ホロ  オリ   作:raian sinra

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**【第32話】 笑顔のサーカス団と、テントを支える見えざる大黒柱**

### Scene 1:午前1時00分・ホワイトライオンと、深夜のハードウェア談義

カバー株式会社、地下第1テクニカル・コントロールルーム。

無数のサーバーラックが低い冷却音を立てるその部屋は、ホロライブの配信を裏から支える『絶対防壁』、チーフ・テクニカル・プロデューサーの■■春樹の城である。

「……よし。明日のFPS大型大会用サーバー、チックレート(Tick Rate)を128Hzで固定。パケットロス率0.01%以下。ルーティングの最適化も完了だ」

春樹がメインコンソールのエンターキーを軽く叩き、コーヒーマグに手を伸ばしたその時だった。

『ピッ、ウィィィン……』

コントロールルームの分厚い防音扉が、珍しく「物理的な蹴り」ではなく、正規のIDカードによって静かに開かれた。

「チーフ、お疲れ。まだやってんの?」

現れたのは、グレーの髪に獣耳を生やした、ホロライブ5期生のホワイトライオン――**獅白ぼたん**だった。

ラフなジャージ姿の彼女は、片手にコンビニの大きなレジ袋を提げている。スバルやマリンのように騒がしく乱入してくるわけでもなく、彼女は極めて自然な足取りで春樹のデスクの隣にやってきた。

「ぼたんか。お前こそ、明日は大会のリーダー格だろ。早く寝ないとエイム(照準)の反応速度が落ちるぞ」

「あはは、平気平気。うちはちょっとくらい寝不足の方が、変に力が入らなくてちょうどいいんだわ。それより、はいこれ。夜食の差し入れ」

ぼたんはレジ袋から、エナジードリンク数本と、ブラックコーヒー、そして手軽に食べられるサンドイッチを取り出し、春樹のデスクの空きスペースに並べた。

他のメンバーの差し入れが「手作り弁当」や「お菓子」など感情がこもったものが多い中、ぼたんのチョイスは極めて『実用的(ロジカル)』だ。

「助かる」

春樹がサンドイッチの封を切ると、ぼたんは春樹のモニターを覗き込んだ。

「へぇ……。明日のサーバー、AWSの専用インスタンス立てて、チックレート128まで引き上げてくれたんだ。FPSのこと分かってるねぇ、チーフ」

「当たり前だ。お前みたいなガチ勢の弾抜け(ヒットレジストリのバグ)を起こすわけにはいかないからな。0.1フレームの遅延が命取りになる世界だろ」

「流石。これならうちも、思い切り暴れられるわ」

ぼたんはホロライブ内でも屈指のPC知識とゲーマースキルを持つ。

メモリのクロック数や、GPUの演算能力、ネットワークの仕組みなど、専門用語(テックトーク)で春樹と対等に近いレベルで会話ができる数少ないタレントだった。

だからこそ、春樹もぼたんに対しては、娘というより「気の合う技術仲間」のような距離感で接することが多かった。

「で、今日は一人か? お前が深夜にここに来る時は、大体他の『うるさい連中』もセットのはずだが」

春樹が尋ねた、まさにその数秒後だった。

『バァァァァンッッ!!!』

防音扉が、蝶番が悲鳴を上げるほどの勢いで蹴り開けられた。

「チーーーーーーーフ!! ねねの夫第0号!! 起きてるアルかぁぁぁ!!」

「ファッファッファ!! 座長のお通りだァ!! 深夜のサーカス開演のお時間だよぉぉ!!」

静寂のコントロールルームに、鼓膜を突き破るような極彩色の騒音が雪崩れ込んできた。

ホロライブ5期生、**桃鈴ねね**と、**尾丸ポルカ**の襲来である。

「……言わんこっちゃない」

春樹が深くため息をつくと、ぼたんは「あはははは!」と、彼女特有の豪快な笑い声(ゲラ)を響かせた。

### Scene 2:ねねぽるの要求定義(カオス)と、物理演算の限界

「ねぇねぇチーフ! ねねね、次の3D配信で、すっごいこと思いついたの!」

桃鈴ねねは、春樹のゲーミングチェアの背もたれにガバッと抱きつき、頭の上のお団子を揺らしながら目をキラキラさせていた。

「すっごいことってなんだ。お前の言うすっごいことは、大抵システムを物理的に破壊するんだが」

「失礼な! 今回はね、ねねがステージの上で『ねねちのスーパーオーラ』を出して、空を飛びながら、スタジオ中にねねの分身(ホログラム)を100人出現させて、全員でチーフにプロポーズするの!」

「……却下だ。というか、俺へのプロポーズを演出に組み込むな。Aに殺される」

春樹が即答すると、横から尾丸ポルカがバンバンと机を叩いた。

「チーフ! ねねちの分身100人はメモリの無駄遣いだからボツでいいとして! ポルカのサーカス企画は絶対通してほしいの!!」

ポルカは、持っていたスケッチブックを春樹の顔の前に突き出した。

「見て! これぞ『大空中ブランコ&人間大砲・炎の輪くぐりイリュージョン』! ポルカがね、大砲からドカーンって射出されて、燃え盛るリングを3つ連続でくぐり抜けて、最後はトランポリンで跳ね返ってカメラにピースするの! 最高にクレイジーでしょ!!」

春樹は、スケッチブックの(やけに上手い)イラストと、ドヤ顔のポルカを交互に見つめ、こめかみを強く揉んだ。

「……ポルカ。お前、自分が何を言ってるか分かってるか」

「えっ? エンターテインメントの極致?」

「違う。物理演算の地獄だ」

春樹はキーボードを引き寄せ、ターミナルに数式を打ち込み始めた。

「いいか。お前を大砲で射出する場合、放物線軌道(y = x \tan\theta - \frac{gx^2}{2v^2 \cos^2\theta})の計算だけなら大した負荷じゃない。だが、お前がくぐる『燃え盛るリング』。これにボリュメトリックな炎のパーティクル演算と流体力学(ナビエ・ストークス)を適用し、さらに『トランポリンの弾性衝突(テンソル演算)』まで同時に走らせたら、GPUのVRAMがパンクして配信がカクつく」

「うぐっ……」

「おまけに、お前は3Dトラッキング中に無駄に手足をバタバタさせるだろ。空中でジンバルロック(関節の回転異常)が起きたら、お前は炎の輪の中で首の折れたピエロになるぞ」

春樹の、身も蓋もない残酷な技術的指摘。

「えええええ!? やだやだ! ポルカ、かっこよく飛びたいの!! チーフの天才的な魔法でなんとかしてよぉぉ!!」

「そうだよチーフ! ねねの100人の分身も、チーフなら1万人にできるでしょ!? 夫なら妻の願いを叶えなさい!」

「誰が夫だ。俺のサーバーを燃やす気か」

わーわーと喚くねねとポルカ。

その横で、ぼたんは「あはははは! チーフのマジレス最高www」とお腹を抱えて笑い転げている。

ホロライブ5期生(ねぽらぼ)。

圧倒的な個性と、底抜けの明るさ、そして一瞬で場をカオスに変える『制御不能のシナジー』。

それが彼女たちの最大の魅力だった。

「……まったく。お前らの要求仕様(無茶振り)は、ぺこらやマリンのそれに匹敵するぞ」

春樹が呆れながらも、どうやってポルカの放物線演算の負荷を減らすか(フラスタムカリングで画面外の炎の描画を間引くか)を無意識に考え始めた、その時。

『……ふふっ。みんないると思ったら、やっぱりここにいたぁ〜』

背後から、ひどく甘ったるく、ろれつの回っていない声が響いた。

### Scene 3:酔いどれ雪花(ワミィ)の侵攻

「あ、ラミィちゃん!」

ねねが振り返ると、そこにはホロライブ5期生、雪花ラミィの姿があった。

しかし、清楚な雪のエルフの面影はどこにもない。

私服のカーディガンを肩からずり落とし、顔は真っ赤。そして両手には、一升瓶(大吟醸)と、お猪口がしっかりと握られていた。

完全なる『ワミィ(泥酔モード)』である。

「チーフぅ〜……。ラミィね、今日のお酒の配信で、ちょっと飲み足りなくってぇ……。チーフも一緒に、飲も? ね?」

「……ラミィ。お前、ここは機材の心臓部だぞ。そのアルコール度数の高い液体をサーバーにこぼしたら、カバー株式会社が物理的に終わる」

春樹が顔を青ざめさせながら警告するが、酔っ払ったエルフに言葉は通じない。

「えへへぇ〜、こぼさないよぉ〜。ほらほら、チーフ、お口あーんしてぇ? ラミィが直々に注いであげるからぁ〜♡」

「やめろ! 電子機器の前で液体を傾けるな!! ぼたん、こいつを押さえろ!」

「あはははは! チーフが貞操の危機だわww ねねち、ポルカ、ラミィを捕獲しろ!」

「了解アル! ラミィちゃん、ストップストップ!」

「座長が抑え込む!!……うおっ、酔っ払いのエルフ、力強っ!?」

コントロールルームは、もはやスラップスティック・コメディの舞台と化していた。

一升瓶を振り回して春樹に絡もうとするラミィ、それを必死で羽交い締めにしようとするねねとポルカ、そしてその状況をスマホで動画に撮りながら大爆笑しているぼたん。

サーバーの排気音は、彼女たちの叫び声と笑い声にかき消され、完全にパニック状態だ。

「……お前ら、いい加減にしろ!!」

春樹の怒号(と、機材を守るための必死の防衛線)が、深夜の地下室にこだました。

### Scene 4:テントを支える、見えざる大黒柱

それから1時間後。

「……すぅ……すぅ……」

「むにゃ……チーフ……ねねの、夫ぉ……」

「座長は……まだ飛べる……」

嵐が過ぎ去ったコントロールルーム。

部屋の隅に置かれた大きな仮眠用ソファの上には、完全に電池が切れたねねとポルカが重なるようにして眠り、その足元で、一升瓶を抱えたラミィが丸くなってスースーと寝息を立てていた。

「……はぁ。台風一家か、あいつらは」

春樹は、乱れたデスクを片付けながら、深く、長い溜息を吐き出した。

「あはは、ごめんねチーフ。うちの連中が騒がしくしちゃって」

唯一、最後まで冷静(かつシラフ)だったぼたんが、春樹にコーヒーを差し出しながら苦笑いした。

「気にするな。ホロメンの騒がしさには慣れてる。……だが、あのエルフの一升瓶だけはマジで心臓に悪いから、次からは入口の金属探知機ならぬ『アルコール探知機』を設置してやる」

春樹がコーヒーを受け取ると、ぼたんはソファで眠る同期たちを、とても優しく、愛おしそうな目で見つめた。

「……でもさ、チーフ」

ぼたんが、少しだけ真面目なトーンで口を開く。

「うちの5期生って、チーフから見て、どう見える?」

「どう、とは?」

「いやさ。3期生の先輩たちみたいな爆発力とか、4期生の先輩たちみたいなエモい結束力とか。私たちには、そういう分かりやすい『武器』がないんじゃないかなって……裏でポルカとか、ねねちとか、結構気にしてたりするんだよね」

ぼたんの言葉に、春樹はコーヒーを啜る手を止めた。

ホロライブ5期生(ねぽらぼ)。

底抜けに明るく、わちゃわちゃとしていて、いつも笑顔が絶えない彼女たち。

しかし、その「笑顔」の裏側で、彼女たちは常にプレッシャーと戦っている。

期待の新人としてデビューした直後から、様々な壁にぶつかり、涙を流し、それでもリスナーの前では「絶対に笑顔のサーカスを続ける」と誓い合った、不屈の少女たちなのだ。

「……ぼたん」

春樹は、コンソールに向き直り、モニターに一つの『システム構成図』を表示させた。

「お前らには分かりやすい武器がない、だと?」

春樹は、不敵な笑みを浮かべた。

「お前ら5期生のシナジーは、ホロライブ全体を見渡しても『異常』だ。……これを見ろ。お前たちが4人でコラボ配信をした時の、システムへの負荷の割り当て(スレッド・アロケーション)だ」

画面には、4つの強烈なデータストリームが並行して走っている図が表示された。

「ラミィの突発的な大声(飲酒時)のダイナミックレンジを抑え込むための専用コンプレッサー。ポルカが次々と画面に出すプロップ(小道具)と2Dエフェクトのメモリ管理。ねねの予測不能な3Dトラッキングの補完AI。そして、お前(ぼたん)のFPS配信に要求される240Hzの超低遅延ネットワークルーティング」

春樹は、デスクをトンッと叩いた。

「これだけベクトルがバラバラで、それぞれがシステムの限界値を叩き出すような要求を、同時に、しかもシームレスに処理しなきゃいけない。……お前たちの『わちゃわちゃ』はな、ただ仲が良いだけじゃない。個々の才能が規格外に尖っているからこそ、システム側(俺)にこれだけの複雑な制御(マルチスレッド処理)を要求してくるんだ」

ぼたんは、モニターに映し出された緻密なシステム構成図を見て、息を呑んだ。

「チーフ……これ、全部チーフが一人で組んでるの?」

「当たり前だ」

春樹は、椅子の背もたれに寄りかかり、誇り高きエンジニアとしての顔で笑った。

「お前たち5期生は、『サーカス団』だろ。色んな演目があって、ピエロがいて、猛獣使いがいて、空を飛ぶやつがいる。……バラバラだからこそ、最高に面白い」

春樹は、ソファで眠るねね、ポルカ、ラミィの方へ視線を向けた。

「お前たちは、何も心配せずに、ステージの上で笑い続けていればいい。……ポルカが大砲で飛びたきゃ、俺が完璧な放物線を描くコードを書いてやる。ラミィが暴れても音が割れないようにしてやる。ねねの分身も、お前の遅延ゼロの環境も、全部俺が整えてやる」

春樹は、ぼたんを真っ直ぐに見据えた。

「お前たちが最高のサーカスを演じ続ける限り。……俺は、このテントの『大黒柱』を、絶対に倒れないようにシステムで支え抜いてやる」

圧倒的な技術力と、不器用なほどの愛情。

それが、ホロライブの裏の支配者(ビッグダディ)が5期生に向ける、最大の賛辞だった。

「……そっか」

ぼたんは、ふっと目を細め、心底嬉しそうに、そして安心したように笑った。

「チーフには、ほんと敵わないね。……うん。チーフがそこまで言ってくれるなら、私たち、まだまだ世界中を笑わせてやれるわ」

「ああ。期待してるぞ、ホワイトライオン」

「あはは。任せときな、カバーの天才技術者さん」

### Scene 5:幕開けの朝と、終わらないサーカス

数時間後。

コントロールルームに、朝の光が薄っすらと差し込み始めた頃。

「……んみゅ……あ、朝アル……?」

ソファの上で、ねねが目を擦りながら起き上がった。

「う、うぅ……頭痛い……。ラミィ、なんでチーフの部屋で寝てるの……?」

「おはよう皆の衆! 座長は朝からフルスロットルだよぉぉ!!」

二日酔いで頭を抱えるラミィと、寝起きからテンションMAXのポルカ。

相変わらずのカオスな空間が、再び目を覚ました。

「ほらお前ら、起きたらさっさと帰れ。俺は仕事中だ」

春樹が、キーボードを叩きながら冷たく言い放つ。

「あー! チーフ、また徹夜してる! 夫の不健康は妻の責任だから、ねねがマッサージしてあげるアル!」

「チーフ! 座長の大砲の計算、終わった!? 明日飛ばしていい!?」

「チーフぅ……お水……冷たいお水ちょうだいぃ……」

わーわーと群がってくる5期生たち。

春樹は「うるさい、触るな、水は冷蔵庫だ!」とあしらいながらも、その顔には微かな笑みが浮かんでいた。

「ほらほら、あんたたち。チーフの邪魔しないの。帰るよー」

ぼたんが、母親のように3人の首根っこを掴んで、防音扉の方へと引っ張っていく。

「えーっ! もっとチーフと遊ぶのー!」

「じゃあねチーフ! また夜襲に来るからねぇ!」

「チーフ、お水ありがとぉ……」

嵐のように騒がしく、そして愛おしい5期生のメンバーたちが、手を振りながら部屋を出て行く。

「……まったく。手のかかるサーカス団だ」

バタン、と扉が閉まり、静寂が戻ったコントロールルーム。

春樹は、飲みかけのコーヒーを煽り、再びメインモニターに向き直った。

画面に開かれているのは、昨夜ポルカが要求した『大砲射出&炎の輪くぐりイリュージョン』の物理演算シミュレーターだ。

「さて……炎のパーティクルの発生源(エミッター)を動的に絞って、メモリのリークを防ぐか。ねねの分身は、ビルボード処理(常にカメラを向く2D板ポリゴン)を応用すれば、1000人くらいなら出せるかもしれないな」

天才エンジニアの思考は、彼女たちの無茶振りを「どうやって実現するか」という、極めて前向きなコードの海へと潜っていく。

ホロライブ5期生。

色とりどりの個性を持つ笑顔のサーカス団は、今日も世界中を熱狂の渦に巻き込んでいく。

その輝かしいテントの裏側で。

孤独な調律師(ビッグダディ)は、彼女たちがいつでも安心して空を飛べるように、絶対零度のコードで強固な安全網(ネット)を編み込み続けるのだった。

 

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