ホロ  オリ   作:raian sinra

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そら 9

## 観測される特異点:永遠の「第0エピソード」と、焦燥のギャラリー

### 第1章:極秘情報漏洩と、発足する『指輪確認委員会』

カバー株式会社のタレント用ラウンジに、かつてないほどの激震が走っていた。

発端は、宝鐘マリンが息を切らして駆け込んできた際の、この一言である。

「た、大変ですワ!! チーフが……あの堅物ワーカホリックのCTOが、電話で**『指輪のサイズ』**と**『プラチナコーティング』**の話をしてましたワ!!!」

その場にいた星街すいせい、さくらみこ、白上フブキ、そしてたまたまコーヒーを淹れに来ていた友人A(えーちゃん)の動きが、完全にフリーズした。

「……マリン、聞き間違いじゃないにぇ? チーフが指輪? あの『サーバーの配線こそが最も美しいジュエリー』とか言い放つ男が?」

みこが持っていたたい焼きをポロリと落としながら問いただす。

「間違いありませんワ! 船長、ばっちり聞きました! 『彼女の指のサイズは9号だ。素材は……ああ、金属アレルギーのリスクを考慮して、純チタンにプラチナコーティングを施してくれ。特注になるが、費用はいくらでも出す』って!!」

「「「うおおおおおおおおおおおおお!!?!?!?」」」

ラウンジに、野太い歓声が響き渡った。

無理もない。■■春樹とときのそら。ホロライブの創設期から苦楽を共にし、誰の目から見ても「完全に出来上がっている」この二人は、しかし驚くべきことに、現在に至るまで**『ただの幼馴染』**というステータスを頑なに維持し続けていた。

「つ、ついに……! ついにあの長すぎるプロローグに終止符が打たれるんだね……っ!」

フブキが両手で顔を覆い、感極まったように天を仰ぐ。

「長かった……マジで長かった。すいちゃん、二人が『次世代システム』とか『最高のステージ』の話ばっかりしてて、いつまで経ってもイチャコラしないから、もどかしさで気が狂いそうだったよ……!」

すいせいも、拳をワナワナと震わせている。

ホロメンたちは、二人の関係性を「尊い」と思うと同時に、「とっとと結婚しろ!!」という強烈な焦燥感を抱え続けていた。

お互いの家(実家含む)の合鍵を持ち、体調を0.5秒の目線で把握し合い、そらが手料理をCTO室に持ち込み、春樹がそらのために会社に無断で(後に社長が事後承認する)億単位のサーバーを構築する。

ここまでやっておいて「付き合ってません」「幼馴染なんで」で済まされるのは、もはや周囲への精神的テロであった。

「……待ってください」

狂喜乱舞するホロメンたちの中で、ただ一人、Aちゃんだけが眼鏡をスッと押し上げ、冷静な(しかしどこか期待を隠しきれない)声を出した。

「あの春樹くんですよ? そらのために数千万のシステムを組む男が、ただの『装飾品の指輪』を贈るとは思えません。……何か、裏があるのでは?」

「Aちゃん! 疑り深すぎるッスよ!」

いつの間にか合流していた大空スバルが突っ込む。

「チーフだって男ッスよ! そら先輩みたいな超絶可愛い幼馴染がずっと隣にいて、役員にもなって経済的にも安定して。プロポーズしない方がおかしいッス!」

「……そう、ですね。確かに、春樹くんも最近は現場を離れて精神的な余裕が出てきたはず。……よし」

Aちゃんは、コトリとコーヒーカップを置いた。

「我々で、この『プロポーズ疑惑』の真偽を確かめましょう。もし本当に春樹くんがそらにプロポーズするつもりなら、会社を挙げて……いえ、YAGOOのポケットマネーで盛大に祝う準備をしなければなりませんから」

ここに、ホロライブ・トップシークレット部隊『指輪確認委員会』が結成されたのである。

### 第2章:潜入調査、そして見せつけられる『日常』

翌日の午後。

CTO室の分厚いマホガニー製のドアの隙間から、みこ、すいせい、フブキ、マリンの4人が、縦に重なるようにして中の様子を覗き込んでいた。(Aちゃんはトランシーバーで別室からモニタリングしている)。

「……どうにぇ? チーフ、指輪持ってるにぇ?」

「しっ、みこち声が大きいワ! ……ああっ、そら先輩が入ってきましたワ!」

CTO室に、ときのそらが現れた。

いつものように、小さなトレイにハーブティーと焼き菓子を乗せている。

「春樹、お疲れ様。休憩にして」

「……ああ。ちょうどコンパイルの待ち時間だ。サンキュ」

春樹はモニターから視線を外し、ソファへと移動する。そらも自然な動作でその隣——肩と肩が触れ合いそうなほどの至近距離——に腰を下ろした。

ドアの隙間から見守るスパイたちは、息を呑んだ。

『……ねえ、すいちゃん。あそこ、幅が2メートルある高級ソファだよね? なんであんなに密着して座ってるの? バグ?』

『フブキ、あれが通常運転なのよ。あの二人、自分たちのパーソナルスペースが完全に融合してることに気づいてないの』

「春樹、また前髪伸びてきたね。目にかかってるよ」

そらはハーブティーをカップに注ぎながら、極めて自然に手を伸ばし、春樹の前髪を指先で軽くすいて横に流した。

「……今週末、切ろうと思ってたんだがな。時間がなくて」

「もう。じゃあ私が切ってあげる。明日、お仕事終わったら私の家に来て。お夕飯、春樹の好きなハンバーグにしてあげるから」

「悪いな。……このクッキー、美味いな。そらが焼いたのか?」

「うん。春樹、最近糖分足りてない顔してたから。甘さ控えめにしてあるよ。あ、口の横にクッキーの粉ついてる」

そらが、自分の指先で春樹の口元の粉を拭い、そのままペロッと自分の口に入れた。

「「「(((……ッッッ!!!!)))」」」

ドアの外で、スパイ4人が声にならない悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。

『……応答せよ、そちらの状況はどうなっていますか?』

トランシーバーからAちゃんの声が響く。

『A、Aちゃん……ダメですワ。あいつら、もう結婚してますワ。婚姻届という紙切れが存在していないだけで、魂がとっくに籍を入れてますワ……!』

マリンが震える手でトランシーバーを握りしめる。

『船長、耐えるにぇ! 今、チーフが立ち上がったにぇ! デスクの引き出しから……何か、小さな箱を取り出したにぇ!』

みこの実況に、再び全員がドアの隙間に群がる。

春樹の手に握られていたのは、黒いベルベット生地の、小さなジュエリーボックスだった。

「……キタ!! 間違いない、指輪の箱だ!!」

すいせいがガッツポーズをする。

春樹は、少しだけ緊張したような面持ちで、ソファに座るそらの前に立った。

そらも、春樹のただならぬ雰囲気を察したのか、ハーブティーのカップをテーブルに置き、真っ直ぐに彼を見上げた。

「……そら。お前に、渡したいものがあるんだ」

春樹の声は、低く、少し震えていた。

ドアの外のギャラリーのテンションは、最高潮に達した。

「プロポーズだ! ついにプロポーズの言葉が来るぞ!」

「録音機回せ! 後でYAGOOに報告するんだ!」

「春樹……?」

そらのアイスブルーの瞳が、少しだけ大きく見開かれる。

春樹は、ゆっくりと片膝をつき(「ひえっ、王道スタイル!」とフブキが悶絶した)、そらの目の前で、パカッ、とその黒い箱を開けた。

「……そら。これを、受け取ってくれないか」

箱の中に鎮座していたのは、鈍く輝く銀色の——プラチナコーティングされた、美しい指輪だった。

「わあ……っ」

そらが、両手で口元を覆い、感極まったように声を漏らす。

「春樹、これ……」

「ああ。オレからの、気持ちだ。……お前がこれから先、どれだけ遠いステージへ行っても、オレがずっと、お前を守り続けるための」

完璧だ。

誰もがそう思った。あの技術バカのチーフが、ついに人間としての感情を爆発させ、愛する幼馴染に永遠を誓ったのだ。

スパイたちは感動のあまり、抱き合って涙を流し始めていた。

しかし。

次の瞬間、春樹の口から紡がれた言葉は、彼女たちの涙を一瞬にして蒸発させるものであった。

### 第3章:永遠の平行線、技術者の愛の形

「……この指輪には、最新の**極小バイオメトリクス・センサー**が内蔵されている」

「「「…………は?」」」

ドアの外で、スパイたちの動きがピタリと止まった。

春樹は、極めて真面目な——むしろ、かつてないほど熱のこもった「技術者の顔」で、ロマンチックに片膝をついたまま、熱弁を振るい始めたのだ。

「いいか、そら。来月の全体ライブ、お前は3曲連続で激しいダンスチューンを歌う。あのセットリストは、お前の心肺機能にかなりの負荷をかけるはずだ。オレはCTO室のモニターからお前を見守ることになるが……画面越しの顔色やトラッキングデータだけじゃ、お前の本当の疲労度を0.1秒単位で把握しきれない」

「……うん」

そらは、なぜか嬉しそうに頷いている。

「だから、この指輪を作った! 純チタン製で金属アレルギー対策も完璧だ。これを着けていれば、お前の心拍数、血中酸素濃度、皮膚温度、発汗量……あらゆる生体データが、暗号化されてダイレクトにオレのメインモニターに送信される!」

「……えっと、春樹? それってつまり……」

「そうだ!! お前がライブ中に限界を迎える前に、オレがこのデータを見て、ステージの空調設定から、スモークの噴射量、果てはイヤモニに流すオケのピッチまで、お前の体調に100%シンクロさせてシステム側で完全制御してやる!! ……オレは、お前の心臓の動きを、全てこの手で把握しておきたいんだ!!」

春樹は、顔を真っ赤にしながら、そらの手を握りしめ、その指輪を彼女の薬指(※生体データを取るのに一番血管の脈が測りやすいから、という理由でサイズを測っていた)にゆっくりと嵌めた。

「……これで、お前がどこにいても、オレはお前を感じられる。絶対にお前を、一人で倒れさせたりしない」

それは、紛れもなく春樹からの「愛の告白」であった。

だが、その愛のベクトルは、一般的な「ロマンチックなプロポーズ」とは180度違う方向……『究極のシステム管理による絶対的な保護』という、異常な方向に振り切れていた。

ドアの外のギャラリーたちは、言葉を失っていた。

「……どういう、ことッスか?」

いつの間にか合流していたスバルが、虚無の表情で呟く。

「つまりあれは……婚約指輪じゃなくて、『心拍数測れるすごい健康グッズ(特注)』ってことッスか?」

「そういう、ことになりますワね……。チーフの愛が重すぎて、物理的かつ電脳的な束縛の領域に入ってますワ……」

マリンが頭を抱える。

普通の女の子なら、こんな「24時間体調監視リング」を渡され、「お前の心臓の動きを全て把握したい」などとドヤ顔で言われたら、ドン引きして逃げ出すだろう。

しかし、指輪を贈られた側のときのそらは。

「……春樹っ」

ポロポロと、大粒の涙をこぼしていた。

「ありがとう……っ! 私、すっごく嬉しい!!」

「そら……泣くほどのことじゃ——」

「ううん! 春樹が、そこまで私のことを考えてくれて……私が安心して歌えるように、見えない鎖でぎゅって繋いでくれたんでしょ? ……春樹の魔法、本当に世界一だよっ!」

そらは、指輪の嵌った手を胸の前で大切そうに握りしめ、そのまま春樹の首に抱きついた。

「バカ……っ。これは魔法じゃなくて、ただのIoTデバイスだ。……でも、お前がそれで安心して歌えるなら、オレはいくらでもコードを書いてやる」

春樹も、照れくさそうにそらの背中に腕を回し、その頭を優しく撫でた。

極上のラブシーンだった。

夕日の差し込む役員室。抱き合う美男美女。左手の薬指に光る指輪。

どこをどう切り取っても、映画のポスターになるような完璧なプロポーズの構図である。

**(((……だけど、会話の内容が完全にマッドサイエンティストと被検体のそれなんだよ!!!!)))**

ドアの外のスパイたちは、全員で心の底からツッコミを入れた。

### 第4章:諦めの境地と、変わらない二人

数分後。

CTO室から、満足げな顔で二人が出てきた。

「あ、みんな! お疲れ様!」

そらが、ドアの外でなぜか全員で白目を剥いて倒れている(ように見える)ホロメンたちを見つけて、嬉しそうに駆け寄ってきた。

「見て見て! これ、春樹が作ってくれたの! これで私の心拍数、全部春樹のパソコンに届くんだよ! すごいでしょ!」

左手の薬指を自慢げに見せびらかすそら。その笑顔は、世界一のダイヤの指輪をもらった花嫁のように輝いている。

「……そ、そうだねぇ。そら先輩、すっごく嬉しそうだねぇ……」

フブキが、引きつった笑顔で返す。

「おいお前ら、あんまりそらにくっつくな。バイオセンサーの初期キャリブレーション中だから、ノイズが入るだろ」

後ろから歩いてきた春樹が、そらを庇うようにして前に出る。

「……チーフ」

すいせいが、死んだ魚のような目で春樹を見上げた。

「チーフはさ……その指輪渡す時、一瞬でも『そういう意味(プロポーズ)』を込めたの?」

「は? どういう意味だ?」

春樹は本気でキョトンとしている。

「これはただのウェアラブル・デバイスだぞ。生体データの取得アルゴリズム組むのに丸三日徹夜したんだ。……まあ、そらの指のサイズに完璧にフィットするように、チタンの削り出しには0.1ミリ単位でこだわったがな」

「……もういいですワ。この男に常識的なロマンを求めた私たちがバカでしたワ」

マリンが深くため息をつき、みこやスバルも「解散にぇ……」「お疲れ様ッス……」と力なく歩き去っていく。

「なんだあいつら? 疲れてるのか?」

春樹が不思議そうに首を傾げる。

「ふふっ、みんな、春樹の作ったすごい指輪に驚いてたんだよ、きっと」

そらが、春樹の腕にギュッと抱き着きながら笑う。

トランシーバー越しにその一部始終を聞いていたAちゃんは、深く、深く息を吐き出し、そっと電源を切った。

「……ええ、わかっていましたとも。あの二人が、そんな常識的なステップを踏むわけがないと」

結婚? プロポーズ?

そんな世俗的な契約は、彼らには必要ないのだ。

『アイドル』と『CTO』。光と、その光を支えるためのシステム。

彼らの魂は、互いの存在なしには稼働しないレベルで、すでに強固なネットワークで結びついているのである。

「……春樹、明日の夕飯、ハンバーグでいいんだよね?」

「ああ。ソースは和風おろしで頼む。……それと、オレの家の合鍵、前渡したやつ落としたかもしれない。お前の持ってるスペア、あとでコピーさせてくれ」

「もう、春樹はそそっかしいなぁ。わかった。一緒に帰ろ?」

夕闇の廊下を、手を繋ぎながら(※バイオセンサーの通信テストと称して)歩いていく二人。

その背中から漂う『熟年夫婦のオーラ』に、ホロライブの面々が「やっぱり早く籍入れろや!!」と理不尽な怒りを覚える日々は、どうやらまだまだ、永遠に続きそうであった。

 

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