ニチアサみたいな魔法少女のいる世界観なのに明らかに設定を間違えたモンスターパニック物に出てきそうな怪生物がログインしてきた話 作:二度見屋
「————ッ、はぁッ!」
セツナは、大きく息を呑んで我に返った。
心臓が早鐘のように打っている。全身にびっしょりと冷たい汗が滲んでいた。
ほんの一瞬前まで、確かにこの目で見ていたはずの、あの終末の光景。
世界のすべてが、あの怪物に喰い尽くされていく光景。それが今、潮が引くように急速に遠ざかっていく。
——未来視。
そうだ。今しがた脳裏を焼いたあの地獄は、まだ現実には訪れていない。彼女の権能が映し出した、これから起こりうる「未来」の一つに過ぎないのだ。
崩れかけた変電所の残骸。腕の中には、意識を失ったカグヤの、小さな温もりが確かにある。少し離れた場所では、マリナがあの人型の怪物を警戒しつつステッキを構えている。
何もかもが、あの終末が訪れる前の、ほんの一瞬の中に、まだ留まっている。
——間に合う。まだ、間に合うのだ。
これまで幾度となく夢に見てきた、あの漠然とした破滅の未来。
自分はずっと、それを次元の穴から溢れ出す悪魔たちが招くものだと信じて疑わなかった。だからこそ、その根を断つために道を閉ざそうと、カグヤの魂を抜き取ろうとしてきたのだ。
だが——違った。何もかもが違っていた。
世界を滅ぼす元凶は、悪魔などではない。それは、この目の前で静かに蠢く、ポチという一匹の怪物。カグヤという枷を失った瞬間に牙を剥く、この化け物こそが、あの終末の正体だったのだ。
つまり——カグヤの魂を抜き取り、この最古の魔法少女を喪えば。自分たちは、悪魔よりも遥かに恐ろしいものを、自らの手で解き放つことになる。
「——ルミナス、やめろッ! 儀式を、今すぐ止めるんだ……!」
セツナの、悲鳴じみた叫び。
その肩で、儀式のために銀の光を強めていた妖精ルミナスが、びくりと震えた。
「なに!? どうし——」
「いいから止めるんだ! カグヤを喪ったら……この世界は、終わりだ……!」
必死の形相に、ただならぬものを感じ取ったのだろう。ルミナスは戸惑いながらも、カグヤの魂を抜き取るための儀式を寸前で中断させた。
眠るカグヤの中から吸い出されかけていた魂。それは辛うじて、その身に押し留められた。
「……一体、何を見たの」
怪物を警戒したまま、ルミナスが硬い声で問う。
セツナは、震える声で、たった今この目に焼きついた未来を語った。カグヤが死んだ瞬間、あの怪物がすべての枷を失い、街を、国を、世界のすべてを喰らい尽くしていく様を。ひと月と経たぬうちに、地球そのものが、たった一匹の生物へと変わり果てる、その光景を。
「……そんな。じゃあ、私たちがやろうとしていたことは……」
それを聞いていたマリナの顔から、すうっと血の気が引いていく。
悪魔さえいなくなれば、普通の女の子に戻れる。ずっと胸に抱いてきた、ささやかな願い。そのために、親友である幼なじみを凍らせてまで、この計画に賭けたのに。
それなのに——その計画こそが、世界を滅ぼす引き金だったというのか。
握りしめたステッキの上で、彼女の指が細かく震えていた。
沈黙が、抉れたクレーターの底に落ちる。
カグヤを、殺すことはできない。彼女を喪えば、目の前の怪物が世界を喰らい尽くす。かといって、このまま解放すれば、次元の道は開いたまま。悪魔による被害は続くだろう。
セツナたちは、眠る一人の少女を前に、手を出せない袋小路へと、迷い込んでいた。
「……どうすれば」
セツナの唇から、力ない声が漏れた、その時。
——ぞわり、と。
クレーターの縁を取り囲むように、無数の気配が闇の中から湧き上がった。
赤い双眸。歪な影。禍々しい魔力を纏った、悪魔の群れ。それらが、地の底のこの場所へと、次々になだれ込んでくる。
その先頭に立つのは、ペストマスクを被った、一羽の鴉の悪魔。クロウだった。
「……行け、あの少女を守れ」
掠れた声で、クロウが呟く。その使い魔である無数のカラスが、頭上で不気味に旋回していた。
「その娘の魂……抜かせは、せぬ」
指導者ザラキを失い、それでも残された悪魔たちを束ね、クロウはこの地へと駆けつけたのだ。皮肉にも、悪魔を忌み嫌うカグヤを、守るために。
そして、動いたのは悪魔たちだけではなかった。
じっと、事の成り行きを見つめていた、あの人型の怪物ポチ。
ルミナスによる儀式が中断され、カグヤがもう殺されはしないと見て取ったのか。ポチは、まるで用済みとでも言うように、再びセツナたちへとその矛先を向けた。
鞭のような無数の触手が、セツナ目掛けて薙ぎ払われる。
「——っ!」
辛うじて身を躱すセツナ。だが、その隙を悪魔たちが見逃すはずもなかった。
「今だ、掛かれェ!」
クロウの号令一下。悪魔の群れが、怪物と呼応するように、疲弊した二人へと殺到し、カグヤを奪おうとする。
前からは悪魔、横からは怪物の触手。逃げ場のない、絶体絶命の挟撃だった。
「くっ……下がって!」
「言われなくても……っ、でも、もうこれ以上は……!」
マリナの氷は、連戦による疲弊で、もう精彩を欠いていた。さらにセツナは、ポチというカオスに近付きすぎた事で、確率操作の権能の精度が落ちている。
迫り来る無数の爪と牙を前に、二人は、なす術もなく、ただ身を寄せ合うことしかできなかった。
——終わった。
そう思った、次の瞬間。
ゴォッ、と。
灼熱の業火が、横薙ぎに吹き荒れ、群がる悪魔たちを、まとめて焼き払った。
「え……」
呆然と見上げるマリナの視線の先。クレーターの縁に、一人の少女が、静かに降り立った。
紅蓮の炎を身に纏った、炎の魔法少女。
「——えっ……!?」
そう。それは、つい先刻、マリナ自身が氷漬けにして隔離したはずの、かけがえのない親友、アキだった。自らの炎で氷を溶かし、二人を追ってここまで駆けつけたのだ。
「まったく……世話が焼けるんだから」
不敵に笑いながらも、その瞳には、隠しきれない安堵が滲んでいる。アキは再びステッキを振るい、二人へ迫っていた悪魔たちを、豪炎で薙ぎ払った。
炎に焼かれた悪魔たちが、次々と黒い炭へと姿を変えていく。
「なんで……」
「なんで、じゃないでしょ。あんたが危ないって時に、放っておけるわけないじゃない」
決裂したはずの二人。だが、そのわだかまりも、今この瞬間ばかりは、どこかへ吹き飛んでいた。
アキの乱入によって、悪魔たちの勢いが、一瞬、削がれる。その隙を、セツナは見逃さなかった。
「——今のうちに! 二人とも、退くよ!」
「え、でも、カグヤは……」とアキが戸惑う。
「あの子は、殺しちゃいけない……! あの子がいなくなったら世界が終わる! ……詳しいことは後で話す。今はとにかく逃げるよ……!」
状況を飲み込めぬまでも、アキは、セツナの切迫した声に頷いた。
セツナは、地面に横たえた眠るカグヤへ、最後に一度だけ、視線を落とす。世界を救う鍵であり、同時に、世界を繋ぎ止める楔でもある、この小さな少女。
「……すまなかった」
殺そうとしていた相手へ、誰にも聞こえぬほど小さく、そう詫びて。
三人は、アキの炎が切り開いた道を駆け抜け、その場から離脱した。
背後では悪魔たちが、守るように、眠るカグヤと、佇む怪物の周りを、再び固めていく。もはや、深追いしてくる様子はない。彼らの目的は、あくまで、カグヤを守ることだったのだから。
夜の闇へと逃れながら、セツナは、一度だけ振り返った。
倒すべき敵だったはずの悪魔が、殺すべき相手だったはずの少女を守っている。そして、その傍らには、世界を滅ぼしうる、あの怪物。
何もかもが、当初の思惑とは正反対の形になってしまった。
道を閉ざす計画は完全に頓挫した。
悪魔たちはこれからも、人類を脅かし続けるだろう。
それでも——隣を駆ける、炎と氷の魔法少女たちの姿に、セツナは、ほんの僅かな光を見た。
Q,ルミナスがカグヤの魂を取り込んで、無限の魔力を取り込めるんなら、カグヤが死んでもその後にルミナスがポチを消し飛ばせるんでは?
A,ルミナスがカグヤの魂を取り込んでもその権能までは得ることはできません。そして、妖精であるルミナスはこの三次元空間で生きていくために常に生命維持のための魔法を使っています。道を閉じるために魔法を使う場合でも、(ポチを消し飛ばすために)攻撃の魔法を使う場合でも、生命維持の魔法を使うのを止めなくてはならないため、どちらの場合でもルミナスは消滅します。一度に2つの魔法を使うことは出来ません。
次回、最終回です。