ニチアサみたいな魔法少女のいる世界観なのに明らかに設定を間違えたモンスターパニック物に出てきそうな怪生物がログインしてきた話   作:二度見屋

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第8話

ビルの屋上。冷たいコンクリートの上に座り込んでいる異形の怪物の脳内では、超高速の演算と状況の再定義が行われていた。

 

『攻撃が止んだ』

 

『膝を着くと、攻撃が止まった』

 

『頭部を軽く触られている』

 

怪物は、眼前に立つ小さな個体――カグヤからの理不尽な破壊エネルギー(張り手)が止まった事実を、極めて機械的に処理していた。

 

怪物はあらゆる手段を用いてこの個体を排除、あるいは捕食しようと試みた。しかし、その全てが「ただの物理的な打撃」によって悉く粉砕された。

 

次善の策として選んだ「逃走」という行動も、物理法則を無視した先回りによって完全に封殺された。

 

攻撃は不正解。逃走も不正解。

 

それらの行動を選択した直後に、必ず自己の肉体を損壊させる莫大なエネルギーが叩き込まれたからだ。

 

しかし今、全ての抵抗を放棄し、姿勢を低くして地面に膝を着くという行動を選択した結果、対象からの攻撃はピタリと止まった。

 

怪物の頭部を、小さな手がポンポンと軽く叩く。

 

先ほどまでの、骨格を粉々にし、細胞の結合を引きちぎるようなエネルギーはそこにはない。ただの微小な物理的接触だ。

 

『この個体に対して攻撃的、もしくは逃亡の挙動を見せなければ、攻撃はこない?』

 

服従、屈服、忠誠。

 

そうした情緒的な概念は、まだ誕生して数時間も経っていないこの怪物の脳髄には存在しない。

 

彼らが理解したのは、極めてシンプルな生存のためのアルゴリズムであった。

 

『この個体からの破壊を免れるための最適解は、相手の行動に適合し、相手が破壊行動を起こさない状態を維持することである』

 

怪物の脳内に、新たな行動指針が書き込まれた。

 

それは言うなれば、絶対的な捕食者から生き延びるための「躾」の始まりであった。

 

「まったく手間をかけさせおって……。最初からそうしてればよいのじゃ」

 

カグヤの口から発せられる空気の振動(音声)

 

怪物にとって、それは意味を持たないノイズの羅列でしかない。しかし、怪物はその音声の波形、周波数、そしてそれに伴うカグヤの表情筋の動きや匂いの変化を、新たなデータベースとして構築し始めた。

 

犬や猫が人間の言葉の意味そのものではなく、音の響きと状況を紐付けて「おすわり」や「待て」を理解するように。

 

怪物は、この「絶対的な脅威」が発するシグナルに対し、どのような行動を返せば「正解」なのかを探るための、壮絶なラーニングのフェーズへと移行したのだ。

 

怪物がゆっくりと、再度カグヤから逃走しようと、身をよじった瞬間。

 

「む?」

 

カグヤが片眉を上げ、スッと右手を振り上げた。

 

その予備動作だけで、怪物は即座に動きを止めた。

 

「うむ。よろしい」

 

カグヤが右手を下ろし、満足そうに頷く。

 

『対象が特定の音声と身振りを見せた際、静止状態を維持することが正解?』

 

怪物はじっとカグヤを見定めながら、慎重にその行動を観察していた。

 

それは知性によるコミュニケーションと言うよりは、純粋な生物学的反射であった。

 

「……ん? そういえば……」

 

カグヤは怪物から離れ、屋上の縁から眼下の路地裏を見下ろした。

 

そこには、魔法少女アキの放った火球の跡、そして何より、カグヤ自身が怪物を「躾ける」ために放った数々の張り手の余波によって、原型を留めないほどに破壊され尽くした廃ビルやアスファルトの惨状が広がっていた。

 

「あーっ!? 妾の隠れ家が瓦礫になっとるではないか!!」

 

カグヤは頭を抱えて叫んだ。

 

そこは元々、カグヤが夜風と雨を凌ぐために不法占拠していた廃業したホテルの残骸だった。

 

しかし、先ほどの激しい戦闘の余波で、ビルの壁面は崩落し、カグヤが寝床として愛用していた部屋も瓦礫の山に埋もれてしまっていた。

 

「せっかくちょうどいい寝床を見つけておったのに、お主が暴れるから台無しじゃ! 責任をとって、今すぐフカフカのベッドがある新しい寝床を探してこい!」

 

カグヤはプンプンと怒りながら、膝をついた怪物の肩のあたりをポカポカと叩く。

 

傍目から見れば、じゃれつくような行為にしか見えないが、実際には生物としての限界を何段階も越えたような物理的な強度があるはずの怪物の肩が陥没し、体内にある人間の内蔵を模した器官がいくつも弾け飛んでいる。

 

そのダメージを修復しながら、怪物はカグヤの行動と崩れたビルを交互に見ながら、その「痛くない打撃」の意図を分析する。

 

『破壊が目的ではない。これは、現状に対する不満の表明であり、こちらに対して何らかの行動を促すためのシグナルである』

 

何かを要求されている。このまま「不正解」の行動を取り続ければ、再びあの壊滅的な「攻撃」が飛んでくることは明白だった。

 

しかし、怪物は動けない。

 

何を要求されているのか、全く理解できないからだ。「寝床」という概念も、「探す」という概念もない。

 

怪物が困惑して、物理的にフリーズしていると、カグヤは大きなため息をついた。

 

「チッ、言葉が通じとらんのか……使えない奴じゃのう」

 

カグヤはため息をつき、貯水槽から飛び降りて瓦礫の山へと向かった。

 

彼女は吹き飛んだビルの残骸の中から、土埃にまみれた紙の束を拾い上げた。それは、この廃ビルがかつてホテルとして営業していた頃の、部屋の案内パンフレットであった。

 

カグヤは膝も曲げずにジャンプして屋上へ戻ると、パンフレットのページを開き、そこに写っている「豪華な天蓋付きのベッドと、豪奢な家具が並ぶ部屋の写真」を、怪物の顔のない頭部にビシッと突きつけた。

 

「ほれ! こういうのじゃ! ここにあるような、フカフカのベッドがある部屋に妾を連れて行けと言うておるのじゃ! 分かったらさっさと探してこい!」

 

怪物の網膜に相当する光受容タンパク質の集合体が、パンフレットの「写真」をスキャンした。

 

怪物の脳髄が、論理的な結論を弾き出した。

 

すなわち――『この個体は、提示した視覚情報と同一の構造物を、ここに構築することを要求している』と。

 

カグヤが意図した「他のホテルを探して案内しろ」という指示は、常識という概念を持たない怪物には伝わらない。

 

怪物はただ純粋に、要求された「物質的な形状」を自らの手で用意し、対象の欲求を満たすことが「正解」であると解釈したのだ。

 

怪物はカグヤに背を向けて立ち上がり、屋上から無造作に身を投げた。

 

「お? 分かったのか? まったく、手がかかる犬じゃ」

 

カグヤが腕組みをして見守る中、怪物は行動を開始した。

 

写真にあるような巨大な構造物――「部屋」を構築するためには、現在の自分の質量では圧倒的にリソースが足りない。

 

ならば、外部から質量とエネルギーを調達し、自身の細胞を増殖させるしかない。

 

怪物は屋上から路地の地面に激突し、その肉体をわざと四散させた。

 

そのバラバラになった組織が触手状に変化し、瓦礫の隙間に潜むゴキブリやクモ、逃げ遅れたネズミといった小動物を捉え、強力な消化酵素でドロドロに溶かして吸収していく。

 

だが、それだけでは圧倒的に足りない。

 

触手は辺り一面の物質を手当り次第に「味見」し、それが自身の肉体を構成するのに必要な「有機物」であれば見境なく分解の対象とした。

 

枯れかけた観葉植物、割れたアクリル樹脂製のディスプレイ、合成繊維のカーテンの残骸、道路脇にある街路樹、さらには路面に敷かれているアスファルトその物、触手群がそれぞれの物質を取り込むために、試行錯誤の進化を繰り返しながら分解酵素を合成し、吸収した物質を栄養源として己の細胞内に取り込んでいく。

 

「ん? なんじゃ掃除を始めたのか? まあ、綺麗にするに越したことはないが……」

 

カグヤは瓦礫の上の比較的綺麗なソファーの残骸に座り、足をブラブラさせながらその様子を眺めていた。

怪物の体積がみるみると膨張していく。

 

さらにそれと並行して、コンクリートの残骸の下、さらに数メートル地下から、微弱な振動音を感知した触手は、まるで植物の根のように、エネルギーとなる物質を求めて地下へとその手を伸ばし始めた。

 

そこにあったのは、地下を走る太いポリエチレン製の水道管だった。

 

怪物はポリエチレンという物質を分解するために、再度手当たり次第に自身の細胞を進化させ、数分もしないうちにポリエチレン管を分解して吸収し始めた。

 

水道管に穴を開けると、その中から(意図せず)噴き出した大量の水を吸い上げて自身の体液へと作り替えていく。

 

さらに地上の触手群は、路地を照らしていた外灯の光を利用しようと、自らの体の一部を伸ばして外灯のポールに巻き付き、光受容タンパク質を表面に展開して光合成を試みていた。

 

より近くで光合成を行おうと、隙間から街灯の内部へと組織を伸ばし始める。だが、その触手の先端が劣化した配線ケーブルに触れた瞬間だった。

 

バチィィィィンッ!!

 

その瞬間、被覆が破れた電線から、電流が怪物の肉体へと直接流れ込んだ。

 

接触部分の細胞が一瞬にして黒焦げに炭化し、細胞膜の電位差が破壊されて死滅する。

 

しかし、怪物はまったく動じずにその「環境ストレス」に対して適応を始める。

 

怪物はすでに、実験室で「微弱な電流を食べてエネルギーに変換する」という経験を積んでいた。さらに言うなら、先ほどの戦いで熱に対する適応も既に済んでいる。

 

感電から生き残った細胞群は自身を絶縁するのではなく、その莫大な電気エネルギーを『直接受け入れ、自らの代謝系に組み込む』という方向へ舵を切った。

 

ジュール熱による細胞死が広がる中、怪物は秒単位で細胞膜のイオンチャネルを再設計し始めた。

 

地球上の極限環境に生きるある種のバクテリアは、金属から直接電子を受け取り、代謝のサイクルに組み込むことができる。怪物はそのメカニズムを暴走させ、高電圧の電子の奔流を、自身の電子伝達系回路に直接流し込むという常軌を逸した「超伝導細胞ネットワーク」を構築したのだ。

 

シュゥゥゥゥ……ッ。

 

怪物の肉体を焼く音が止んだ。

 

代わりに、怪物の全身の細胞が、電線から供給される莫大な電気エネルギーをATPへと変換し、物理法則を無視するかのような爆発的な細胞分裂を開始する。

 

「なんじゃ? あいつ、段々デカくなっておらんか……? 上から見とるからそう感じるだけかの……?」

 

カグヤが不思議そうに見下ろす中、莫大な質量とエネルギーを獲得した怪物が、ズズズ……と壁を登って這い上がってきた。

 

その大きさは、すでにホテルのワンフロアを埋め尽くさんばかりの、不定形の巨大な肉の塊へと変貌していた。

 

「うえっ!? なんじゃお前! 妾はそんなデカいペットを飼う余裕はないぞ!?」

 

カグヤが驚いてツッコミを入れるが、怪物の作業はここからが本番であった。

 

巨大な赤黒い肉塊となった怪物は、カグヤの目の前で、パンフレットの写真を模倣するための「進化」のプロセスを開始した。

 

怪物は自身の細胞を急激に分化させ始めた。ある細胞群は先ほど取り込んだ虫の遺伝子情報を元に、硬質なケラチンやキチンを形成し、それらをセルロース繊維とクモ糸に使われているフィブロインタンパクでまとめあげ、四方の「壁」と「床」を形成し、ある細胞群は血管網を張り巡らせて構造物全体に栄養を行き渡らせるシステムを構築する。

 

 

 

肉の塊の中心部が、まるで花が咲くようにパカッと大きく開いた。

 

 

 

そこに形成されていたのは、パンフレットの写真と寸分違わぬレイアウトの「ホテルのスイートルーム」であった。

 

時間にして、およそ十分も経ってないだろうが、怪物は、自身の肉体性能のゴリ押しによって「建築」をこの短時間で終わらせたのだ。

 

ただし、その材質は全て怪物の「肉体」である。

 

壁面は滑らかなケラチン質のタンパク質で覆われ、微細な発光バクテリアに似た変異体が組み込まれたことで、シャンデリアのような淡い燐光を放ち、キチン質で出来た床がフローリングのように敷き詰められている。

 

そして、部屋の中央に鎮座する、カグヤが最も要求していた「フカフカの天蓋付きベッド」

 

それは、しなやかな筋繊維の層を重ね合わせ、その表面を上質なラットの体毛を模倣した真っ白な細い毛で覆うことで、精一杯見た目をベッドに近づけた、純生体組織であった。

 

静まり返った路地裏。

 

周囲の景色から完全に浮き上がった、赤黒い生体組織でできたグロテスクな「肉のスイートルーム」を前に、カグヤはしばらくポカンと口を開けていた。

 

やがて、彼女はパンフレットと目の前の部屋を見比べ、深くため息をついた。

 

「……お主、さてはアホじゃろ」

 

怪物は、対象の行動から「正解」を導き出せたかどうかが分からず、身体(部屋全体)を強ばらせる。

 

「別のホテルに連れて行けと言うたのに、まさか自分自身を部屋に改造するとは思わんじゃろ普通……。言葉が通じんとこういう斜め上の解釈をしよるから面倒なんじゃ」

 

カグヤは頭を掻きながら、ブツブツと文句を垂れる。

 

しかし、彼女は怪物を攻撃することはなかった。

 

「まあよいわ。妾はもう疲れて眠いんじゃ」

 

カグヤはトテトテと歩き出し、怪物の口の中とも言える「肉の部屋」へと無防備に足を踏み入れた。

 

彼女は部屋の中央にある「筋肉と体毛でできた生体ベッド」によいしょとよじ登り、ドサリと仰向けに倒れ込んだ。

 

グニンッ。

 

怪物が構築した筋繊維のクッション性が、カグヤの小さな身体を優しく包み込む。体温を維持するために循環している血液の熱が、まるで高級な温水マットのように心地よい温もりを提供していた。

 

「お? ちょっと生温かいし、ドクドク脈打っておって気味が悪いが……寝心地は悪くないのう」

 

カグヤはゴロゴロと生体ベッドの上で寝返りを打ちながら、あくびを噛み殺した。

 

「なかなか器用な奴じゃ。これならわざわざホテルを探す手間も省けるというもの。これは良い拾い物をしたわい!」

 

怪物は、カグヤの反応からこの行動が「正解」であったことを認識し、ようやく肉体の緊張を解いた。

 

かくして、人類の脅威となるはずだった絶対適応の化け物は、怠惰な少女の「生きた高級ベッド兼ボディガード」として、その最初の夜を無事に(?)乗り切ったのである。




こんなペットのしつけ方、私はあまり詳しくないけれど多分動物愛護法とかに引っかかると思うので、良い子は真似しないでね☆
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