**【第26話】 狂気の兎と、爆炎のコンピュートシェーダー(共犯者たち)**
### Scene 1:午後2時00分・テロリストの企画書と、静かなる共犯者
カバー株式会社の地下深く、第1テクニカル・コントロールルーム。
ホロライブの心臓部とも言えるこの部屋は、チーフ・テクニカル・プロデューサーの■■春樹にとって、聖域であり要塞だ。しかし、この要塞には時折、極めて危険な「テロリスト」が侵入してくる。
『ドスドスドスッ!』
廊下から響く、やけにリズミカルで自己主張の激しい足音。
春樹がため息をつきながらメインモニターのロックをかけた瞬間、防音扉がバンッ!と勢いよく開かれた。
「チーーーーフ!!! ぺこーら参上ぺこ!!」
部屋に雪崩れ込んできたのは、ホロライブ3期生、泣く子も黙る(あるいは爆笑する)兎田ぺこらだった。
ダボダボの私服パーカーのフードからトレードマークのうさ耳を覗かせ、首にはお馴染みのどんちゃん(マフラー)を巻きつけている。彼女の手には、何やら分厚いファイルが握られていた。
「……ぺこら。今日は3期生の全体収録は夕方からのはずだぞ。なんでこんな早くに来た」
「ファッファッファ! それはね、チーフにどうしても見せたい『極秘プロジェクト』があるからぺこよ!」
ぺこらは春樹のデスクの横に立つなり、その分厚いファイルをバァン!と机に叩きつけた。
表紙には、マジックで乱暴にこう書かれている。
**『兎田ぺこら3Dライブ・宇宙一のド派手大爆発計画書ぺこ!』**
「……また物騒なタイトルだな」
「チーフ、聞いて! 次のぺこらのソロライブ、最後の曲のサビでね、スタジオの天井から超巨大な『TNT爆薬』を落としたいぺこ! で、それが爆発して、ぺこらごと画面がドカーン!って吹き飛んで、その跡に無数のニンジンが降ってくるっていう、最高にクレイジーな演出がしたいぺこ!!」
ぺこらは目をキラキラさせながら、自作の(かなり味のある)イラストが描かれた企画書をめくって熱弁を振るう。
「これ絶対ウケるぺこ! リスナーの度肝を抜いてやるぺこ! だからチーフ、このTNTのモデリングと、爆発のエフェクト、パパッと作ってほしいぺこ!」
春樹は無表情のまま企画書をパラパラと捲り、そしてパタンと閉じた。
「却下だ」
「なんでぺこおおおおおおお!!? 絶対面白いでしょ!?」
「Aに予算の申請は出したのか?」
「……まだぺこ」
ぺこらがスッと目を逸らす。
「Aにこの企画書を出したところで、『スタジオを爆破する? 倫理観と予算の無駄です。ボツ』と一秒でシュレッダーにかけられるのがオチだ。……だが、俺が却下する理由はそこじゃない」
春樹は椅子を回転させ、ぺこらを真っ直ぐに見据えた。
その目には、技術者特有の、冷たくも熱い『狂気』が宿っていた。
「ぺこら。お前が企画書に書いた『ドカーン!』っていう爆発。これはおそらく、既存のゲームエンジンに組み込まれてる、標準のパーティクルシステム(火花と煙の単純なスプライト再生)を想定してるな?」
「えっ? う、うん。まあ、そんな感じのやつで十分ぺこよ?」
「甘い」
春樹は立ち上がり、ぺこらの鼻先を指差した。
「お前はホロライブが誇る最強のエンターテイナーだろ。そのお前が、クライマックスで使う『爆発』が、フリー素材みたいな安っぽいエフェクトでいいわけがない。そんなペラペラの爆発で、リスナーの度肝が抜けると思ってるのか?」
「チ、チーフ……?」
「俺が作るなら、徹底的にやる。流体力学に基づいたリアルタイムのボリュメトリック・スモーク(立体的な煙の演算)と、爆風による衝撃波(ショックウェーブ)で、カメラのレンズを物理的に歪ませる。さらに、降り注ぐニンジンはただの映像じゃない。10万本のニンジン一つ一つに剛体物理演算(Rigid Body)を持たせて、床で跳ね返らせてやる」
ぺこらのうさ耳が、ピーンと垂直に立ち上がった。
「10万本の……ニンジンが、全部物理演算……?」
「ああ。爆風の膨張速度Vは、ナビエ・ストークス方程式を簡略化したGPUコンピュートでリアルタイムに計算する。お前が歌う声のボリューム(音圧)をトリガーにして、爆発の規模が限界突破する仕組みだ」
春樹はコンソールに向かい、凄まじい速度でターミナルにコードの骨組みを打ち込み始めた。
「これなら、単なる『お笑い演出』で終わらない。圧倒的な映像美と暴力的なまでの演算量で、リスナーの脳を直接殴りつける最高のエンターテインメントになる。……どうだ、ぺこら。俺と一緒に、サーバーが火を噴くレベルの『本物のテロ』をやってみる気はないか?」
それは、タレントの無茶振りを止めるべき裏方が、自らガソリンを被ってマッチを擦るような、完全なる『共犯の誘い』だった。
ぺこらは数秒間、ポカーンと春樹を見つめていた。
そして、顔をパァッと輝かせ、今日一番の悪い笑顔(ドヤ顔)を浮かべた。
「……ファッファッファ! 最高ぺこ!! さすがぺこらの自慢の共犯者! チーフ、お前は本当にイカれた技術者ぺこ!!」
「褒め言葉として受け取っておく。……ただし、Aには本番直前まで内緒だぞ。バレたら俺のボーナスが吹き飛ぶ」
「任せるぺこ! ぺこらとチーフの、極秘テロ計画の始まりぺこ!!」
### Scene 2:真面目なウサギと、深夜のチューニング
それから二週間。
チーフと兎田ぺこらの「極秘プロジェクト」は、着々と進行していた。
春樹は通常業務の裏で、文字通り睡眠時間を削り、膨大な爆発の演算システムを構築し続けていた。
ライブ本番を3日後に控えた、午前2時。
コントロールルームで一人、爆発のパーティクルの減衰率(アルファ値)を調整していた春樹の背後で、扉が静かに開いた。
「チーフ、起きてるぺこか?」
普段の「ドスドス」という乱暴な足音ではなく、足音を忍ばせた、静かな入室。
入ってきたのは、私服姿のぺこらだった。手には、温かいブラックコーヒーの缶が二つ握られている。
「ぺこらか。……どうした、今日はやけに大人しいじゃないか。ウサギの被り物でも落としたか?」
「ち、違うぺこ! 差し入れ持ってきただけぺこ!」
ぺこらは春樹のデスクにコーヒーを置き、隣のパイプ椅子にちょこんと座った。
深夜の、誰もいない空間。
こういう時の兎田ぺこらは、配信で見せる「破天荒なテロリスト」の顔を少しだけ引っ込め、彼女の根底にある「真面目で、少し臆病な女の子」の素顔を覗かせることがある。
「……ありがとう。助かる」
春樹がコーヒーのプルタブを開けると、ぺこらは膝を抱え、モニターに映し出された複雑なソースコードをじっと見つめた。
「ねえ、チーフ」
「ん?」
「……本当に、できるぺこ? その、10万本のニンジン」
声のトーンに、微かな不安が混じっていた。
「心配か?」
「だって……もし本番で処理落ちして、配信がカクカクになったり、最悪画面が真っ暗になったら……。ぺこら、リスナーのみんなに申し訳ないぺこ。笑いを取るつもりが、ただの放送事故になっちゃうのは嫌ぺこ」
ぺこらは、根が非常に真面目で、ストイックなエンターテイナーだ。
自分の企画でリスナーを楽しませたいという欲求が人一倍強い分、「失敗したらどうしよう」という恐怖とも常に戦っている。彼女のあの高笑いの裏には、膨大な試行錯誤と、プレッシャーに打ち勝つための努力が隠されているのだ。
春樹は、コードを打ち込む手を止め、椅子を回転させてぺこらと向き合った。
「ぺこら」
「……なにぺこ」
「俺を誰だと思ってる?」
春樹は、コーヒー缶を片手に、不敵に笑った。
「カバーの全システムを統括する天才だぞ。処理落ちなんてダサい真似、させるわけがないだろ」
春樹はメインモニターを切り替え、現在構築している『爆発演算システム』のアーキテクチャ図を表示した。
「10万本のニンジンの物理演算をすべてCPUでやれば、確実に配信は落ちる。だから、GPGPU(汎用GPU演算)を使って、グラフィックボードのコアに直接計算を並列化(パラレル)で投げている。さらに、カメラから一定距離以上離れたニンジンのコリジョン(当たり判定)は動的に無効化し、負荷を劇的に削っている」
春樹の専門用語の羅列に、ぺこらは目を丸くしている。
「要するにだ」
春樹は、ぺこらの頭にドンッと手を置いた。
「お前は、システムの限界なんてこれっぽっちも気にしなくていい。お前の仕事は、ステージの上で世界一楽しそうに笑って、世界一ド派手に吹き飛ぶことだ。……それ以外の技術的な壁は、俺が全部ぶち壊してやる」
その力強い、絶対的な防波堤(プロデューサー)としての言葉。
ぺこらの不安げだった瞳に、再び強い光が宿った。
「……ふふっ」
ぺこらは、春樹のシャツの袖を軽く引っ張り、嬉しそうに笑った。
「チーフは、ほんとに頼りになる『共犯者』ぺこね」
「だろ。だから、お前は思い切り暴れてこい」
「うんっ! ぺこら、最高のライブにするぺこ! チーフが徹夜で作ってくれたこの爆弾で、リスナーの度肝を抜いてやるぺこ!!」
完全に迷いが吹っ切れたウサギは、いつもの高笑いを取り戻し、「じゃあぺこらは明日に備えて寝るぺこ! おやすみチーフ!」と、嵐のように去っていった。
誰もいなくなった部屋で、春樹は冷めかけたコーヒーを煽り、再びキーボードに手を伸ばした。
「……さて。ニンジンの落下速度、もう少し重力加速度(9.8m/s²)を強調して、質量を感じるようにチューニングするか」
狂気の技術者の夜は、まだまだ終わらない。
### Scene 3:開演・極秘テロのカウントダウン
そして迎えた、兎田ぺこら3Dライブの当日。
YouTube Liveの同時接続数は、すでに15万人を突破し、現在進行形で増え続けていた。
第1テクニカル・コントロールルームは、異様な緊張感に包まれていた。
「チーフ! メインサーバーのリソース消費率60%! トラッキングの遅延ゼロです!」
「よし。そのまま監視を続けろ」
春樹はメインコンソールの前に座り、手元には厳重にロックをかけた一つの実行ファイル――**『Peko_Megaton_Explosion.exe』**をスタンバイさせていた。
「……ふふっ。チーフ、なんかすごく楽しそうですね」
背後で、Aちゃんがバインダーを胸に抱きながら、銀縁メガネを光らせて立っている。
「気のせいだ。ただの業務の一環だ」
「そうですか? 昨日の深夜、チーフの端末からAWSのクラウドサーバー(物理演算用インスタンス)が、予算枠ギリギリまで追加で立ち上げられていたログを見つけたんですが?」
「…………」
春樹は冷や汗を流しながら、モニターから目を逸らした。
「あ、あれは緊急時の冗長化のための……」
「まあ、いいでしょう。ぺこらちゃんのライブを最高のものにするためなら、多少の(事後承諾の)経費は目をつぶります。……その代わり、絶対に成功させてくださいね」
Aちゃんの「失敗したらタダじゃ置かない」という無言の圧力を背に受けながら、春樹は「了解した」と短く答えた。
画面の中のライブは、いよいよクライマックスを迎えていた。
最後の曲。
ぺこらが、息を乱しながらも、最高の笑顔でカメラに向かって叫ぶ。
『みんなー!! 今日は本当にありがとうぺこ!! でもね……ぺこらのライブが、こんな普通に終わるわけないぺこよなぁ!?』
コメント欄が「!?」「何する気だ」「逃げろ!!」と瞬時に察知して湧き上がる。
『チーフ!! スイッチ、オンぺこおおおおおおお!!!』
「了解だ、テロリスト」
春樹は、力強くエンターキーを叩き込んだ。
### Scene 4:爆炎とニンジンの雨(世界が揺れる瞬間)
『キュウゥゥゥゥン……!!』
配信画面のスタジオの天井が開き、巨大な、あまりにも巨大な『TNT爆薬』の3Dモデルが、ズシンッ!とぺこらの背後に落下してきた。
『うおおおおお!!?』
『デカすぎだろwwww』
『待って、これガチでやるの!?』
コメント欄の速度が限界を突破する。
ぺこらが、ニヤリと悪魔のようなドヤ顔を浮かべる。
『それじゃあみんな……地獄で会おうぺこ!!』
ぺこらが曲の最後の大サビの高音を張り上げた、その瞬間。
春樹の組んだオーディオ・トリガーが作動した。
**『ドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!』**
凄まじい爆発音。
しかし、それはただの音ではなかった。
春樹が流体力学を用いて演算した『本物の爆炎』が、スタジオ全体を飲み込んだのだ。
高解像度のボリュメトリック・スモークが渦を巻き、衝撃波のシェーダーがカメラのレンズを物理的に歪ませ、画面全体が激しく揺れる。
「……第3クラスター、演算負荷スパイク発生! CPU使用率98%!」
若手エンジニアが悲鳴を上げる。
「落ちるな……耐えろ!! インスタンスを分散させろ!!」
春樹はキーボードを叩き、強引に負荷をクラウドサーバーへと逃がす。
爆炎が晴れた後。
そこには、黒焦げになったスタジオの残骸と……。
上空から、**物理演算(Rigid Body)を持った10万本のニンジン**が、滝のように降り注ぐ光景があった。
『バラバラバラバラバラッ!!』
ニンジンは床にぶつかってリアルに跳ね返り、互いに衝突し合いながら、スタジオの床を埋め尽くしていく。その中から、煤まみれになったぺこらが、むくりと起き上がった。
『ゴホッ、ゴホッ……! ふ、ファッファッファ!! どうぺこ!! ぺこらの最強の大爆発!!』
> **【ホロライブ】兎田ぺこら 3Dライブ 実況スレ Part334**
> **888:名無しの野うさぎ**
> 腹痛いwwwwww
> **890:名無しの野うさぎ**
> 爆発のエフェクト、ガチすぎだろww 映画かよwww
> **895:名無しの野うさぎ**
> ニンジン1本1本がちゃんと物理演算で跳ねてて草。カバーの技術部、また変態技術を無駄遣いしてるww
> **900:名無しの野うさぎ**
> チーフ、お前が組んだんだろこのシステムwww 最高だわwww
> **910:名無しの野うさぎ**
> 処理落ち全くしてないの凄すぎる。どんな化け物サーバー使ってんだ
> **915:名無しの野うさぎ**
> アイドルのライブで爆死エンドは草
> **920:名無しの野うさぎ**
> さすがぺこーらだわ、期待を裏切らないwwww
>
右のモニターで滝のように流れる『草(w)』の弾幕と、数え切れないほどの赤スパの雨。
配信は大爆笑と大歓声に包まれながら、伝説的なオチをつけて幕を下ろした。
「……配信終了。トラフィック低下。サーバーエラー、ゼロ」
春樹が宣言すると、コントロールルームに歓声と拍手が巻き起こった。
「やった……。やり切ったぞ」
春樹は、極度の緊張と演算処理から解放され、椅子に深く沈み込んだ。
「素晴らしい演出でした、チーフ。……まあ、サーバーの追加予算については、後でじっくりと『清算』させていただきますが」
Aちゃんが笑顔で(目は全く笑っていない)言うのに、春樹は「……お手柔らかに頼む」と返すのが精一杯だった。
### Scene 5:共犯者たちの祝杯
30分後。
片付けを終えて人気が少なくなったコントロールルームに、防音扉を開けて一つの影が飛び込んできた。
「チーーーーーーフ!!!」
着替えを終えたぺこらが、満面の笑みで春樹のデスクに駆け寄ってくる。
その手には、高そうな『ニンジン100%生搾りジュース』の瓶が二本握られていた。
「チーフ! 見たぺこ!? コメント欄、大爆笑だったぺこ! ニンジンの物理演算も、爆発の煙も、完璧だったぺこよ!!」
「ああ。俺のシステムに狂いはないと言っただろ。お前の歌のタイミングも完璧だった。……見事なテロだったな」
春樹が笑いかけると、ぺこらは「えへへっ!」と照れくさそうに笑い、ニンジンジュースの一本を春樹に手渡した。
「ほら、祝杯ぺこ! コーヒーばっかり飲んでるチーフの胃袋に、栄養満点のニンジンジュースをお見舞いしてやるぺこ!」
「……よりによってニンジンジュースか。まあいい、もらうよ」
二人は、静かなコントロールルームで、小さな瓶をコツンと合わせた。
甘くて少し青臭いジュースが、徹夜明けの体に染み渡っていく。
「ねえ、チーフ」
ぺこらが、ジュースの瓶を見つめながら、少しだけ真面目な声を出した。
「ぺこらね。今日のライブ、今までで一番楽しかったぺこ。チーフが裏で『絶対に落とさない』って守ってくれてるのがわかってたから、なんの不安もなく、思い切り暴れられたぺこ」
ぺこらは、真っ直ぐに春樹の目を見た。
「ぺこらの無茶苦茶なワガママを、いっつも『最高のもの』にして叶えてくれて、本当にありがとうぺこ。……チーフは、ぺこらの一番の共犯者ぺこ!」
その言葉に、春樹は少しだけ目を丸くし、そして不敵に笑い返した。
「俺はただの技術者だ。お前たちの描いた『見たい世界』を、システムとして具現化しただけだ。……だが、まあ。テロの片棒を担ぐのも、たまには悪くないな」
「ファッファッファ! 素直じゃないぺこねー! 次のライブは、スタジオごと宇宙に飛ばす企画書持ってくるから覚悟しておくぺこよ!!」
「勘弁してくれ。Aに殺される」
深夜のコントロールルームに、天才エンジニアの呆れ声と、イカれたテロリストウサギの高笑いが響き渡る。
表舞台で最高のエンターテインメントを仕掛けるアイドルと、裏側でそれをオーバーテクノロジーで支え切るマッドサイエンティスト。
彼らの『極秘テロ計画』は、これからもリスナーの度肝を抜き続けるために、密やかに更新されていくのだ。