ホロ  オリ   作:raian sinra

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**【第3話】 もう一人の幼馴染と、裏方たちの冷たい方程式**

### Scene 1:午前7時15分・灰色の脳細胞と勝利の余韻

「……コンパイル完了。エラー・ゼロ」

血走った目でモニターを見つめていた■■春樹の口から、乾いた声が漏れた。

深夜からぶっ続けで叩き続けていたキーボードから手を離し、背もたれに深く体重を預ける。首の骨がメキメキと嫌な音を立てた。

メインモニターの中央では、春樹がこの一晩で書き上げた独自のコンピュートシェーダーが稼働している。

漆黒の仮想空間に、無数の淡い光の粒子――『蛍』が舞っていた。それらは完全に独立したAI(Boidsアルゴリズム)を持ち、ランダムに揺らめきながらも、決して互いに衝突することなく群れを形成している。

春樹がマウスを動かし、仮想空間内に『疑似的な手のひら(コリジョン・オブジェクト)』を配置すると、群れをなしていた光の粒子たちが、まるで意思を持っているかのように吸い寄せられ、指先にふわりと着地した。

「……完璧だ。GPUのメモリ使用率も想定の範囲内。これなら本番サーバーでも絶対に落ちない」

狂気じみた集中力の果てに辿り着いた、技術的勝利。

しかし、その代償として春樹の体力は完全に底を突いていた。胃はブラックコーヒーで荒れ、脳は酸欠状態。今すぐ床に倒れ込んで泥のように眠りたい衝動に駆られる。

だが、彼が目を閉じるより早く、第1テクニカル・コントロールルームの分厚い防音扉の向こうから、**『その足音』**が聞こえてきた。

*カツッ、カツッ、カツッ――。*

規則正しく、一切の迷いがない、鋭いヒールの音。

その音が近づいてくるのを聞いた瞬間、春樹の背筋に冷たい汗が伝った。社内の人間はおろか、ホロライブのタレントたちですら、この足音を聞けば姿勢を正す。

「……マズいな」

逃げ道はない。

電子ロックが解除される短いビープ音が鳴り、自動ドアが静かに、しかし冷酷に開いた。

### Scene 2:冷徹なる管理者の来訪

「おはようございます、チーフ。随分と『健康的』な朝をお迎えのようですね」

そこに立っていたのは、タイトなオフィスカジュアルに身を包み、知的な銀縁メガネをかけた女性――**友人A(通称:えーちゃん)**だった。

カバー株式会社の屋台骨を支え、タレントのマネジメントから大規模イベントの進行までを統括する、実質的な裏の最高権力者。

そして、ときのそら、■■春樹と並ぶ、ホロライブ『始まりの3人』の一人であり、もう一人の幼馴染である。

Aちゃんは腕に抱えた分厚いバインダーを春樹のデスクにドンッ!と置くと、呆れと怒りが入り混じった冷ややかな視線を春樹に向けた。

「……A。おはよう」

「そらから深夜に連絡がありました。『春樹がまた私の無茶振りに応えて徹夜しそうだから、明日の朝、様子を見てあげて』と」

「あいつ……自分の無茶振りの自覚はあるんだな」

「当然です。彼女は自分の要求がどれだけ無茶か理解した上で、あなたなら絶対に叶えてくれると確信して投げていますからね。……で?」

Aちゃんはメガネのブリッジを中指でくいっと押し上げ、春樹の顔を覗き込んだ。

「目の下のクマ、酷いですよ。昨日もろくに寝てないでしょう。すいせいさんのゲリラ的なシステム改修からそのまま徹夜ですか」

「……まあ、ちょっとコードが気になってな。キリのいいところまでやろうと思ったら朝だった」

「言い訳は却下です」

冷徹な声と共に、Aちゃんは持っていた紙袋から、鮮やかな緑色をした液体が入ったボトルを取り出し、春樹の目の前に突きつけた。

「飲んでください。私の特製グリーンスムージーです。ビタミンと鉄分、それにタウリンを限界まで配合しています」

「おい待て、色がヤバいぞ。それ絶対苦いか酸っぱいかのどっちかだろ」

「**飲・ん・で・く・だ・さ・い(※拒否権なし)**」

Aちゃんの背後に、般若のようなオーラが見えた気がした。春樹は観念してボトルを受け取り、息を止めて一気に流し込む。

強烈な青臭さと、目が覚めるような酸味が食道を焼きながら胃に落ちていく。

「ぐっ……! まっず……!」

「良薬は口に苦し、です。少しは目が覚めましたか、バカ春樹」

二人きりになった時だけに出る、昔からの呼び名。

春樹は口元を拭いながら、苦笑してAちゃんを見上げた。

「……ああ。バッチリ目が覚めたよ、A」

### Scene 3:もう一人の幼馴染からの『忠告』

「で、できたんでしょうね? そらの無茶振り」

Aちゃんは春樹の隣の椅子(数時間前までそらが座っていた椅子だ)に腰を下ろし、モニターを見上げた。

「これを見ろ」

春樹はキーボードを操作し、完成したばかりの『蛍のコンピュートシェーダー』をフルスクリーンで表示した。

画面の中で数万の光の粒子が生き物のように舞い、疑似的な手に集まる様を見た瞬間、Aちゃんの目が僅かに見開かれた。冷徹なマネージャーの仮面が外れ、純粋な感嘆の表情が漏れる。

「……相変わらず、変態的な技術力ですね。これ、一晩でゼロから組んだんですか?」

「ああ。既存のエンジンじゃ重すぎて、そらの要求する『遅延ゼロの吸着処理』に耐えられなかった。これなら、本番環境でもノータイムで反応する」

「……本当に、あなたという人は」

Aちゃんは小さくため息をつき、それから、すっと真顔に戻って春樹に向き直った。

「素晴らしい成果です。プロデューサーとして、これ以上の仕事はありません。……ですが、**幼馴染としては、あなたに一つ『忠告』をしておかなければなりません**」

その声のトーンが一段低くなったのを感じ、春樹はキーボードから手を離した。

「春樹。あなたは今、自分がカバー株式会社の中でどれほど重要なピースになっているか、本当に理解していますか?」

「……技術責任者としての自覚はあるつもりだ」

「いいえ、足りていません」

Aちゃんは厳しく言い放った。

「私たちはもう、あの狭いマンションの1室で、手探りで配信をしていた頃のベンチャー企業ではないんです。今や国内外に何十人ものタレントを抱え、数百万人のファンが見ている巨大なエンターテインメント企業です。そして、その『心臓部』である全システムを構築し、維持しているのは、他でもないあなたなんですよ」

Aちゃんは言葉を区切るように、デスクを指先でトントンと叩いた。

「みこの機材トラブル、すいせいのライブ演出、海外勢のネットワーク環境整備。あなたが一人でカバーしている領域が広すぎます。あなたがもし過労で倒れたら、ホロライブの配信環境は数日で完全に麻痺します。……社長(YAGOO)も、私も、それを一番恐れているんです」

「……」

「そらの夢を叶えたい気持ちはわかります。私も同じです。でも、**あなたが壊れてしまっては、そらを輝かせるステージそのものが消えてしまうんですよ**」

それは、ただの叱責ではなかった。

一緒にどん底から這い上がり、数え切れないほどの苦労を共にしてきた戦友だからこそ言える、魂からの忠告だった。

春樹はモニターから視線を外し、自分の手を見た。

かつてはジャンク品のPCを修理するために半田ごてで火傷だらけだった手。今は、何十億円という価値を生み出すシステムを操る手になっている。

「……悪かった。少し、熱くなりすぎた」

「分かればいいんです。午後からのスタジオBでのテスト運用、私がスケジュールを押さえました。それまで、仮眠室で最低4時間は寝てください。これは業務命令です」

「午後からって……お前、よくそんな急にスタジオ押さえられたな。他のタレントの収録が入ってたんじゃないのか?」

「Aちゃんを誰だと思ってるんですか」

Aちゃんはフッと不敵な笑みを浮かべた。

「3期生のバラエティ収録が入っていましたが、ディレクターに掛け合って明日にズラしました。代わりに、来月の特番の予算枠を少し融通する交渉をしておきましたけどね」

その圧倒的な調整力と根回しの速さ。

春樹が裏でシステムを構築するなら、Aちゃんは裏で人と金とスケジュールを完全に掌握している。彼女がいなければ、春樹の技術もそらのカリスマも、決して世に出ることはなかっただろう。

「……お前には頭が上がらないよ、本当に」

「当たり前です。私はあなたとそらの、一生の保護者ですから」

### Scene 4:三人の三角形(トライアングル)

Aちゃんは立ち上がり、デスクの上のコーヒーの空き缶をゴミ箱に放り込んだ。

「春樹。そらは太陽です」

背中を向けたまま、Aちゃんが静かに口を開く。

「彼女の情熱は、周りの人間を巻き込んで、不可能を可能にしてしまう。でも、太陽は近づきすぎると火傷します。彼女の熱に当てられて、自分の限界を超えて燃え尽きてしまうクリエイターを、私はたくさん見てきました」

Aちゃんは振り返り、真っ直ぐに春樹を見た。

「だから、私がストッパーになります。そらが無茶な夢を語り、あなたがそれを技術で実現しようと暴走した時は、私が冷水(スケジュールと予算)を浴びせて止める。……それが、私たちが一番上手くいく方程式でしょ?」

春樹は深く息を吐き出し、そして、ふっと笑い声を漏らした。

「……違いない。俺とお前とそら。この三人で、ずっとそうやってきたんだからな」

「ええ。だから、これからも私の言うことには絶対服従してくださいね、チーフ」

「はいはい。とりあえず、寝るよ。スムージーのおかげで胃が爆発しそうだけどな」

春樹が立ち上がると、Aちゃんは満足そうに頷いた。

「おやすみなさい、春樹。……ああ、そうだ」

ドアに向かって歩き出したAちゃんが、ふと思い出したように振り返る。

「午後のテスト、私も立ち会います。そらのあの『蛍の光』……私も、ずっともう一度見たいと思っていたので」

その瞬間、冷徹なAちゃんの顔に、年相応の――幼馴染としての、柔らかく懐かしむような笑顔が浮かんだ。

「……ああ。お前も一緒に、泣かせてやるよ。最高のステージを作ってな」

春樹の言葉に、Aちゃんは「期待しています」と短く返し、静かにコントロールルームを後にした。

誰もいなくなった部屋。

春樹はメインシステムをロックし、モニターの電源を落とす。

暗転した画面に、疲れ切っているが、どこか清々しい自分の顔が映っていた。

(……ストッパー、か)

そらが空高く飛ぶための翼なら。

春樹は、それを推進する強靭なエンジン。

そしてAちゃんは、機体が空中分解しないように制御する、完璧なバランサーだ。

誰か一人が欠けても、この船は飛ばない。

「よし……寝るか」

春樹は心地よい疲労感と共に、仮眠室へと重い足を引きずり始めた。

数時間後に控えた、幼馴染たちとの「魔法のテスト」を楽しみにしながら。

 

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