**【第47話】 帰らずのビッグダディと、冷酷なる電子の城(マイホーム)**
### Scene 1:午前10時00分・ホロメンたちの素朴な疑問
「……ねぇ、みんな。ずーっと前から気になってたんだけど、言っていいッスか?」
カバー株式会社、メインスタジオ横の広々としたタレント控室。
午前の収録を終えてソファでくつろいでいた大空スバルが、唐突にペットボトルの水をテーブルに置き、周囲のホロメンたちに問いかけた。
「ん? なに急に改まって。スバルちゃん」
スマホでエゴサをしていた白上フブキが顔を上げる。
「いやさ。……**チーフって、いつ家に帰ってるんスか?**」
その一言に、控室にいた宝鐘マリン、さくらみこ、癒月ちょこ、そして音乃瀬奏の動きがピタリと止まった。
「……確かに」
マリンが、腕を組んで深く頷いた。
「船長、昨日の夜中の3時にASMRのテストでスタジオに来た時、チーフがコンソールで作業してたワ。で、今日の朝7時に忘れ物取りに来た時も、チーフが同じ姿勢でコーヒー飲んでたのヨ。……あの人、瞬間移動でもしてない限り、会社に住んでる計算になるわよね?」
「みこも見たにぇ! こないだの朝方、地下のコントロールルームの前の廊下で、チーフが立ったまま壁によりかかって寝てるの発見したにぇ! 死んでるかと思って本気でビビったのにぇ!」
みこが身振り手振りを交えて力説する。
「……パパ、ホロライブの地下の主(ヌシ)だからね。私、パパの本当の家に行ったの、もう何年も前だよ」
奏が、顎に手を当ててウンウンと頷く。
ホロライブのタレントたちにとって、チーフ・■■春樹という存在は「いつでも地下にいる男」として認識されている。
機材トラブルが起きれば深夜でも3分で飛んでくる。早朝のリハーサルには必ず立ち会う。大型配信の前は三日三晩コンソールに張り付いている。
「ちょこ先生。ちょこ先生は親戚なんだから、チーフの私生活とか家とか知ってるんじゃないの?」
スバルが、タピオカを啜っていたちょこに視線を向けた。
「えっ? わ、私? ……それがね」
ちょこは、少し気まずそうに視線を泳がせた。
「昔の実家は知ってるけど、春樹にぃがカバーに入ってから一人暮らししてる今のマンションには、一度も行ったことないのよ。差し入れも全部、会社の地下に持っていってるし……」
「えぇっ!? ちょこ先生も知らないッスか!?」
「だって、春樹にぃに『家に行く』って言っても、『防犯上、タレントを男の独り暮らしの部屋に入れるわけにはいかない』とか『静電気が起きる』って言って、絶対に住所教えてくれないんだもん!」
ちょこが唇を尖らせて不満を漏らす。
「……怪しいワね」
マリンが、フッと探偵のような鋭い目つきになった。
「あんなに頑なに家を隠すってことは……まさか、家に『女』を隠してるとか!? 私たちには仕事一筋の顔を見せておいて、家に帰ったら金髪美女の膝枕でヨシヨシされてるんじゃないの!?」
「「「な、なんだってー!!?」」」
マリンの飛躍しすぎた妄想に、ホロメンたち(特に奏とちょこ)が凄まじい勢いで食いついた。
「許せない! パパのママになるのは私がオーディションするって決めてるのに!」
「春樹にぃの家に女!? ぜっっったいに許さないわ!! 胃袋を掴むのはこのちょこよ!!」
「……あなたたち、また変な妄想で春樹を犯罪者みたいに仕立て上げるのはやめてください」
そこへ、冷ややかなツッコミと共に現れたのは、分厚いバインダーを抱えた友人A(えーちゃん)だった。
### Scene 2:友人Aの証言と、強制帰宅命令
「Aちゃん! いいところに来たッス! チーフの家ってどこにあるんスか!? ちゃんと帰ってるんスか!?」
スバルがAちゃんに詰め寄る。
Aちゃんは、やれやれとメガネを押し上げた。
「春樹の家は、ここからタクシーで15分くらいのところにある、そこそこ広いタワーマンションの一室ですよ」
「タワマン!? チーフ、そんな良いところに住んでるんスか!」
「給料だけは無駄に良いですからね、あの男。……まあ、家賃の無駄遣いもいいところですが」
Aちゃんは、深々とため息をついた。
「春樹は、月のうち25日くらいは、地下のコントロールルームにある仮眠用コットで寝袋にくるまって寝ています。家に帰るのは、本当に着替えを取りに帰る時か、会社が全館停電点検の時くらいです」
「……ガチの社畜じゃないッスか」
「パパ……過労死しちゃうよ……」
スバルと奏がドン引きする。
「えっ、でもAちゃん。チーフの家に『女の影』はないの!?」
マリンが一番気になるポイントを食い下がる。
「……女の影、ですか」
Aちゃんは、何とも言えない、ひどく同情するような、あるいは呆れ果てたような目をして、遠くを見つめた。
「マリンさん。もし春樹の部屋に住める女性がいるとしたら、その人は**『極寒の環境に耐えられるペンギン』**か、**『騒音に全く動じないサイボーグ』**のどちらかですよ」
「へ?」
ホロメンたちが首を傾げる。
「どういうことッスか?」
「……まあ、百聞は一見に如かず、です」
Aちゃんは、バインダーから一枚の書類を取り出した。
「実は今日、春樹には『強制帰宅命令(有給休暇)』を出しました。ここ数週間、海外組の対応と大型企画で彼のリソースは限界を突破しています。……今日の午後から明日の朝まで、春樹の社員IDのゲート通行権限を完全に剥奪しました」
「おおー! 流石Aちゃん! 有能!」
「そこで、皆さんにお願いがあります」
Aちゃんは、ニヤリと笑った。
「あの仕事中毒(ワーカーホリック)のことです。家に帰したところで、絶対にろくな食事もとらずに倒れ込むはずです。……ちょこ先生、奏さん、マリンさん、スバルさん。あなたたちで、春樹を『家まで護送』し、可能なら栄養のあるものを作って食べさせてやってくれませんか?」
「「「!!!」」」
その提案に、四人の目がカッと見開かれた。
絶対防壁のプライベート空間(家)への、合法的な潜入許可証が下りたのだ。
「任せなさい!! ちょこ特製のスタミナ料理で、春樹にぃを元気いっぱいにしてあげるわ!!」
「パパの家! 久しぶりに行く!!」
「船長の裸エプロンで看病してあげるワ〜♡」
こうして、ホロメン選抜部隊による『ビッグダディ強制護送&お宅訪問ミッション』が幕を開けたのである。
### Scene 3:護送完了、そして開かれる扉
午後1時00分。
カバー株式会社の裏口で、タクシーに無理やり押し込まれた春樹は、限界を超えた顔で恨めしそうに隣のちょこを睨んでいた。
「……癒月。なぜお前らが俺の家に来る。俺は帰って寝るだけだ」
「ダメよ春樹にぃ! Aちゃんから『栄養のあるものを食べさせるまで監視しろ』って言われてるんだから! はい、大人しくして!」
タクシーの後部座席には春樹を挟み込むようにちょこと奏が座り、助手席にはマリンが乗り込んでいる。(スバルは別の仕事が入ったため、泣く泣く離脱した)。
「パパー、楽しみだね! パパの家、どんな風になってるのかなぁ!」
「……お前ら、絶対に入って後悔するぞ」
春樹は、深くため息をつき、窓の外に視線を向けた。
やがてタクシーは、都内の高級タワーマンションの前に到着した。
エントランスは豪華な大理石張りで、コンシェルジュまでいる。
「うおぉ……! チーフ、マジでめっちゃ良いとこ住んでるじゃないのヨ!」
マリンがキョロキョロと周囲を見回す。
「春樹にぃ、お給料全額家賃に注ぎ込んでるんじゃないの……?」
ちょこも驚きを隠せない。
エレベーターに乗り、高層階の角部屋へ。
春樹がポケットからカードキーを取り出し、玄関の電子錠にかざした。
『ピピッ、ガチャ』
「さあさあ、お邪魔しまーす! 船長がチーフのお部屋を隅から隅までチェックしてあげるワヨ〜♡」
マリンが、ウキウキとした足取りで、ドアを開け放った。
その、瞬間だった。
『ゴオォォォォォォォォォォォォォォッ!!!』
「「「ひゃあっ!?」」」
玄関の扉が開いた途端。
部屋の奥から、凄まじい『轟音』と、まるで真冬のシベリアのような**『極寒の冷風』**が、三人の全身に叩きつけられた。
「な、ななな何これ!? 吹雪!? エアコン壊れてるの!?」
マリンが腕を抱え込んで震える。
「さ、寒っ!! パパ、お部屋の中で台風でも飼ってるの!?」
奏がちょこの背中に隠れる。
春樹は、無愛想な顔のまま靴を脱ぎ、「ドアを閉めろ、冷気が逃げる」と呟いて廊下を進んでいった。
三人は、恐る恐る春樹の後についていき……そして、リビングルームの扉を開けた。
「……嘘、でしょ」
ちょこが、手に持っていたスーパーのレジ袋を取り落としそうになった。
そこは、人間の住む『家』ではなかった。
広々とした20畳以上のリビングダイニング。
本来なら、高級なソファや、大型の薄型テレビ、お洒落なダイニングテーブルが置かれているべきその空間には――家具など、一切存在しなかった。
部屋を完全に占拠していたのは。
天井まで届く、黒く巨大な**『エンタープライズ(企業)級・サーバーラック』**が、なんと合計6基。
無数のLANケーブルと光ファイバーが、床を這う蛇のように結線され。
暗い部屋の中で、何千という青と緑のLEDランプが、不気味に明滅を繰り返している。
そして、その凄まじい数のサーバーの熱暴走を防ぐため、部屋の四隅には業務用の巨大なスポットクーラーが設置され、『ゴオォォォ!』という爆音と共に、室温を「18度」という極寒の状態に保ち続けていたのだ。
「チ、チーフ……? な、なにこれ……?」
マリンが、歯の根をガチガチと鳴らながら、信じられないものを見る目で春樹を見た。
「何って、俺のマイホームだが」
春樹は、サーバーラックの温度計を確認しながら、平然と答えた。
### Scene 4:冷酷なる電子の城(プライベート・データセンター)
「いやいやいや! これ家じゃないでしょ! ただのデータセンターじゃないのヨ!!」
マリンが叫ぶ。
「春樹にぃ! テレビは!? ソファは!? 食卓は!?」
ちょこが部屋の隅々を見渡すが、生活の匂いがするものは何一つない。
部屋の片隅に、申し訳程度に置かれた「寝袋」と「折りたたみ式のコット(簡易ベッド)」があるだけだ。
「テレビなんて見る暇がない。ソファは静電気が起きるから捨てた。食事は会社の地下で済ませる」
春樹は、ラックの前面パネルを開け、ホコリのフィルターを指でなぞりながら淡々と説明した。
「パパ……これ、全部パパの趣味のパソコンなの……?」
奏が、巨大なサーバーラックを見上げて圧倒されている。
「趣味じゃない。仕事だ」
春樹は、振り返り、呆然とする三人を見据えた。
「カバー株式会社の地下サーバーには、お前たちホロライブの全データが保存されている。だが、もし大地震や火災、あるいは大規模なサイバーテロが起きて、本社のサーバーが物理的に破壊されたらどうなる?」
春樹の問いに、三人は息を呑んだ。
「お前たちが何千時間もかけて収録したオリジナル曲のパラデータ。3Dライブのモーションキャプチャーデータ。歴代の配信アーカイブ。……お前たちの生きた証(データ)が、この世から完全に消失する」
春樹は、巨大なサーバーラックの黒い金属フレームを、愛おしそうにポンと叩いた。
「ここは、ホロライブの『完全なオフサイト・バックアップ拠点』だ。俺は自分の全財産を投じて、このマンションのセキュリティと電力を確保し、本社と完全に同期するミラーリング・サーバーをここに構築した」
「えっ……」
ちょこの瞳孔が開く。
「それに、最近のお前らの3Dライブは物理演算(Havok)の要求スペックが高すぎる。本社のリソースだけじゃ足りない時は、俺のこの家のサーバーを『プライベート・レンダリングファーム』として稼働させ、分散処理で計算を補っているんだ」
春樹は、無愛想な顔のまま、当然のことのように言い放った。
「俺はエンジニアだ。お前たちの輝き(データ)を、1ビットたりとも欠損させるわけにはいかない。……そのためなら、テレビやソファなんていう無駄な生活空間は、1ミリも必要ない」
圧倒的な、狂気。
そして、それは裏を返せば、己の人生と生活のすべてを犠牲にしてでも、彼女たちのデータを絶対に守り抜くという、重すぎる『愛と責任』の具現化だった。
「…………チーフ」
マリンの目から、ポロリと涙がこぼれ落ちた。
「バカじゃないの……? 自分の生活、全部犠牲にして……私たちにそこまでしてくれなんて、誰も頼んでないワヨ……っ」
「パパぁ……っ」
奏も、寒さと感動で震えながら、春樹の腰にギュッと抱きついた。
「うるさい。俺が勝手にやってる趣味の延長だ。……ほら、Aに言われた『護送ミッション』は終わっただろ。お前らはさっさと帰れ。俺は寝る」
春樹は、三人を追い返そうと手を振った。
しかし。
「……ふざけないでよ」
癒月ちょこが、手に持っていたスーパーの袋を、ドンッ!と床(サーバーの熱排気口から離れた場所)に置いた。
### Scene 5:サキュバスの逆襲と、温かい食卓(仮)
「春樹にぃのバカ!! こんな冷蔵庫みたいな部屋で、寝袋で寝てたら、過労死する前に凍死するわよ!!」
ちょこは、サキュバスとしての色気も何もかも脱ぎ捨て、完全に『怒れるオカン(親戚の姉)』の顔になっていた。
「マリン! 奏ちゃん! 春樹にぃをその寝袋に縛り付けておきなさい! 私が今から、この家で唯一まともに機能してそうなキッチンで、世界一温かくて栄養のあるご飯を作ってやるから!!」
「了解ワヨ!! そらチーフ、逃がさないわよ!」
「パパ、大人しく寝ててね!!」
マリンと奏が、左右から春樹の腕をガシッと掴み、部屋の隅のコット(簡易ベッド)へと引きずっていく。
「おい! やめろ! キッチンで火を使ったら部屋の湿度が上がってサーバーの基板が結露する!! 換気扇を最大出力で回せ!!」
春樹が必死に機材の心配をして叫ぶが、三人の愛娘(?)たちには全く通じない。
「知るか!! 基板より自分の心配をしなさい!!」
ちょこは、広くて綺麗な(全く使われていない)システムキッチンに立ち、凄まじい手際で調理を始めた。
豚肉とたっぷりの野菜を使った、生姜の効いた特製スタミナ豚汁。そして、ガーリックライスと卵焼き。
30分後。
極寒のサーバー室(リビング)に、ごま油と生姜の、とてつもなく食欲をそそる温かい匂いが充満した。
「……湿度が……エアフローが……」
コットに縛り付けられ(マリンに上に乗られ)ながら、絶望的な顔で虚空を見つめている春樹。
「はい、春樹にぃ! 出来立ての豚汁よ! 食べなさい!」
ちょこが、湯気を立てるお椀を春樹の前に差し出す。
ダイニングテーブルはないため、四人はサーバーラックの排熱の風を避けながら、床に直接座り込んで(春樹はコットの上で)円陣を組んだ。
春樹は、渋々といった様子で箸を取り、豚汁を一口すすった。
「…………」
生姜の熱と、豚肉の脂の甘みが、極限まで冷え切っていた胃の腑に、じんわりと、優しく染み渡っていく。
それは、会社で飲むブラックコーヒーや栄養ゼリーでは絶対に得られない、圧倒的な『生の活力』だった。
「……どう? 美味しい?」
ちょこが、心配そうに春樹の顔を覗き込む。
「……ああ。美味い。……やっぱり、お前の飯は最高だな、癒月」
春樹は、ぽつりと、心からの本音をこぼした。
「〜〜〜っ!!」
ちょこの顔が、一瞬にして茹でダコのように真っ赤に染まった。
「あ、当たり前でしょ!! ちょこ特製なんだから!! ほら、ガーリックライスも食べなさい!!」
ちょこは照れ隠しに、春樹の口にスプーンを突っ込んだ。
「あはは! パパ、いっぱい食べてね!」
奏が、自分の卵焼きを春樹のお椀に分けてあげる。
「チーフ……ほんとに、ありがとうね。でも、これからはちゃんと自分のことも大切にしてよね。船長たち、パパがいなくなったら生きていけないんだから」
マリンが、春樹の肩にコテンと頭を乗せる。
極寒の、騒音に包まれた電子の城。
何千というLEDランプの明滅に照らされながら、四人は温かいご飯を囲んだ。
「……まったく。お前らがいると、どこにいても騒がしいな」
春樹は、呆れたようにため息をつきながらも、その口元は、これ以上ないほど穏やかに緩んでいた。
「はいはい、文句言わない! 食べ終わったら、ちゃんと寝袋に入って寝るのよ!」
「……分かった。だが、明日の朝6時には出社するからな」
「ダメ!! 明日のお昼まで絶対睡眠!!」
ホロライブという巨大な星々を守るため、すべてを犠牲にしてきた男。
しかし、その男の周りには、彼の不器用な愛を理解し、無理やりにでも温もりを届けようとする、最高に厄介で愛おしい家族たちがいる。
冷酷なサーバーの駆動音に混じって、楽しげな笑い声が部屋に響く。
天才エンジニアの帰る場所は、少しだけ、本当に少しだけ、人間の住む『家』の温度に近づいたのだった。