ヒカ碁の世界で緒方精次となったからには、打倒saiを掲げたい。   作:くま子

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第四話 佐為vs.洋行

 まっさらな盤上に、腕が伸ばされる。

 黒番の塔矢行洋が放った初手、小目。

 対する佐為は、ほとんど間を置かず、目外しを打った。

 さらに黒が対角へ高目を構えると、白は静かに右下の小目へ回る。

 

(先手を急がず、まずは隅を重んじるか……)

 

 右上隅、黒の一間高ガカリに対し、白は流行の変化には進まなかった。

 外へ向かう、今では滅多に見られない古い型。

 効率だけを求めるなら遠回りともいえる選択だったが、白の手には一切の淀みがない。

 

 続く布石も、手法は古い。

 だが、決して悪くはなかった。むしろ、恐ろしいほど隙なく整っている。

 だがどこか、今の流行から半歩ずれていた。

 

(新手?……いや、違う)

 

 行洋のなかで、静かに漂っていた違和感が、少しずつ輪郭を持ち始める。

 広がっていくのは、近年ではほとんど選ばれなくなった布石と定石だ。にもかかわらず、その一手一手にいささかの迷いも見られなかった。

 

 やがて、右辺で両者の石が触れ合う。

 黒が白模様へ肩ツキ気味に迫ると、その圧に対し、白は静かにコスんだ。

 柔らかく、それでいて一切の無駄がないその石筋を見た瞬間、行洋の目が細まった。

 

 ──秀策のコスミ。

 

 相手を責めながら、自らの形を崩さない。厚みを失わず、自然に先手を窺う一手。

 かつて一世を風靡した、古の呼吸そのものだった。

 

(古びた一手のはずが、なんと瑞々しい)

 

 行洋は内心で感嘆する。

 現代のプロにも、秀策を研究し、その譜を並べる者は五万といる。だが、そうして知識としてなぞり、再現された一手とは、決定的に血の通い方(・・・・・)が違っていた。

 

 一方、佐為は盤面を見つめながら、全身の神経を限界まで研ぎ澄ませていた。

 

(なんという速さ……)

 

 緒方との一局。

 あの時は、中盤へ入る前に流れを奪われた。

 厚みを築いている間に、別の場所で地を積み重ねられる。気づけば盤面全体の主導権を握られ、戦いを起こした時には、すでに差が生まれていた。

 

(ですが、この方は緒方殿ほど極端ではありません)

 

 追う形にはなる。

 それでも、盤上に広がる大局の思想は、確かに噛み合っていた。

 

 重くしすぎず、だが薄くもしない。

 厚みを保ったまま、石の速度を引き上げる。

 佐為は、かつての打ち回しを魂の軸に据えながらも、緒方戦の痛烈な教訓を糧にして、現代の呼吸を凄まじい速度で己の血肉へと変え始めていた。

 

 盤上に生じ始めた微細な、しかし決定的な変化に、観戦していた緒方はいち早く気づいていた。

 

(俺とアキラ君で三局。それだけで適応し始めるか)

 

 さすがは、ひと夏の間にネット碁だけで世界中のプロを震撼させた化け物だ。呆れを通り越して、背筋に冷たいものが走る。

 

 厚みを作るため、速度では劣る。

 本来なら、その遅れはどこかで綻びになるはずだ。

 だというのに、致命的には遅れていない。

 それどころか、気づけば要所には必ず白がいる。

 

 しかし、こういう凄まじい速度の成長というのは、物語の主人公だけの特権だろうに。

 まったく、とんでもない師匠がいたものだ。

 

 対局が始まる前、緒方は現代囲碁の結晶である名人有利と見ていた。だが、その冷静な見立てが、中盤を前にして早くも揺らぎ始めている。

 名人の打つ黒番は、どこまでも攻守に非の打ち所がない。現代プロの最高峰として完璧に主導権を握り、着実にリードを奪っている。

 だが、白が離されない。

 

 布石の時間が終わろうとしていた。

 形勢は黒有利。

 とはいえ、その差はわずかだった。

 

 

 

 

 

 

 中盤の入り口に立ち、行洋はひとつの確信を抱き始めていた。

 相手は、あえて現代の流行や最先端の定石を避けているのではない。

 

(知らないのだ。今の、最前線の研究を……)

 

 行洋はわずかに視線を上げ、正面に座る、まだ幼さの残る少年へ厳しい眼光を向けた。

 彼は、緒方の言葉を疑ってはいなかった。

 しかし同時に、腑に落ちて理解していたわけでもなかった。

 だが、今ならわかる。

 

(……確かに、この子はただ言われるがままに、石を置いているだけにすぎない)

 

 指し手は、別にいる。

 肌をチリチリと焼くような凄まじい気迫。悠久の時間を思わせる、極限まで練達された古典の打ち回し。そのどちらも、目の前の少年の内から滲み出るような代物では断じてなかった。

 知識の空白と、それを補って余りある圧倒的な地力。

 ならば、自分が今、盤を挟んで相対しているこの鬼は、一体何者なのか。

 行洋の指先が、黒石を強く挟み込む。

 その正体を暴き、引きずり出すために。行洋は現代の王者としてのすべてを懸け、盤上から五臓六腑を穿つような『問い』の一手を、真っ直ぐに突き立てようとしていた。

 

 互いに後回しにしていた左辺の片隅。

 広く余白を残していたその場所へ、黒がツケた。

 

 それを見て、佐為は手にした扇の先端を、そっと唇に当てた。

 形そのものには、見覚えがある。

 小目への高ガカリ。そこから始まる、互いに薄みを抱えたまま進む険しい変化。

 

(これは……)

 

 佐為の脳裏に、遠い遠い、盤面がよぎる。

 まだ虎次郎が若く、本因坊家の研究会で夜を徹して新型を並べていた頃。定石として名すら定まっていなかった、あまりに危うい、刃の上を歩くような打ち方。

 あまりに変化が多く、あまりに斬り合いになるため、好んで実戦で打つ者は少なかった。

 

 佐為は、記憶を辿りながら一手を打つ。

 似ている。確かに、あの夜に虎次郎と並べた石の骨格に。

 だが、決定的に違っていた。

 佐為の知る変化では、黒は外へ張る。白は一度それを受け、互いに厚みを作って戦う。それがあの時代の理だった。

 だが行洋の黒はそんな古き良き調和をあざ笑うかのように、佐為の白に対し、さらに踏み込んできた。

 

(薄い……あまりにも薄い!)

 

 いや、薄さを承知で打っている。

 かつて江戸の棋士であれば、石の調和と安全を重んじて絶対に避けたはずの苛烈な石運び。形を崩してでも、ただひたすらに速度と主導権を最優先して搦め手を抉ってくる。

 

(研究されている……!)

 

 佐為はそこで悟った。

 自分の知る原型が、百年以上の時をかけ、磨き上げられているのだと。

 危険だからこそ研究され。

 研究されたからこそ、さらに危険になっている。

 

 行洋は静かに白を見ていた。

 途中までの手運びは、流れるように自然だった。だが、ある分岐に差し掛かった瞬間から、白の手がぴたりと止まった。

 

(やはり知らないか)

 

 村正の妖刀。

 あまりに変化が多く、完全に読み切ることなど不可能に近い。

 だからこそ、現代のプロ棋士は数世代にわたる『研究』という名の精密な地図を手に、この暗闇の迷宮に挑む。かつては個人の感覚や直感で選ばれていた無数の分岐も、今や数手先まで徹底的に解剖され、地図として積み上げられている。

 だが、目の前の白には、おそらくその蓄積が根底から欠落している。

 

 佐為は、長く盤面を見つめ続けていた。

 知っている。だが、知らない。

 かつて虎次郎と共に弄んでいたあの幼い刃が、自分が盤上から遠ざかっていたその歳月の間に、恐ろしいまでの妖刀へと鍛え直されていたのだ。

 

(面白い……!)

 

 ふいに、佐為の胸が高鳴った。

 背筋を凍らせるほどに恐ろしい。だが、それ以上に、震えるほどに楽しかった。

 

 行洋の放った黒は軽く、鋭く、それでいて不思議なほど盤全体へと響いていた。

 局所だけを切り取れば、薄く、破綻しているようにすら見える異形の石運び。なのに、盤面全体で見渡せば、完璧なまでの均衡を保っている。

 

 佐為は閉じた扇を両手で包むように持つと、思考の海へと潜り始めた。

 たとえ時代が移り変わり、石の速度が変わろうとも、囲碁が囲碁である以上、根底にある理は今も昔も変わらない。盤上に渦巻く石たちの呼吸をただ正確に読み解き、泥を這ってでも、己が信じる最善の一手を求めるだけだ。

 

 数多に枝分かれする分岐。

 死活の、そのさらに先にある一手を求めて。

 

(……そこです!)

 

 今は、目先の戦いに拘る必要はない。

 この男の狙いは、妖刀の絡み合いそのものではなく、そこから派生する圧倒的な外勢をどう全局へ響かせるか。その思惑を、佐為は盤上の呼吸から鋭く感じ取っていた。

 ならば、敵が用意した罠の中で勝とうとしてはいけない。

 

 佐為は、迷いなく一子を捨てた。

 

 ヒカルの手を借りて、白石が静かに盤上へ置かれる。

 黒を追わない。切らない。

 ただ、黒の勢力が中央へ伸び切る形だけを封じる、地味な一着。

 しかしその瞬間、盤全体の均衡がガラリと変わった。

 

(そこへ打つか!)

 

 行洋の指先が、完全に静止していた。

 現代の最高峰たちが夜を徹して組み上げた、いかなる研究手順にも、この手は存在しない。

 だが、狂おしいほどに、理に適っていた。

 局地的な部分だけを切り取れば、白のわずかな損。しかし全局の視野で見渡せば、この一石は、黒がここから築くはずだった雄大な模様の拡大を、最も正確に削ぎ落としていたのだ。

 

 この相手は、現代定石を知らない。

 最新の地図を持たず、暗闇のなかを歩いている。

 それだというのに。

 囲碁という名の宇宙そのものを、あまりにも深く理解し尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 村正の妖刀。

 囲碁の歴史において『三大難解定石』のひとつに数えられ、いまだ完全な解明には至っていないとされる型だ。

 その凶悪な定石が、布石の段階をとうに越え、中盤に差しかかった盤上で動いた。

 周囲には、すでに無数の石がある。

 ただでさえ複雑な変化が、周囲の石と絡み合うことで爆発的に枝分かれし、無限の迷宮と化していく。己の師である名人の、あまりにも大胆不敵な仕掛けに、緒方は背中にじっとりと冷や汗を滲ませながら盤面を睨みつけていた。

 

(この配石で妖刀を回せば、失着が無くとも、一手緩んだだけで首が飛ぶぞ……!)

 

 読めない。

 いや、読みきれない。

 片隅から始まった戦いは左辺をあっという間に飲み込み、互いの意地と読みを巻き込みながら、盤全体へと拡大していた。

 

 応手は、小考を挟みながらも止まらず、着手が重なるたび、盤上の密度が加速度的に増していく。

 右辺の攻め合い。

 左辺の薄氷を踏むようなシノギ。

 そして、中央の黒模様と白地の壮絶なせめぎ合い。

 総合的には、黒優勢。

 現代囲碁特有の速度と効率が、じわじわと白を圧迫していた。

 

(足りない……)

 

 佐為は、手にした扇を握る指が白くなるほどに力を込め、燃えるような瞳で盤上を睨み据えた。

 

 苦悶とともに長考へと沈んだ佐為とは対照的に、行洋の読みはすでに収束図へ届いていた。

 中央は黒地としてまとまり、右辺も先手で収まる。左下に残る白の薄みも、最後はヨセで利かされるだけだ。

 白は確かに厚い。だが、その厚みを効率よく地へと換算できる場所は、もう盤上のどこにも残されていなかった。

 盤上全体を何度読み返しても、最後に1目半ほど黒が残る。

 派手な勝ちではない。

 だが、覆る形でもなかった。

 

 長い沈黙を破り、白が、右辺へ一子を置く。

 その一手は、行洋の精緻な読みの内側にあった。

 ゆえに彼は、自身の勝利をより確固たるものにするため、迷うことなく、完璧な手順でそこへ応じた。

 

 ──そのはずだった。

 

 黒に応じさせたその直後、中央に置かれた次なる白の一石が、洋行の指先を凍りつかせた。

 

「──っ⁉︎」

 

 その一石が持つ意味へ思考が追いついた瞬間、行洋の目が見開かれた。

 中央黒石が薄くなっていた。

 連動して、右辺との連絡も、わずかに揺らぐ。

 

(これで、中央の出入りが逆転する。ヨセて2目の損──いや、それだけではない!)

 

 その一石は、中央の出入りを逆転させるだけではなかった。

 行洋が終盤で利かすつもりだった左辺の薄みまで、いつの間にか働きを失わせていた。

 

 攻防の天秤が、たった二手の分岐の果てに、ひっくり返っていた。

 

(こんな手が……)

 

 盤上に並ぶ石の輪郭が、まるで違って見えた。

 今まで見えていなかった星座が、夜空に浮かび上がるように。

 

 長い沈黙の末、行洋は握っていた石を碁笥に戻した。

 応手は、まだある。だが、どれほど微細なヨセを尽くそうとも、勝ちは消えていた。

 白、半目勝ち。

 行洋は形勢の動かぬ盤面を見つめたまま、深く息を吐いた。

 

「……ありません」

『ありがとうございました』

 

 佐為は静かに一礼した。

 対局は終わった。しかし佐為の内心では、なおも塔矢行洋という現代の傑物への驚きと敬畏が、激しく渦巻いていた。

 

(なんと広く、なんと早い囲碁でしょう……)

 

 もしも、ほんの一手。ほんのわずかでも自分が読みを誤り、あるいは黒石の速度に臆していれば、中盤のあの激流のなかで一方的に押し切られていたのは自分の方だった。

 それほどの相手。これほどの棋士が、今の時代に生きている。

 恐ろしく……心震えるほどに愛おしい。

 

 行洋は、盤上の白石を見つめていた。

 始まりは古い布石だった。

 そこから広がったのは、悠久の時を思わせる、古典的な厚みの思想。

 それだというのに。最後の一手、あの輝きだけは、時代そのものを鮮やかに飛び越えていた。

 

「鬼の名を、教えてもらえるだろうか」

「……名は、藤原佐為」

 

 行洋の問いに答えたのは、打ち疲れてぐったりしているヒカルではなく、緒方だった。

 

「おおよそ千年前、内裏で帝の囲碁指南役を務めていたそうです」

「千年前?しかし、この棋風は……」

「鬼となった彼は、140年前、今と同じように、ひとりの子供に取り憑きます」

 

 行洋の手が、思わず口元を覆った。

 

「……まさか」

「その子供の名は、虎次郎。後の、本因坊秀策です」

 

 緒方の言葉を受け、行洋はヒカルの背後へ視線を向けた。

 やがて、その目を盤上へ戻す。

 しばらくの沈黙の後、ふっと頬を緩め──

 

「なるほど」

 

 そう、小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 進藤家近くの路地に真紅のRX-7が停車すると、ほとんど同時に助手席のドアが開き、ヒカルが転がり出るように飛び出した。

 

「っはぁぁぁぁぁ……」

 

 深呼吸を繰り返し、肺の空気を入れ替える。

 そんなヒカルに続き、緒方もどこかバツの悪そうな顔で車を降りた。

 

「狭い上にタバコ臭いとか最悪。ほんと、酔うかと思った」

「悪かった」

 

 行きはそれほど気にならなかった。

 だが帰りは、対局疲れもあったのだろう、車内に染みついた煙草の匂いが、ヒカルにはやけに強く感じられた。

 冬場ゆえ窓も開けられず、助手席でみるみる顔色を悪くしていくヒカルに、ここで吐いてくれるなよと、緒方まで青い顔でハンドルを握る羽目になった。

 

『大丈夫ですか?ヒカル』

「もう大丈夫。空気が不味かっただけだし」

 

 愛車の評価が散々すぎて、緒方は少し傷ついた。

 

「進藤……佐為は、大丈夫か?」

「うん?」

「満足して、成仏しかけてたりしないか?」

 

 緒方は、今の時期なら、たとえ佐為が塔矢行洋と打ったとしても、消えることはないと踏んでいた。

 だからこそ、今日の対局をセッティングしたのだ。

 だがそれは結局、緒方が2人の対局を見たいという欲から出た行動でしかなく、実際のところ、何の保証もない。

 

『成仏だなんて、している暇はありません!』

 

 佐為は闘志を燃やした目で、ブンブンと腕を振り回した。

 目の前でばっさばっさと翻る袖と、佐為のテンションの高さに、ヒカルは(しばらくうるさそうだな……)とげんなりする。

 

『今日、私が現世を離れていた間に、囲碁がどれほど深みを増したのか、つぶさに見ることが叶いました。これより、私はその高みへ手を伸ばさねばなりません。あぁ、なんと心躍ることでしょう!これからの日々が、楽しみで、楽しみで‼︎』

「──だってさ」

「元気そうで何よりだ」

 

 成仏しそうにないならそれで良し。

 緒方はトランクを開けると、ヒカルを手招きした。

 

「なに?先生」

 

 渡されたレジ袋いっぱいの菓子に、ヒカルの顔がぱっと輝く。

 

「いいの?」

「本当はバイト代を出したいところだが、小学生に現金を渡すわけにもいかないからな。いっぺんに食べるなよ?」

「わかってるって。サンキュー、先生!」

 

 嬉しそうに袋を覗き込むヒカルへ、緒方はもうひとつ、分厚いファイルを差し出した。

 

「なにコレ?」

「ここ数年のタイトル戦の棋譜だ」

 

 開かれたファイルの中には、黒と赤の数字で埋め尽くされた棋譜用紙が、何十枚も綴じられていた。

 佐為が、目を輝かせて覗き込む。

 

「幽霊は寝ないんだろう?暇を潰せるよう、寝る前に何枚か床に並べて、豆電球でも点けておいてやれ」

『なんと……』

 

 佐為は感動に打ち震えた。

 

『行洋殿のような名手に巡り合わせていただいただけでなく、このような心尽くしまで……。緒方殿には、どのように感謝を捧げればよいのか、言葉にできぬほどです!』

 

 扇を胸へ抱き締め、佐為は感極まったように涙を零した。

 その様子を伝え聞いた緒方は、苦笑するしかなかった。

 緒方としては、どうせ夜は暇だろうし、その時間を勉強に使え程度のつもりで持ってきたものだ。

 まるで宝物でも渡されたように感激されると、どうにも調子が狂う。

 

「ほんと泣き虫だな〜」

 

 いつまでも泣き止まない佐為に、ヒカルは呆れたように呟いた。

 

「平安貴族なんて、そんなもんだろ」

「そうなの?」

「花が散ったと泣き、月が綺麗だといって泣く。泣けない奴は雅を解さない無粋者。嘘泣き用の目薬まであったらしいぞ」

「へー」

 

 緒方の雑学に、ヒカルは感心したような声を漏らす。

 その横では、佐為がいまだに扇を握りしめたまま、涙を流し続けていた。

 




村正はロマン。

明日から1日1話21時投稿になります。
そして、以降の対局シーンは、書いてもワンシーンになります。
手札が同じになった高段者同士の頂上決戦なんて、素人に毛が生えた程度の棋力じゃ、想像できんよ……。
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