ハズレスキル『クリティカルヒット』は最強です ※ただしギャンブル好きに限る ~借金まみれのクズは違法探索者で成り上がる~   作:鏑木カヅキ

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クズ男、人生詰む

「シン……さん……逃げて」

 

 彼女が倒れたまま俺を見上げている。

 俺の最大にして最高のパートナー。

 だがそんな彼女の言葉を俺は無視する。

 

 逃げるだって? 仲間たちを置いて?

 そんなことするわけないだろ。俺はそこまでクズじゃない。

 なんてな。それは言い訳だ。実際俺は仲間のことよりも込み上げる感情に翻弄されていた。

 高揚感。

 生死を懸けて戦う興奮が俺を突き動かす。

 俺は笑っていた。だってそうだろ? こんな楽しいことは他にはない。

 さあ、もっと俺をヒリつかせてくれよ!

 

「キュアアアアアア!」

 

 耳をつんざく不快な高音が『深淵の邪神』の口腔から発せられた。

 SSSランクのダンジョンボスで、現状最強と言われているモンスターだ。

 骸骨ともゾンビとも言えそうな見目をしている邪悪の化身。見上げるほどの巨躯でボロボロの外套を身にまとっている姿はかろうじて人に近い存在であることを示している。

 だが所詮はモンスターだ。人間の敵だ。亜人とは違う。

 

「さぁて、行きますか!」

 

 無理やり声を張るも思わず嘔吐しそうになった。

 意識はまどろみ、筋肉は痙攣している。次の一撃が最後になるだろう。

 まったくサイコーだ。

 

 俺は深淵の邪神へと疾走する。地を蹴り飛び上がると俺の武器である短剣『デバイスナイフ』を振り下ろす。

 思考が加速すると、世界の動きが徐々に緩やかになっていく中、デバイスナイフの刀身が白銀色から緑色へと変化していく。

 最後の最後で緑。パチで言うと期待値5%程度だ。まったく俺らしい。

 

「引けぇーーーーーーッ!」

 

 喉を焼くほどの声量で俺は叫んだ。最後の最後、神への祈りではなく、自分の感情で運を引き寄せる、そんなありもしない幻想に縋るためギャンブラーは叫ぶ。

 短剣が深淵の邪神の頭部に触れる瞬間、世界は停止した。

 数秒に及ぶ無音が永遠にも感じられる。

 心臓の音だけが耳朶を震わせる。

 そうして起きた変化。

 視界が虹色で染まる。

 過剰な光量が生まれ、深淵の邪神を切り裂く斬撃は空間を埋め尽くす。

 手に伝わる振動。心地よい風。

 

 それは『クリティカルヒット』が発動した証拠だった。

 俺の最強のスキル。発動すればどんな相手でも一撃で倒せるスキルだ。

 心臓が高鳴り、上半身に熱が生まれ、脳が焼けるほどの快感が走る。

 幾度と経験してきた脳汁(ドーパミン)の分泌。

 気持ち良すぎる!

 ああ、この瞬間のために俺は生きている!

 まばゆい光の中、深淵の邪神が倒れていく。

 そして最後の最後に。

 けたたましい音が鳴り響いた。

 

   ●□●□●□

 

 ポキューン。

 先バレの音がパチンコ店内に響き渡る。間違いなく俺の遊技台から発せられた聞き慣れた電子音だった。この音が鳴った時点で大当たり確率は40%。

 引ける! 引ける確率だ!

 

 すでに万札を十枚投入し、最後の数十玉で訪れた好機。今日は運に見放されたのか、大当たり確率が319分の1であるミドルタイプのパチンコ台だというのに1500回転もハマってしまった。

 何度か大当たりしたがすべて偶数揃い。つまり単発。出玉300発だけ。ふざけんな。

 

 使っちゃいけない金にまで手を出してしまっている。

 家賃どころか食費にまで手を付けた。

 当然、貯金はゼロである。最近、バイトもクビになって収入もない。

 29歳でこれは終わっているという自覚はある。

 だから今日こそ勝ったら真面目に仕事しようと決意して、パチンコ店に足を運んだのだ。

 それだけの覚悟を持っているんだから、幸運の女神も俺に微笑んでくれるはずだよな!

 

「頼む頼む頼むって! 最近ずっと負け続けてんだって! そろそろツキが戻ってきてもいいだろうがっ! 神様仏様女神様天地神明あらゆる世界の神らしき存在! どうか頼むって! 俺を勝たせてくれって……っ!」

 

 ぶつぶつとつぶやくアラサーのおっさんである。隣の若者が俺を一瞥して顔をしかめた。きっと内心ではあんな大人にはならないようにしようと自戒したに違いない。

 そんなことはどうでもいい。俺は今日勝つんだ!

 

 ディスプレイを凝視する。赤いエフェクトと赤い文字が表示されている。

 パチンコでは主に色で大当たり期待度がわかる。

 期待度が低い順に下から白青緑紫赤金虹だ。

 遊技台の種類によって違ったり、メーカー固有の色もあったり、保留玉にはほかにも様々な形や色があることもある。だが大体の期待度は色でわかる。

 つまり多少は期待できる演出だがやや弱いという状態だ。このままじゃ外す。

 

『リーチ!』

 

 遊技台から人気キャラのメイドの声が響き渡る。

 数字は5だ。これが当たれば確率変動、つまり確変が確定である。

 奇数で大当たりすると大当たり確率が高確率になるゾーンに突入。ラッシュとかST(スペシャルタイム)とか言われている奴だ。

 現行機のパチンコの多くはこのゾーン経由で出玉を得る。

 一定回転数までほぼ無料で回せて、その間に大当たりを引き続ければまた回転数もリセットされる。

 つまりずっと高確率状態を継続できるのだ。

 継続確率は80%前後が多いが、これも遊技台によって変わる。

 

 ここで勝てなきゃ絶対に負ける。単発はもうやめてくれ!

 演出は続いている。縦回転を続けていた数字が高速回転し、画面が転換。敵キャラが出てくると再び赤いタイトルが出てきた。

 なんで金が出ないんだよ! 一個くらい出ろよ!

 と思ったら突然の画面がブラックアウト。最強リーチへと発展! 画面全体が金色に彩られ、けたたましく電子音が響き渡る。

 

 キタキタキタ! 絶対当たる! 大当たり確率90%越え! この演出が来てハズしたことはないぞ! ようやく運が向いてきた!

 

『おまえに何がわかる!』

『わかるさ。おまえが大馬鹿野郎ってことがな!』

 

 そうだ! その大馬鹿野郎をぶっ飛ばせ!!

 主人公キャラと作中最強キャラが対峙する。敵キャラを殴ろうとする直前で動きがスローになり、派手なエフェクトと共に画面にボタンが表示される。

 

『押せ!』

 

 がははははは! 勝ったぞ!!

 俺は勝ちを確信し、目の前のボタンを押した。

 ドン。

 ディスプレイは灰色に変わり、画面が割れる演出が入る。

 

 ハズレだ。

 

 ……………………………………………………は?

 は? はい? え? はずれ? はぁ!? なんではずれ!? 90%以上だぞ!? なんで10%引くんだよ!?

 どういう確率!?

 今まで外したことないんだが!?

 あ、い、いや、さすがにない。ありえない。これはあれだ。復活! そうに決まっている。

 外れたと思ったら当たるパターンだ。間違いない。

 

 通常画面に戻る。リーチ状態の数字がふわふわと動いている。まだ演出は続いている。ここで画面がぁブラックアウト……せずに数字が回転し始める。

 

 ハズレだ。

 

 ふっざけんなよ! マジでハズレてんじゃねぇか! おかしいだろ! 

 

 俺は怒りのあまり台を殴りそうになる。だがそれは直前で我慢した。

 ああ、そうだ俺は理性的な大人。

 たとえ1500回転ハマりから信頼度90%を外しても最後の一線は超えてはいけない。

 こ、ここ、超えてはいけない!

 

 なんせパチンコ台は一台数十万する高級品だからな。壊したら弁償&器物損壊罪。

 やらかした場合、高性能監視カメラとパチンコ依存による再びパチンコ店に来店してしまうという習慣で逃げることはできない。

 これは本当にあった話だ。

 そういう話は枚挙に暇がない。

 パチンカスとは恐ろしい生物である。

 俺はやってない。まだ。

 

 俺は振り上げた右手を落ち着かせるように、左手で強引に押さえつけた。

 くっ! まだ震えが止まらない。こんなに怒ったのは久しぶりだ。

 隣の若者が憐憫の視線を送ってきたが見ないふりをする。何見てんだよ!? と声を荒げてしまったら人間として終わりだからだ。

 いやもう終わってるか。

 そして最後の数十玉も打ち終わった。

 俺の全財産はすべてサンドに飲まれた。

 サンドとはお金を入れてメダルや玉と交換する貸出機のことだ。もうどうでもいいか。

 

 俺は茫然と天井を見上げた。

 視界の隅にデータカウンターに表示された遊技台の回転数がちらつく。

 1503回転。

 ふざけた数字だ。

 

 茫然としたまま立ち上がり、遊技台を離れた瞬間、よぼよぼの爺さんが俺の後に座った。

 力なく歩いていると背後からけたたましい音が鳴り響く。

 

 ピュイピピピピピピ! ピュイピピピピピピ!

 ナントカフラッシュだ。メーカーごとに名称が違うが内容はほぼ同じ。

 大当たり、確変確定演出である。

 

 ああああああああああああああああ! ふっざけんなああああああああ!

 俺は怒りに打ち震えながら勢いよくパチンコ店を出た。

 ふっざけてんじゃねぇぞ、クソが! どうなってんだ? ああ!?

 絶対に遠隔操作やってるだろ、この店!

 監視カメラで顔認証して、俺を負けさせたんだろ!?

 なんで俺の後に座った爺さんが数回転で当ててんだよ!

 明らかに確率おかしいだろうが!

 

 確率は偏る? 試行回数が多ければ収束する?

 だったらなんでここ数か月負けっぱなしなんだよ!

 偏るんなら勝ちに偏ってもおかしくないだろ!

 間違いない。この店はやってる(・・・・)。

 許せねぇ。レビューに書き込んでやる!

 

 俺はスマホを取り出し、ブラウザを開こうとした。

 

『ええ、探索者は夢のある仕事です』

 

 不意に聞こえた声に顔を上げる。

 パチンコ店正面の道路を挟んで反対側のビル、その上部にオーロラビジョンが見えた。

 映し出されていたのは話題の若き天才探索者の『最上アキラ』だった。

 

『最上さんは13歳で超レアスキルが開花し、有数の探索者学園に入学。最優秀の成績を残して最年少で探索者になり、僅か4年で最高ランクであるSSSに到達。現在、活躍中の探索者の中でもトップクラスの実力と名声を手に入れている方だと言われています。収入や名声、地位、肩書、実力に容姿端麗、頭脳明晰とあらゆるものを手にしていると思いますが、今後も探索者と活動していくのでしょうか?』

 

 

『はい。探索者は夢のある仕事ですから。もちろん、すでに多くを手にしてはいますが、それでも辞めるつもりはありません。日常では味わえない体験や功績。そして誰も見たことない未知の存在を目にして、財宝や遺物を手にすることができる。そんな仕事は他にありませんから』

 

 探索王子と呼ばれているだけあり、イケメンで高身長で声までカッコいい。まるで声優みたいな声だ。性格や育ちも良い上に実力まである。すべてを手にしている。まさに見本のような上級国民。

 俺とは違う。何も持たない。その上、性格まで終わっている。ギャンブルに手を染め、店のせいだと喚き散らし、挙句の果てに店のレビューを荒らそうとまでしている。

 醜悪だ。負け犬だ。なんも持っていやしない。

 俺の人生、一体なんなんだ……。

 

 自分の惨めさにただ俯くことしかできない。あんな輝いている人間を直視できるわけもなかった。天と地、月とスッポン、設定6とLだ。

 もう帰ろう。家賃も食費もないが、まだ家はあるのだから。

 そう思った時、突然肩が重くなった。誰かが肩を組んできたのだ。

 何事かと横を見ると同時にぎょっとしてしまう。

 

「甲斐(かい)シンくぅん。なぁにやってんのかなぁこんなところで」

 

 今、最も会いたくない人がそこにいた。

 皴一つない高級スーツを身に纏った、明らかにカタギじゃない顔立ちをした三十代の男性。額から頬にかけて大きな傷跡があり、より恐ろしさを強調している。

 一瞬にして体温が下がり、体が震え出した。

 

「く、くく、九頭竜(くずりゅう)さん」

 

 九頭竜は俺の肩に手を回して、がっちりと固定して離さない。

 いつの間にか九頭竜の舎弟二人まで、俺の正面に立っていた。

 逃げ場はない。逃げる素振りを見せるだけで、何をされるかわかったものじゃない。

 

「なぁ、甲斐くんよぉ。おまえ、自分の立場わかってんのかなぁ? 借金あるよね? 俺たちに。多額の借金がさぁ。いくらかわかってるよなぁ?」

「わ、わかってます……1500万くらい」

「2000万だよぉ! 利息分を合わせて2000万! わかる? 2000万つったらさぁ中古のマンションくらいなら買えちゃうよ? ちょっと駅から遠くて微妙に人気がなくて築年数40年くらいになるけど家が手に入るんだよぉ? そんくらいの額。それを俺らから借りてんだよ、おまえはさぁ?」

 

 肩に回されていた腕が、徐々に首を絞める形に変わっていく。万力のように抗えない力が込められていき、俺はされるがままに痛みに耐えた。喉が締まり、息をするのが困難になっていく。

 

「わ、わがっでばずぅ!」

「パチンコしておいてわかってるって言われてもなぁ? 誠意が見えないよなぁ? ってことで行こうか」

 

 有無を言わさず、九頭竜に引きずられて真っ黒な高級車に乗せられた。

 俺を挟んで左右に九頭竜と舎弟の一人が座っている。逃げ場はない。

 もう一人の舎弟が運転席に座り車を走らせ始めた。

 同時に絶望がこみ上げてくる。

 こんな展開は今までなかった。

 金を借りに行って、笑顔で貸してくれていたのに、最近は催促が厳しくなり、家にまで押し寄せて、怒鳴ったり、軽く小突かれたり、凄まれたり、脅迫されたりはした。

 だがこんな風に拉致されたことはない。

 

「おまえみたいなクズがさぁ、2000万も返せるわけないよな? それはおまえもわかってるだろぉ? 真面目に働いても精々手取り15万くらいの仕事しかない。専門的なスキルもない、学歴も職歴もない、努力もしない、継続もしない、その日暮らしの生活してたアラサーじゃあ、まともに稼げるわけねぇわな」

 

 いつの間にか全身に冷や汗をかいていた。心臓がうるさいくらいに鼓動し、手足が震え出す。

 俺は何をされるんだ?

 

 

「生命保険。借金する時に入ったよな? あれ、死亡事故だと大体2000万入るプランなんだわ。どういうことかわかるよねぇ?」

 

 やばい。多分これはやばい。殺されるかもしれない。

 嘘だろ? え? 俺、殺されるの?

 そんなの現実で起きるわけないよな!? 

 

 現実感がない中、俺は徐々に理解していく。

 いつの間にか俺はギリギリのところまで来ていたんだって。

 九頭竜が俺の頭を掴んで、強引に回転させた。

 九頭竜と目が合う。

 同じ人間とは思えないほどの威圧感と眼光に俺は身を竦ませる。

 真顔のまま目を見開き俺を睨んでいた九頭竜は、突然ニコッと笑った。

 

「でも、俺も鬼じゃない。いきなりそんな風にさ、不慮の事故とかが起きるなんてさ、望んじゃいないんだよ。穏便に全員が幸せになれる、そんな世界が良いだろ? だからさ、選択肢を提案したいんだ」

 

 九頭竜さんが指を三本立てる。

 

「一つ目は闇バイト。犯罪に加担して稼げばいいだけで楽だねぇ。ただこれは効率が悪いし、2000万は稼げない。間違いなく捕まるしね。二つ目は臓器売買。これも悪くないんだけどさ、抜いちゃうと日常生活に影響あるからさぁ、金稼ぎづらいよなぁ。売るのも面倒だし、全部抜いても2000万はちょっと厳しい。まあ第二候補だねぇ」

 

 恐ろしいことを淡々と述べている九頭竜に恐怖心が一層増していく。

 どれを選んでも地獄にしか思えない。

 

「で、最後。最も甲斐くんに合ってると思ってんだよねぇ。探索者になって金稼ぎ、やってみない?」

「た、探索者……ですか?」

「そう。ダンジョンの探索者。甲斐くんは昔、探索者志望だったんだよねぇ? だったらほら、夢が叶うわけだろ? 探索頑張れば借金も返せる。ウィンウィンの関係ってやつだろ?」

「あ、あのでも……探索者はスキルが使えないとなれないですし、俺はスキルが使えなくて挫折して……」

「ぐだぐだうるせぇぞ、借金野郎が。殺すぞ」

 

 地獄の底から聞こえるような低い声に俺は身を竦ませた。

 次の瞬間、首に鋭い痛みが走る。

 

 なんだ? 何をされた?

 狼狽する中、視界が徐々に曖昧になっていく。

 何か声が聞こえるが何を言っているかわからないまま、俺は意識を手放した。

 

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