ホロ  オリ   作:raian sinra

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**【第25話】 終わらない耐久配信と、忠犬の専用回線(レトロ・アップスケーラー)**

### Scene 1:午前5時30分・限界突破の耐久配信とアナログ信号

カバー株式会社、地下第1テクニカル・コントロールルーム。

外の世界ではようやく新聞配達のバイクが走り始める時間帯だが、この部屋の時計は、ある一人のタレントの配信時間に合わせて完全に狂わされていた。

「……現在時刻、午前5時30分。配信開始から連続18時間突破。同接4万人を維持」

チーフ・テクニカル・プロデューサーの■■春樹は、血走った目でメインモニターを睨みつけていた。

画面の中で、楽しそうに笑いながらレトロゲームのコントローラーを握りしめているのは、ホロライブ・ゲーマーズの**戌神ころね**。

『おおっ! いけた! いけたで! お前ら見たか!? 今のスーパープレイ!!』

画面の向こうから、疲労の欠片も感じさせない、太陽のような元気な声が響き渡る。リスナーのコメント欄も「ころさん体力バケモノ」「こっちが先に寝落ちする」「まだやるのかww」と、一種のトランス状態に陥っていた。

ホロライブには多数のゲーマーがいるが、戌神ころねの『耐久配信』の狂気は群を抜いている。

平気で10時間、20時間とゲームをプレイし続け、しかもその間、テンションが一切落ちない。彼女は無尽蔵の体力を持つ、本物の「元気な犬」なのだ。

しかし、春樹が今、血走った目で監視しているのは、彼女の体力ではない。

彼女が持ち込んだ**『30年前のレトロゲーム機』**が吐き出す、不安定なアナログ映像信号だった。

「……同期信号(CSYNC)の電圧が不安定だ。水平同期周波数が15.734kHzから微細にブレている。このまま最新のデジタルキャプチャーボードに直接流し込めば、どこかでフレームドロップ(コマ落ち)か、最悪の場合、ブラックアウトを起こすぞ」

春樹は手元のコンソールで、ころねの配信部屋から送られてくる映像信号に、リアルタイムで補正をかけ続けていた。

レトロゲームの配信は、現代の最新鋭のスタジオ設備にとって、実は「最大の鬼門」である。

4K解像度や240FPSの処理を前提に構築された数億円のサーバー群に、30年前の「赤・白・黄色のケーブル(コンポジット端子)」や「S端子」の信号をそのまま流し込むことは、最新のスポーツカーに石炭をくべるようなものだ。

> 『System Warning: Analog Sync Loss Detected. Compensating with Line Doubler...』

>

「クソッ、ブラウン管時代の240p特有の走査線処理を、OBS(配信ソフト)のエンコーダーが誤認してインターレース解除(デインターレース)をかけようとしている。……余計なことをするな、映像がぼやけるだろうが」

春樹は凄まじい速度でターミナルを叩き、配信ソフト側の自動処理を強制的にバイパスする。

そして、自身がこの日のために徹夜で組み上げた**『戌神ころね専用・超低遅延FPGAアップスケーラー』**のパラメーターをマニュアルで調整した。

映像の遅延(インプットラグ)を極限まで削るための、フレームバッファ同期遅延方程式。春樹の頭の中では、常にこの複雑な計算式が走っている。

$$ \Delta t = \left| \frac{1}{f_{in}} - \frac{1}{f_{out}} \right| \times N_{buffers} + \tau_{process} $$

「入力周波数(f_{in})と出力周波数(f_{out})の差異による遅延(\Delta t)を、バッファを一切持たせないラインダブラー処理(\tau_{process} \approx 0)で強引に1フレーム未満に抑え込む。……これで、ころねのコントローラー操作と配信画面のラグは完全にゼロだ」

春樹の執念とも言える補正により、配信画面のレトロゲームは、ドットの輪郭がパキッと際立った、恐ろしいほどクリアで美しい映像として世界中に届けられていた。

「よし……これで最後まで持つはずだ。頼むから、機材が燃える前にクリアしてくれよ、ころね」

春樹の祈りが通じたのか。

午前6時ジャスト。画面の中で、ついにゲームのエンディングロールが流れ始めた。

『うおおおおおお!! クリアしたーーー!! みんな、最後まで応援ありがとーー!!』

18時間半に及ぶ死闘が終わり、ころねの元気な笑顔と共に、配信が終了した。

春樹は椅子の背もたれに深く体重を預け、冷え切ったコーヒーを一気飲みした。

「……任務完了。俺の寿命がまた2日縮んだ」

### Scene 2:忠犬の急襲と、早朝のパン屋

配信終了から約15分後。

『バァァァンッ!!』と、コントロールルームの防音扉が勢いよく開かれた。

「チーーーーフ!!! おぁよーーー!!!」

部屋に飛び込んできたのは、つい先ほどまで18時間ぶっ通しでゲームをしていたはずの戌神ころねだった。

私服のパーカー姿の彼女は、疲労の色など微塵も見せず、犬の耳をピンと立て、見えない尻尾をちぎれんばかりに振って春樹のデスクに突撃してきた。

「お疲れ様チーフ!! 最後まで見ててくれた!? うち、頑張ったでしょ!!」

「……ああ。よく頑張ったな。だが、ドアはもう少し静かに開けろ。徹夜明けのエンジニアの心臓に悪い」

春樹がジト目で睨むと、ころねは「えへへー!」と無邪気に笑い、春樹の首にガバッと両腕を回して抱きついてきた。

「うおっ!? おい、重い! 離れろ!」

「えー! 減るもんじゃないし! いつも裏でうちの配信守ってくれてるチーフに、ご褒美のハグだで!」

ころねの底抜けの明るさと人懐っこさは、まさに大型犬そのものだ。

春樹は強引にころねの腕を引き剥がし、パイプ椅子に座らせた。

「ご褒美ならハグより睡眠をくれ。お前、18時間もぶっ続けでゲームして、なんでそんなに元気なんだ? バケモノか?」

「失礼だなー! うちは元気な戌神ころねだで! あとね、これ買ってきたの!」

ころねは、提げていた紙袋を春樹のデスクに置いた。

中からは、焼きたてのパンの強烈にいい匂いが漂ってきた。

「……パン?」

「そう! 配信終わってから、近くの早朝から開いてるパン屋さんにダッシュして買ってきたんだよ! チーフ、徹夜でお腹ペコペコでしょ? 一緒に食べよ!」

「お前……配信終わってからダッシュでパン屋に行ったのか? 体力どうなってるんだよ……」

春樹は呆れ果てて言葉を失った。

しかし、差し出された紙袋からクロワッサンを取り出すと、まだ温かく、バターの香りが疲れた脳を猛烈に刺激した。

「……いただきます」

「おあがりよ! ……美味しい?」

「ああ。美味い」

春樹がパンを頬張ると、ころねは自分の分のチョココロネを食べながら、ニコニコと嬉しそうに春樹を見つめていた。

ホロライブのタレントたちは皆、春樹のことを「お父さん」や「保護者」のように慕っているが、ころねの懐き方は少し違う。彼女は春樹のことを、純粋に「一緒に遊んでくれる(自分の好きなことを理解してくれる)大好きなご主人様」のように思っている節があった。

「ねえねえ、チーフ」

パンを食べ終えたころねが、身を乗り出してきた。

「今日の配信のゲーム画面、すっごく綺麗だった! リスナーさんも『ころさんのレトロゲーム、いっつも画質良くて最高!』って褒めてくれたんだよ!」

「当たり前だ。お前が持ってきた基板の映像信号がボロボロだったから、俺が裏でリアルタイムにノイズ除去とアップスケーリングをかけてたんだ。俺の構築したシステムを舐めるな」

「やっぱりチーフのおかげだったんだ! さすがチーフ! 世界一の天才技術者!」

ころねは両手を叩いて大絶賛する。

春樹は「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向いたが、その耳は少しだけ赤くなっていた。

「……で。今日はもう帰って寝るんだろ。タクシー呼んでやるから、早く帰れ」

春樹が促すと、ころねは「あ、待って待って!」と慌てて自分のリュックサックをゴソゴソと漁り始めた。

「実はね、チーフに見せたいものがあるんだ!」

リュックの中から出てきたのは、パン屋の紙袋……ではなく。

**謎の巨大なプラスチックの箱(周辺機器)と、見たこともない形状のゲームカートリッジ**だった。

「じゃじゃーん! ネットのオークションで落とした、超激レアの海外製レトロゲーム機とソフト! 次の耐久配信、これやりたい!!」

春樹の顔から、スッと血の気が引いた。

### Scene 3:主任技術者の絶望と、レトロゲームの深淵

「……ころね」

春樹は、机に置かれたその謎のハードウェアを、汚物でも見るような目で睨みつけた。

「お前、これが何か分かってて買ったのか」

「えっ? うーん、よく分かんないけど、パッケージの絵が面白そうだったから!」

春樹はこめかみを強く押さえた。

「これはな、1990年代前半にヨーロッパのごく一部でしか流通しなかった、マイナーハードだ。……映像出力が特殊な『PAL規格(50Hz)』な上に、コネクタのピン配列が日本の基準と全く違う。そのままじゃ、スタジオのどの機材にも繋がらないぞ」

「えっ!? そうなの!? じゃあ、配信できないの……?」

ころねの犬耳が、シュンと力なく垂れ下がった。その顔は、散歩に行けないと知った子犬のように悲しそうだ。

「……普通ならな」

春樹は深く息を吐き出し、そのハードウェアを手に取った。

「だが、お前は今、誰の前に立っていると思っている」

「……チーフ?」

「カバー株式会社の心臓部を統括するチーフ・テクニカル・プロデューサーだぞ。……お前がどうしてもそのゲームをみんなに見せたいって言うなら、俺がこのハードを物理的に改造(ハック)して、日本のスタジオ環境(NTSC/60Hz)に強制適合させてやる」

その言葉を聞いた瞬間、ころねの耳がピン!と立ち上がり、尻尾(幻覚)が千切れんばかりに振られた。

「ほんと!? チーフ、やってくれるの!?」

「ああ。ただし、基板から映像のRGB信号を直接ぶっこ抜く大手術になる。今日はもう無理だ。明日の夜までに俺が専用の変換ケーブルとアップスケーラーのプリセットを組んでおく」

「やったーーーーっ!! さすがチーフ!! 大好き!!」

ころねは再び春樹に飛びつき、今度は首にギュッと抱きついたまま頬ずりをしてきた。

「おい、やめろ! 汗臭いだろうが!」

「チーフの匂いは落ち着くからいいの! えへへ、チーフ、ありがとね! じゃあうち、安心して帰って寝る! おやすみ!!」

嵐のようにハグをかまし、ころねはリュックを背負って元気いっぱいにコントロールルームから飛び出していった。

「ゆびゆび〜!」という上機嫌な声が廊下の奥へと消えていく。

バタン、と扉が閉まる。

一人残された春樹は、机の上に置かれた『謎の海外製レトロゲーム機』を見つめ、深々とため息をついた。

「……さて。どうやってこの50Hzのゴミ信号を、遅延なしで60FPSの配信に乗せるか」

春樹の顔に、疲労の色はない。

むしろ、未知のハードウェアと難解な技術的課題を前にして、エンジニアとしての『変態的な探究心』が完全に火を噴いていた。

### Scene 4:深夜の魔改造(ハック)と、専用環境の構築

その日の深夜。

コントロールルームの一角は、完全に電子工作の工房と化していた。

「……よし、筐体のガワを開ける。基板のレイアウトは……なるほど、ここにビデオエンコーダチップがあるな」

春樹はハンダごてを手に、ルーペを覗き込みながら極小のチップの足に直接リード線をハンダ付けしていく。

 

「このハード、出力のインピーダンスがおかしいな……。75オーム終端用の抵抗をケーブル側に仕込まないと、映像が明るくなりすぎて白飛びする」

春樹は徹夜明けの体にエナジードリンクを流し込みながら、一切の妥協を許さずに作業を進めた。

なぜ、彼がここまでレトロゲームの配信環境にこだわるのか。

それは単なる技術的探究心だけではない。

戌神ころねというタレントの魅力は、ゲームに対する『純粋な愛と没入感』にあるからだ。

彼女は、どんなに古い、理不尽なゲームであっても、絶対に文句を言わず、心から楽しんでプレイする。その純粋な感情がリスナーに伝播し、一体感を生み出すのだ。

もし、映像がカクついたり、入力遅延(ボタンを押してから画面が動くまでのラグ)が発生したりすれば、彼女の没入感は削がれ、リスナーとの共有体験は台無しになってしまう。

「あいつが楽しむための足枷になるものは、技術(俺)が全て排除する」

春樹が最後のハンダ付けを終え、自作の変換ボックスの蓋を閉めた時、外はすでに白み始めていた。

「……完成だ。世界で一つだけの、大空警察……いや、戌神ころね専用・魔改造キャプチャーシステム」

### Scene 5:笑顔の対価と、指切りげんまん(ゆびゆび)

翌日の午後。

3Dスタジオの片隅に設けられたゲーム配信用のブースに、ころねがやってきた。

「チーフ! できた!?」

「ああ。そこにセッティングしてある」

春樹が指差した先には、昨日ころねが持ち込んだ謎のレトロゲーム機が、春樹が作った黒い変換ボックスを介して、最新鋭の配信PCへと接続されていた。

ころねがワクワクしながらコントローラーを握り、電源を入れる。

モニターに、30年前のゲームのタイトルロゴが、ドットの滲み一つない、恐ろしくシャープで美しい色彩で映し出された。

「うおおおおおっ!! すっごい綺麗!!」

ころねは目を輝かせ、すぐにゲームを開始した。

キャラクターをジャンプさせ、攻撃ボタンを押す。

「……っ! ラグが全然ない! いつものファミコンやってる時と同じ感覚で動かせる! チーフ、これどうやったの!?」

「お前のために、基板から直接信号をぶっこ抜いて、遅延ゼロのラインダブラーを通したんだ。……俺の徹夜の結晶だ、感謝しろよ」

春樹が腕を組んでドヤ顔をすると、ころねはコントローラーを置き、パッと春樹の方を向いた。

「チーフ……」

ころねの大きな瞳が、ウルウルと潤んでいた。

「うちのために、また徹夜してくれたの……? こんな、よくわかんない古いゲームのために……」

「よくわかんないゲームを見つけてきて、リスナーを楽しませるのがお前の仕事だろ。俺はそれを裏で支えるだけだ」

春樹は無愛想に言ったが、ころねは春樹の手を両手でギュッと握りしめた。

その手には、昨夜のハンダ付けでついた小さな火傷の跡と、絆創膏があった。

「……チーフの手、いっつもボロボロだね」

ころねは、春樹の指先を優しく撫でた。

「うちね、チーフが作ってくれたこの環境でゲームするの、世界で一番大好きなんだ。チーフが裏で見ててくれるって思うと、どんなに難しいゲームでも、絶対にクリアできる気がするの」

ころねは、春樹の小指に、自分の小指をそっと絡めた。

「これからも、うちの配信、ずっと一番近くで見ててね。……うち、チーフが作ってくれた画面で、世界中のみんなを笑顔にするから!」

「……ああ。お前がコントローラーを握る限り、どんなクソゲーでも最高の画質で配信に乗せてやる」

春樹が小さく微笑んで頷くと、ころねは「えへへ!」と満面の笑みを浮かべた。

「約束だで! ゆびゆび〜!!」

「おい、指を切るな。キーボードが叩けなくなるだろ」

春樹が苦笑いしながら小指を解くと、ころねは「じゃあ、配信行ってくる!」と元気よくブースの席に戻った。

「みんなー! おぁよー! 今日はね、すっごい珍しいゲーム持ってきたよー!!」

防音ガラスの向こう側で、太陽のように明るい犬の笑い声が響き始める。

コントロールルームに戻った春樹は、完璧な波形を描くオーディオモニターと、遅延ゼロで動作する映像信号を確認し、深く背もたれに寄りかかった。

「……さて。今日の耐久配信は、何時間コースになることやら」

天才エンジニアの口元には、疲労を忘れさせるような、優しく穏やかな笑みが浮かんでいた。

元気で人懐っこい犬と、彼女の遊び場を無限に拡張し続ける不器用な技術者。

彼らの終わらない耐久配信の夜は、今日も最高の画質と笑顔と共に、世界中へ届けられていくのだった。

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