**【第41話】 暴走する金色の愛娘と、ホロライブ・ママ探しオーディション**
### Scene 1:午前11時30分・足りない栄養素(母性)と、呆れる大黒柱
カバー株式会社、地下第1テクニカル・コントロールルーム。
その日、チーフ・テクニカル・プロデューサーの■■春樹は、メインモニターに広がるサーバー群のトラフィックログを眺めながら、片手でマグカップのコーヒーを啜っていた。
『カタカタカタカタ……ッ、ターン!』
春樹のデスクのすぐ隣。彼が特注で用意してやったサブデスクで、金色の髪を揺らしながら凄まじい勢いでキーボードを叩いている少女がいた。
ReGLOSSの音楽の天才にして、春樹を「パパ」と呼んで憚らない母方の従兄弟の娘――**音乃瀬奏**である。
「よしっ! できた! パパー、新しい歌ってみたの仮MIX終わったよ! 聴いてみて!」
奏は、得意げにヘッドホンを外し、春樹に身を乗り出した。
「……どれ」
春樹は自分のヘッドホンに奏の音源データをルーティングし、数秒間目を閉じて波形を確認した。
「……悪くない。だが、サビの2コーラス目でボーカルの帯域がオケのギターと干渉してマスキングを起こしてる。ダイナミックEQで2kHzから4kHzあたりをサイドチェインで削れ。それと、ディレイのフィードバックが少しうるさい。テンポシンクを付点8分にして空間を開けろ」
春樹の、一切の容赦がない、プロフェッショナルなダメ出し。
「うぅ……パパの耳、相変わらず厳しすぎ……」
奏は唇を尖らせ、椅子の背もたれにドサッと寄りかかった。
「厳しいんじゃない。お前の声のポテンシャルを100%引き出すための、ただの物理演算(ロジック)だ。お前は感覚でやりすぎる癖がある。もう少し音響工学の基礎を……」
「あーもう! パパは いっつもそう!!」
奏が、バンッ!とデスクを叩いた。
「データ! 波形! ロジック! 確かにパパの言う通りにすれば最高の音になるのは分かってるよ! でもね、私には足りないの!」
「足りない? モニターの低音域か? ならサブウーファーの……」
「違う!! **『母性』**だよ!!」
奏は、両手を広げて高らかに叫んだ。
「パパは優しくて頼りになるし、なんでもできるけど……圧倒的に『甘さ』が足りないの! 私がMIX終わった時に、『えらいでちゅね〜! 頑張ったでちゅね〜!』って言って、よしよしして、あったかい手作りのお菓子とかを出してくれる、そういう『ママ』成分が圧倒的に不足してるの!!」
春樹は、完全に呆れ果てた目で奏を見た。
「……奏。お前、もう高校もとっくに卒業した立派な大人(音楽アーティスト)だろ。何を寝言を言っている」
「うるさーい! アーティストだって、癒やしとバブみが欲しいお年頃なの!」
奏は、くるりと椅子を回転させ、立ち上がった。
「パパがママになってくれないなら、自分で探すもん! ホロライブには、優しくて包容力のある先輩がいっぱいいるんだから! 最高の『ママ』を見つけて、思い切り甘やかされてくるからね!!」
「おい、奏。先輩たちに迷惑を……」
春樹が止める間もなく、奏は嵐のようにコントロールルームから飛び出していった。
バタン! と防音扉が閉まる。
一人残された春樹は、深く、重い溜息を吐き出した。
「……誰がママだ。気持ち悪い」
春樹は再びキーボードに向き直りながらも、念のため、社内のセキュリティカメラのシステムを立ち上げ、暴走する金色の愛娘の動向をバックグラウンドで監視することにした。
「……まったく。トラブルを起こさなきゃいいが」
かくして、音乃瀬奏の『理想のママ探し(ホロライブ編)』が幕を開けたのである。
### Scene 2:エントリーNo.1 宇宙のオカン・大神ミオ
奏がまず向かったのは、ホロライブの全体ミーティングルームだった。
そこには、お昼ご飯の弁当をつついているメンバーたちが数人いた。
「あ、奏ちゃん。お疲れ様〜」
黒髪にケモミミ、そして圧倒的な『包容力』のオーラを漂わせている女性。
ホロライブのオカン代表、**大神ミオ**だった。
(ミオ先輩! 料理上手で、優しくて、みんなの悩みも聞いてくれる……まさに理想のママ!)
奏の目が、ロックオンの光を放つ。
「ミオせんぱーい!」
奏は、タタタタッと駆け寄り、ミオの背中にガバッと抱きついた。
「わわっ!? 奏ちゃん? どうしたの、急にくっついてきて」
「えへへ……ミオ先輩。私、ちょっとMIX作業で疲れちゃって……甘えさせてもらってもいいですか?」
奏が上目遣いで、とびきり可愛い「娘」の顔を作って見上げる。
ミオのオカン本能が、激しく刺激された。
「そ、そうなんだね! うんうん、ReGLOSSの活動、忙しいもんねぇ。よしよし、ミオしゃがいっぱい撫でてあげるからねぇ〜」
ミオは奏を隣の席に座らせ、その金色の髪を優しく撫で始めた。
(これこれ! この優しい手つき! まさにオカン!)
奏は目を細め、喉をゴロゴロと鳴らさんばかりに喜んだ。
「お腹空いてない? うち、今日お弁当いっぱい作ってきたから、卵焼き分けてあげるね」
「わぁっ! ありがとうございます、ママ!」
「マ、ママ!? う、うん、ミオしゃがママだよ〜」
ミオがタッパーを開け、綺麗に焼かれた卵焼きを奏に差し出す。
しかし、その時だった。
「あっ……!」
ミオの尻尾が、机の上にあった自分の水筒にクリーンヒットした。
水筒がパタンと倒れ、中に入っていた麦茶が、ドバーッと机の上に広がっていく。
「わぁぁぁぁっ!! やっちまったぁぁぁぁ!! ごめん奏ちゃん! 今拭くから! 拭くからぁ!!」
完全にパニック(PON)に陥り、オロオロとハンカチを探し回るミオ。
「あ、だ、大丈夫ですよミオ先輩! 私が拭きますから!」
奏は慌てて近くにあったティッシュ箱を取り出し、机の上の麦茶を素早く拭き取り始めた。
「ごめんねぇ……ごめんねぇ奏ちゃん……うち、せっかく奏ちゃんを甘やかしてあげようと思ったのに……またPONしちゃった……ぐすっ」
ミオが、しょんぼりと犬のように耳を伏せて涙ぐんでいる。
「だ、大丈夫です! 気にしないでください! ほら、卵焼き美味しいですよ! ミオ先輩も泣かないで!」
結果。
奏はミオの背中を撫でて慰め、ティッシュで机を拭き、完全に**『手のかかるお母さんの世話をするしっかり者の娘』**状態になっていた。
(……ミオ先輩は、優しくて最高なんだけど……ママっていうか、私が面倒見てあげなきゃいけない存在なのかも……)
奏は、卵焼きをモグモグと食べながら、静かに悟ったのだった。
### Scene 3:エントリーNo.2 自称・春樹の妻? 宝鐘マリンの誘惑
「はぁ……理想のママ探しって、案外難しいなぁ」
廊下をトボトボと歩く奏。
「Ahoy〜! そこの迷える子羊ちゃん! 何かお困りかしら?」
甘く、ねっとりとした声と共に現れたのは、赤い海賊コートを羽織ったホロライブ3期生・**宝鐘マリン**だった。
「マリン先輩!」
「ふふん、奏ちゃん。さっきのミオしゃとの一件、見てたワヨ。どうやら『ママ』を探してるみたいね?」
マリンが、バサッとコートの裾を翻し、奏の前に立ち塞がった。
「そうなんです! 私、思い切り甘やかしてくれるママが欲しくて……」
「なら、この宝鐘マリン船長の胸に飛び込んでおいで! 船長の溢れんばかりの母性と大人の色気で、奏ちゃんをドロドロに溶かしてあげるワ〜♡」
マリンが両手を広げ、魅惑的なウィンクを飛ばす。
(た、確かにマリン先輩は色気があるし、面倒見もいいって聞くし……ワンチャンあるかも!?)
奏は、ゴクリと唾を飲み込み、「じゃ、じゃあ……お邪魔します!」とマリンの胸に飛び込んだ。
「よしよし〜♡ 奏ちゃんはいい子ね〜。いい匂いするワ〜♡」
マリンが奏の頭を撫でながら、耳元で優しく囁く。
その手つきは、確かに年上の余裕(お姉さんみ)に溢れていた。
「えへへ……マリン先輩、あったかい……」
「そうでしょう? 船長、いつでも奏ちゃんのママになってあげるワヨ。……ただし!」
マリンの声のトーンが、突然、スッと低く、獲物を狙う海賊のものに変わった。
「……あの冷徹な『チーフ(春樹)』が、奏ちゃんのパパなんだから。船長が奏ちゃんのママになるってことは……必然的に、**船長とチーフが『夫婦』になる**ってことよね?」
「……え?」
マリンは、奏の肩をガシッと掴み、目をギラギラと輝かせた。
「ねえ奏ちゃん! チーフの好きなご飯のオカズとか、休みの日は何してるとか、どういう下着履いてるとか、パパの秘密をママにぜーんぶ教えなさい! そうすれば、船長がチーフの正妻の座をゲットして、私たちが本当の『家族』になれるのヨ!!」
マリンの狙いは、最初から「奏をダシにして、鉄壁のチーフを攻略すること」だったのだ。
「ひぃっ!? マリン先輩、目がマジで怖い!! パパの貞操が危ない!!」
奏は、直感的に身の危険を感じ、マリンの腕の中からスポーン!と抜け出した。
「ま、待て奏ちゃん!! 家族の絆を深めましょうよ!! チーフのパンツの色だけでいいから教えてェェェェ!!」
「絶対教えませーーーん!!」
奏は、猛ダッシュで廊下を逃走した。
(マリン先輩はダメだ!! ママっていうか、パパを狙うヤバい女だ!!)
### Scene 4:エントリーNo.3 恋のライバル? 癒月ちょこの保健室
逃げに逃げた奏が辿り着いたのは、ホロライブのスタジオの奥にある休憩室(通称・保健室)だった。
「はぁ、はぁ……ここまで逃げれば大丈夫かな……」
「あら、こんなところで息を切らして。どうしたの、奏ちゃん?」
ふわりと、イランイランの甘い香りが漂ってきた。
そこにいたのは、ピンク色のカーディガンを羽織り、ゆったりとコーヒーを飲んでいたホロライブ2期生の悪魔――**癒月ちょこ**だった。
「ちょこ先輩!」
ちょこは、春樹の『父方の親戚』であり、奏にとっても(遠い)親戚にあたる。
料理の腕はプロ級、ASMRで何百万人を癒やすテクニックを持ち、大人の余裕と包容力を兼ね備えた、まさに『完璧なママ』の条件を揃えている。
「どうしたの? 何か悩み事でもあるなら、このちょこ先生が聞いてあげるわよ?」
ちょこが、優しく微笑んで隣の席をポンポンと叩いた。
(ちょこ先輩! 親戚だし、料理うまいし、絶対最高じゃん!)
奏は、パァッと顔を輝かせてちょこの隣に座り込んだ。
「ちょこ先輩! 私、ちょこ先輩に甘えたくて……! ママになってください!」
「マ、ママ……? 奏ちゃん、急にどうしたのよ」
ちょこは少し驚きながらも、奏の頭を優しく撫でた。
「いいわよ。奏ちゃんは可愛い親戚の妹(娘?)みたいなものだし。……春樹にぃ(チーフ)は厳しいから、あんな男の元にいたら息が詰まるでしょう?」
「そうなんです! パパは波形とデータのことばっかりで、全然甘やかしてくれないんです!」
「ふふっ、本当にあの男は相変わらずね」
ちょこと奏は、すっかり「春樹への愚痴」で意気投合し、ちょこが持ってきていた手作りのマカロンを食べながら、和やかな女子会が始まった。
(これだ……! この優しさと美味しいお菓子! 私が求めていた母性はここにあったんだ!)
奏は、マカロンを口いっぱいに頬張りながら、至福の時を過ごしていた。
「ねえ、奏ちゃん」
ちょこが、コーヒーカップを置き、ふと奏を見た。
「春樹にぃって……奏ちゃんと一緒にいる時、どんな感じなの? やっぱり、昔みたいによく笑ったりするの?」
ちょこの声に、ほんの少しだけ、隠しきれない「探り」の色が混じっていた。
奏は、無邪気に答えた。
「パパ? うーん、いつもしかめっ面でモニター睨んでるけど、私が『パパー!』って飛びつくと、なんだかんだ言って頭ポンポンしてくれますよ! あと、たまに夜食で一緒にラーメン食べたりとか!」
その瞬間。
『ピキッ』
ちょこのこめかみに、青筋が浮かんだ(ような気がした)。
「……へぇ。頭ポンポン……ねぇ。私には静電気が起きるから近寄るなって言うくせに」
ちょこの周りの空気が、一瞬にして氷点下まで冷え込んだ。
「え? ちょこ先輩?」
「……奏ちゃん」
ちょこは、極上のサキュバススマイルを浮かべたまま、奏の肩をガシッと掴んだ。
「奏ちゃんは確かに可愛いわよ。でもね、春樹にぃの一番の理解者は、昔からこの私なの。……最近ぽっと出の『娘』だからって、春樹にぃの愛情を独り占めできると思ったら、大間違いなんだからね? 春樹にぃの波形(心電図)を一番乱せるのは、このちょこなんだから!」
ちょこの目から放たれる、完全なる『恋する乙女(ライバル)』の覇気。
「ひぃぃぃぃっ!! ちょ、ちょこ先輩もパパ狙い!? なんでみんなパパを狙うの!!?」
「逃がさないわよ奏ちゃん! 春樹にぃが家でどんなパジャマ着てるか、全部吐きなさい!!」
「嫌だぁぁぁぁぁ!! パパ助けてェェェェ!!」
奏は、マカロンを握りしめたまま、再び猛ダッシュで保健室から逃亡したのだった。
### Scene 5:帰るべき場所と、不器用なパパのココア
「はぁ、はぁ、はぁ……っ」
様々な先輩たちの「母性(と狂気)」から逃げ回り、ボロボロになった奏が最後に辿り着いたのは。
結局、一番見慣れた、地下の分厚い防音扉の前だった。
『ピッ、ウィィィン……』
おそるおそる扉を開けると、そこには、数時間前と全く変わらない姿勢で、メインコンソールのキーボードを叩き続けている春樹の背中があった。
「……帰ってきたか、迷子」
春樹は、振り返らずに言った。
「パ、パパぁ……」
奏は、フラフラと歩み寄り、春樹の背中にペタンと寄りかかった。
「なんだ、理想のママは見つかったのか?」
「……見つからなかった。みんな優しいけど……なんか、パパのパンツの色とかパジャマとか聞いてきて、怖かった……」
春樹は、深くため息をつき、椅子を回転させて奏を向き直った。
「……だから言っただろ。あいつら(ホロメン)の言う母性なんて、九割がた狂気とポンコツでできてるんだ」
春樹は立ち上がり、コントロールルームの隅にある小さな給湯室スペースに向かった。
そして、カチャカチャと音を立てて、マグカップを二つ用意した。
「ほら、座れ」
春樹が奏のサブデスクに置いたのは、ホットミルクにたっぷりのココアパウダーを溶かし、上にマシュマロを一つだけ浮かべた、熱々のココアだった。
「……ココア?」
「お前が昔、ピアノの練習で疲れて癇癪を起こした時、いつも俺が作ってやったやつだ。……レシピは変えてない。温度は65度、一番甘みを感じる設定だ」
奏は、マグカップを両手で包み込んだ。
じんわりとした温かさが、手のひらから全身へと伝わっていく。
一口飲むと、濃厚な甘さとカカオの香りが、疲れ切った脳髄を優しく解きほぐしていった。
「……美味しい」
奏の目から、ぽろりと一粒、涙がこぼれた。
「パパのココア……世界で一番、安心する味」
春樹は、自分のブラックコーヒーを飲みながら、泣きながらココアを飲む奏の頭を、無骨な手でポンと軽く撫でた。
「……ママにはなれないが。お前が泣きつきたい時は、これくらいはいつでも淹れてやる。……だから、変なところを彷徨ってないで、大人しくここで曲のMIXを終わらせろ」
「……うんっ」
奏は、涙を拭い、満面の笑みを浮かべた。
「パパ! 私、やっぱりパパが一番好き! 世界で一番、かっこよくて優しい大黒柱だよ!」
「はいはい。お世辞はいいから、さっき言ったダイナミックEQの修正をやれ。波形がまだ濁ってるぞ」
「もー! パパはほんとにムードがないんだから!」
コントロールルームに、キーボードの乾いた打鍵音と、奏の明るい笑い声が再び響き始める。
圧倒的な母性はなくても。
言葉が冷たくて、波形とデータにしか興味がないように見えても。
世界で一番、自分を見守ってくれる、絶対的な防波堤(パパ)。
奏にとっての帰るべき場所は、最初から、このシベリアのように冷たくて、宇宙で一番温かい地下室にしかなかったのだ。
天才エンジニアと金色の愛娘の、騒がしくも平穏な夜は、ココアの甘い香りと共に、今日も静かに更けていくのだった。