ホロ  オリ   作:raian sinra

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**【第40話】 友人Aの追憶と、奇跡を繋いだ第三の歯車(バッファ)**

### Scene 1:午後4時15分・矛先は裏方のトップへ

カバー株式会社が貸し切る、大型ダンススタジオ。

チーフ・テクニカル・プロデューサーである■■春樹の「世界で一番綺麗な波形」という幼き日の強烈なエピソード(プロポーズ疑惑)が暴露され、スタジオが凄まじい熱狂と笑いに包まれた後のことだった。

春樹自身は「黒歴史だ!」と顔を真っ赤にして音響調整ブースへと逃げ帰り、ときのそらも次のリハーサルのためにステージへと向かった。

残されたホロメンたちは、興奮冷めやらぬ様子で円陣を組んでいた。

「いやー、ヤバかったッスね! あのチーフが小学生の頃からあんなキザなこと言ってたなんて!」

大空スバルが、未だにニヤニヤと笑いが止まらない様子でペットボトルを握りしめている。

「チーフ、完全にそら先輩の専属エンジニアとして人生捧げてるじゃないの。……これ、私たちが入る隙間なんて最初から1ミクロンもなかったってことワヨね」

宝鐘マリンが、少しだけ悔しそうに、でもどこか清々しい顔で肩をすくめた。

「でもさ」

雪花ラミィが、ふと疑問を口にした。

「チーフとそら先輩が幼馴染なのは分かったけど……。ホロライブの『始まりの三人』って、もう一人いるよね?」

その言葉に、ホロメンたちの視線が一斉に、ある一人の人物へと向けられた。

スタジオの隅。パイプ椅子に座り、分厚いバインダーを膝に置いて、ホロメンたちの進行スケジュールを赤ペンでチェックしていた、裏方のトップ。

銀縁メガネを光らせる、**友人A(えーちゃん)**である。

「……えーちゃん先輩!!」

夏色まつりが、弾かれたようにAちゃんのもとへ駆け寄った。

「えっ、何ですか、皆さん。そんなに一斉にこっちを見て。休憩時間はあと5分で終わりますよ?」

Aちゃんは、バインダーから顔を上げ、メガネのブリッジを中指でクイッと押し上げながら、いつも通りの冷静なトーンで返した。

「いやいやいや! 誤魔化されないッスよ!」

スバルがズイッと顔を近づける。

「Aちゃんも、チーフとそら先輩の『幼馴染』じゃないッスか! 始まりの三人なんスよね!? なんでAちゃんが二人の仲間に加わったのか、そのエピソードを聞かせてもらうまで、私たちはテコでも動かないワヨ!」

マリンが腕を組んで宣言する。

「……はぁ。あなたたち、本当に人の過去を掘り下げるのが好きですね」

Aちゃんは、やれやれと深くため息をついた。

「別に、私には春樹やそらみたいな、ロマンチックで劇的なエピソードなんて一つもありませんよ。……ただの、ありふれた日常の延長です」

「えーっ、絶対嘘だにぇ! Aちゃんがただの一般人だったわけないにぇ!」

さくらみこが食い下がる。

ホロメンたちの「教えて!」というキラキラした(そして少し圧のある)視線に取り囲まれ、Aちゃんは観念したようにバインダーを閉じた。

「……本当に、大した話じゃないですよ」

### Scene 2:語られる『日常』と、ポンコツな二人

「私とあの二人が同じクラスになったのは、中学校の時です」

Aちゃんは、遠い昔を思い出すように、少しだけ視線を宙に泳がせた。

「当時の私は、学級委員長と放送委員を兼任しているような、絵に描いたような『お堅い優等生』でした。ルールは絶対、はみ出すことは許さない。……そんな私のクラスにいたのが、いつも窓際で機械をいじっている変人(春樹)と、いつもニコニコして周りを和ませている天然の女の子(そら)でした」

「うわぁ、解像度高いッスね……。チーフ、中学でも相変わらずだったんスね」

スバルが頷く。

「ある日の放課後です。日直だった私が黒板を消そうとしたら、春樹が突然『黒板消しクリーナーの吸引力が弱すぎる』と言い出して、勝手にモーターを分解し始めたんです」

「で、出たー! チーフの魔改造!!」

桃鈴ねねが歓声を上げる。

「私は当然『学校の備品を壊さないで!』と怒りました。でも春樹は『ローターのコイルの巻き数を増やせば、トルクが向上する』とか訳の分からない理屈をこねて、ハンダごてを使い始めました。……そして、結果どうなったと思います?」

「爆発した……とか?」

沙花叉クロヱが恐る恐る聞く。

「はい。ショートして、黒板消しの中に溜まっていたチョークの粉が、教室中に大爆発しました」

「あははははは!!!」

ホロメンたちが腹を抱えて爆笑する。

「もう、教室中が真っ白ですよ。春樹も私も、頭からチョークの粉を被って雪ダルマみたいになりました。私がブチ切れて春樹に説教しようとしたら……そこに、そらが戻ってきたんです」

Aちゃんは、クスッと笑った。

「そらは、真っ白になった私たちを見て、怒るどころか『二人ともおじいちゃんみたい!』ってお腹を抱えて笑い転げたんですよ。……そのそらの笑い声があまりにも無邪気で、つられて春樹も『計算ミスだ』って言いながら笑い出して。……結局、私も怒る気が失せて、三人でゲホゲホ言いながら、夜まで教室の掃除をしました」

「……なんか、めっちゃ平和でいい話ッスね……」

スバルが、ほっこりとした顔で言う。

「でしょう? だから言ったじゃないですか。大した話じゃないって」

Aちゃんは、バインダーをポンッと叩いた。

「春樹が機械を暴走させて、そらが笑って、私がため息をつきながらその後始末(マネジメント)をする。……その『後始末』の延長線上が、今のホロライブの裏方としての私のポジションです。それ以上でも、それ以下でもありません」

「なーんだ。Aちゃんも昔はチーフに惚れてて、そら先輩と三角関係だったとか、そういうドロドロの展開を期待してたのにー」

マリンが少しだけ残念そうに唇を尖らせる。

「そんな漫画みたいな展開、あるわけないでしょう。……ほら、もうすぐ休憩終わりです! 各自、立ち位置の確認をしておいてください!」

Aちゃんが手を叩いて一喝すると、ホロメンたちは「はーい!」と声を上げ、それぞれの持ち場へと散っていった。

Aちゃんは、それを見送りながら、パイプ椅子に深く座り直した。

(……嘘は、言っていない。あれも確かに、私たちの大切な日常の一つだった)

Aちゃんは、メガネの奥で、小さく目を細めた。

ホロメンたちに語ったのは、誰もが笑える、角の立たない『平和なエピソード』だ。

しかし、彼女の心の奥底には、絶対に誰にも語らない、彼女だけの大切な記憶が眠っている。

絵に描いたような優等生だった『ただの私』が。

あの二人の狂気と奇跡に魅せられ、自ら進んで『友人A』という共犯者(マネージャー)になった、あの日の記憶が。

### Scene 3:【回想】放送室の狂気と、黄金色の奇跡

――それは、中学二年の秋。

文化祭を数日後に控えた、放課後のことだった。

当時の『私』は、放送委員会の委員長として、古い機材が並ぶ埃っぽい放送室にやってきた。

翌日のリハーサルのために、マイクとアンプのテストをしておく必要があったからだ。

しかし、放送室のドアを開けた瞬間。私は目を疑った。

「……ちょっと、春樹くん!? 何をしてるの!?」

薄暗い放送室の床に、学校の備品である巨大なPAアンプが引きずり出され、天板が外されていた。

そして、その基板に顔を近づけ、テスターとハンダごてを握りしめているのは、クラスでも浮いた存在の機械オタク・■■春樹だった。

「ん? ……ああ、委員長か。見て分からないか? オペアンプ(増幅器)のICチップを換装している」

春樹は、悪びれる様子もなく、淡々と答えた。

「分かるわけないでしょ! 学校の機材を勝手に改造するなんて、重大な校則違反よ! 先生に報告……」

「まあまあ、Aちゃん! 怒らないで!」

私が駆け寄ろうとした時、春樹の背後から、もう一人の人影が飛び出してきた。

クラスメイトの、ときのそらだった。

彼女は、両手を合わせて、私に向かって必死に拝むようなポーズをしている。

「そらさんまで……どうしてここに? 文化祭の合唱コンクールの練習じゃなかったの?」

「う、うん。そうなんだけど……。春樹くんが、どうしても私の声を『一番いい音』で録音したいって言って、放送室の機材じゃないとダメだって……」

私は、頭痛を覚えてこめかみを押さえた。

「春樹くん。学校のアンプは校内放送用よ。ボーカルの録音なんて……」

「だから改造してるんだろうが」

春樹は、ハンダごてを置き、冷ややかな視線を私に向けた。

「この学校のPAシステムは、S/N比(信号対雑音比)が劣悪すぎる。トランジスタの熱雑音と、電源由来のハムノイズで、周波数特性が完全に歪んでいるんだ」

春樹は、持参したノートの切れ端に、数式を殴り書きして私に見せた。

$$ SNR = 10 \log_{10} \left( \frac{P_{signal}}{P_{noise}} \right) $$

「そらの声には、人間の耳に最も心地よく響く『1/fゆらぎ』の成分と、複雑な倍音(オーバートーン)が完全に調和した状態で含まれている。……だが、このガラクタみたいなアンプを通せば、その高音域の微細なニュアンス(P_{signal})が、回路のノイズ(P_{noise})に埋もれて欠損してしまうんだよ」

春樹の目は、狂気じみていた。

中学生とは思えない専門用語の羅列。そして、ただ一人の少女の『声』に対する、常軌を逸した執着。

「俺は、そらの声を、1デシベルの欠落もなく、完璧な波形としてこの世界に保存しなきゃならない。……そのためなら、校則だろうが学校の備品だろうが、知ったことか」

私は、圧倒されていた。

優等生として、決められたレールの上を歩いてきた私にとって。

自分の『信じるもの(技術と音)』のためなら、ルールすらも平気で踏み躙る春樹の熱量は、理解を超えた異次元のものだった。

「……春樹くん、もうその辺でいいよ。Aちゃんが困ってるから」

そらが、困ったように微笑みながら、春樹の肩に触れた。

「それに、私、そんなにすごい声じゃないよ? 春樹くんがいつも大げさに言ってくれるだけだもん。……ごめんね、Aちゃん。アンプ、元に戻すから」

そらが謝った、その時だった。

「……待って」

私の口から、無意識にそんな言葉が漏れていた。

「そらさん。……ちょっとだけ、歌ってみてくれない?」

「えっ?」

「春樹くんが、学校のルールを破ってまで残したいって言う……その声。私にも、聞かせて」

私は、なぜそんなことを言ったのか、自分でも分からなかった。

ただ、春樹のあの『狂気』に、どうしても触れてみたくなったのだ。

そらは少し戸惑った後、「……うん、分かった」と小さく頷き、埃っぽい放送室の中央に立った。

夕日が、西側の窓から差し込み、彼女の髪を黄金色に染め上げていた。

そらは、目を閉じ、静かに息を吸い込んだ。

そして、伴奏もない、完全なアカペラで、ある歌を歌い始めた。

その瞬間。

『――――♪』

私は、全身の鳥肌が立つのを感じた。

放送室の、カビ臭い空気。古びた機材の匂い。遠くから聞こえる吹奏楽部の練習の音。

それらすべてが、彼女の『声』によって一瞬で塗り替えられ、圧倒的に美しく、透き通った空間へと変貌したのだ。

(……すごい)

技術的なことは、私には分からない。

でも、春樹が「完璧だ」と執着する理由だけは、痛いほどに理解できた。

これは、誰かに聞かせなければならない声だ。この埃っぽい部屋に、閉じ込めておいていい才能じゃない。

ふと横を見ると、春樹が、手作りのマイクをそらに向けながら、ノートPCの波形モニターを食い入るように見つめていた。

その目は、恋する少年のものではなかった。

世界の真理(完璧なデータ)に触れ、歓喜に打ち震える、純粋な『技術者』の目だった。

圧倒的な光を放つ、天性のアイドル(そら)。

その光を、一ミリの狂いもなく世界へ届けようとする、天才の技術者(春樹)。

(……この二人は、揃っちゃいけない)

私は、その黄金色の光の中で、確信した。

(この二人が揃えば、絶対に途方もない奇跡を起こす。……でも、二人とも、現実世界を生きていくための『常識』と『計画性』が、決定的に欠如している)

歌が終わった。

そらが、少し恥ずかしそうに目を開ける。

春樹は「……完璧だ。録音できたぞ」と、震える声でPCの画面を見つめている。

私は、大きく息を吸い込み、優等生としての仮面をかなぐり捨てた。

「春樹くん」

「……なんだ。先生に言いつけるなら、データのバックアップを取るまで待て」

「違うわ」

私は、春樹からハンダごてを取り上げ、放送室のミキサー卓の前に立った。

「アンプの改造は、これ以上はダメ。見つかったら停学よ」

私は、ミキサーのフェーダーを素早く操作し、チャンネルのルーティングを切り替えた。

「その代わり。私が、放送室のコンプレッサーとイコライザーで、そらさんの声の周波数を最大限に引き出せるように調整してあげる。……この機材のクセは、私が一番よく知ってるから」

春樹が、目を丸くして私を見た。

「それに。今から15分間、先生たちは職員会議で誰もこの棟には来ない。……そらさん、もう一曲歌える? 春樹くん、録音の準備はいい?」

私が指示を出すと、そらの顔がパァッと明るく輝いた。

春樹は、フッと口角を上げ、初めて私に向かって『同志』を見るような笑みを浮かべた。

「……了解だ、委員長」

「よろしくね、Aちゃん!」

私が、録音開始のスイッチを押した瞬間。

それが、お堅い優等生だった私が、彼女たちの夢を裏で管理し、導くための『友人A(マネージャー)』という共犯者になった、本当の始まりの瞬間だった。

### Scene 4:現在・第三の歯車としての誇り

「……Aちゃん。おい、A」

「っ……!」

ハッと我に返ると、目の前に、首にタオルを巻いた春樹が立っていた。

いつの間にか、休憩時間はとっくに終わっていたらしい。

「どうした、ボーッとして。お前がスケジュールの進行を忘れるなんて珍しいな」

春樹が、怪訝そうに眉をひそめる。

「……いえ。少し、昔のことを思い出していただけです」

私は、メガネの位置を直し、バインダーを胸に抱き直した。

「昔のこと?」

「ええ。春樹が、学校のアンプを不法改造しようとしていた、あの文化祭の前の日のことです」

その言葉を聞いた瞬間、春樹の顔に「しまった」という表情が浮かんだ。

「お、お前……! さっきホロメンたちに、その話はしてないだろうな!?」

春樹が慌てて周りを見渡す。

「していませんよ。……あれは、私と春樹と、そら。三人だけの秘密の歴史ですから」

私がクスッと笑うと、春樹はホッと胸を撫で下ろした。

「……ったく。心臓に悪いやつだ。お前が裏切ったら、俺の過去の変態行動が全て暴露されるからな」

「安心してください。私は、ホロライブの裏方を統括する『友人A』です。タレントと、チーフ・エンジニアの機密情報は、絶対に守り抜きますよ」

私は、立ち上がり、春樹の隣に並んだ。

ステージの上では、ときのそらが、他のホロメンたちを先導しながら、キラキラとした笑顔でフォーメーションの確認を行っている。

「……すごい景色ですね」

私が呟く。

「ああ。中学生の頃、埃っぽい放送室で聞いていたあの声が。今じゃ、世界中の何百万人を熱狂させてるんだからな」

春樹も、ステージのそらを見つめながら、静かに頷いた。

天才的な光を放つアイドル。

その光を、オーバーテクノロジーで完璧に支える技術者。

二人は、もはや私なんかが手の届かない、遥か高みへと登り詰めてしまった。

でも、私は知っている。

あの二人は、放っておけばすぐに常識の枠を飛び越えて、無茶をしてしまう『ポンコツ』だということを。

だからこそ。

私という、常識的で、計画的で、現実を見る『第三の歯車(バッファ)』が、絶対に不可欠なのだ。

二人の夢が、現実の世界で正しく、美しく回り続けるために。

私が、二人の間に入って、すべての摩擦を吸収し、スケジュールを管理し、時に春樹の暴走を止め、時にそらの背中を押す。

「……春樹」

「ん?」

「私。あなたたち二人の『友人A』になれて、本当に良かったと思っていますよ」

私が、心からの本音をこぼすと。

春樹は少し驚いたように私を見て、それから、ふっと柔らかく笑った。

「……何を今更。お前がいなきゃ、俺のシステムはとっくに破綻してるし、そらも道に迷ってるさ」

春樹は、私の肩を、ポンと軽く叩いた。

「お前は、俺たちの最高の『共犯者』だろ、A」

その言葉は、何百万の賞賛よりも、私にとって価値のあるものだった。

「……ええ。もちろんですよ」

私は、バインダーを小脇に抱え、インカムのマイクのスイッチを入れた。

そして、最高に優秀な裏方のトップとして、凛とした声をスタジオ中に響き渡らせた。

「さあ、皆さん! 休憩は終わりです! 通しリハーサル、頭から行きますよ! 春樹、トラッキングの同期、お願いします!」

「了解だ」

カバー株式会社が誇る、最高のステージ。

そこには、三人の幼馴染が紡ぎ出した奇跡が、今も色褪せることなく、鮮やかに回り続けているのだった。

 

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