ホロ  オリ   作:raian sinra

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**【第1話】 星を創る裏方と、騒がしき女神たちの日常**

### Scene 1:午前8時15分・管制室の静寂とピンク色の悲鳴

カバー株式会社、新社屋の地下深く。

厳重なセキュリティゲートを3つ抜けた先にある「第1テクニカル・コントロールルーム」は、巨大なサーバーラックの冷却ファンが放つ低い駆動音だけが支配する、無機質で冷たい空間だ。

壁一面を覆う無数のモニターには、各スタジオの稼働状況、サーバーのトラフィック、モーションキャプチャーの同期データが滝のように流れている。その中央の特注デスクに、”オレ”はいた。

ブラックコーヒーの空き缶が並ぶ傍らで、キーボードを叩く乾いた音が響く。

『ピコンッ』

静寂を破るように、社内チャットツールがけたたましく鳴った。送り主のアイコンは、見慣れた桜色の巫女服。

**[さくらみこ]:**『チーーーーフ!!!たすけてにぇ!!画面が真っ暗でOBSが息してないにぇ!!あと15分で朝活はじまっちゃう!!』

**[さくらみこ]:**『スタンプ(泣き叫ぶみこだにぇ)』

オレは小さくため息をつき、コーヒーを一口流し込んでからマイクのスイッチを入れた。

「……みこ。昨日言ったよな?『グラボのドライバ更新は、俺がテスト環境で確認するまで待て』って」

『うっ……ご、ごめんなさいにぇ。でもなんか「アップデートで速くなる!」ってポップアップが出たからつい……チーフ怒ってる?』

「怒ってない。泣きそうな声出すな。今そっちのPCにリモートで入る。マウスから手を離せ」

オレは手元のコンソールを操作し、みこの配信PCへ直接アクセスする。案の定、不適合なドライバがシステムと衝突を起こしていた。

慣れた手つきでコマンドプロンプトを立ち上げ、レジストリを直接書き換え、ロールバック処理を強制実行する。所要時間、約3分。

「よし、直った。OBS立ち上げてみろ」

『ああっ!映ったにぇ!チーフ神!マジでたすかった!!今度エリートなジュースおごるにぇ!』

「ジュースはいいから、次やったらお前のマイクラのデータをバックアップごと消すからな」

『ひぃっ!?悪魔にぇ!でもありがとう!!行ってくるにぇー!』

通話が切れ、モニターの隅にみこの朝活配信の枠が立ち上がるのを確認する。

コメント欄にはすでに待機しているリスナーたちの文字が流れていた。

*『みこち遅刻か?』*

*『またポンコツ発動したな』*

*『【悲報】さくらみこ、またPCを破壊』*

*『さっき裏でチーフが直したらしいぞww』*

*『チーフたすかる』*

*『チーフ今日も仕事が早い』*

*『チーフにスパチャ投げさせろ』*

オレはモニター越しに笑うリスナーたちのコメントを見ながら、ふっと口角を上げた。

「……さて、今日も騒がしい一日になりそうだ」

### Scene 2:午後1時30分・3DスタジオA『完璧主義の共犯者』

「——違う!そこじゃない!もっとこう、バァンって弾けるような光が欲しいの!」

広大な3Dモーションキャプチャースタジオ。

多数の赤外線カメラに囲まれたステージの中央で、トラッキングスーツを着込んだ星街すいせいが、手にしたモックアップのマイクを振り下ろしながら熱弁を振るっていた。

オレは調整卓から身を乗り出し、彼女の要求を脳内で具体的なパラメータに変換していく。

「すいせい。お前が言ってる『バァンって弾ける光』ってのは、パーティクルの発生量を増やすのか、それとも発光の輝度を上げるのか、どっちだ?」

「両方!あと、私が最高音を出した瞬間に、足元から宇宙が広がるみたいなエフェクト、どうしても入れたい!」

隣にいた若手の技術スタッフが、青ざめた顔でオレを見た。

「チーフ、無理です。そんなリアルタイム演算、今のサーバー負荷じゃ遅延(レイテンシ)が発生します。配信事故になりますよ」

すいせいが唇を尖らせる。彼女のライブに対する妥協のなさは、社内でもトップクラスだ。だからこそ、彼女の歌は人の心を撃つ。

オレは手元のタブレットでシステムの余力データを素早くスクロールした。

「……メインサーバーの負荷を第3クラスターに分散させる。エフェクトの描画エンジンは既存のものを捨てて、今から俺が専用の軽量化スクリプトを組む」

「チーフ!?」若手スタッフが悲鳴を上げる。「本番まであと4時間ですよ!?」

オレは立ち上がり、すいせいと真っ直ぐに視線を合わせた。

「すいせい。最高音のタイミング、コンマ1秒もズレるなよ。システムを同期させる」

すいせいの顔に、パッと華やかな、そして挑戦的な笑みが浮かんだ。

「誰に向かって言ってるの?私は星街すいせいだよ。チーフこそ、私の歌に遅れないでよね」

「言ったな。よし、全員配置につけ!4時間で魔法を完成させるぞ!」

彼女の「見せたい世界」を、技術という名の力業で具現化する。それが、カバー株式会社 チーフ・テクニカル・プロデューサーとしての、オレの誇りだった。

### Scene 3:午後4時00分・招かれざる来客たち

すいせいのシステム改修を終え、ようやく一息つこうと椅子に深く腰掛けた瞬間だった。

「チーーーーフ!!!開けて開けて開けてッス!!!」

バンバンバン!と分厚い防音扉が叩かれる音。

セキュリティを解除すると、大空スバルと白上フブキが雪崩れ込んできた。

「おい……ここは関係者以外立ち入り禁止のサーバー管理室……」

「関係者ッス!!ホロライブの太陽、大空スバルッス!!」

「チーフ聞いてくださいよー!スバルちゃんがまた私のガチャ運を吸い取ったんです!」

二人はオレのデスクの両脇に陣取り、ワーワーと騒ぎ始めた。

スバルがタブレットを突き出してくる。

「チーフ!今度の3D配信で、スバルがツッコミを入れたら物理的に『ハリセン』が手元に召喚されるシステム作ってほしいッス!!」

オレはこめかみを揉んだ。

「スバル。俺はさっきまで星街のライブ用の超高負荷エフェクトの最適化をしてたんだ。ハリセンってなんだ。どういう技術の無駄遣いだ」

「えー!いいじゃないッスか!チーフなら5分でできるでしょ!?」

「チーフチーフ、それより見てくださいよこのSSR。可愛くないですか?ちなみに天井(確定枠)まで回しました。財布が軽いです」

フブキがスマホの画面を見せびらかしてくる。

「フブキ……お前、先月も天井叩いてただろ。計画性を持て」

「オタクに計画性を求めるのはナンセンスですよ、チーフ殿ぉ!」

騒がしい。圧倒的に騒がしい。

だが、このやかましさこそがホロライブの心臓部だ。裏で泣き言を言い、無茶振りをし、それでも表に出れば数万、数十万の観客を笑顔にする彼女たち。

オレはため息をつきながら、手元のキーボードを叩いた。

「……ハリセンのモデリングデータ、フリーのやつ引っ張ってきてボーン入れるからちょっと待て。フブキ、お前はそこにある差し入れのクッキーでも食ってろ」

「やったー!さすがチーフ、話が早いッス!!」

「わーい!チーフの隠しおやついただきまーす!」

子供たち(タレント)のわがままを聞き入れる保護者のような気分になりながら、オレは無自覚に微笑んでいた。

### Scene 4:午後10時30分・天使の差し入れ

夜が深まり、社内から徐々に人が減っていく。

オレは暗い部屋の中で、海外勢(EN)の配信トラフィックのモニタリングを行っていた。

『コンコン』

控えめなノックの後、扉がそっと開いた。

「……チーフ、まだ起きてる?」

少しハスキーな声。常闇トワだった。彼女の腕の中には、温かいコーヒーと、コンビニの袋が見える。

「トワか。どうした、こんな時間に」

「どうしたじゃないよ。Aちゃんから『チーフがまた徹夜しそうだから様子見てきて』って頼まれたの。ほら、これ」

トワはデスクの空きスペースに、コーヒーと栄養ゼリーをドンッと置いた。

「悪いな。助かる」

「……別に、あんたが倒れたら明日の私の配信の設定してくれる人がいなくなって困るから、仕方なく持ってきただけだし。勘違いしないでよね」

「はいはい、わかってる。悪魔の所業だな」

「そう!悪魔的な嫌がらせなの!コーヒーめっちゃ苦くしておいたから!」

トワはふいっと顔を逸らしたが、カップには丁寧に『砂糖・ミルク多め』のシールが貼られているのが見えた。オレは思わず吹き出しそうになるのを堪えた。

「ありがとう、トワ。お前は本当に……」

「天使って言ったら怒るからね!」

「……気配りができる立派な悪魔だよ」

トワは満足そうに「ん、ならいい」と頷き、「じゃあ、早く帰って寝なよ」と言い残して去っていった。

机に残された甘いコーヒーが、冷え切った体に染み渡る。

### Scene 5:午前0時45分・始まりの絆

「——お疲れ様。やっぱりまだここにいたんだね」

その声を聞いた瞬間、オレの肩からすっと力が抜けた。

振り返ると、私服に着替えた”ときのそら”が、少し呆れたような、でも優しい微笑みを浮かべて立っていた。

「そら。収録、長引いたのか」

「うん。でもすごくいいのが録れたよ。チーフが新しく調整してくれたマイク設定、すごく歌いやすかった。ありがとう」

そらは自然な動作で隣の丸椅子を引き寄せ、オレの隣に座った。

トップアイドルとしての圧倒的なオーラは消え、そこにあるのは、幼い頃からずっと見知った「幼馴染」の素顔だった。

「なあに、その目の下のクマ。またAちゃんに怒られるよ?」

「Aちゃんにはさっき怒られた。お前こそ、無理してないか?最近、スケジュール詰まってるだろ」

「私は大丈夫。だって、大好きな歌を歌えてるんだもん」

そらはそう言って、壁のモニターに映る「ホロライブ」のロゴを見上げた。

「……ねえ。思い出すね」

「ん?」

「昔のこと。まだ会社がちっちゃなマンションの1室で、機材も全然なくて、チーフが手作りのパソコンの前でずっと頭抱えてた頃のこと」

そらの言葉に、オレも目を細めた。

あの頃は、すべてが手探りだった。そらの「アイドルになりたい」という夢。それを叶えるために、オレは無我夢中でプログラムを書き、Aちゃんは駆けずり回って仕事を取ってきた。

「あの小さな部屋から、こんな大きなスタジオを持つようになるなんて、想像もしてなかったな」

「ううん。私は想像してたよ」

そらは、真っ直ぐにオレの目を見た。その瞳には、あの頃と全く変わらない、強い光が宿っている。

「チーフが作ってくれるステージなら、絶対に世界一になれるって、最初から信じてたから」

「……お前は昔から、そういうプレッシャーを平気でかけてくるよな」

「ふふっ。でも、ちゃんと応えてくれるでしょ?私の自慢の幼馴染なんだから」

オレは苦笑しながら、手元のキーボードをポンと叩き、システムをスリープ状態にした。

「……表舞台に出るのは、やっぱりお前が一番似合ってるよ。俺は、この裏側の暗がりから、お前たちが輝くのを見てるのが性に合ってる」

「チーフ……」

「だから、これからも好きに暴れ回れ。どんな無茶な夢でも、俺が技術で全部叶えてやる」

そらは一瞬驚いたように目を丸くした後、花が咲くような、とびきりの笑顔を見せた。

「言ったね?じゃあ次のライブは、本物の空を飛びたいな!」

「……は?」

「重力制御システムとか、チーフなら作れるでしょ?期待してるね!」

そらは立ち上がり、「じゃ、帰ろっか!」と無邪気に笑う。

「おい待て、今の技術力じゃ流石にワイヤーアクションが限界だぞ!」

「えー?天才チーフならなんとかなるでしょ!Aちゃんにも企画書出しとこーっと!」

「あのなあ……!」

足早に廊下を歩くそらの背中を追いかけながら、オレは深くため息をついた。

だが、その足取りは不思議と軽かった。

明日もまた、機材は壊れ、無茶ぶりが飛び交い、彼女たちは笑い、泣き、輝くのだろう。

それを支えるのが、オレの仕事だ。

「……仕方ない。空を飛ぶシステム、徹夜で考えるか」

誰もいない深夜のスタジオの廊下に、幼馴染たちの笑い声が、心地よく響いていた。

 

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