ホロ  オリ   作:raian sinra

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そら 3

## 創設メンバーの密談:チーフ強制休養計画(コードネーム・おやすみ魔法使い)

### 第1章:限界突破のタイムカードと、友人Aの溜息

カバー株式会社、タレントマネジメントおよびプロダクション管理フロア。

深夜の静寂に包まれたオフィスエリアで、友人A——えーちゃんのデスクのPCモニターだけが、煌々と白い光を放っていた。

「……38時間」

カタッ、とマウスをクリックする音と共に、えーちゃんの口から深すぎる溜息が漏れた。

彼女の視線の先にあるのは、社内の勤怠管理システム。その中で、特権クラスのアクセス権限を持つ「チーフ・テクニカル・プロデューサー・■■春樹」のログイン履歴が、赤字で警告を発し続けている。

「先週の水曜から木曜にかけて、24時間ぶっ通しでサーバーの再構築。金曜にさくらみこさんの機材破壊トラブル対応で徹夜。週末は星街すいせいさんのライブ演出の物理演算パッチ作成……そして現在、連続稼働38時間。信じられない、人間辞めてるのあの人は……」

えーちゃんは眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、こめかみを揉んだ。

春樹の構築したシステムは完璧だ。ホロライブのタレントたちがどれだけ予想外の動きをしようと、彼が裏にいる限り、配信が致命的に落ちることはない。しかし、その完璧な基盤は、春樹自身の睡眠と血肉を削ることで維持されている。

「このままじゃ、タレントが輝く前に土台が過労死してしまう……」

独り言を空間に溶かしたその時、コンコン、と控えめなノックの音が響いた。

「Aちゃん、まだ起きてる?」

ドアの隙間から顔を覗かせたのは、私服姿のときのそらだった。手には、夜食にと買ってきたであろうコンビニの袋が握られているが、その表情は普段のアイドルのそれではなく、ひどく思い詰めたような、曇ったものだった。

「そら。……あなたも、まだ帰ってなかったの?」

「うん。ダンスレッスンが終わった後、春樹のところ……『アビス』に行ってきたんだけど」

そらはえーちゃんの隣のパイプ椅子を引き、力なく腰を下ろした。

「彼、モニターの前で立ったまま寝てたの」

「……立ったまま?」

「うん。コーヒーカップを持ったまま、VRゴーグルの調整用のケーブル首に巻いて、壁に寄りかかって寝てた。私が声かけたら『おう、トラッキングの遅延は0.02秒以内に収めたぞ』って、完全に寝言と現実が混ざってた」

そらの声には、怒りと、それ以上の深い悲しみと心配が入り混じっていた。

「私、ベッドで寝てって言ったんだよ。でも『コンパイルが終わるまであと5分だから』って言って、結局そのままキーボード叩き始めちゃって……。私、どうしても止められなくて……」

そらが俯き、膝の上でぎゅっと拳を握りしめる。

えーちゃんはそらの肩にそっと手を置いた。彼女たち三人は、まだ会社が何もないベンチャーだった頃から、共に泥水をすするような苦労を分かち合ってきた「戦友」だ。そらの春樹に対する感情——単なる幼馴染や裏方への感謝を超えた、執念に近い愛情——を、えーちゃんは誰よりも理解していた。

「……そら、泣かないで。春樹があなたの悲しむ顔を見たら、今度は自分の感情のバグを直すためのプログラムを組み始めかねないから」

「ふふっ……なにそれ、春樹なら本当にやりそう」

そらが涙ぐみながらも小さく笑うのを見て、えーちゃんは再びモニターに向き直った。

「そら、私たちは決断しなければならないわ。あの男の『タレント至上主義』と『圧倒的ワーカホリック』は、もはや病気の域よ。物理的かつシステム的に、彼から仕事を奪う計画を立てましょう」

えーちゃんの言葉に、そらが弾かれたように顔を上げる。そのアイスブルーの瞳に、強い光が宿った。

「やる。私、春樹を休ませるためならなんだってする」

### 第2章:最強のエンジニアを落とすためのブレインストーミング

「まず、現状の課題を整理しましょう」

えーちゃんはホワイトボードマーカーを手に取り、会議室のボードに書き殴り始めた。

* **課題1:セキュリティ突破能力**

* 「先週、私が彼のPCにリモートで『連続稼働ロック』をかけました。しかし彼はわずか3分で私の管理者権限をハッキングして解除しました」

* **課題2:隠蔽工作**

* 「仮眠室で寝ていると思いきや、ノートPCを持ち込んで布団の中でコードを書いています。熱暴走の危険があると言っても聞きません」

* **課題3:ホロメンからの絶大な依存**

* 「タレントが彼を頼りすぎている。トラブルが起きると反射的に『チーフ!』と叫ぶため、彼もそれに応えようと常時スタンバイ状態になっています」

「……改めて書き出すと、本当に厄介な男ね、うちのチーフは」

えーちゃんがため息をつくと、そらが腕を組んで真剣な表情で頷く。

「セキュリティ面で春樹に勝つのは絶対無理だよ。Aちゃんでもハッキングされちゃうんだから。それに、ホロライブの子たちに『春樹に頼らないで』って言うのも難しい。春樹自身が、頼られることを一番の生きがいにしてるから」

「となると、物理的な介入しかないわね。強制的にPCから引き剥がし、別の場所に隔離する。……でも、誰がやるの? そらでも止められなかったのに」

二人が頭を抱えたその時。

ガラッ、と会議室のドアが開き、場違いなほど穏やかな声が響いた。

「お疲れ様です、二人とも。夜遅くまで大変だねぇ」

そこに立っていたのは、カバー株式会社代表取締役社長——YAGOOこと、谷郷元昭だった。

彼の両腕には、謎の巨大なダンボール箱が抱えられている。

「社長!?」

「YAGOO、どうしてここに?」

「いやあ、春樹くんの勤怠アラートが僕のスマホにも通知されていてね。さすがにこれはマズいと思って、社長権限でこれを買って持ってきたんだよ」

YAGOOがテーブルの上にドンッ!と置いた箱には、**『完全没入型・無重力睡眠カプセル〜母の胎内の安らぎを〜』**という怪しげなキャッチコピーが書かれていた。

「これなら、中に入れたら物理的にキーボードを叩けないと思って」

「……社長。春樹なら、これの内部配線をいじって、脳波でコードを書けるように改造しかねませんよ」

えーちゃんが冷たくツッコミを入れると、YAGOOは「あっはっは、確かに彼ならやりそうだね」と人の良さそうな笑顔で笑った。

「冗談はさておき」

YAGOOはパイプ椅子を引き、二人の向かいに座った。その顔は、経営トップとしての真剣なものに変わっていた。

「僕も、彼の働き方には非常に危機感を持っている。カバー株式会社の技術の根幹は彼だ。彼が倒れることは、ホロライブの全サーバーがダウンするより恐ろしい。……それに、何より僕にとっても、君たち三人と同じように、彼は大切な家族の一員だからね」

社長の言葉に、そらとえーちゃんは強く頷いた。

会社がどれだけ大きくなろうと、根底にある想いは同じなのだ。

「YAGOO、私たち、春樹を強制的に休ませる計画を立ててたの。でも、彼の技術力と仕事への執念をどうやって突破すればいいか分からなくて……」

そらの訴えに、YAGOOは少し顎に手を当てて考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。

「システムの力で彼を止めるのが無理なら、『人の力』で止めるしかない。それも、彼が絶対に無下にできない人たち……ホロライブのメンバー全員の力を使ってね」

### 第3章:発動、コードネーム『おやすみ魔法使い』

YAGOOの提案を軸に、三人の深夜の密談は白熱していった。

天才エンジニアの思考の裏をかくための、緻密で大胆な作戦。ホワイトボードには、彼ら三人にしか描けない『対・■■春樹シフト』が構築されていく。

「まず、第一段階。**『波状攻撃による疲労感の麻痺解除』**です」

えーちゃんがボードをペンで叩く。

「彼が寝ないのは、アドレナリンが出続けているからです。これを強制的に落ち着かせるため、彼に懐いているメンバーを順次アビス(調整室)に送り込みます」

* **1番手:雪花ラミィ&猫又おかゆ**

「ラミィさんに手作りの温かい食事(消化の良い雑炊など)を物理的に口に放り込んでもらいます。同時におかゆさんに、彼の膝の上でゴロゴロしてもらい、リラックス効果(物理)を与えます」

* **2番手:大空スバル&白上フブキ**

「彼が満腹になったところで、この二人に『機材の相談』と称して彼のデスク周りのキーボードとマウスを自然な流れで強奪させます」

* **3番手:常闇トワ&ラプラス・ダークネス**

「完全に武装解除された彼に対し、ラプラスさんに『吾輩が寝ろと言っているのだ!』と命令させ、トワさんに優しく毛布をかけさせます。春樹は子供扱いや純粋な優しさに弱いため、これで抵抗する気力を削ぎます」

「なるほど、完璧な布陣だねぇ」とYAGOOが頷く。

「でも、Aちゃん。それだけじゃ、あの子たちが帰った後にまた起き出して仕事しちゃうよ」

そらの懸念は最もだ。春樹の「回復の早さ」と「仕事への執着」を舐めてはいけない。

「そこで、第二段階。**『社長権限による物理・電脳空間の完全遮断』**です」

えーちゃんがYAGOOの方を向く。

「社長。明日……いや、今日の午前3時を回った瞬間に、春樹の全てのシステムアクセス権限を、YAGOOのマスターキーで強制凍結してください。彼がハッキングしようとしても、社長の生体認証(指紋・網膜)が必要なレベルの強力なロックをかけます。……彼も、YAGOOの目を盗んでまで会社に刃向かうような真似はしないはずです」

「分かった。全責任は僕が持とう。明日彼が怒鳴り込んできたら、この健康グッズの良さを3時間語り聞かせるよ」

「社長、それは別の意味で拷問になります」

「そして、最後。第三段階……**『退路を断つヒロイン』**」

えーちゃんは、真っ直ぐにそらを見た。

「システムを落とされ、抵抗する気力を失った春樹の前に、そらが登場する。そして、彼を会社から連れ出すの。……明日、彼に完全なオフを与えます。そら、一日中彼を拘束しなさい。スマホも没収して、仕事の連絡は一切見せないこと。できる?」

そらは、少し驚いたように目を丸くした後、花が綻ぶような、それでいて決意に満ちた笑顔を見せた。

「……できる。私、前に約束したの。演出の仕事が終わったら、近所の夏祭りに一緒に行こうって。だから、明日は朝から実家に彼を拉致して、夜の夏祭りが終わるまで、絶対に仕事の話なんかさせない」

「よし、決まりね」

### 第4章:決戦の朝、魔法使いをベッドへ

午前3時。

計画は、恐ろしいほどの精度で実行された。

アビスの監視カメラ映像を、会議室のモニターで三人が固唾を飲んで見守っている。

映像の中では、ラミィの特製雑炊を食べさせられ、おかゆに撫で回され、スバルにキーボードを奪われ、ラプラスに説教を食らい、トワに毛布をかけられた春樹が、完全に目を白黒させていた。

『おい、お前ら……どうしたんだ突然……っ、コードのコンパイルが……』

抵抗しようとする春樹だが、日頃から彼に恩を感じているホロメンたちの「圧倒的な善意の圧力」の前に、強引な拒絶ができずにいる。

「……今だ、YAGOO!」

「よし!」

YAGOOが手元のタブレットでマスターパスワードを入力し、実行キーをターンッ!と叩く。

その瞬間、監視カメラ映像の中で、春樹の背後にある壁一面の巨大モニターが、一斉にブラックアウトした。

『なっ……!? サーバー群への接続が切断された!? ルーターの障害か!?』

春樹が跳ね起きようとするが、キーボードがないためコマンドが打てない。

『春樹、そこまでだ』

会議室のマイクから、えーちゃんがアビスのスピーカーへ音声を飛ばす。

『Aちゃん!? どういうことだ、全システムが落ちたぞ! これじゃ明日の配信が……』

『ご安心なさい。明日のスケジュールにクリティカルな影響を与える作業は一つも残っていません。残りは全て、技術部のサブチームでカバーできる範囲です』

『馬鹿言え、第三スタジオのトラッキング精度がまだ——』

『春樹くん』

YAGOOがマイクを代わる。

『社長権限で、君の全アクセス権を48時間凍結した。これは業務命令だ。……君が倒れたら、僕も、タレントも、一番悲しむんだ。頼むから、今日は休んでくれ』

『社長……』

モニターの向こうで、春樹が力なくその場に座り込む。

ハッキングを試みようにも物理的なデバイスがなく、経営トップから直々にストップをかけられ、周囲を心配そうな顔をしたタレントたちに囲まれている。

最強のエンジニアが、完全に「詰んだ」瞬間だった。

『……わかったよ。負けだ』

春樹が深くため息をつき、降参の証拠に両手を挙げた。それを見たホロメンたちが「わーい! チーフが寝るぞー!」と歓声を上げている。

「そら、出番よ」

「うんっ!」

そらは会議室を飛び出し、アビスへと向かって駆けていった。

数分後、カメラの映像に、息を切らして駆け込んできたそらの姿が映る。彼女は真っ直ぐに春樹の元へ歩み寄ると、有無を言わさず彼の手首を掴んで引っ張り上げた。

『ほら、春樹! 帰るよ! 今から私の実家のあなたの部屋にぶち込むからね! スマホは没収!』

『おい、引っ張るな……自分で歩ける……』

文句を言いながらも、その手から振り解こうとはしない春樹の姿を見て、会議室のえーちゃんとYAGOOは、ようやく安堵の息を吐き出した。

「……大成功ですね、社長」

「ああ。それにしても、彼をあんな風に引っ張っていけるのは、やっぱりそらちゃんだけだね」

二人は、もぬけの殻になったアビスの映像を見つめながら、コーヒーで乾杯した。

翌日。

カバー株式会社の社内連絡網に「チーフ・強制休暇中(※連絡した者はAちゃんがシメます)」という通達が回り、平和な一日が訪れた。

一方その頃。

実家のベッドに放り込まれ、12時間の泥のような睡眠から目覚めた春樹の目の前には、浴衣姿に着替え、満面の笑みを浮かべた幼馴染が立っていた。

「おはよう、春樹! さあ、寝溜めした分、今日は一日中、私のわがままに付き合ってもらうからね!」

天才エンジニアの、システムより厄介で、最高に愛おしい「休日」が、ようやく幕を開けたのだった。

 

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