ハズレスキル『クリティカルヒット』は最強です ※ただしギャンブル好きに限る ~借金まみれのクズは違法探索者で成り上がる~ 作:鏑木カヅキ
ゴブリンたちの足音は徐々に遠くなっていく。
どうやら気づかれなかったようだ。
ゴブリンたちの姿が完全に見えなくなると俺たちは大きく息を吐いた。
ゴブリンは暗い洞窟に生息している分、目が悪い。
物陰に隠れれば見つかる可能性は低いのだ。
俺の目論見は上手くいった。
だが不意に再び音が聞こえた。
「ギャ? ギャギャ?」
ずだだ。
一体のゴブリンが戻ってきた。
なんでだよ! なんのきっかけもなかったはずなのに!
そこで俺はゴブリンの特性を再び思い出す。
確かに視力は低い。その分、聴覚もそれなりにしかない。
だが嗅覚、特に雌には敏感だ。
俺は思わず隣の黒髪JKを見た。彼女の香りに気付いたのか!?
「ギャギャギャ!」
ゴブリンが嬉しそうにしながら俺たちが隠れているくぼみに向かってくる。
俺は咄嗟に黒髪JKの手を握りながら、物陰から飛び出し、三叉路の右の道へと駆け出した。
足音が洞窟内に響き渡ると、通り過ぎたはずのゴブリンたちも戻ってくる。
ずだだだだ。
俺は肩越しに振り返った。
「おいおい! 冗談じゃねぇぞ!」
「ど、どんどん増えてます!」
ずだだだだだだだだだだだだだだだだだだ。
さらに途中で他の道から現れたゴブリンまで合流してしまう。
徐々に増えて最終的に十匹を超えた。
「多すぎだろ!」
戦って勝てる数じゃない!
まずいまずいまずい!
どうすればいい!?
「はあはあ」
黒髪JKの体力は限界が近い。明らかに移動速度が落ちている。
追い打ちをかけるように道が徐々に細くなっていく。
次から次へと問題が積み重なっていく。
俺は迷いながらも――。
「先に行け!」
俺は黒髪JKを先に行かせて、殿(しんがり)を務める。
狭くなっていく通路をかがんで進み、膝をついて進み、そして遂には腹ばいになって進まなくてはならなくなってしまう。
行き止まりだけは勘弁してくれよ!
「ギャアギャア!」
すぐ後ろからはゴブリンたちの声が聞こえた。
閉所恐怖症の人間ならパニックを起こしそうな状況だ。
目の前には黒髪JKの下半身が見えた。スカートのせいで露出した太ももと下着がモロに見えてしまう。
これは予想してなかった。本当だ!
「ひっ!?」
足首を誰かに掴まれた。ゴブリンだ。間違いない。
ゴブリンの方が小柄な分、狭い場所の移動速度は上だ。
「く、くそぉ! 離せっ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「いいから、先に行け! 早く!」
前を向いたまま声をかけてくる黒髪JKを俺は急かした。
振り返るスペースさえない状態。その上、俺は足を掴まれている。
前まで詰まったら何もできなくなる。
俺は必死にむちゃくちゃに足を振り回す。
狭い場所では大して効果はなく、後ろからは馬鹿にするようなゴブリンの声しか聞こえない。
「いぎっ!」
足に鋭い痛みが走った。
噛みつかれたか、それとも武器で刺されたか。
どちらにしても俺の理性を削るには十分な行動だった。
「や、やめろぉっ! くそぉっ! 離せっ! この化け物がっ!」
俺は半狂乱になりつつ、ゴブリンを全力で蹴りつける。
何も見えないが、とにかく奴らを引きはがすために必死だった。
ゴゴ。
一瞬、地面が振動した気がした。
僅かな逡巡。それは俺だけでなくゴブリンも同じだった。
戸惑いの中、奴の攻撃は止む。
そして。
地鳴りと共にけたたましい音が鳴り響くと同時に地面が跳ねた。
地震!? いや、地盤沈下か!?
「いやあああ!」
黒髪JKの悲鳴が響き渡る中、振動は徐々に激しくなる。
俺は思わず身を竦め、力の限り目を閉じた。
硬質な物体が引きちぎれる音、高重量の物体が崩れる音、そして、甲高い生物の悲鳴が聞こえる。
凄まじい恐怖が全身を襲った。
時間にして数十秒間、振動は続き、そして徐々に収まっていった。
「ごほごほ!」
耳鳴りがする。
目をゆっくりと開けると土埃が舞っていた。
体を捩って道の後方を見ると愕然とする。
道がなくなっている。
ゴブリンたちがいた場所が瓦礫で埋まっていた。
俺の足をゴブリンの手が握っている。だが肘から先がない。
どうやら崩落した天井に押し潰されたらしい。
足首に痛みは感じるが、問題なく動く。瓦礫に潰されてはいないらしい。
「嘘だろ……なんだよこれ……」
信じられない。こんな奇跡があるのか?
パチンコはまったく当たらないのに、こんな幸運に見舞われるなんて。
むしろ今まで運が下振れしていたから、その反動が来たのだろうか。
だとしたらありがとう、パチンコの神様! パチスロの女神様!
「な、何が起こったんですか?」
「よくわからないけど……もう大丈夫みたいだ。とにかく先へ進もう」
黒髪JKは戸惑っていた様子だったが、すぐに前へと進み始めた。
どこかへ出られるといいが。もしも行き止まりだったらと思うと怖気が走った。
しばらく進むとようやく開けた場所に出る。
助かった。生きた心地がしなかったぞ……。
そこは二十畳くらいの部屋だった。
モンスターはおらず、ヒカリゴケの幻想的な光だけがあった。
安堵した俺と黒髪JKは、自然と壁に体重をかけて座り込む。
息を整え、天井を見上げ、ただ五体満足であることを感謝した。
「ど、どうにか助かったみたいだ」
「は、はい……奇跡ですね」
ゴブリンたちの叫び声も債務者たちの怒号も聞こえない。
突然の静寂が訪れ、少しだけ気まずさを感じる。
そういえば逃げている最中、色々とまずいことをした気がする。
黒髪JKの手を握り、肢体を見てしまった。
日常生活でやっていたなら完全に「この人、痴漢です!」案件だ。
俺は捕まるだろう。
終わり。
さようならまともな人生。
「あ、あの」
黒髪JKがおずおずと声を出し、俺を上目遣いで見ていた。
俺の人生終わりですか!?
「ありがとうございました。おじ……兄さんのおかげで助かりました」
黒髪JKは突然立ち上がると綺麗なお辞儀を見せてくれた。
育ちが良いのだろうか、こんなに流れるようなお辞儀は初めて見たかもしれない。
とにかく訴えられるわけじゃないらしい。安堵した。
でもさ、おじ……は聞き逃さなかったよ俺。
確かに見た目、そこまで若くないけどさぁ!
複雑な思いはあったが感謝は素直に受け止めるべきだろう。
「いや、たまたまだから。気にしないでいい。そういえば自己紹介がまだだったな。俺は甲斐シン。君は?」
「あ、ごめんなさい、紹介が遅れました。私は岐(くなと)ヒマリです」
「岐……?」
珍しい苗字だ。そして俺はその苗字に聞き覚えがある。
遠い昔、親しかった年上の女の子の名前。
「岐リリって人を知ってるか? 俺よりも少し年上くらいなんだけど」
ヒマリちゃんは嬉しそうに声を弾ませた。
「やっぱり! 甲斐さんって母の幼馴染の甲斐さんだったんですね! 覚えてませんか? 幼い頃に一度会ったことがあるんですけど」
リリの娘? 昔、会ったような……。
リリが高校卒業した後、彼女は町を出てしまった。
それからしばらくして町に戻ってきたと思ったら子供がいたんだ。
ショックだった。
その時、俺はまだガキだったから余計に。
頭がついていかなくて、その時のことはあまり覚えていない。
だが子供がリリに似ていたことはおぼろげに思い出せる。
「そ、そうかあの時の。悪いな、忘れてた」
「いえ! 私も小さかったですし、そんなに覚えてなくて」
「リリは元気か?」
「……母は少し前に他界しました。過労で」
リリが死んだ?
え? 嘘だろ?
時折、彼女のことは思い出していた。
彼女が一度町に戻ってきてから、しばらくして俺も町を出たからそれ以降は会っていなかったけど、忘れたことはない。
俺の初恋の人だったからだ。
素敵な人だった。
年の離れた幼馴染だったけど仲が良くて一緒に遊んでいた。
いつも笑顔で、常に周りに人がいるような人だった。
そんな人だから常にモテモテだったし、数えきれないほどの男女問わず告白されたと聞いた。
そんな魅力的な人がなぜか俺と仲良くしてくれた。
彼女の顔を思い出すと、いまだに胸が締め付けられる。
「そう……だったのか……悪い」
「いえ、もう心の整理はできているので。お母さんから甲斐さんのことはよく聞いていました。なんていうかその……独特の世界観を持っていて、面白い人だったって。自己中でわがままで振り回されることも多かったけど楽しかったって」
「そうか」
リリは俺のことを覚えていた。
俺もリリのことを覚えていた。
けれど、俺たちは別の場所で生きていた。
きっとリリが生きていたとしても、彼女と交わる時間はなかっただろう。
だが数奇な運命と言えるのだろうか。
彼女の娘とこうして出会ってしまった。
社会の最底辺とも言える、こんな最悪の場所で。
なぜそんな未来が訪れてしまったんだ。
「今は……どうやって暮らしてるんだ?」
「妹と一緒に親戚の家でお世話になってます」
妹がいるのか。初耳だ。
リリが町に帰ってきた時には子供は一人しかいなかったと思うが。
その時にはまだ生まれてなかったのだろうか。
俺は再び口を開こうとして躊躇した。
黒髪JK……ヒマリちゃんの事情を聞こうとしたが、憚られたのだ。
幼い頃に一度会ったことがあるとはいえ他人同然だ。
無理に知るつもりはないし、知らない方がいいかもしれない。
事情を知れば、知らなかったでは済まされなくなるからだ。
俺はクズだ。だからあまり他人の事情に首を突っ込みたいとは思わない。
俺は立ち上がると肩越しにヒマリちゃんへと振り向く。
「じゃあ行こうか。ヒマリちゃん」
「は、はい。でも同行させてもらっていいんですか? 私、足手まといで……」
「俺はクズだけど、さすがに幼馴染の娘は放っておけないからな。見捨てたら人間以下のクズになっちまうからさ」
「あ、ありがとうございます」
「いいさ。俺に何ができるかわからないけど。ただのアラサーのおじさんだからな」
少し皮肉っぽく笑うと、ヒマリちゃんは恐縮したように俯いてしまう。
はい、バッドコミュニケーション。
選択肢を間違えました。
こういうことを言ったらリリの場合は笑ってツッコんできたものだが、どうやら性格が違うようだ。
見た目はかなり似ているが、快活なリリと違ってヒマリちゃんは少し大人しい性格なのだろうか。
……ってか、呼び方はヒマリちゃんでいいのか?
ちゃん付けとかキモイとか言われない? 大丈夫?
岐さんって呼んだ方がいいか?
おじさんヘイトないタイプって信じていいんですかね!?
若干不安になりながら、俺が歩を進めると、ヒマリちゃんが少し後ろに続いた。
足首は少し痛むが傷は浅いようだ。
どうやらゴブリンの爪が食い込んでいただけみたいだな。
しばらくすれば血は止まるだろう。
とにかく前に進むしかない。
ダンジョンで価値のあるものを持ち帰って脱出しなくては。
そのためには過去に学んだことをすべて思い出す必要がある。
でなければ殺される。俺もヒマリちゃんも。
俺は必死に記憶を探りながら、足を動かし続けた。