ホロ  オリ   作:raian sinra

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**【第7話】 女神の背中を追う星々(ホロメンたちの観測)**

### Scene 1:午後8時48分・タレントラウンジの静寂と涙

カバー株式会社のオフィス階に設けられた、広大なタレント専用ラウンジ。

普段は収録の合間にホロメンたちが集まり、ゲームをしたり、お菓子を持ち寄って談笑したりと、学校の休み時間のような喧騒に包まれている場所だ。しかし、この瞬間ばかりは、ラウンジを支配するのは完全な「静寂」だった。

壁に設置された100インチの巨大な4Kモニター。

そこに映し出されているのは、ときのそらの周年記念ライブのクライマックス。

ラウンジに集まった十数名のホロライブメンバーたちは、息をするのも忘れたかのように、ただ画面の中の『光の海』を凝視していた。

「……そら、せんぱい……っ」

静寂を最初に破ったのは、モニターの最前列でクッションを抱きしめていた、さくらみこだった。

彼女の大きな瞳からは、ボロボロと大粒の涙が溢れ落ちている。桜色の髪を揺らし、しゃくりあげながら、画面の中で微笑むそらの姿から目を離せないでいた。

「ずるいにぇ……あんなの、あんなの……綺麗すぎるにぇ……!!」

「みこち、鼻水出てるよ。ほら、ティッシュ」

隣に座っていた白上フブキが、自身も目を赤くしながらティッシュ箱を差し出す。

しかし、みこはそれを受け取ることも忘れ、画面に向かって手を伸ばしていた。

「そら先輩の歌声が、光になってる……生きとるみたいに、そら先輩の周りを飛んどるにぇ……!」

「……ええ。本当に、魔法みたいです」

ソファの背もたれに寄りかかり、腕を組んでモニターを見つめていた宝鐘マリンが、普段の奔放なトーンを完全に消した、艶のある真剣な声で呟いた。

「ワタシたちも3Dのステージには何度も立たせてもらってますけど……次元が違います。ただのエフェクトじゃない。そら先輩の感情(パッション)が、そのままシステムと連動(シンクロ)してる。……チーフのやつ、裏でどれだけ変態的なプログラム組んだんですか、これ」

マリンの言葉に、周囲のメンバーも深く頷く。

彼女たちは自身が演者であるからこそ、今画面で起きている演出が、どれほどの技術的ハードルを越えて実現しているのかを、本能的に理解していた。

### Scene 2:技術と情熱の解析(アナライズ)

「これ、リアルタイム演算だよね……?」

少し離れたカウンター席で、タブレット端末を片手に配信のトラフィックデータを眺めていた獅白ぼたんが、信じられないものを見るような顔で呟いた。

「音声波形から特定の周波数だけを抽出して、それを数万のパーティクルの発光アルゴリズムに流し込んでる。しかも、トラッキングデータから手の座標だけをコリジョン(当たり判定)として独立させて、AIで群れを制御……? しかも遅延(レイテンシ)ゼロ?」

ぼたんはタブレットを机に置き、深々とため息をついた。

「……無理でしょ。今のメインサーバーのスペックでこれやったら、普通は描画がカクついて配信が落ちる。チーフのやつ、このライブのためだけに、グラボに直接計算投げる専用のコンピュートシェーダーをゼロから書き下ろしたな」

「えっ? ぼたんちゃん、それってすごいの?」

大空スバルが目を丸くして尋ねる。

「すごいどころじゃないよ、スバルちゃん。ハリウッド映画のCGチームが数ヶ月かけてレンダリングするような映像を、生放送で、しかも演者のアドリブに合わせて動かしてるんだよ。……控えめに言って、技術者の変態の極み」

「変態……! さすがチーフッス! やばいッスね!!」

スバルが興奮して声を上げる中、ソファの端で静かにモニターを見つめていた星街すいせいが、ふっと口角を上げた。

「……あいつ」

すいせいの瞳には、圧倒的なパフォーマンスを見せつけるそらへの羨望と、それを裏で構築した春樹への強烈な対抗心が燃え上がっていた。

「私のライブの演出の最適化を『徹夜でやる』って言ってた裏で、こんな化け物みたいなシステム組んでたの? ……ふふっ、やってくれるじゃない」

すいせいは自身のマイクを持つ手をぎゅっと握りしめた。

「これは負けてられないね。次の私のライブでは、星を降らせるどころか、銀河を創ってもらわないと割に合わない」

「すいちゃん、チーフが過労死しちゃうよ……」

雪花ラミィが青ざめた顔でツッコミを入れる。

「ラミィ、明日チーフのところへ差し入れ持っていこうかな……タッパーに栄養のあるお惣菜詰めて。あんなの、人間の寿命削って作ってるようなものだもの……」

「そうだね……」

常闇トワも、複雑な表情で頷いた。

「昨日、深夜にコーヒー持っていった時、あいつ完全にゾンビみたいな顔してたし。……でも、完成させたんだ。そら先輩の、あの夢を」

### Scene 3:始まりの3人(トライアングル)が遺したもの

モニターの中で、ライブが静かに終わりを告げようとしていた。

そらが、満天の光の中で、リスナーとスタッフ、そして『自慢の幼なじみ』に向けて、涙ながらに感謝の言葉を紡ぐ。

その言葉を聞いた瞬間、タレントラウンジは再び温かな静寂に包まれた。

「……エモいッスね」

スバルが、天井を見上げてぽつりとこぼした。

「そら先輩と、Aちゃんと、チーフ。あのお三方が、何もないゼロのところからホロライブを立ち上げて……今のこの途方もない景色まで辿り着いたんッスもんね」

「そうだな」

戌神ころねが、隣に座る猫又おかゆの肩に頭をこてんと乗せながら言った。

「うちらがこうして、毎日楽しくゲームしたり、みんなと笑い合えたりしとるのも……全部、そら先輩が道を切り拓いて、Aちゃんが守って、チーフが世界を作ってくれたからなんだよねぇ」

「うんうん。僕たち、本当にすごい人たちに守られてるんだね」

おかゆも、ころねの頭を優しく撫でながら微笑む。

ホロライブのタレントたちにとって、ときのそら、友人A、そしてチーフである■■春樹の三人は、単なる先輩や裏方スタッフという枠を越えた、絶対的な『基盤(ファウンデーション)』だった。

彼女たちが自由に暴れ回り、時に無茶をして、それでも絶対に墜落しないのは、この三人が作り上げた強固な『箱庭』があるからだ。

「……よし! ペコラも負けてられないぺこ!!」

しんみりとした空気を吹き飛ばすように、兎田ぺこらが勢いよく立ち上がった。

「そら先輩が光の女神なら、ペコラは爆発の女神になるぺこ! チーフに頼んで、コメントの数に連動してスタジオの裏山が物理演算でドカンッ!って吹き飛ぶシステムを作ってもらうぺこ!!」

「ぺこーら、それはただのテロリストにぇ」

みこが涙を拭きながらツッコミを入れると、ラウンジにドッと笑い声が響いた。

「吾輩も! 次の配信では、この角からレーザーを出して地球を真っ二つにする演出を頼むつもりだ!」

ラプラス・ダークネスがソファの上で仁王立ちになり、

「助手くん(こより)! 早速チーフに企画書を提出するのだ!」

「ええー!? 絶対Aちゃんに『予算がありません』って却下されますよぉ!」

博衣こよりが慌ててタブレットを隠す。

感動の涙はいつの間にか乾き、タレントラウンジはいつもの騒がしくも温かい、ホロライブらしい空気に包まれていた。

誰もが、胸の奥に熱い炎を宿していた。

トップを走る女神の背中を見て。そして、その女神を誰よりも輝かせる裏方の本気を見て。

「自分も、もっともっと輝きたい」という、純粋なアイドルの情熱が、メンバー全員に伝播していたのだ。

### Scene 4:帰還する英雄と、騒がしき家族たち

「――お疲れ様。同時接続、最終23万人。サーバーのドロップフレーム、ゼロだ。完全勝利だな」

ラウンジの扉が開き、低く、掠れた声が響いた。

全員が一斉に振り返る。

そこには、ボロボロに疲れ切った様子で、空のコーヒー缶を片手に持ったチーフ・■■春樹が立っていた。

ネクタイは緩められ、目の下には深いクマができている。しかし、その口元には、大仕事を成し遂げた技術者特有の、誇り高き笑みが浮かんでいた。

「あ、チーフ……」

みこが声を上げたのを皮切りに。

数秒の静寂の後、ラウンジにいたホロメンたちが、一斉に春樹の元へと殺到した。

「チーーーーーーーフッ!!!」

「うおっ!? な、なんだお前ら……!」

驚く春樹をよそに、スバルやフブキ、ころねたちがわちゃわちゃと春樹を取り囲む。

「最高だったッス! あの光の演出、マジで神だったッス!!」

「チーフ! 私の次の3Dライブでもアレやってください! お願いします!」

「お疲れ様にぇ……! チーフ、かっこよかったにぇ!!」

四方八方から飛んでくる賞賛の嵐と、物理的な体当たり(ハグ)に、春樹はよろけながらもなんとか踏みとどまった。

「おい、バカ、押すな! 俺は徹夜明けでHPが1なんだ! 物理演算がバグるだろ!」

「ふふっ。チーフ、お疲れ様」

すいせいが人混みを掻き分けて進み出て、春樹に冷えたスポーツドリンクのペットボトルを押し付けた。

「あのシステム、凄かった。……でも、私の時はもっと凄いことやってくれるんでしょ?」

挑戦的に微笑むすいせいに、春樹は苦笑してペットボトルを受け取った。

「……お前らは本当に、俺を過労死させる気か。Aに予算とスケジュールの承認を取ってから来い」

「チーフ、これ食べて栄養つけて!」

ラミィがどこからともなく取り出したタッパー(肉じゃが)を春樹の顔の前に突き出す。

「だから今は固形物は胃が受け付けないって……!」

「はいはい、みんなストップ。チーフが可哀想だからその辺にしてあげて」

マリンがパンパンと手を叩いて場を収めようとするが、メンバーの興奮は全く冷める気配がない。

わーわーと騒ぎ立てるホロメンたちの中心で、春樹はもみくちゃにされながらも、ふと顔を上げた。

ラウンジの巨大モニターには、ライブを終えて満面の笑みで手を振る、幼なじみの『ときのそら』が映っていた。

(……見ろよ、そら。お前が憧れた光は、こんなにも沢山の星に燃え移ってるぞ)

「おいスバル、背中叩くな! 痛い! ぺこら、俺のPCに謎のUSB挿そうとするな! みこ、泣きながら鼻水を俺のシャツで拭くな!!」

怒号を上げながらも、春樹の顔には、隠しきれない優しさと喜びが溢れていた。

この騒がしくて、手がかかって、どうしようもなく愛おしいタレントたち。

彼女たち全員が、春樹の守るべき『箱庭』の住人であり、共に世界を創る家族なのだ。

「……仕方ない。明日は、すいせいのシステム改修と、ぺこらの爆発ギミックのテスト環境構築か」

カバー株式会社の深い夜は、彼女たちの笑い声と共に、まだまだ終わる気配を見せなかった。

 

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