ホロ  オリ   作:raian sinra

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そら 7

## 侵略される聖域:役員室(オアシス)と騒がしい子供たち

### 第1章:完璧すぎる静寂と、一抹の寂寥

カバー株式会社最上階、CTO(最高技術責任者)専用室。

かつて■■春樹が棲みついていた地下の「アビス」とは対極に位置するその部屋は、今日も完璧な空調管理のもと、静寂という名の高級な空気に満たされていた。

「……静かだ。静かすぎる」

最高級のウォールナット材で作られたデスクの前に座り、春樹は深い深いため息を吐いた。

現場の第一線から退き、後進の育成と次世代システムのR&D(研究開発)に専念するようになってから、数日が経過していた。

目の前のトリプルモニターには、数年後のドームライブを見据えた「空間拡張型ARシステム」の複雑な数式と3Dモデリングが整然と並んでいる。

アビス時代のように、突発的なエラーアラートが鼓膜を劈くこともなければ、排熱ファンの轟音が響くこともない。聞こえるのは、部屋の隅でひっそりと稼働しているハイエンド空気清浄機の微かな駆動音と、自らが叩く静かなキーボードの打鍵音だけだった。

「効率は、確かにアビスにいた頃の3倍は出てる。……だが」

春樹はキーボードから手を離し、背もたれに深く体重を預けた。

視線の先には、ときのそらが持ち込んだ小さなサボテンの鉢植えが、西日を浴びてちょこんと鎮座している。

彼女は「春樹が次のステージを作るための場所」だと肯定してくれた。その言葉に救われたのは事実だ。しかし、理屈で心は完全に割り切れないのが人間という生き物である。

(……あいつら、今頃第1スタジオで騒いでるんだろうな。みこがまた機材のケーブルに引っかかって、スバルがツッコミを入れて……)

アビスにいれば、防音扉の向こうから漏れ聞こえてくる彼女たちの笑い声や足音を感じることができた。トラブルがあれば即座に怒鳴り込んでくる彼女たちを、憎まれ口を叩きながらも助けるのが、春樹にとっての何よりの「生きた時間」だったのだ。

「オレが寂しがってどうする。役員が現場に未練たらたらなんて、笑えない冗談だ」

自戒するように呟き、再びモニターに向き直ろうとした、その瞬間だった。

**バンッ!!**

重厚なマホガニー製のドアが、物理法則を無視したような勢いで吹き飛ぶように開かれた。

「チーーーーフ!!! たすけてえええ!! Aちゃんが、Aちゃんが鬼の形相で追ってくるッス!!」

「いやあああ! まつり悪くない! ちょっとお弁当の唐揚げつまみ食いしただけやん!!」

静寂の要塞に飛び込んできたのは、大空スバルと夏色まつりの二人だった。

### 第2章:決壊する防衛線、お茶会(カオス)の始まり

「お前ら……ここは役員室だぞ! ノックくらい——」

春樹の説教は、続く乱入者たちによって物理的に掻き消された。

「ちょっとスバル、まつり! 逃げ足早すぎにぇ! ……おお? ここが噂のCTO室……! めっちゃいい匂いするにぇ!!」

「みこち、そこ邪魔。……わぁ、何この部屋。ホテルのスイートルーム? 社長、チーフをこんなところで飼い殺しにしてたわけ?」

さくらみこが目を輝かせながら部屋に転がり込み、その後ろから星街すいせいが呆れたような、しかし面白がるような顔で入ってきた。

「お前らまで……。みこ、配信はどうした。すいせいも今日はレコーディングじゃなかったのか」

「休憩中にぇ! っていうかチーフ、聞いてよ! 下の新人くんたち、全然みこのこと甘やかしてくれないにぇ! 『さくら先輩、マニュアルの3ページを読んで自分で設定してください』って冷たいにぇ! チーフなら3秒でやってくれたのに!」

「それはお前がマニュアルを読まないのが悪い。新人たちは正しい対応をしている」

春樹が眉間を揉みながら正論を返すと、すいせいがツカツカと部屋の奥へ進み、YAGOOが春樹の疲労回復のために設置した超高級マッサージチェアに、躊躇なくドスッと腰を下ろした。

「あー……これ最高。完全に無重力。チーフ、これ私の楽屋にも一台発注して」

「予算の無駄遣いだ。降りろ」

「ねえチーフ、ここ冷蔵庫あるじゃん! わっ、なんか高そうなゼリー入ってる! 食べていいッスか!?」

「それはYAGOOからの差し入れの千疋屋の……ああっ、まつり! そのソファで跳ねるな! イタリア製の——!」

たった数分の出来事だった。

春樹がこの数日間、孤独に耐えながら構築してきた「完璧な役員室」の静寂と秩序は、彼女たちの襲来によってチリ一つ残さず粉砕された。

「……お前ら、オレは今、次世代の超重要システムの基幹コードを——」

「チーフチーフー! このゼリー、蓋開けてにぇ!」

「チーフ、クーラーの温度もう1度下げて。あとブランケットない?」

「チーフ、隠れんぼするからAちゃん来たら知らないって言ってッス!」

矢継ぎ早に飛んでくる要求(ワガママ)。

しかし、春樹の口元は——自分でも信じられないことに——ひどく緩んでいた。

「全く、どいつもこいつも……」と憎まれ口を叩きながらも、春樹の指先は流れるような動作でゼリーの蓋を開け、空調のパネルを操作し、ブランケットをすいせいに投げ渡していた。

### 第3章:増殖する侵略者、玉座の陥落

一度防衛線が突破されると、あとは雪崩を打つようだった。

『CTO室は快適で、チーフが甘やかしてくれる(※お菓子もある)』という情報は、ホロライブの社内ネットワーク(主にホロメン同士のLINEグループ)を通じて、光の速さで拡散された。

午後15時。

CTO室の光景は、もはや「部室」か「実家の居間」のそれへと変貌を遂げていた。

「こんこんきーつね! チーフ、この8Kのプレゼン用モニター、スマブラ繋いでも遅延ないかな?」

「……それは数千万のシステム図を投影するためのものだが、まあ、リフレッシュレートは144Hz出てるから格ゲーには最適だな。……って、繋ぐな白上!」

白上フブキが持ち込んだNintendo Switchが、無残にも次世代ARシステムの横の端子に接続される。

「チーフ〜、おかゆと一緒にレトロゲームやろ〜? あ、このコード、そっちの電源タップに挿していい?」

「チーフ、引き出しに隠してるチョコ、もらうね」

「戌神、そこはメインサーバー直結の無停電電源装置だ、抜いたら会社が終わる! 猫又、オレの糖分補給用チョコを勝手に漁るな!」

さらに、春樹のデスクの足元では、なぜか若手組が陣地を構築し始めていた。

「吾輩の新たな玉座にふさわしいふかふかの絨毯だな! 貴様、吾輩の頭を撫でる権利をやろう!」

「ラプラス、タイピングの邪魔だ。膝に乗るな。……ほら、大人しくしてろ」

「むふふ……悪くないぞ……」

「助手くん! この部屋、実験道具(※謎の液体)持ち込んでもいいですか!?」

「博衣、絶対に持ち込むな。絨毯にこぼしたらオレがYAGOOに始末書を書くハメになる」

春樹は、膝の上にラプラス・ダークネスを乗せ(彼女の角がモニターの視界を微妙に遮っている)、左手でフブキたちにゲームの遅延解消のための技術的アドバイスを飛ばし、右手で博衣こよりの暴走を制止しながら、同時に次世代ARシステムの複雑なコードをバグ一つなく書き上げていた。

「……チーフ、怒りながらめっちゃタイピング早くない?」

マッサージチェアの上でくつろいでいたすいせいが、半ば呆れたように笑う。

「当たり前だ。お前らの騒音ごときでAPM(アクション・パー・ミニッツ)が落ちるようなら、ホロライブのCTOは務まらん」

春樹はふんと鼻を鳴らした。

頭痛がするほどの騒がしさ。高級なコーヒーの香りは、すっかりスナック菓子とイカ焼きの匂いに上書きされてしまった。

だが、春樹の胸の奥で燻っていた「隔離された寂寥感」は、見事なまでに消え去っていた。

彼らは、春樹がどこへ行こうと、役職がどう変わろうと、関係なく押し寄せてくるのだ。

「上のフロアに行って遠くなった」なんて、彼女たちの自由奔放な重力の前には、物理的な距離など何の意味も持たなかったのである。

### 第4章:夕暮れの部室と、女神の呆れ顔

夕方18時。

窓の外の景色が茜色に染まる頃、CTO室は謎の平穏に包まれていた。

床の絨毯の上では、ゲームに疲れ果てたみことスバルが毛布に包まって昼寝(夕寝)をしている。マッサージチェアではすいせいがスヤスヤと寝息を立て、春樹の膝の上ではラプラスが完全に丸まって眠っていた。

カチャ、カチャ……。

規則正しいキーボードの音だけが、茜色の部屋に響く。

春樹は、膝の上のラプラスを起こさないように、絶妙な体勢でコードを書き続けていた。その顔は、アビスで徹夜していた時の悲壮感はなく、どこか満ち足りた、穏やかな職人の顔だった。

カチャリ。

控えめなドアの開閉音がして、部屋に一人の少女が足を踏み入れた。

「……春樹。Aちゃんから、他のメンバーがCTO室に入り浸ってるって聞いて、回収しにきたんだけど……」

ときのそらは、部屋の惨状——散らばったお菓子の袋、巨大モニターに映し出されたスマブラのリザルト画面、そして床で無防備に寝転がるアイドルたち——を見て、完全に言葉を失った。

「……そらか。悪い、ご覧の有様だ。追い返そうとしたんだが、こいつら全く言うことを聞かなくてな」

春樹は小声で答えながら、苦笑いを浮かべた。

そらは呆然と部屋を見渡した後、デスクの隅でひっそりと生き残っているサボテンを見て、ぷっ、と吹き出した。

「あははっ……! なにこれ、春樹の部屋、完全にホロライブの部室じゃん!」

「笑い事じゃない。せっかくの役員室が、初日でスナック菓子臭くなった。YAGOOが泣くぞ」

「でも」

そらは、眠るメンバーたちを避けるようにしてつま先立ちで歩き、春樹のデスクの横に立った。

彼女のアイスブルーの瞳が、夕日を受けてキラキラと輝いている。

「私、春樹が一人で寂しい思いをしてるんじゃないかって、ずっと心配だったんだよ? ……でも、そんな心配、全然必要なかったね」

「……」

「春樹がどこに隠れたって、みんな春樹のこと大好きだから、絶対に見つけ出しちゃうんだよ。……私の幼馴染は、ホロライブで一番の愛されCTOだね」

そらの優しい言葉に、春樹は少しだけ目を伏せ、照れ隠しのように息を吐いた。

「……手のかかる連中だ。オレが未来のステージを作らなきゃならないってのに、これじゃあ作業効率が落ちて仕方ない」

「ふふっ、嘘ばっかり。さっきからコード打つスピード、全然落ちてないよ?」

「……五感の並列処理能力が上がっただけだ」

春樹の負け惜しみに、そらはクスクスと笑い声を漏らした。

「ねえ、春樹」

「なんだ」

「今度の新しいドームライブのシステム。完成したら、一番最初に私に見せてね」

「当たり前だ。……お前のために作ってるんだからな」

夕闇が迫るCTO室。

かつて冷たかったガラス張りの鳥籠は、今やホロライブで最も温かく、騒がしく、そして愛情に満ちた「第二の家」となっていた。

膝の上の重みと、隣で微笑む幼馴染の体温を感じながら。

魔法使いは今日も、愛すべき騒々しい子供たちと共に、新しい星空の設計図を描き続けるのだった。

 

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