ニチアサみたいな魔法少女のいる世界観なのに明らかに設定を間違えたモンスターパニック物に出てきそうな怪生物がログインしてきた話   作:二度見屋

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第5話

知能という未曾有のソフトウェアを獲得し、実験室の中央で立ち尽くしていた巨人は、数十秒の間、完全に沈黙していた。

 

彼の自我を構成する何百億という神経細胞は、この狭く無機質な空間から得られる限られた情報をひたすらに反芻し、データベースの構築を試みていた。

 

蛍光灯の光の波長、薬品の匂い、微弱な空調の振動。

 

しかし、それらの情報はあまりにも単調であり、彼らの内側に渦巻く「より多くのリソースを、より多様な栄養源を」という根源的な渇望を満たすには全く足りなかった。

 

やがて、彼の視覚を司る光受容タンパク質の集合体が、部屋の片隅にある一つの変化を捉えた。

 

ブラインドの隙間から差し込む、街灯やネオンサインの人工的な光の束。

 

そして、分厚いガラス越しに微かに伝わってくる、空気の複雑な振動の波。

 

それは、彼らがこれまで経験したことのない、圧倒的に多様で、無秩序で、濃密なエネルギーの気配だった。

 

巨人は、顔の無い頭部をそちらへと向けた。

 

そこに行けば、この飢餓感に似た情報への渇望を満たすことができる。

 

直感、あるいは本能的な衝動に従い、巨人はぎこちない足取りで窓の方へと歩みを進めた。

 

人間の骨格構造を模倣してはいるものの、神経伝達による筋肉の制御がまだ最適化されていないため、その歩みはまるで、糸の切れた操り人形のように不自然に痙攣していた。

 

窓ガラスの前に辿り着いた巨人は、そこで動きを止めた。

 

この世に生まれて数時間も経ってない彼らの頭の中には「窓枠のロックを外し、窓を開けて外に出る」という概念も、過去の経験も存在しない。

 

彼らにあるのは、進むべき方向に対する物理的な隔壁を、自らの肉体を以て突破するという極めて原始的な手段だけだった。

 

巨人は、分厚い強化ガラスに対して、自らの巨体をそのまま押し付けた。

 

ギシッ、とガラスが軋む音が鳴る。

 

巨人は歩みを止めない。自重を支える強靭な筋繊維を一気に収縮させ、重心を前方へと傾ける。

 

メキィッ!パァンッ!!

 

限界を超えた強化ガラスが、爆音を立てて粉々に砕け散った。

 

鋭利なガラス片が巨人の剥き出しの筋繊維や硬質なワックス層に深々と突き刺さり、人間やラットの物に模倣させた神経組織が「痛み」という形でシグナルを送る。

 

しかし、彼らは痛覚というシグナルがどういうものかを理解できていなかった。

 

あるいは、損傷を瞬時に修復できる彼らにとって、それは無視できる微細なエラーでしかなかった。

 

そのシグナルを無視して、窓枠を破壊し、街の方へと向けて手を伸ばして、とうとう屋外へと躍り出た。

 

しかし、そこでバランスを崩した巨人の巨体は、そのまま二階の高さから夜の闇の中へ、アスファルトで舗装された研究所の裏道へと投げ出された。

 

ドグシャァァッ!!

 

重力による容赦のない衝撃が、人間の骨格をベースにした巨人の肉体を襲う。

 

着地の衝撃を逃がす術を知らないその体は、アスファルトに激突した瞬間に無惨にひしゃげた。

 

大腿骨を模した骨が皮膚を突き破って露出し、内部で循環していた体液が、赤黒い飛沫となって周囲数メートルに撒き散らされる。

 

通常の生物であれば即死か、あるいは致命的な行動不能に陥るダメージだった。

 

しかし、巨人は気にした様子も見せず、ひしゃげた関節をデタラメな方向に曲げながら、不気味な摩擦音を立ててゆっくりと立ち上がった。

 

その時、巨人の意識は、自身の肉体を形作っている細胞群に対して「こんな事で動きにくくなるのは不便だからもっと頑丈になれ」という意味合いのシグナルを送った。

 

別に、そのシグナルを送れば、自分の肉体が実際に頑丈になるはずだ、という確信が彼にあった訳ではない。

 

言うならばそれは、赤ん坊がおもちゃで遊んでいる時に、思い通りにおもちゃが動かず、不満を表明して感情を露わにするのに似ていた。

 

だが、それを受け取った細胞群は、変異の世代交代を繰り返しながら、損傷した骨や断裂した筋繊維を、体内での爆発的な細胞分裂を通して、瞬く間に本来の強度以上の構造へと再結合されていく。

 

無秩序であった進化の方向性が、自我というコンパスを手に入れたことで、統制された進化の道筋を辿るようになったのだ。

 

そして、彼らの真の異常性は、本体から切り離された部位にこそ現れた。

 

アスファルトに飛び散った赤黒い体液の飛沫。

 

それらは単なる液体ではなく、一つ一つが独立した生存本能を持つ細胞の集合体である。

 

本体から切断され、外界へ取り残されたという「異常」を感知した細胞群は、即座に変異のスイッチを入れた。

 

飛び散った幾つもの小さな液滴は、わずか数秒のうちに、その液体の中にいた細胞群が、水分を逃さないために表面へと群がり増殖し、細胞膜を強固なゲル状へと変質させた。

 

それはまるで、脈打つ赤黒いスライムのような形態であった。

 

彼らは本体が発する匂いと微弱な電磁波を感知すると、アスファルトの上を這いずるようにして一斉に巨人の方へと移動を開始した。

 

這い寄る小さなスライムたちは、巨人の足元に辿り着くと、その足首からよじ登り、皮膚に溶け込むようにして再び本体の細胞群へと同化し、欠損した質量を完全に補った。

 

切り離されてもなお独立して環境に適応し、再び群体として再統合される。それはもはや、個の生命という枠組みを超越した生きた泥濘そのものであった。

 

完全に元の姿、いや、落下という衝撃を経験してさらに強靭に最適化された姿で立ち上がった巨人は、自身の感覚器官が捉える最大の情報源――街の中心部へと向かって歩き始めた。

 

一歩、また一歩とアスファルトを踏みしめるたびに、巨人の歩行は劇的に変化していった。

 

転倒のリスクを減らすための重心の移動、足の裏にかかる反発力の計算、両腕の振りによるバランス調整。

 

一回の歩行サイクルごとに何万という演算が脳内で行われ、ニューロンのネットワークが即座に神経回路を書き換えていく。

 

最初は痙攣していた足取りが、数十歩も歩く頃には、完全に無駄を削ぎ落とした、滑らかで不気味なほどに自然な二足歩行へと最適化されていた。

 

彼らは闇夜に紛れ、研究所の敷地を抜け、大通りへと続く道を進んでいった。

 

だが、街の中心へと近づくにつれて、巨人の滑らかな歩みは段々と速度を落とし、やがて不規則に立ち止まるようになった。

 

皮膚を形作る細胞群が微かに震え、頭部を左右に激しく振るような仕草を見せ始める。

 

 

原因は、感覚器官の「オーバーフロー」であった。

 

 

実験室という閉鎖空間や、静かな裏道とは比較にならないほどの莫大な情報量が、誕生したばかりの未熟な脳髄へと津波のように押し寄せてきたのだ。

 

街を煌々と照らす水銀灯、絶え間なく明滅する飲食店のネオンサイン、道を行き交う車の強烈なヘッドライト。

 

それらが発する多種多様な波長の光子が、光受容タンパク質を限界まで叩き、視覚野を白いノイズで焼き尽くそうとする。

 

さらに、彼らの聴覚器官は、空気の振動をあまりにも鋭敏に拾いすぎた。

 

アスファルトを擦る車のタイヤの音、遠くで鳴り響くクラクション、建物の排気口から漏れる低周波、そして何より――街灯の下に現れた異形の巨人を目撃した、一般市民たちの絶叫。

 

「キャアアアアァァッ!?」

「な、なんだあれ!?あ 、悪魔ッ!」

 

悲鳴、怒号、逃げ惑う足音。

 

それらすべてが全く処理の追いつかないノイズとなって、巨人の脳内で爆発した。

 

もし彼らが、実験室でラットを食い殺した時のように「本能」と「反射」だけで動く単細胞の群れのままだったなら、この状況下でも迷うことなく音と光の発生源へ突進し、触れるものすべてをリソースとして貪り食っていただろう。

 

だが、人間のDNAから中枢神経系を構築し、『知能』という高度なソフトウェアを手に入れてしまったことが、彼らに致命的なバグをもたらした。

 

情報を分析し、状況を理解しようとする脳が、処理能力の限界を超えた未知の情報群に直面したとき、生体システムが弾き出すエラー。

 

 

それは生物が絶対に忌避すべき感情――『恐怖』であった。

 

 

巨人は両腕を不自然に持ち上げ、光と音を遮ろうとするかのように、自身の頭部らしき場所を抱え込んだ。

 

怖い。分からない。情報が多すぎる。

 

処理できない。システムが崩壊する。

 

知能を得たがゆえに生じた初めての恐怖に打ちのめされ、無敵であるはずの生命体は、街の入り口で完全に機能不全に陥った。

 

周囲の市民たちはパニックに陥り、スマートフォンで写真を撮ろうとする者、腰を抜かして這いずる者、泣き叫びながら全力で逃げ出す者が入り乱れていたが、巨人は彼らを捕食しようとする素振りすら見せなかった。

 

今の巨人にとって、動く人間もただの「過剰な情報源」でしかなく、忌避すべき対象に過ぎなかったのだ。

 

巨人は、焼き付く光と、裂くような音から逃れるように、よろめきながら道を外れた。

 

彼が求めたのは、リソースではなく、自らの脳を休ませるための情報の少ない場所――完全な暗がりだった。

 

ビルとビルの隙間、街灯の光が届かず、ゴミ箱や室外機が無造作に置かれた狭い裏路地。

 

巨人はその体格に似合わない俊敏さで、逃げるようにその暗い隙間の奥へと入り込み、周囲の気配を遮断するように、その長すぎる腕で膝を抱え、巨大な体を丸く縮こまらせた。

 

光を利用した独自の光合成システムも、暗闇の中では最小限のアイドリング状態へと移行する。

 

剥き出しの筋繊維の脈動が落ち着き、ただひたすらに脳内のキャッシュをクリアし、先ほど浴びた莫大な情報を整理するための演算だけにリソースを集中させ始めた。

 

誰も近づかない、近づけない、薄汚れた裏路地の最奥。

 

暗闇に同化するようにうずくまる怪物は、傷ついた獣のように、ただ静かにその時をやり過ごそうとしていた。

 

――だが、この世界は、彼らのような異物をただ放置しておくほど、平和な生態系ではなかった。

 

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥォォォォォォォン……!!!

 

 

突如、夜の静寂を切り裂くように、地を這うような重低音のサイレンが街中に鳴り響いた。

 

それは、国防の要である警衛隊が管理する、国家規模の『悪魔アラート』の咆哮であった。

 

『A地区に悪魔出現。繰り返す。A地区に悪魔出現。推定脅威度は不明。一般市民は直ちに、最寄りの地下シェルターへ避難してください――』

 

街頭のスピーカーから無機質な合成音声が夜空に木霊し、同時に、スマートフォンなどの通信端末が一斉に不気味な緊急警告音を上げて激しく振動し始める。

 

大通りを逃げ惑う人々の悲鳴は、アラートに促されるようにして地下へ逃れる狂乱の足音へと変わり、街は一瞬にして厳戒態勢の静寂へと沈んでいった。

 

まるで世界そのものが、この理外の侵入者を排除するための防衛システムを起動させたかのようであった。

 

 

 

カツン。

 

路地の入り口から、硬い靴底がアスファルトを叩く、不自然なほど軽やかな足音が響いた。

 

それは、逃げ惑う一般市民の混乱した足音とは全く異なる、明確な意思を持って「この場所」へと向かってきた足音だった。

 

情報を遮断していた巨人の化学レセプターが、微かな匂いを捉えた。

 

丸まっていた巨人が、ゆっくりと首をもたげる。

 

裏路地の入り口、街のネオンを背にして逆光の中に立つ、一つの小さな影があった。

 

フリルとリボンがあしらわれた、現代の街並みには到底そぐわない、煌びやかで 過剰な装飾の赤いドレス。

 

その手には、星の意匠が施された、金属とも宝石ともつかない謎の材質でできたステッキが握られている。

 

それは、妖精の魂を宿し、不可視の魔力と「権能」を行使する、この世界のバランサー。

 

 

絶望を狩り、希望を紡ぐ存在。

 

 

一人の魔法少女が、暗闇にうずくまる理外の怪物を見下ろして、静かに立っていた。

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