ホロ  オリ   作:raian sinra

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**【第31話】 輝く四つの星と、裏方の調律師(チューナー)**

### Scene 1:午前2時00分・悪魔の差し入れ(完全栄養食)

カバー株式会社、地下第1テクニカル・コントロールルーム。

真夜中を過ぎ、社内のほとんどの明かりが落ちた時間帯。冷たいサーバーの駆動音だけが響くその部屋で、チーフ・テクニカル・プロデューサーの■■春樹は、メインモニターに表示された複雑な音声波形と睨み合っていた。

『プシュッ』

防音扉が開き、バタバタと少し慌ただしい足音が部屋に入ってくる。

「……チ、チーフ! まだ起きてるか! 悪魔が魂を刈り取りに来てやったぞ!」

紫色の髪にインベーダーのヘアピン、そして小悪魔的なファッション。

ホロライブ4期生、小悪魔(自称)の**常闇トワ**だった。

彼女は「悪魔らしい」凄みを利かせた声を出そうとしているが、その両手にはコンビニの袋がしっかりと握られており、中からはほかほかの温かい匂いが漂っている。

「……トワか。魂を刈り取る前に、お前が持ってるその『胃腸に優しい鶏白湯の春雨スープ』と『ビタミンゼリー』を机に置け」

「なっ!? な、なんで中身が分かったのよ!」

「お前が深夜に俺の部屋に来る時は、9割がた俺の健康を案じた夜食の差し入れだからだ。……ありがとう、ちょうど小腹が空いてた」

春樹がモニターから目を離さずに淡々と答えると、トワは顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。

「ち、違うし! これはチーフに栄養を与えて太らせてから、美味しく魂をいただくための悪魔的罠だし! 勘違いしないでよね!」

「はいはい。悪魔的だな。恐ろしい恐ろしい」

春樹は適当に相槌を打ちながら、トワが置いてくれた春雨スープの蓋を開けた。徹夜明けの胃に、温かいスープがじんわりと染み渡る。

「……まったく。TMT(トワ様マジ天使)の略称はダテじゃないな」

「天使じゃない! 悪魔!!」

トワはプクッと頬を膨らませ、パイプ椅子を引き寄せて春樹の隣に座った。

不器用で、口が悪いように見せかけて、実はホロライブの中でもトップクラスに優しく、周りをよく見ている「天使」。それが常闇トワという少女だ。

「で、チーフ。今日はなんの徹夜してるの?」

トワが、春樹のモニターを覗き込む。

そこには、ピアノの鍵盤のような図形と、無数のパラメーターが並ぶオーディオ・シーケンサーの画面が開かれていた。

「ルーナのエレクトーン配信用の、音声ルーティングの最終調整だ」

春樹はスープをすすりながら答えた。

「姫森の弾くエレクトーンは、MIDI信号とアナログのライン出力が混在している。それを配信に乗せる時、映像と音声、そして打鍵のタイミングをコンマミリ秒単位で完全に同期させなきゃならない」

春樹はキーボードを叩き、一つの複雑な数式(フーリエ変換の応用式)を画面の端に表示した。

$$ X(f) = \int_{-\infty}^{\infty} x(t) e^{-i 2\pi ft} dt $$

「エレクトーンの豊かな倍音成分$x(t)を、デジタル空間で周波数領域X(f)$に変換して圧縮する際、どうしても位相のズレ(フェーズシフト)が生じる。姫森の演奏技術はガチだからな。俺の組むシステムの遅延(レイテンシ)のせいで、あいつの演奏のリズムが狂って聞こえるような真似は絶対に許されない」

春樹の、一切の妥協を許さないプロフェッショナルな言葉。

トワは、その横顔をじっと見つめ、小さく微笑んだ。

「……そっか。ルーナのやつ、最近ずっと練習頑張ってたもんね。チーフが裏でそこまでやってくれてるなら、明日の配信は絶対に大成功だね!」

「ああ。俺のシステムに死角はない。……お前たちの努力を、1デシベルたりとも取りこぼさずに届けるのが俺の仕事だからな」

### Scene 2:破壊の天使と、不屈の羊

「……あ、あのぉ。チーフぅ……」

トワと春樹が穏やかな時間を過ごしていると、開いたままになっていた防音扉の向こうから、恐る恐る顔を覗かせる人影があった。

水色の髪に、天使の輪(手裏剣)。ホロライブ4期生の**天音かなた**だ。

彼女の手には、無惨に『ひしゃげた』鉄製のマイクスタンドが握られていた。

「おい……かなた。それはなんだ」

春樹の声が、一瞬にしてシベリアの永久凍土レベルまで冷え込んだ。

「ご、ごめんなさいチーフ!! 歌の練習してて、ちょっと高音を出す時に力んじゃったら、マイクスタンドの支柱が『ぐにゃっ』て……!」

「お前なぁ……! 鉄パイプだぞ!? 白銀ノエルだけじゃなく、お前まで物理破壊の特異点になるつもりか!」

かなたの握力は、ホロライブ内でも伝説として語り継がれるレベル(通称:ゴリラ握力)である。マイクスタンドがまるで飴細工のように曲がっていた。

「わ、わざとじゃないんだよぉ! ただ、最近トワ様とかわためとか、みんな歌がすっごく上手くなってるから、私も負けられないなって思って、つい……!」

かなたが涙目で弁解していると、その背後から、さらに別の影がひょっこりと現れた。

「わためは悪くないよねぇ〜?」

ふわふわの羊耳と、のんびりとした声。4期生の**角巻わため**だ。

「お前は悪くないが、なぜこんな時間にいる。今は午前3時だぞ。お前の『わためのうた』の収録はとっくに終わってるはずだ」

「えへへー。実はね、チーフのサーバーの隅っこ借りて、明日の『深夜の長時間マインクラフト配信』用の回線テストしてたんよ〜」

「……お前、また朝まで耐久する気か。少しは寝ろ」

春樹が額を押さえる。

常闇トワ、天音かなた、角巻わため。そして、明日のエレクトーン配信を控える姫森ルーナ。

気がつけば、4期生のメンバーが(ルーナ以外)深夜のコントロールルームに集結してしまっていた。

「まったく、お前ら4期生は……」

春樹はひしゃげたマイクスタンドをかなたから没収し、深々とため息をついた。

「……ノエル用に発注した『チタン合金』の素材が少し余ってる。明日、お前用の特注マイクスタンドを組んでやる。それまでは予備を使え」

「ほ、ほんと!? ありがとーチーフ! 一生ついていく!」

かなたがパァッと顔を輝かせる。

「わため。お前のマイクラ配信のトラフィックは、専用のバックボーンに回しておく。だが、朝6時を過ぎたら強制的にアラートを鳴らすからな。倒れる前に寝ろ」

「はーい! チーフパパ、優しい〜!」

「トワ、お前はもう帰って寝ろ。明日はFPSの大会練習があるんだろ。エイムがブレるぞ」

「わ、わかってるわよ! チーフのスープが冷める前に顔見に来ただけだし!」

春樹の的確で、愛のある「処理」。

それを眺めながら、トワ、かなた、わための3人は顔を見合わせ、クスクスと笑い合った。

### Scene 3:四期生のプレッシャーと、星々の焦燥

「……でもさ、チーフ」

笑い声が少し落ち着いた後、かなたがポツリと、真剣なトーンで切り出した。

「私たち4期生って、本当にチーフに迷惑ばっかりかけてるよね」

「今更だ。気にするな」

「ううん。……気にするよ」

かなたは、自分の両手をぎゅっと握りしめた。

ホロライブ4期生。

彼女たちがデビューした当時、ホロライブはすでに3期生(ファンタジー)という圧倒的な爆発力を持った先輩たちが道を切り拓き、巨大なムーブメントを起こしていた時期だった。

「あの大成功した3期生の次」という計り知れないプレッシャー。

そして、彼女たちは共にデビューした『大切な仲間』との別れも経験している。

「私たち、先輩たちみたいに、圧倒的なカリスマがあるわけじゃない。……だから、必死に自分の武器を探して、歌の練習したり、長時間配信したり、エレクトーン弾いたりして、なんとか食らいついてるけど……」

わためも、トワも、静かに俯いた。

「時々、すごく怖くなるんだ。私たちが頑張れば頑張るほど、空回りして、ホロライブの足を引っ張っちゃうんじゃないかって。……今日のマイクスタンドみたいに、チーフの作ってくれたものを壊しちゃうんじゃないかって」

かなたの言葉には、4期生が抱え続けてきた「焦燥感」と「責任感」が滲み出ていた。

個々の能力は極めて高い。しかし、真面目で不器用な彼女たちは、常に自分たちを過小評価し、見えない重圧と戦い続けているのだ。

コントロールルームに、静かで、重たい沈黙が落ちた。

春樹は、空になった春雨スープの容器をゴミ箱に捨て、ゆっくりと立ち上がった。

「……お前ら。少し、こっちに来い」

春樹は、メインモニターの前まで3人を呼び寄せた。

そして、ターミナルに数行のコマンドを打ち込み、巨大なモニターに一つの『グラフ』を表示させた。

### Scene 4:調律師が語る、星座の証明

「なんだと思う? このデータ」

春樹が指差した画面には、赤、青、黄、紫の4つの波形が、複雑に絡み合いながら、全体として一つの巨大で美しい『うねり』を描いているグラフが表示されていた。

「これ……私たちの、配信データ?」

トワが目を丸くする。

「そうだ。過去1年間のお前たち4期生の、配信時間、トラフィック、同接、そして『音声波形のシナジー(相乗効果)』を解析した総合データだ」

春樹は、腕を組み、3人の顔を順番に見つめた。

「かなた。お前は『自分には圧倒的なカリスマがない』と言ったな。だが、お前のその『圧倒的な音域の広さ』と『何事にも全力でぶつかる純粋さ』は、リスナーの心を絶対に離さない強力な引力になっている。お前の波形は、常に全体のベースを底上げしている」

「チーフ……」

「わため。お前の終わらない耐久配信と、柔らかい声。それは『ホロライブの深夜の防衛線』だ。他のタレントが寝静まった時間に、お前が火を灯し続けているおかげで、ホロライブという箱の熱量は24時間絶対に冷めない。お前の持久力は、もはやインフラだ」

「わためのうたは、インフラ……!」

わための目が、キラキラと輝く。

「姫森のエレクトーンと独特のテンポは、ホロライブに『音楽的な深み』と『唯一無二の癒やし』をもたらしている。……そしてトワ」

春樹は、トワを見据えた。

「お前のその少しハスキーで力強い中低音(チェストボイス)と、FPSで見せる熱い闘争心。それは、4期生というグループに『鋭いエッジ』と『カッコよさ』を与えている。お前がいなきゃ、この4つの波形は絶対に噛み合わない」

春樹は、モニターの4つの波形が重なり合う中心点を指差した。

「お前たちは、先輩たちと自分を比べて焦る必要なんて一切ない。お前たち4人は、それぞれが完全に独立した『特異点』だ。だが、それが集まった時……」

春樹は、不敵な笑みを浮かべた。

「このデータが証明している。お前たちの生み出すエネルギーは、どの世代にも負けない、最高に美しくて強力な『星座』になってるんだよ。……俺たちエンジニアが、お前たちのその光を落とすような真似をさせるわけがないだろ」

圧倒的な、理詰めによる肯定。

精神論ではなく、システムとデータを統括する天才エンジニアが、客観的な数値として彼女たちの「価値」を証明してみせたのだ。

「……っ」

かなたの瞳から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。

「ちぃぃぃぃふぅぅぅぅ……っ!!」

かなたは、春樹の腰にガバッと抱きつき、そのシャツに顔を押し当てて号泣し始めた。

「おい、待てかなた! お前のゴリラ握力でシャツを掴むな! 背筋がちぎれる!」

「だってぇぇぇ! 嬉しいんだもんんんん!!」

「あはは……もう、かなたんったら」

わためも目を潤ませながら、春樹の背中にそっと抱きついた。

「チーフ、ありがとねぇ。わため、これからもいっぱい夜更かしする!」

「だからそれは限度を考えろと言ってるだろ」

「……バカみたい。エンジニアのくせに、かっこいいこと言っちゃって」

トワは、必死に涙を堪えながら、照れ隠しのようにそっぽを向いた。しかし、その耳まで真っ赤に染まっているのを、春樹は見逃さなかった。

「お前たちが壊した機材は、俺が何度でも直してやる。お前たちが迷った時は、俺がデータでお前たちの居場所を証明してやる」

春樹は、抱きついてくるかなたとわための頭を、不器用な手つきでポンポンと撫でた。

「だから、お前たちは何も恐れずに、前だけを向いて進め。……俺がついてる」

### Scene 5:四つの星が輝く夜

翌日の午後。

姫森ルーナのエレクトーン配信は、春樹の完璧なオーディオ・ルーティングと遅延補正システムにより、歴史的な大成功を収めた。

『んなぁ〜! みんな、今日はルーナの演奏、最後まで聴いてくれてありがとうなのら〜!』

画面の中で、完璧な演奏を終えたルーナが、額の汗を拭いながら満面の笑みを浮かべる。

コメント欄は「最高の演奏だった!」「音質神かよ」「ルーナ姫最強!」と、絶賛の嵐に包まれていた。

そして、その配信のコメント欄の最前列には。

『ルーナお疲れ様!! 最高だった!!』(天音かなた)

『わためも裏で聴いてて泣いちゃった〜!』(角巻わため)

『やるじゃんルーナ。今度一緒に歌わせなさいよね』(常闇トワ)

同期である3人の、温かいコメントが並んでいた。

第1テクニカル・コントロールルーム。

春樹は、その配信画面とコメント欄を見つめながら、深く椅子の背もたれに寄りかかった。

「……トラフィック正常。音声の位相ズレ、ゼロ。……完璧なステージだったな」

春樹は、冷めたコーヒーを煽り、小さく息を吐き出した。

彼の手元には、かなたが壊したマイクスタンドの代わりに新しく設計された『チタン合金製・超高耐久マイクスタンド』の図面が開かれている。

「さて……。あのゴリラ天使の握力に耐えるスタンドの組み上げと、不屈の羊の回線の監視。それに、悪魔のFPS設定のチューニングか」

やることは山積みだ。

しかし、キーボードを叩く春樹の指先は、疲労を感じさせないほどに軽く、そして力強かった。

ホロライブ4期生。

不安とプレッシャーに押し潰されそうになりながらも、決して諦めず、互いを支え合いながら進み続ける四つの星。

その光が、暗闇の中で決して迷わないように。

カバー株式会社の地下深くで、天才調律師(チューナー)は今日も、彼女たちのための絶対零度の羅針盤を、愛とコードで紡ぎ続けているのだった。

 

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