せめて、その報いだけは、この場できっちりと払うてもらうぞ」
そして彼女は朗々と、その言葉を紡いだ。
「——輝光変化」
眩い光が、少女の体を包み込む。
次に光が晴れた時。そこに気だるげな少女の姿はもう無かった。
幾重にも衣を重ねた雅な十二単。
長く艶やかな黒髪を垂らし、凛と佇む平安の姫の姿。
それは遥か昔、彼女がまだ魔法少女として悪魔たちと戦っていた際の姿だった。
そして今、その同じ装いを彼女は、積年の仇を屠るために身につけていた。
「そこの小娘。そしてルミナス」
冷え冷えとした眼差しが、二つの標的を交互に射抜いた。
「——二匹まとめて、この妾が、直々に消し飛ばしてくれる」
言うが早いか、カグヤの体が、ふわりと宙へ舞い上がった。
その頭上に、七色の光が渦を巻いて収束していく。虹の色をした魔力が、幾条もの極彩色の光線となってセツナへと一斉に降り注いだ。
一条一条が、掠めただけで肉を蒸発させる、死の奔流。まともに受ければ、魔法少女といえど、跡形も残るまい。
だが、セツナは慌てなかった。
同じように宙へ身を躍らせ、降り注ぐ死の光を、紙一重で次々と躱していく。
その光の雨は、どういうわけか、ことごとく彼女の輪郭を寸前で逸れていった。まるで、避けるべき軌道の全てを、あらかじめ知り尽くしているかのように。
苛烈な弾幕の中を、セツナはただ静かに、カグヤとの距離を詰めていった。
「……ほう? 妾の攻撃を避けながら、近づいてくるか」
カグヤの目が、細められる。相手が執拗に距離を縮めようとする、その動きから、彼女は一つの推測を導き出した。
「お主の権能。おおかた、相手に触れねば発動せぬか、さもなくば近接でしか使えぬ類のものじゃな。」
「ならば——」
見切ったとばかりに、カグヤは大きく後方へと跳んだ。間合いさえ取れば、あとは、あの光線で一方的に射抜くのみ。
だが、その勝ち誇った顔へ。セツナは、静かに告げた。
「精度を上げるために、近付いただけよ」
「……なに?」
刹那。カグヤは気を失った。
セツナの権能が狙ったのは、カグヤの周囲の、空気だった。
そこに漂う酸素の分子だけが、まるで意思を持つかのように、カグヤの口元から悉く逃げ去っていく。
彼女が吸い込めるのは、命を繋がぬ、窒素と二酸化炭素の分子ばかり。そんな天文学的にありえぬ偏りを、セツナは確率操作によって引き起こしていた。
不老不死の権能とて、その肉体の生理機能自体は人間と変わらない。
くらり、と。十二単の姫君の体が、傾ぐ。抗う間もなく、その意識は、深い闇の底へと引きずり込まれていった。
崩れ落ちるカグヤの体を、セツナはそっと宙で抱き留める。全ての元凶とされ、恐れられてきた、最古の魔法少女。その最強の存在が、ただの一度も反撃を許されぬまま、あっけなく意識を刈り取られたのだ。
——だが。その傍らでは、マリナが、じりじりと追い詰められつつあった。
白い装甲に覆われた四肢から、鞭のようにしなる肉の触手を幾本も生やし、ポチはマリナへと、絶え間なく襲いかかってくる。マリナはそれを凍らせ、へし折り、必死に捌き続けていた。
だが——おかしい。
最初のうちは、確かに効いていた。冷気を浴びせれば、その肉はたちまち凍りつき、脆く砕けた。それなのに、攻防を繰り返すうちに、次第に、手応えが変わってきたのだ。
凍らない。
あれほど易々と凍てついていたはずの肉が、今や、いくら冷気を浴びせても、表面にうっすらと霜を刷くばかりで、芯まで凍りつかなくなっている。
それどころか、触手の表面を見ると、いつの間にか緻密な層がわたあめのように幾重にも織り上げられていることに気がついた。
まるで、熱を通さぬ断熱材を、そっくりそのまま編み上げたかのような——冷気を、内側へ決して届かせぬための、精緻な鎧。権能を打ち込むたびに、氷が届く深さが、確実に、浅くなっていく。
「……嘘、でしょう」
マリナの背に、冷たい汗が伝った。脳裏をよぎったのは、かつて聞かされた、あの報告だ。
——アキの数千度の炎すら、白い装甲を生み出して耐え抜いたという話。
まさか、私の氷まで。
その、まさかだった。
だが——マリナは知る由もないことだが、その適応速度は、以前までと比べて格段に早く進んでいた。
マリナの氷による攻撃が、ポチにとって与しやすかった。という訳ではない。
アキの時と違うのは、今回の適応においてポチは『正解』を知っているということ。
ポチがクロウの協力や街中に散らばった分体たちによって学習したのは、人類の言語や文化だけではない。
人類が数千年かけて研究してきた、科学知識すらもポチは既に学習していた。
「エチレングリコールという物質の混ざった水は凍りにくい」「比熱の大きい空気を層状に挟み込むことで断熱材になる」といった知識を元にして、冷気という環境ストレスに対し、最も効率のよい形へと一直線に己を作り変えていく。
「冗談じゃ……ないわよ……っ」
削られていく魔力。効かなくなっていく氷。
マリナは奥歯を噛み締め、それでも懸命に、その巨体をこの場へ繋ぎ止め続けた。
その時だった。
不意に。ポチの動きがぴたりと止まった。
ポチの体が、ゆっくりと、その向きを変えていく。
マリナではなく——崩れ落ちたカグヤと、それを抱きとめるセツナの方へと。
何を思ったのか。いや、そもそもこの怪物が「思う」ということをするのかすら、分からない。ただ、ポチは、目の前の敵との戦いを、この瞬間に、あっさりと投げ捨てた。
そして、マリナに視線を向けないまま、ポチはその口を開いた。
そこから絞り出された、その声は。
「——スコシ、マテ」
たどたどしく、平坦で。人のものとは、到底思えぬ、悍ましい音の羅列だった。
マリナの、全身が粟立った。
——喋った。
意思など無いはずの、ただ蠢くだけの化け物。
そう思っていたものが、今、確かに、言葉を発したのだ。何を考えているのか、まるで分からない。何故、戦いをやめたのかも。ただ、底の知れない不気味さだけが、じわりと、背筋を締め上げていく。
伸ばした触手を力なく引き、その眼を、崩れ落ちたカグヤと、それを抱くセツナへと、じっと据えている。
ただ静かに、事の成り行きを見定めるように。
迂闊に、手が出せない。得体の知れぬこの怪物が、次に何を考え、どう動くのか、まるで読めなかった。マリナは氷のステッキを構えたまま、荒い息を殺し、ただ、その一挙手一投足を睨みつけるほかなかった。
「……なんなの、あの怪物」
セツナの肩で、妖精ルミナスがその銀の光を不安げに揺らした。
突然、敵意を消して静観をはじめたポチの様子は、あまりにも不気味で、底が知れなかった。
だが、好機であることに変わりはない。カグヤは確保した。ならばあとは。
「……ルミナス。今のうちに、儀式を」
セツナに促され、ルミナスが意を決したように、その輝きを増していく。
銀の光の粒子が、眠るカグヤの体を包み込むように、はらはらと降り注ぎはじめたかと思えば、すぐに逆再生のようにカグヤからルミナスへと光が吸い込まれ始める。
世界を、あの不毛な戦いから永遠に解き放つための、たった一つの光。カグヤの中に眠る、無限の魔力。それを抜き取るための儀式が、今、始まった。
その瞬間。
セツナの視界が、白く爆ぜた。
がくりと力が抜ける。あやうく、腕の中のカグヤを取り落としそうになった。頭の奥を、焼けるような鋭い痛みが貫いていく。
これまで、ぼんやりと霞んでいた未来。
そのすべての因果が、ここへ来て、一つの結末へと収束したことで。彼女の未来視の解像度が、突如として跳ね上がったのだ。
奔流のように流れ込んでくる、鮮明なビジョン。
その光景を目にした瞬間、セツナの顔から——すうっと、血の気が引いていった。
計画は今、成就する寸前だった。それなのに、彼女の胸を満たしたのは、勝利の確信ではなく、底知れぬ絶望だった。
私はカグヤの設定を作る際に「最強の魔法少女」をイメージしてそのキャラ設定を考えましたが、セツナのキャラ設定を考えた時にイメージしたのは「無敵の魔法少女」です。
なので力関係的にはセツナ>カグヤです。
コピー能力系、複数能力系以外で一番強い能力は何か?を考えた時にカグヤとセツナの能力を思いつきました。
もっとバトルさせようかと思ったんですけど、セツナの権能ならこれで終わるな。ってなって一瞬で決着つく流れになりました。