**【第35話】 雑誌インタビューと、多すぎる『娘』たちを抱える父親の回答**
### Scene 1:午後2時00分・カバー株式会社 特別応接室
「本日はお忙しい中、お時間をいただき誠にありがとうございます。総合テクノロジー・エンタメ誌『V-Frontier』編集部の神崎(かんざき)と申します」
カバー株式会社の最上階に近い、日当たりの良いガラス張りの特別応接室。
そこに通された女性記者・神崎は、立ち上がって深く一礼し、名刺を差し出した。
「……あぁ、わざわざどうも。カバー株式会社、チーフ・テクニカル・プロデューサーの■■春樹です。すまないが、あと3分で裏で走らせているコンパイルが終わる。少しだけ待ってくれ」
応接室の高級ソファに深く腰掛けたまま、春樹は名刺を片手で受け取り、もう片方の手で膝の上の分厚いノートPCのキーボードを凄まじい速度で叩き続けていた。
無精髭こそ剃られているものの、その目元には隠しきれない深い隈(くま)が刻まれ、パリッとしたスーツではなく、機能性重視の黒いシャツにダークグレーのスラックスという出で立ち。
(……この人が、あの伝説の)
神崎は、息を呑んで春樹の横顔を観察した。
エンタメ業界やテック業界の裏側で、この男の名前を知らない者はいない。
世界最大規模のVTuber事務所『ホロライブプロダクション』。その屋台骨である配信システム、3Dトラッキング、音声処理、ネットワークインフラのすべてを統括し、時に不可能を可能にする魔法(オーバーテクノロジー)を組み上げる、天才エンジニア。
タレントたちからは「ビッグダディ(父親)」と呼ばれ、ファンからは「カバーの最終兵器」と畏怖される男。
「……よし、通った。エラー吐き出しゼロ。デプロイ完了だ」
春樹はエンターキーをターンッ!と叩くと、ノートPCをパタンと閉じ、ようやく神崎の方を向いた。
「待たせたな、神崎さん。俺はこういう取材には不慣れなんだが、広報から『どうしても受けてくれ』と泣きつかれてね。専門的な話になりすぎるかもしれないが、適当に噛み砕いて記事にしてくれ」
「いえ、とんでもありません! 読者も、ホロライブを裏から支える『天才技術者の素顔』に大変興味を持っております。本日はよろしくお願いいたします」
神崎がICレコーダーのスイッチを入れる。
静かな応接室で、一人の男の「技術」と「愛」を紐解く、長いインタビューが始まった。
### Scene 2:魔法ではなく、執念の結晶(システム)
**神崎:**「まずは、チーフの業務内容についてお伺いします。現在、ホロライブの3Dライブは世界的に見ても圧倒的なクオリティを誇っていますが、その基盤システムはすべてチーフが設計されているとお聞きしました」
**春樹:**「すべてではない。優秀なチームの連中がいる。だが、コアとなるオーディオのルーティング設計や、特殊な物理演算(パーティクルや流体力学)、タレントの動きを補完する独自のAIアルゴリズムは、俺がゼロから組んでいる。……市販のソフトウェアやゲームエンジンをそのままポンと使って、彼女たちの『熱量』を100%表現できるわけがないからな」
**神崎:**「以前、兎田ぺこらさんのライブで『10万本のニンジンを物理演算で降らせた』という伝説的な演出がありましたが……あれもチーフが?」
神崎が尋ねると、春樹は苦虫を噛み潰したような顔をした。
**春樹:**「ああ、あれか。あのテロリストウサギが『宇宙一の爆発を見せたい』と無茶な企画書を出してきたからな。GPUのコンピュートシェーダーに直接演算をぶん投げて、AWSのクラウドサーバーを冗長化して強引に処理を並列化させた。……おかげで、会社の予算をかなり食い潰して、後でA(友人A)にこってり絞られたよ」
**神崎:**「ふふっ。でも、視聴者からは『映画並みのクオリティだ』と大絶賛でした。他にも、大空スバルさんの声量(ツッコミ)に耐えうる特注のマイクDSPを自作されたり、白銀ノエルさんの握力に耐えるチタン合金のコントローラーを発注されたり……。もはや、エンジニアの枠を超えているように見えますが」
神崎の指摘に、春樹はコーヒーを一口飲み、少しだけ視線を鋭くした。
**春樹:**「……エンジニアの仕事は、タレントに『システムに合わせてもらう』ことじゃない。タレントのパフォーマンスを最大限に引き出すために、システム側を最適化することだ」
春樹は、テーブルの上で両手を組んだ。
**春樹:**「声が大きくてマイクが割れるなら、割れないマイクを作ればいい。力が強くて機材が壊れるなら、壊れない素材を使えばいい。体力がなくてダンスの後半にバテるなら、エルミート曲線でモーションを美しく補完してやればいい。……俺がやっているのは魔法じゃない。彼女たちの努力を、1デシベル、1ピクセルたりとも欠損させずに世界へ届けるための『執念の物理的実装』だ」
その言葉には、冷徹な論理の奥に、火傷しそうなほどの熱いプライドが宿っていた。
神崎は、ノートを取る手を止め、その言葉の重みに圧倒されていた。
### Scene 3:問題児たちと、不器用な父親
**神崎:**「……素晴らしいですね。では、少し視点を変えまして。タレントの皆さんとの『関係性』についてお伺いします」
神崎は、少しだけ微笑みながら次の質問に移った。
**神崎:**「ファンやスタッフの間で、チーフは『ホロライブのビッグダディ』と呼ばれています。チーフにとって、ホロライブのタレントの皆さんとは、どのような存在なのでしょうか?」
その質問を聞いた瞬間。
春樹は、先ほどの鋭いエンジニアの顔から一転して、深く、ひどく疲れたような溜息を吐き出した。
**春樹:**「……バグの塊。物理的イレギュラーの集合体。そして、世界で一番手のかかる、厄介な連中だ」
**神崎:**「えっ?」
**春樹:**「深夜2時に『マイクラのサーバーが落ちた』とドアを蹴り破ってくるクソガキ(紫シオン)。配信で酔っ払ってトラッキングスーツごと床を転げ回るエルフ(アキ・ローゼンタール)。俺のデスクの真横に勝手にゲーミングチェアを持ち込んで居座るゲーマーメイド(湊あくあ)。徹夜明けの俺の膝の上に勝手に座ってコンソールを占拠しようとする宇宙人(ラプラス・ダークネス)……」
春樹は、指折り数えながら、頭痛に耐えるように額を押さえた。
**春樹:**「あいつらは、俺のことを『裏方の責任者』だなんてこれっぽっちも思ってない。都合のいい何でも屋か、文句を言わないサンドバッグくらいにしか思ってないんじゃないか。……まったく、毎日のように俺の寿命と胃粘膜を削りにきやがって」
言葉だけを聞けば、完全な愚痴であり、怒りすら滲んでいるように聞こえる。
しかし。
インタビューをしている神崎の目には、全く違うものが映っていた。
(……なんて、優しい目をするんだろう)
悪態をつき、ため息を吐く春樹の目元は、信じられないほど穏やかに緩んでいたのだ。
文句を言いながらも、その言葉の端々からは、彼女たち一人ひとりの個性を完全に把握し、心の底から慈しんでいる「絶対的な愛情」が溢れ出していた。
**神崎:**「……ふふっ。言葉では厳しいことをおっしゃっていますが、チーフの表情を見れば、タレントの皆さんをどれほど大切に想っていらっしゃるか、痛いほど伝わってきますよ」
**春樹:**「……っ。俺は事実を言ったまでだ。勘違いしないでくれ」
春樹は少しだけ気まずそうに顔を背け、咳払いをした。
**神崎:**「でも、タレントの皆さんも、チーフのことを心から信頼していますよね。ある配信で、大神ミオさんが『チーフがいるから、私たちは安心して失敗(PON)できる』とおっしゃっていました」
**春樹:**「……あいつらは、ステージの上では常に数百万の視線に晒されているからな」
春樹は、窓の外の東京の景色を見つめながら、静かに語り始めた。
**春樹:**「才能の塊みたいに見える連中だが、裏ではプレッシャーで泣きじゃくったり、自分の才能に絶望したり、仲間の才能に嫉妬したり……普通の、脆くて不器用な女の子たちだ。だからこそ、カメラの回っていない地下室(俺の場所)くらいでは、鎧を脱いで、思い切り泣いて、我儘を言える場所が必要なんだろう」
**春樹:**「俺はエンジニアだから、機材は直せるが、心は直せない。だが……あいつらが迷った時に、足元のステージが絶対に崩れないようにシステムを補強して『大丈夫だ、思い切りやれ』と背中を蹴っ飛ばすことくらいはできる」
それは、ホロライブという巨大な船を裏から支える男の、究極の哲学だった。
誰かのために自己を犠牲にするのではなく、自分の持つすべての技術を駆使して、彼女たちが安心して輝ける「絶対の防壁」であり続けること。
神崎は、録音されていることも忘れ、ただその言葉に深く聞き入っていた。
### Scene 4:究極の質問(恋人は作らないのですか?)
インタビューは予定時間を少しオーバーし、いよいよ終わりの時間を迎えようとしていた。
**神崎:**「……本日は、本当に貴重なお話をありがとうございました。読者にとっても、ホロライブの見方が変わるような素晴らしい記事になると思います」
神崎はペンを置き、手元のノートをパタンと閉じた。
しかし、彼女はふと、一人の女性としての純粋な興味を抑えきれなくなり、少しだけイタズラっぽい笑みを浮かべて春樹を見た。
**神崎:**「チーフ。最後に一つだけ、少しプライベートな……本筋とは関係のない質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
**春樹:**「ん? ああ、答えられる範囲なら」
**神崎:**「チーフは、24時間365日、ホロライブのシステムとタレントの皆さんのために文字通り『すべて』を捧げていらっしゃいますよね。休日もほとんどなく、夜中もトラブル対応に追われていると伺いました」
神崎は、少し身を乗り出した。
**神崎:**「これだけお仕事と『娘』たちに愛情を注いでいらっしゃると……ご自身のプライベートはどうなるのでしょう? 失礼ですが、チーフご自身は、**結婚されたり、恋人を作られたりするご予定はないのですか?**」
その質問が飛び出した瞬間。
応接室に、数秒の静寂が落ちた。
「…………」
春樹は、コーヒーマグを持ったまま、ピタリと動きを止めた。
結婚。恋人。
その単語を聞いて、春樹の脳裏に、走馬灯のように『日常の風景』がフラッシュバックした。
* 深夜3時、俺の膝の上に座ってコンソールを打たせまいと暴れるラプラス。
* 「パパー! 回線ラグいー!」と俺の背中に隠れて泣きついてくるあくあ。
* 徹夜明けの机に、何も言わずに温かい夜鳴きそばを置いていくミオ。
* 俺が徹夜で作ったチタンのコントローラーを抱きしめて、号泣するノエル。
* 「春樹にぃ、お弁当作ってきたわよ」と、サキュバスの仮面を脱いで世話を焼いてくる親戚のちょこ。
* 「色気がない!」と怒りながらも、俺の横のパイプ椅子を自分の特等席にしているマリン。
* 朝5時にダッシュで焼きたてのパンを買ってきて、「一緒に食べよ!」と尻尾を振るころね。
* そして――始まりの時から、ただ隣で微笑み、コーヒーを置いてくれるそらとA。
春樹は、目を閉じ、そして……。
「……ふっ、くくっ……ははははっ!」
突然、肩を揺らして、心底おかしそうに吹き出した。
冷徹な天才エンジニアが見せた、あまりにも爽やかで、人間味に溢れた爆笑。
神崎は「えっ?」と目を丸くした。
**春樹:**「……すまない、神崎さん。あまりにも的を射た、そして同時に、俺にとっては考えたこともないバカバカしい質問だったから」
春樹は笑いを収め、目尻の涙を指で拭った。
そして、これまでのインタビューの中で一番、リラックスした、温かい笑顔を神崎に向けた。
**春樹:**「結婚、ね。……俺は、カバーの地下に潜るシステム管理者だ。俺の人生のリソース(時間と精神)は、すでに極限までマルチタスクで割り当てられている」
春樹は、窓の外に広がる青空を見上げた。
**春樹:**「世界で一番うるさくて、我儘で、プレッシャーに弱くて……でも、世界で一番努力家で、最高に輝いている『娘』たち。そんな連中を何十人も同時に抱え込んで、あいつらが転ばないように毎日徹夜で防波堤を作ってるんだ」
春樹は、ゆっくりと首を横に振った。
**春樹:**「これ以上、新しい家族(妻や恋人)なんて迎え入れたら、俺のキャパシティが完全にオーバーフローを起こして、システムクラッシュ(過労死)してしまうよ。……それに」
春樹の瞳に、絶対的な誇りと、深く静かな愛情が宿る。
**春樹:**「あんな規格外の『家族』たちと一緒にいて、毎日限界までシステムを燃やしているのに。……これ以上、俺の人生に何か別のものを求める必要なんて、どこにあるんだ?」
その回答は。
恋人や結婚という「個人の幸せ」すらも凌駕する、ホロライブという巨大な家族に対する、絶対的な『愛の告白』だった。
神崎は、胸の奥が熱くなるのを感じた。
世間の人々は、彼を「システムを作る冷徹な天才」と呼ぶ。
しかし、その本質は――世界で一番不器用で、世界で一番『娘たち』を愛している、ただの過保護な父親だったのだ。
**神崎:**「……愚問でしたね。チーフのそのお答えを聞けて、本当に良かったです」
神崎が心からの笑顔で一礼すると、春樹は「勘弁してくれ、恥ずかしい」と前髪を掻き上げた。
### Epilogue:帰るべき戦場(サンクチュアリ)
『プルルルルッ、プルルルルッ!』
インタビューが完全に終わった直後、春樹のポケットの中で、社内用の業務用スマートフォンがけたたましく鳴り響いた。
「……失礼。……はい、技術部、■■」
電話に出た瞬間、春樹の顔から先ほどの「優しい父親」の顔が消え去り、再び「冷徹なチーフ」の顔に戻った。
『チーフ!! 大変です!! 3DスタジオCで、さくらみこさんがエリートな動きをしすぎて、トラッキングカメラのポールをなぎ倒しました!! モーションキャプチャーの同期が完全にズレてます!!』
スピーカーから漏れ聞こえる、若手エンジニアの悲鳴。
そしてその後ろから、「にぇぇぇぇ! みこは悪くないにぇぇぇ! ポールが勝手に倒れてきたのにぇぇぇ!」という、お馴染みのエリート巫女の泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
「……わかった。カメラの物理的再配置とキャリブレーション(位置補正)を行う。俺が行くまで、みこをその場から一歩も動かすな」
春樹は電話を切り、深くため息をつきながら立ち上がった。
「申し訳ない、神崎さん。どうやら俺の『娘』の一人が、またシステムを物理破壊したらしい。俺は現場に戻る」
「ふふっ。お疲れ様です、チーフ。……本当に、お休みの暇もありませんね」
「俺が休むのは、あいつらが全員、バーチャルの世界で満足して引退する日だけで十分だ。……じゃあ、記事の仕上がり、期待してる」
春樹は、ノートPCを小脇に抱え、応接室の扉を開けた。
そして、振り返ることなく、足早に廊下を歩き出す。
向かう先は、いつもの騒がしく、カオスで、そして愛おしい戦場。
ホロライブという、彼がその生涯をかけて護り抜くと決めた『最高の家族』が待つ、地下のコントロールルームへ。
「……まったく。次から次へと……俺の胃に穴を開ける気か」
口では悪態をつきながらも。
トラブル解決に向かう天才エンジニアの足取りは、どこまでも軽く、その背中は、見えない重圧をすべて跳ね返すほどに、大きく、頼もしかった。