ニチアサみたいな魔法少女のいる世界観なのに明らかに設定を間違えたモンスターパニック物に出てきそうな怪生物がログインしてきた話 作:二度見屋
——あの夜から、数ヶ月が過ぎた。
セツナたちの目論んだ、カグヤの魂を抜き取る計画。
それは、あの日を境に完全に凍結された。次元の道を閉ざすという試みは、頓挫したまま、今も宙に浮いている。
カグヤを喪えば、あの怪物ポチが、世界のすべてを喰らい尽くす。
だからこそ、もう誰もカグヤに手を出せない。
悪魔を根絶する唯一の道は、より恐ろしい破滅への入り口でもあった。その事実を知ってしまった今、道を閉ざす術は、永遠に失われてしまったのだ。
道は開いたまま。悪魔は、これからも夜ごと、この街へと現れ続けるだろう。カグヤも、あの怪物も、変わらずどこかに潜んでいる。
何一つ、根本的には解決していない。
——それでも。世界は今日も、当たり前のように回っていた。
うららかな春の朝。
「マリナー! 待って、待ってってば……っ」
通学路の途中。
息を切らして駆けてきたアキが、前を行く背中へ必死に呼びかけた。
「……アキ。あなたも寝坊したクチ?」
振り返ったマリナの頬にも、うっすらと汗が浮かんでいる。どうやら急いでいるのは彼女とて同じらしい。
「うっ……だってさ。昨日の夜は遅くまで大変だったんだもん……」
「奇遇ね。私もまさに同じ言い訳を用意していたところよ」
昨夜、街外れに現れた悪魔の相手で、二人は遅くまで駆け回っていたのだ。
寝不足の朝を迎えたのはどちらも同じだった。
そんなアキの通学鞄の口からは、赤い光の球体がひょっこりと顔を覗かせていた。アキの妖精、イオである。
「アキー!こんなとこで油を売ってる場合じゃないっすよ!本気で遅刻しちゃうっす!」
人目を憚りつつ鞄の縁から、せわしなく明滅するイオが半泣きで急かす。
一方、マリナの鞄の中では、青い光がお淑やかに揺れた。妖精のレミだ。
「イオ。あまり顔を出しては人に見られますよ。……とはいえ、この調子では遅刻は免れそうにありませんね」
穏やかにたしなめつつも、レミの見立てはどこまでも冷静だった。
「はぁ……これじゃ揃って遅刻確定じゃない。ほら、無駄口叩いてないで走るわよ」
「そ……それを言うならマリナだって……っ。ちょっと待ってよマリナー!」
制服のスカートを翻し、再び駆け出すマリナ。その隣にアキも慌てて並んで走り出す。
息を切らして走るその横顔に、昨夜の死闘の疲れはもう見当たらない。
悪魔と戦ったその手で、今はただ遅刻を焦って通学路を駆けている。血生臭い夜とどこにでもある朝。
その両方を行き来しながら二人は、今日という日を生きていた。
あの日、マリナはアキの言葉を綺麗事と切り捨て、二人の関係は決裂したはずだった。
しかし、それにも関わらず、あの夜、アキは何事も無かったかのようにマリナを助けた事で、二人の間にあったわだかまりは、いつの間にか溶けて消えていた。
教室は、朝のざわめきに満ちていた。
自分の席についたマリナの視線が、ふと、窓際の一人の男子生徒へと向けられる。タクヤ。ずっと密かに想いを寄せていた、同じクラスの少年だ。
悪魔がいなくなったら、その時こそ、この気持ちを伝えよう。ずっと、そう思っていた。
——けれど、悪魔はいなくならなかった。
計画は失敗し、自分は今も、正体を隠して戦い続ける魔法少女のまま。彼に、平穏な日々を約束することはできない。迂闊に近づけば、あの子を危険に巻き込むかもしれない。
だから、まだ、言えない。
それでも、不思議と、以前ほどの焦りはなかった。
こうして、彼と同じ教室で、同じ朝を迎えられる。ただそれだけのことが、今は、何よりも尊く思えたから。
いつか、必ず。この戦いに、本当の終わりが訪れたなら。その時こそ——。
マリナは、そっと、その想いを胸の奥へしまい直した。
昼休み。
二人は屋上へと続く階段の踊り場で弁当を広げていた。
「……ねえ、マリナ」
卵焼きを頬張りながら、アキが、ぽつりと切り出した。
「あの子……カグヤ、今頃どうしてるのかな。セツナもあの後居なくなっちゃったし……」
マリナの箸が、一瞬、止まる。
「……さあ。セツナは自分の街に戻ったんでしょうけど……カグヤなら、あの怪物に菓子でもねだって、ぐうたらしてるんじゃない」
「あはは、なにそれ」
思わず、アキが吹き出す。だが、その笑みには、どこか複雑な色が滲んでいた。
倒すべき「悪の親玉」だと、ずっと信じ込まされていた、あの幼い少女。その正体は、この世でただ一人、世界を滅びから繋ぎ止める、かけがえのない楔だったのだ。
——一方、その頃。
セツナと妖精ルミナスの姿は、マリナの言った通り、どこにもなかった。
あの夜を最後に、二人はセツナが住んでいる街へ帰ってきていた。
次元の道を閉ざし、悪魔の脅威を根絶する。長い歳月をかけて追い求めてきたその悲願は。カグヤという少女を喪えば、より恐ろしい終末を招くという残酷な真実の前に閉ざされてしまった。
進むことも、退くこともできない。もはや、打つ手はない。
それでも、セツナは、諦めてはいなかった。
いつか、カグヤを犠牲にせずとも、悪魔を根絶する方法がどこかにあるはずだ。ただ、その一心で。
セツナは、両親の仏壇の前で手を合わせながら、必ずその方法を見つける事を誓った。
両親を奪った悪魔たちを、必ずこの世から消し去る。
彼女は既に、そう決めているのだから。
「……焦らずとも、いつかきっと、道は見つかります」
肩の上で、銀色に瞬きながら、ルミナスが静かに囁いた。
セツナに魂を分け与えてまで、カグヤを探し求めていたルミナスは、最後の最後まで、セツナと共に在ると決めていた。
「この命が尽きるその時まで。私は、あなたと一緒に探し続けます」
答えの見えない問いを抱えたまま。それでも二人は、微かな光を求めて歩み続ける。いつか訪れるかもしれない、その日のために。
そして——世界を滅びから繋ぎ止める、その楔たる少女は、相変わらず、人の目の届かない地下深くで、ポチの肉体で構成された生体ルームの中で、退屈そうに日々を過ごしていた。
「ポチー、スタバとやらで売っておる、ふらぺちーのなるものが食べたいのじゃ。買うてまいれ」
「…………」
絶対的脅威の気まぐれな命令に、人外たる怪物は、無言のまま従う。
世界を喰らい尽くすはずであった絶対捕食の化け物。
それは今日も、主のために、律儀に店へと甘味を買いに出るのだった。
この奇妙な主従は、あの夜を経てなお、何一つ変わってはいないように見えた。
——しかし。
カグヤが甘味に満足し、ベッドの上でまどろむ静かな時間の合間に、人間の姿を借りた怪物はいつからか、書物を読むようになっていた。
人間たちが書き記した科学の本。
その表紙には、『常温核融合』の文字が記されている。
膨大な人類の叡智を取り込みつつある、この怪物。
その力をどのように活用するつもりなのか、もしくは、いずれ己の肉体へと組み込むつもりなのか。
それは、誰にも分からない。
ただ静かに、本の頁をめくる、その瞳の奥には、次なる進化の、微かな胎動が、確かに揺らめいているようだった。
世界を繋ぎ止める楔のすぐ傍らで、怪物はその力を伸ばしはじめている。
誰にも、気づかれぬままに。
そして、その拠点の周囲には今や、悪魔たちの気配が、絶えず漂っていた。
カグヤの魂が抜かれれば、次元の道が閉ざされる。
それを防ぐため、悪魔たちはこの気まぐれな少女を守らざるを得なくなったのだ。
「ふん。目障りな羽虫どもがうろちょろと。……妾を誰だと思うておる。守るなぞと上から目線に……小癪な奴らめ」
自らを守る悪魔たちの気配を感じ取るカグヤは、心底鬱陶しそうに一蹴する。
悪魔を蛇蝎のごとく嫌う彼女にとって、守られることなど、屈辱以外の何物でもない。だが、当の悪魔たちにしてみても、好きで守っているわけでは断じてなかった。
地下に存在する、人知れぬ廃地下聖堂の広間。
その奥に据えられた玉座に、一体の悪魔が静かに腰を下ろしていた。
赤い双眸を持つ、吸血鬼の上位悪魔ザラキ。悪魔たちを統べる絶対的な支配者である。
かつてカグヤによって一瞬で塵にされたが、ようやくこの人界へと舞い戻ってきた悪魔だ。
その傍らに、ペストマスクを被った鴉の悪魔、クロウが、深く膝を折って控えている。
「……ご報告いたします。ザラキ様」
掠れた声で、クロウが淡々と口を開いた。
「あの少女、カグヤの守りは滞りなく。魔法少女どもがあれ以降、カグヤの元に姿を見せていないのが少々不気味ではありますが……」
「……ふん」
ザラキは細い指先で、グラスを弄びながら、冷ややかに鼻を鳴らした。
「忌々しい話よ。この我がよりにもよって、我が身を塵に還したあの小娘の命を、後生大事に守り立ててやらねばならぬとはな」
その声に感情の激発はない。だが抑え込まれた深い屈辱と憎悪が、氷のような響きの底に確かに滲んでいた。
「……致し方ございませぬ」
クロウは恭しく頭を垂れたまま、冷徹に事実を並べた。
「あの娘の魂が抜かれれば、次元の道は閉ざされ、我らは二度とこの地を踏めなくなります」
「分かっておる」
ザラキは苛立たしげに、グラスの中の紅い液体を静かに揺らした。
「魔法少女をこの手で生かしてやる。恐怖を吸う我らがそのような真似をするなど、とんだ茶番よ」
事実、カグヤは守り手であるはずの悪魔たちを微塵も歯牙にはかけていなかった。
少しでも癪に触ったり、気に入らなければ、視界に入ったから、といった程度の理由で、守衛として辺りを警邏していた悪魔だろうと、指先一つで塵に還す。
守られる側が守り手を平然と狩る。
そんな前代未聞の倒錯すら、あの少女にとっては退屈しのぎに過ぎぬのだ。
「……反吐が出る話だ」
ザラキは酷薄な笑みを口の端に刻み、赤い双眸を静かに眇めた。
憎悪と打算とが複雑に絡み合った、奇妙な共生。
それがあの夜以来の、悪魔たちとカグヤの、偽らざる現状であった。
世界は危ういほど繊細な均衡の上で、辛うじてその姿を保っている。
カグヤの魂を抜けば、破滅の怪物が牙を剥く。
かといって放っておけば、悪魔がこの世に溢れ続ける。
憎み合う者たちが皮肉な利害で互いを生かし合う。
そのどれもが少しでも崩れればすべてが終わりかねない。
綱渡りのような釣り合いだった。
いつか、何かの手違いで、終末が牙を剥く日が来るのかもしれない。
それでも、その日が来るまでは、あるいは、それを防ぐ道が見つかるまでは。
この、ありふれた日常は、続いていく。
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
「やば、戻らなきゃ。行こ、マリナ」
「ええ」
弁当を片付け、二人は、また日常の中へと戻っていく。
窓の外には、どこまでも穏やかな空が広がっていた。行き交う人々の笑い声。校庭を駆け回る、生徒たちの歓声。何一つ、特別なことのない、当たり前の毎日。
——この、ありふれた日々を守るために。
きっとこれからも、二人は、そして魔法少女たちは、先の見えない暗い闇の中で、戦い続けるのだろう。
たとえ終わりの見えない戦いだとしても。
この、かけがえのない「普通」が、そこに在り続ける限り。
こんな自己満小説をここまで読んでいただき、ありがとうございます。
一応本編はここで完結なんですが、最後におまけとして、番外編を1話投稿します。
以下、最終話時点での主要登場キャラたちの簡単な紹介。
ポチくん
本作のチートキャラ第1号。だいたい1分で通常の生物種が1億年かけて行う進化と適応のプロセスを進めることができる。とてもつおい。
最近、カグヤのおねだりを聞くためのお金を用意するために、いつかの女性店員の働いていたスーパーでアルバイトを始めたらしい。
カグヤが不死なんだろうとは考えているが、不老であることにはまだ気付いていない。数十年経っても相変わらず奴隷やらされることになって困惑する。
常温核融合について調べてたのは、カグヤの食事量から算出されるエネルギー収支が明らかに釣り合ってないので、カグヤの体内に何らかのエネルギー源があると推測して調べているから。数週間調べた後、何も分からないことが分かって考えることをやめる。
カグヤの事は「はよ死なへんかなこいつ……」と思っている。
カグヤくん
本作のチートキャラ第2号。真実無限の魔力を持っている存在であり、やろうと思えば指を鳴らすだけでビッグバンが起こせたりする。ばかつおい。
最近ポチに将棋で勝てなくなったので一人将棋に戻った。正直ポチという便利な奴隷が手に入ったので世界征服とかしなくてもこのままでいいのでは? と考え始めている。
ポチの事を人類の敵の類だろうなとは勘づいてるが特に気にしてない。便利な道具程度に考えている。
セツナくん
本作のチートキャラ第3号。大体なんでもできる。めっさつおい。
この後もどうにかして「道」を閉じる方法を見つけるためにルミナスと共に奔走する。
本名は内緒。年齢も内緒。体重も内緒。ぜーんぶ内緒。
アキくん
数千度の炎を出せる。つおい。
マリナくん
絶対零度近い低温を出せる。つおい。タクヤくんとどうなったかは想像にお任せします。
シズカくん
元風の魔法少女。全盛期は秒速約300mくらいの風が出せた。バリつおかった。
レベル5相当の悪魔の単独撃破実績がある。その時の事を聞かれた際、風を出してるだけで大体何とかなったわ。と言ってアキとマリナをドン引かせた。
ザラキくん
日本にいる悪魔を統括している指導者的存在の悪魔。つおい。
悪魔は五次元の存在であり、自分たちの世界よりも低次元の世界から感情エネルギーを吸い上げることで生きている。(分かりやすくいえば邪悪なモンスターズインク)
別に地球だけが唯一の餌場という訳ではなく、他の世界にも手を出している。
実はザラキの立場は現場で働いている中間管理職という感じ。本当に偉い悪魔は自分たちの世界から出てこない。一度カグヤに殺された時に上司から結構詰められたらしい。
ポチくんが世界を滅ぼしうる存在だとは気付いていない。
クロウくん
ザラキくんの下っ端。索敵能力がある。よわい。縁の下の力持ち。
この後もポチくんとはそれなりに良好な関係を続けたらしい。ポチくんの事は「……それはそれとしてこいつなんなんだ?」と考えている。
ポチくんが世界を滅ぼしうる存在だとは気付いていない。