ハズレスキル『クリティカルヒット』は最強です ※ただしギャンブル好きに限る ~借金まみれのクズは違法探索者で成り上がる~   作:鏑木カヅキ

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クズ男、戦闘に興じる

 ゴーレムの動きは緩慢だった。

 懐に入り、足を短剣で切りつける。

 しかし硬質なゴーレムの体には傷一つ付けられない。

 巨大な手が横から迫る。俺は飛び退いて回避。それを何度か繰り返した。

 やはり、クリティカルヒットは発動しない。

 今までスキルが発動することが多かったのは、やはりヒマリちゃんの力があったからなのか。

 彼女はいまだに黒い霧を生み出して、俯いたままだった。

 

「いつに! なったら! そのスキル! 発動! すんのさ!」

 

 ゴーレムの攻撃をかいくぐりながら叫ぶドーラ。

 回避系前衛アタッカーと言っていただけあって、かなり俊敏だ。

 だが小柄な上に膂力は低い。

 攻撃力は大したことはないだろう。

 防御力が異常に高いゴーレムとは相性が悪い。

 

「確率系スキルなんだから、俺がどうこうできるもんじゃないんだよ! それより、おまえのスキルはなんなんだよ!」

「もうとっくに使ってる! あたしのスキルは俊敏性強化だからね!」

 

 なるほど、確かにドーラの移動速度は尋常ではない。

 瞬時に加速し、減速し、ゴーレムを翻弄している姿を見れば明瞭だった。

 彼女の姿を視認するのは難しいレベルで加速している。

 しかしその間隔は短い。

 瞬きする程度の時間だけ加速しているようだった。

 使用には制限があるらしい。

 

「はあはあ! そ、そこのお花畑は何してんのさ! なんかスキル持ってんじゃないの!? その黒い霧っぽいのがそうでしょ!?」

「今までのことを考えると、たぶんあれは不幸を招くスキルじゃないかと思う! うお!? あぶねぇ!」

 

 会話に気を取られてしまい回避がわずかに遅れた。

 あと少し移動が遅かったら、ゴーレムの足に踏み潰されていただろう。

 

「き、聞いたことがないスキルだけど! そのスキルでなんかできないの!? も、もうそろそろ体力の限界――」

 

 言葉を言いきる前にドーラの姿が消えた。

 暴風と共に巨大なゴーレムの手が横切る。

 ドーラははるか彼方に吹き飛ばされていた。

 直撃はしていなかったはずだ。

 ほんの少し、ゴーレムの指先に触れただけで、あの威力。

 もろに食らったら彼女はバラバラになっていたかもしれない。

 

「ドーラ!」

 

 ドーラに振り返り叫んだ。しかしすぐにその場から横っ飛びする。

 

「グオォ、グオォ、グオォ!」

 

 ゴーレムが辺り構わず暴れ始めたのだ。さっきまでよりも回避難易度が上がった。

 

「ドーラ! 無事なのか!?」

 

 ドーラは動かない。致命傷を受けたのか。気絶しているのか。

 ヒマリちゃんは俯いて黒い霧を生み出している状態。

 パーティ三人の内、二人が戦闘不能だ。

 だが不思議と逃げようという考えは一切浮かばなかった。

 自分自身と金が何よりも大事だった。

 日々を費やし、ギャンブルに没頭して、他人を羨み、憎み、クズみたいな生活を送っていた俺が、まさか他人のために命を張ろうとするなんてな。

 死ぬかもしれない。

 そう思うのになぜだろうな。

 こんなに心が躍るのは。

 

「悪くない……ああ、悪くないな」

 

 むしろいい感じだ。

 人に胸を張れる行動をするってことは気持ちいいもんだ。

 これが自己肯定感って奴なんだろう。

 

「ゴオオォ!」

「おせぇ!」

 

 ゴーレムの攻撃を回避し続け、腰の入らない攻撃を入れる。

 

「かてぇ!」

 

 短剣の刀身が刃こぼれし始めている。

 刃物では硬質なモンスターには効果が薄い上に、武器が壊れるリスクが高い。

 だが他に武器はない。やるしかない。

 仲間二人は戦えず、俺自身の体力も減り続けている。

 手も足も、感覚が鈍くなっていく。乳酸が溜まっていることは間違いなかった。

 そんな中でも俺は笑った。

 

「はっ! いいねいいね、戦闘ってのは最高だな!」

 

 楽しい。こんなに楽しいことはない。

 負ければ全員が死ぬ。

 勝てば全員が助かり、大金を得られる。

 一か八かの戦い。

 命を賭けて、懸けた戦い。

 こんなことは日常生活では経験できない。

 

「脳汁止まんねぇな、おい!」

 

 脳汁(ドーパミン)と脳汁(アドレナリン)が溢れ続ける。 

 いつか来る、クリティカルヒットを今か今かと待ち続けている。

 回避、攻撃、回避、攻撃。

 言葉にすれば作業とさえ思える行動だ。

 しかし実際は一つ一つにリスクがある。

 一度でもミスれば俺は致命傷を負う。

 俺が死ねばヒマリちゃんもドーラも殺される。

 そう考えるだけで恐ろしくて、逃げ出したくなるのに、ワクワクが止まらない。

 

「悪いな二人とも……俺はどうしようもないクズだ……!」

 

 笑いながら言っているのだから救いようがない。

 自分だけじゃなく、仲間の命さえ賭けて大博打をしている。

 でも止められないんだ。

 心臓が激しく脈打って、頭が熱を持ち、頭痛さえ伴って、眼球が痛いほどに圧迫されている感覚に身を委ねて、時折感じる浮遊感を享受する。

 ギャンブラーならわかるはず。現実感の欠如と異常なほどの熱を。

 

「はははははは!」

 

 楽しい。楽しい! 楽しいぞッ!!

 真のギャンブラーは当たらないことさえ楽しんでしまう。

 芯から博徒であり、スリルを楽しむ気の触れた人間でもある。

 体の動きが鈍くなる。体力の限界は近い。

 肺が痛む。

 全身が軋む。

 でも動きは止めない。

 回避しなければ俺は死ぬ。

 攻撃しなければスキルは発動しない。

 だから止まるわけにはいかな――。

 

「が!?」

 

 頭蓋が軋んだ。

 ゴーレムの指が俺の視界を埋め尽くしたと思ったら、衝撃が走った。

 俺は空を飛んでいた。

 全身に感じる風圧。

 浮遊感を覚えたと思ったら、全身に激痛が走る。

 がっ、がっ、がっ。

 視界が横に流れる。同じ風景が三度見えた。

 人生で感じたことがないほどの痛苦。

 

「か……は……」

 

 呼吸ができない。

 背中を強かに打ってしまったようだ。

 全身が脈打ち、頬を液体が通る。頭から出血しているらしい。

 

「は……が……くっ……!」

 

 恐怖と共に浅い呼吸を繰り返す。

 少しずつ深く息ができるようになっていく。

 痛みはある。だが体は動く。

 俺は上半身を起こした。

 足は無事。

 腹も出血はない。

 額に痛みが走るが、触れても出血は少ない。

 

「ぎっ……!」

 

 右手に鋭い痛みが走った。

 人差し指が奇妙な形で曲がっている。折れているらしい。

 

「なんだよ……これじゃ……剣が握れねぇ、じゃねぇか……」

 

 せっかくの戦いが台無しだ。

 咄嗟に鞄から回復薬を取り出して飲み干した。

 しばらくすれば折れた指が治る可能性はある。だがすぐには無理だろう。

 振動が生まれた。

 ゴーレムがこちらにゆっくりと歩いてきていた。

 

「ゴォ……ゴォ!」

 

 勝ちを確信したのだろうか。

 奴の表情は汲み取れないが、慢心を抱いているように感じる。

 舐めてやがる。

 俺が怒りと共に立ち上がろうとした時。 

 

「……私の……せいで……私の……」

 

 声が聞こえた。

 振り向くと後ろにヒマリちゃんが立っていた。

 彼女は我を失ったままだった。黒い霧を生み出し続けている。

 そうだ。戦闘を楽しんでいる場合じゃない。

 せめて彼女だけでも逃がさなければ。

 俺はヒマリちゃんの肩を掴んだ。

 

「ヒマリちゃん、目を覚ませ! このままじゃみんな殺されるぞ……!」

「……私のせいで……殺される……」

「違う! 君のせいじゃない! なんでも自分のせいだと思うな!」

「私のせい……全部……私が……不幸だから……いつもそう……不幸なことばかりで……いいことなんて何もない……」

 

 ダメだ。まったく聞く耳を持ってくれない。

 スキルの弊害なのか、それとも精神に変調をきたしているのか。

 ゴーレムの足音がさらに近づく。

 俺はぐっと歯噛みして、再びヒマリちゃんに向き合う。

 

「不幸ばかり、いいことなんて何もないって……本当にそう思ってるのか!? 家族のこともそうなのか!? 妹さんが大事なんじゃないのか!? 母親の……リリとの日々は、不幸なことだけだったのか!?」

「……妹……お母さん……」

 

 ヒマリちゃんの目に感情の光が見えた。

 

「君は言った。借金を返して妹のもとに帰ると。妹が心配だと。そう言っていたじゃないか。君にも大切な存在はいる。それに……俺はヒマリちゃんと出会えてよかったと思ってる。ずっと腐った生活をしていたけど、君と再会して少しだけど前を向けるようになったんだ! 俺はダメな奴だ! でもヒマリちゃんがいるから頑張ろうって思えるようになったんだ!」

「シンさん……わ、私……」

 

 ヒマリちゃんの声に僅かに感情が戻った。

 だがまだ彼女の瞳は闇に染まっている。

 

「ヒマリちゃん、俺は……君を見捨てない。だから君も自分を見捨てないでくれ!」

 

 ヒマリちゃんがハッとして俺を見上げた。

 その瞬間、再びゴーレムの足音が聞こえた。

 振り返るともうすぐそこにゴーレムがいた。

 俺はゴーレムに振り返り、まだ無事な左手で短剣を握る。

 

「俺が時間を稼ぐ! ヒマリちゃんはドーラを連れて逃げてくれ!」

 

 咆哮しながらゴーレムへと疾走する。

 ドーラは小柄だ。ヒマリちゃんでも背負って移動は可能だろう。

 逃げる時間くらいは稼げるはず。

 一か八かの高揚感はまだ俺の中にあった。だが別の、異なる感情が芽生える。

 これはなんだろうな。

 ギャンブルの時に感じた脳汁(ドーパミン)とは違う別の感情。

 穏やかな気持ちで、それでいてやる気に満ち溢れている状態。

 こんな感情は久しぶりだ。

 

「よう、デカブツ。待たせたな」

「ゴオォォ!」

 

 俺の言葉を理解しているのか?

 それともただ憤っているだけか?

 呼応するように叫ぶゴーレム。

 不思議な感覚だ。

 こいつへの恐怖も怒りもほとんど感じなくなっていた。

 なんだろうな。これは。

 ただのモンスターだと思っていたのに。

 妙な親近感が生まれてしまった。

 俺が身構えるとゴーレムも身構える。

 

「そうか。おまえもそうなのか」

「ゴオオォ!」

 

 再びの呼応。いやこれは……返答?

 高揚。血沸き肉躍る。全身が粟立つ。総毛立つ。

 ダン。

 地を蹴る。

 ごぉん。

 ゴーレムが迫る。

 全身の血が滾る。

 

 だが。

 俺は熱を抑え、強引に思考の海へ飛び込む。

 さっきまでの戦い方では勝てない。

 じゃあどうする?

 変えろ。考えを。戦術を。

 避けて攻撃する。これは必要なことだ。

 だがそれだけじゃ足りない。

 

 暴風が現実を呼び寄せる。

 ゴーレムの巨大な拳が迫っていた。

 ごぉ。

 轟音。

 眼前に迫るそれを俺は凝視した。

 ギリギリまで引き付けて――。

 

「ここ!」

 

 そして弾けるように横に移動。

 視界がゆっくり動き、思考は加速する。

 違和感。あるいは直感。

 俺は無意識の内に短剣を横に振った。

 ギィィィィィン!

 腕から伝わる確かな手ごたえ。

 これだ!

 攻撃と回避を同時に行う。

 そして、相手の攻撃を利用する。

 

 『カウンター』。

 

 ゴーレムの拳に小さな傷が生まれた。

 効果あり。

 

「ゴオオォ!」

 

 ゴーレムが叫ぶ。まるで憤っているかのように。

 

「効いてるみたいだな。俺の攻撃が!」

「ゴオォ! ゴオォ!」

 

 ゴーレムは怒り狂いながら全身を振り回す。

 辺りを破壊しながら俺へと迫ってきた。

 ギィィィィィィン!

 再びのカウンター。

 すれ違いざまに短剣で薙ぎ払う。

 僅かなダメージ。

 だが確実に通用している。

 

「慣れてきたぜ!」

 

 ゴーレムの連打を俺は正確に読み、そして回避すると同時に剣を振るう。

 その練度は徐々に、だが確実に上がっていく。

 自分の体が思い通りに動く快感。

 巨躯の相手を翻弄している喜び。

 

「はははは! 面白ぇな! ……は!?」

 

 突如としてゴーレムが後方へ飛び退いた。

 巨躯のゴーレムが、だ。

 奴にとって俺は虫みたいなもののはず。

 それを脅威と認め、そして距離を取った。

 喜色が込み上がる。

 

「ゴオオォ!」

 

 ゴーレムは転がっていた岩を掴み、投擲。

 

「マジかよ!?」

 

 迫る巨岩と石礫。

 俺は横に大きく飛ぶ。

 足に石礫が当たるも、ダメージは極少。

 あいつも成長してるってことか?

 戦略を変えてくるなんて、思いもしなかった。

 カウンター対策ってことか。

 

「いいね、いいね、面白ぇよ、おまえ!」

「ゴオオオォ!」

 

 次々に飛んでくる岩石。

 回避しつつ、ゴーレムとの距離を詰める。

 接近したと同時にゴーレムの巨大な足が出迎えてくる。

 後方へ跳躍し回避。そしてまた中距離戦へ。

 

 次はどうする?

 次はどう来る?

 わくわくしながら俺は戦いに没頭していた。

 この時間をもっと長く楽しみたい。

 そう思った時。

 ガクッ。

 

「あ?」

 

 俺の足が言うことを聞かなくなる。

 そのせいで回避が僅かに遅れた。

 眼前にゴーレムの足が迫る。

 

「ちぃっ!」

 

 俺はバランスを崩しつつも横に転がった。

 眼前を通りすぎる轟音。

 ギリギリだった。

 そろそろ限界が近いらしい。

 

「残念だが、ここまでみたいだな……」

 

 時間稼ぎはした。

 それにゴーレムは俺に夢中で扉からかなり離れている。

 もう、扉から外に出られるはずだ。

 今の内に逃げろ、と叫ぼうと思いヒマリちゃんを見る。

 俺は驚愕した。

 彼女はドーラのそばに移動していたがドーラを背負ってはいなかった。

 代わりに彼女は弓を構えていた。

 攻撃するつもりか!?

 

 だが矢を射ってもゴーレムにダメージは入らないはず。

 逃げろと叫ぼうとした瞬間、ヒマリちゃんの顔が目に入る。

 憂いも迷いもなく、真剣な、それでいてまっすぐな瞳。

 まるで「信じて」と言っているようだった。

 根拠はなかった。

 だが俺は何も言わずにヒマリちゃんに背を向けて、ゴーレムと対峙した。

 

「ああ、信じる!」

 

 ゴーレムが俺に向かい拳を振るう。

 俺の頭上を矢が通る。

 ブオオオォ、キィン。

 矢からは膨大な黒い霧があふれ出すと同時に見たことのない紋章が一瞬だけ現れると黒く輝いた。

 ガギン。

 ゴーレムの拳に矢が刺さる。

 そこは俺が何度も執拗に攻撃していた場所だ。

 刹那、黒い霧がさらに溢れ、ゴーレムの体躯を覆った。

 矢の刺さった拳に小さなヒビが生まれていた。

 ヒマリちゃんの能力によるものか!?

 

「今です! シンさん!」

 

 俺は自らに迫るゴーレムの拳に向かって勢いよく踏み出す。

 そして。

 

「おまえとの戦い、楽しかったぞ、ゴーレム!」

 

 ゴーレムの拳のヒビに向かって、カウンターを繰り出した。

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