ハズレスキル『クリティカルヒット』は最強です ※ただしギャンブル好きに限る ~借金まみれのクズは違法探索者で成り上がる~   作:鏑木カヅキ

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クズ男、ダンジョンに潜る

「うっ……」

 

 呻きながら緩慢に目を開けた。

 頭痛がひどくて顔をしかめる中、徐々に視界が明瞭になっていく。

 何が起こったんだ? 九頭竜に無理やり車に乗せられてそれから……。

 

 俺は慌ててあたりを見回した。ここは妙に古いコンクリートと木造の家屋に囲まれた空き地のようだ。奥まった場所には台座と奇妙な球体がある。

 俺は知っている。アレが何かを。

 ゲートギミックと呼ばれる、ダンジョンの出入り口を開閉する装置だ。

 嘘だろ!? 本当にスキルも持たない素人の俺にダンジョン探索させるつもりなのか!?

 

 ゲートギミックの横には小さなボロ小屋がある。

 空き地の入口付近には強面のヤクザらしい男が何人も立っていた。九頭竜の姿は見えない。小屋の中にいるのだろうか。

 

 空き地には俺以外にも一般人らしき人たちが数十人いた。俺よりも先にすでに目覚めていたらしく、会話をしている連中もいるようだ。

 サラリーマン風の中年男性、ヤンチャしてそうな若者、制服姿の女子高生……女子高生?

 なんでこんなところに女子高生が?

 恐らくだが俺と同じように借金や問題を抱えた奴らが集まっていると思うんだが、未成年がいる理由がわからない。彼女も借金を抱えているのか?

 

 それに彼女、どこかで見たような気がする。

 綺麗な黒髪ロングで、やや童顔だが明らかに整っている顔立ち。芯が強そうな瞳だが、今は不安からか弱弱しさを感じる。

 やや身長は低いながらも服の上からでもスタイルの良さがわかるほどに、女性独特の曲線がシルエットとして浮かび上がっている。

 全員が不安そうに辺りを見回している。

 その中の一人、ヤンキー崩れみたいな若い男がさっきの黒髪JKを見つけるとへらへらと笑い始めた。

 

「おいマジか。JKいるじゃん。 ってか有名エリート高校の制服じゃねぇか。なんで勝ち組のお嬢様がこんなところにいんの?」

 

 ヤンキー崩れが黒髪JKに話しかけながら近づく。

 肩を揺らしながら、前傾姿勢で歩いている。

 輩特有の歩法だ。相手を威圧しつつ小馬鹿にして、マウントを取る動物的な行動に他ならない。

 クズ界隈ではああいう奴はどこにでもいる。

 言っておくが俺はあんな奴とは違う。

 人様に迷惑をかけず、ただひっそりとギャンブルをしている善良なただのクズである。

 当然クズなので面倒事はごめんだ。

 俺は見て見ぬふりをして辺りを見回すことにした。

 

「ってかめちゃくちゃ可愛くね? ねえ、何したの君。こんなところに連れてこられて。もしかして借金? それともパパ活しすぎてヤクザもんに目をつけられた? ホス狂かな? 上流階級が犯罪するってパターンもあるかぁ」

「や、やめてください……!」

 

 嫌がる黒髪JKの手首をつかむヤンキー崩れ。

 相手の言葉なんてまったく聞いてない。

 自分の欲望だけに従っている。

 

「ねね? 名前は? 彼氏いる? ってかいてもどうでもいいけどさ。おい、逃げんなよ」

「い、痛い! 離して! だ、誰か……助けて……っ!」

 

 黒髪JKが周囲の人間に助けを求めるが、誰も目を合わせない。

 そりゃそうだろう。誰だって面倒事に巻き込まれたくない。

 そもそもヤンキー崩れに対抗できそうな人は少なそうだった。

 大抵は一般人らしき人。中には半グレっぽい奴らもいたが完全無視。

 俺も黒髪JKと目が合わないように必死で逸らしていた。

 

 横目で彼女を見ると絶望したように視線を落としていた。

 いや違う。あの顔は諦観だ。

 希望を持ち続けた人間の反応じゃない。

 あれは諦めることに慣れている人間の顔だ。 

 その姿が妙に胸を締め付けた。

 シンパシーじゃない。

 なぜか放っておけないとそう思ってしまっただけだ。

 

「そ、それくらいにしたらどうだ」

 

 無意識の内に口を開いていた。

 もはや後の祭り。それどころか俺はなぜか黒髪JKの真横に移動していた。

 無自覚、無意識だ。

 何をしちゃってんだ俺は。喧嘩なんてまともにしたこともないくせに。

 

「あ? なんだおっさん」

「お、俺はまだ29歳だから、おっさんじゃない」

「おっさんだろうが。出てくんなよキメェな。殺すぞ」

 

 ヤンキー崩れが顔をぐいっと近づけてくる。

 怖い。めちゃくちゃ怖い。

 ヤンキー漫画からそのまま出てきたみたいな顔をしている。

 不運と踊っちまいそうな顔だ。暴走族とかに入っているに違いない。

 

 借金取り、主に九頭竜に脅され、殴られ、詰められまくった経験があるせいでこういう輩は苦手だ。

 だが震えている女の子を無視することもできない。

 だから俺は叫んだ。

 

「殺すのは勘弁してくれ! この子も見逃してやってくれ!」

「うるせぇなてめぇ! ぶっ殺すぞ!」

 

 ヤンキー崩れは黒髪JKの手首を離すと、今度は俺の胸ぐらを掴む。

 

「ぐ、ぐるじぃ! やめろぉ! こんなことしてる場合じゃないだろ!」

「知るかボケ!」

 

 がっ。

 鈍い音が鼓膜に響くと同時に視界がぶれた。

 頬に鈍痛が生まれ、殴られたのだと気づく。

 

「オラオラオラ!」

 

 顔を数度殴られた。

 衝撃と共に視界が歪み、痛みが走る。

 最後の大ぶりのパンチを受けて、俺は後ろに倒れた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 黒髪JKが俺に駆け寄ろうとしたが、寸前でヤンキー崩れに腕を取られてしまう。

 

「そんな奴放っておいてさ、俺と仲良くしようぜ。なあ? あんた結構エロい体してんなぁ。いいねいいね、どうせまともな人生歩めないんだからさ、気持ちいいことしてクソみたいな現実忘れようぜ」

 

 強引に腕を引かれて、空き地の端へと連れていかれそうになる黒髪JK。

 俺は倒れたままヤンキー崩れの足を掴む。

 

「ちぃ! しつけぇなおっさん!」

「おっさんじゃない……俺は、まだ……若い!」

「マジで殺すわ」

 

 怒り心頭に発したヤンキー崩れは足を大きく持ち上げた。

 俺の頭蓋骨を踏み潰すつもりらしい。

 こいつ、頭がおかしいのか!?

 

「がっ!?」

 

 悲鳴が生まれた。

 俺からではなく、ヤンキーから。

 気付けばヤンキー崩れは横に吹き飛んでいた。

 見上げると九頭竜が立っていた。

 大声で情けなく叫び続けた成果はあったようだ。

 そう思ったのも束の間、九頭竜はヤンキー崩れをサッカーボールのように蹴り始めた。

 

「何を! してんだ! てめぇは! 俺の! 大事な! 商品を! 傷つけるつもりか!? この! ゴミが! クズが!」

 

 ごっ、ごっ。

 鈍い音だけが響き渡る。

 何度も何度も怒号を放つ度に蹴りを繰り出す。

 ヤンキー崩れの攻撃とはレベルが違う。

 一発が重く、鋭く、何より恐ろしい。相手を蹴るたびに恐怖を刻み付けている。

 

 怖い。恐い。強い。

 物のように人間を蹴る人間がいるのか。手加減もなく、情もない。

 明らかにやりすぎだ。

 周りの連中も凄惨な状況を見て、顔を青ざめさせていた。

 

 数分に及ぶ暴行でヤンキー崩れは気を失い、痙攣していた。

 危険な状態であることは一目でわかる。

 

「大事なスーツに血がついたじゃねぇか、クソガキが」

 

 九頭竜は忌々しそうにスーツについた血をハンカチで拭っていた。

 そして乱れた衣服を綺麗に整えながら顎をしゃくる。

 

「余計な真似するなよ。こいつみたいになりたくなけりゃな。こっちに集まれ」

 

 疑問なく誰もが素直に従う。

 生存本能が沈黙を選択したのだ。

 俺と黒髪JKも慌てて九頭竜の指示に従った。

 

「あ、あのありがとうございました」

「い、いや、別にたいしたことじゃないから」

 

 どもってしまった。

 最近、誰かにお礼なんて言われてなかったからな。

 29歳のおっさんが目を逸らしつつ、どもりながら返答するというキモのテンプレを見せつけてしまう。

 

 ちらっと横目で彼女を見た。

 やはりどこかで会った気がする。勘違いだろうか。

 彼女と不意に目が合うと、なぜか彼女の方が気まずそうに目を逸らした。

 ……そんなにキモかっただろうか。

 俺たちは九頭竜と舎弟たち、他の同業者っぽい人たち十数人と共にゲートギミック前に集まった。

 ヤンキー崩れだけは気絶したまま放置されていた。

 死んではいないようだが、彼の行く末はきっと明るいものではないだろう。

 

 ゲートギミックは複数の強化ガラスの箱の中に置かれており、カードスキャナーが備え付けられている。

 厳重なセキュリティだ。

 警備の男がカードを取り出し、ガラスの箱をいくつも開けてから、ゲートギミックに手をかざした。

 するとゲートギミックの後方に、横に長い四角形の空間の歪みが生まれた。

 歪みの奥には何も見えず、宇宙空間のように真っ暗で、内部は瞬く星のような光の粒が浮かんでは消えている。

 これがゲート。ダンジョン内に転移する現象だ。

 

「こいつは違法ダンジョンだ。てめぇらには今から『裏探索者』として攻略してもらう。安心しろ。探索管理本部も警察も邪魔はできねぇ。ここはあいつらの手が届く場所じゃねぇからなぁ。とにかくダンジョンを探索して50万以上のもんを持って帰れ。それが出来なけりゃ死んでもらうか、女は風呂に沈める。武器はそこの小屋にある。勝手に持って行け」

 

 言うだけ言って九頭竜や舎弟の二人は入り口付近のベンチに座ってしまった。

 他の同業者らしきスーツの人たちは九頭竜たちに一声かけるとどこかへ行ってしまう。

 マジか。それだけか。

 

 ダンジョン探索に必要な知識や技術、道具やサポートなんてものは存在しない。丸投げだ。俺はそれがどれだけ危険なことなのか知っている。一応、元探索志望者だからな。

 スキルなしで探索なんて無謀にもほどがある。常人がモンスターを倒すのは難しい。

 それに俺は長い間、探索者のトレーニングどころか、まともな運動もしてないのだ。

 

 だが逃げるのは無理そうだった。

 出入口は狭い路地一つだけ。そこの隣に九頭竜たちが見張っている。

 どうにかして逃げても外に九頭竜の仲間がいたら終わりだ。

 やはりダンジョン探索をするしかないのか。

 

 くそ! 無理だろ! 一般人が探索なんて!

 モンスターに殺されるか、罠にかかって死ぬかのどちらかになるに決まってる!

 どうする? どうすればいい!?

 

「や、やっぱり無理だ!」

「素人に探索なんてできるか!」

 

 五人の債務者たちが突如として叫びながら走り出した。

 九頭竜たちのいる出入口へと向かっている。強引に逃げ切るつもりか?

 九頭竜の横を素通りする瞬間、五人は糸の切れた人形のように倒れた。

 何が起こったのかわからなかった。だがすぐに状況を把握する。

 九頭竜の手にはドスが握られていた。

 

 倒れた人たちの首は綺麗に引き裂かれ、どす黒い血を垂れ流している。

 死んだ魚のようにパクパクと口を動かしているだけで、すでに意識はないようだった。

 死んでいる。殺された。あっという間に。

 

「勘違いするなよぉ? 探索は最後のチャンスだ。できなけりゃ死ぬだけ。何度も言っただろ? それとも殺されはしないと高を括ったのか? ああ?」

 

 すでに息絶えた死体の頭を踏みつける。

 倫理観も道徳もない。恐ろしいヤクザがそこにいた。

 最近のヤクザは生ぬるいとか、昔に比べて弱っているとか、実はいい人もいるとか、そんな風潮を勝手に事実だと思い込んでいた。そう信じたかった。

 ヤクザは怖い。まともな人間じゃない。

 身震いする。全身を粟立たせて、俺は現実を直視した。

 逃げるなんて、馬鹿な考えを持つべきじゃなかった。

 やるしかないんだ、俺は。探索するしかない。

 

「お、おいどけ! 俺が先だ!」

「てめぇ、殺すぞ!」

 

 殺された人たちを見て、その事実に気付いたのか、一人二人と慌てて小屋の中に入り出した。

 出遅れた。まずい。小屋にある武器を真っ先に確認するべきだった。

 数もわからないし、品質もわからないのに。

 急いで小屋に入るが、時すでに遅し。

 大半の武器は持っていかれており、残っていたのは短剣一つだけだった。

 

「……しかも錆びてるじゃないか。くそっ!」

 

 俺は嘆きながら短剣を腰から下げた。

 外に出ると他の連中は俺よりも高品質な武器を持っていることに気付く。

 黒髪JKは俺よりも出遅れてしまい、結局武器を手に入れられなかったようだ。

 ……彼女は生きては帰れないだろう。

 

「さっさと行け。遅れたら殺すぞぉ?」

 

 軽い口調で言い放つもその言葉には重みがあった。

 九頭竜の脅しもあって、俺たちは半ば強引にゲートの中へと入っていく。

 初めてのダンジョン探索が始まる。

 

 探索者になるのが夢だった。

 信頼できる仲間と探索して、徐々に強くなってお宝を手にして、ランクアップして、有名になって、最終的に伝説の探索者として名を馳せたかったんだ。

 こんな風に探索したかったわけじゃない。

 

 俺は違法探索者になってしまった。もう光り輝く夢のような探索者にはなれない。

 ああ、わかったよ。俺はそこまで落ちてしまったってことがな。

 クソクソクソが! やるしかない! こんなところで死んでたまるか!

 

「絶対に生きて帰ってやる……!」

 

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