ハズレスキル『クリティカルヒット』は最強です ※ただしギャンブル好きに限る ~借金まみれのクズは違法探索者で成り上がる~ 作:鏑木カヅキ
金のゴブレットは瓦礫に潰されてしまったが、オークの角を二本手に入れた。
オークはダンジョンのボスであり、回収できる素材は価値が高い。
オークの角を何とか短剣で切り取ってから、出入り口の通路を塞いでいた瓦礫をどかして、俺たちはボス部屋を後にした。
幸いあばらは折れていなかったようだ。
痛みはあるがそれほど問題なく動けた。
不意にダンジョン全体が振動を始める。
「ま、また地震……?」
「いや、今度のは違う。ボス討伐後はしばらくしたらダンジョンが閉鎖されるからその振動だな。その前に脱出しよう」
リセット時にダンジョン内に残っていたら大変なことになる。
俺とヒマリちゃんは疲弊と怪我の痛みを感じつつも、急ぎ帰路についた。
帰り道は運よくモンスターと遭遇することはなかった。
ボロボロで満身創痍のままようやくゲート前まで戻った。
地面にはゴブリンたちに惨殺された債務者たちが倒れている。
生き残りは俺たちだけだったのだろうか。
不意に洞窟の壁に異変が起こる。
空間の歪みが生まれ、そこから外の様子が見えた。
九頭竜たちがゲートを開いたらしい。
外はすでに夕方になっていた。
結構な時間が経っていたみたいだ。
「予想外だ。まさかおまえたちが生き残るとはなぁ」
九頭竜が楽し気に笑いながら両手を広げた。
数十人が死んだというのにこの男は何も気にしてなんかいないのだ。
あるいは慣れているのだろうか。
九頭竜が目配せすると舎弟たちがダンジョンの中へと入っていく。
死体を処理するのだろうか。
正直、ダンジョンに来るまで実感も絶望感もなかった。
何とかなると思い込んでいたし、死にはしないと高を括っていた。
だけど何度も死に直面した。
殺されなかったのは奇跡だ。
複雑な感情が去来し、俺は唇を震わせた。
自分が何を考えているのか、どう感じているのか理解できない。
「よっぽど酷い目にあったんだなぁ? 可哀想に。だけどなぁ、自業自得だからなぁ? 借金なんてするもんじゃないって学んだだろ? まぁ、まだクリアじゃないけどな」
九頭竜が手のひらを見せてくる。
俺とヒマリちゃんは手に持っていたオークの角を九頭竜に渡した。
「オークの角か……へぇ、ボスを倒したのか。てっきり宝を持ち逃げしてくると思ったんだが、まあどっちでもいい。こいつの価値は一本につき50万。条件達成だ。おめでとう、よかったなぁ!」
九頭竜が嬉しそうにしながら俺とヒマリちゃんの肩をバンバンと叩いた。
そのまま勢いのまま肩に手を回してくる。
「せいぜい利息分にしかならねぇけどな。命拾いしたなぁ」
無感情の声音に俺は怖気を抱く。
今回は上手くいった。だが次はどうかわからない。
もしも条件をクリアできなければどうなるかは明白だ。
舎弟たちがダンジョンから死体の入った袋を運び出していた。
俺たちもああなっていたかもしれない。
そして今後、ああならない保証はどこにもない。
借金を返済しない限り、俺たちに自由はないのだから。
「おまえたちは今日から『裏探索者』だ。表の公的な有資格探索者とは違う無免許の違法探索者ってわけだな。今後はまっとうな生き方はできないぞぉ? お天道様の下を歩くことさえできない日陰者になる。違法ダンジョンを探索した時点で犯罪者だからなぁ。もちろん今夜あったことは外では他言無用だ。まあ漏らした時点でお縄だし、そもそも出られるとも限らねぇけどなぁ」
ニヤァと笑う九頭竜。
外に出られないって一体どういうことだ?
空き地の出口はすぐそこにあるのに。
「こいつをやる。受け取れ」
九頭竜が懐から取り出したのは二つの指輪だった。
通常の金属製の指輪と違って、ややごつごつしてデバイスっぽい。
機械に近い見た目だが厳密には違う。
見たことがある。
探索者御用達の『ステータスリング』だ。
ダンジョン内で発見された遺物をもとに作成された探索道具。
俺とヒマリちゃんは促されるがままにリングを中指にはめた。
すると眼前にホログラムによるディスプレイが表示される。
○名前:甲斐シン
〇年齢・性別:29歳 男性
○レベル:3
〇クラス:アタッカー
〇スキル:『クリティカルヒット』 319分の1の確率で攻撃のダメージが777倍になる。
〇スキル習得条件:クリティカルヒットを発動させる(319分の1を引くまで敵を攻撃する)
○借金:2000万 上限 3500万
レベルが二つも上がっている。
オークを倒したからな。体が少し軽いのはそのためだろう。
そしてスキル。やはり習得している。
クリティカルヒット……? ゲームとかで見るアレか。
一定確率で攻撃ダメージが倍増する奴だ。俺のスキルも同じような性能らしい。
借金まで表示されている。現在の借金額が2000万なのはわかるが……。
「借金の上限ってなんでしょう……?」
「上限に達した瞬間、問答無用で回収に入る。つまりゲームオーバーだ。これからおまえたちには違法ダンジョンで荒稼ぎしてもらう。ま、他にも稼ぎようはあるけどなぁ……馬鹿とガキには無理だろうさ。それと毎月月末に100万徴収される。利息分だ。返せなけりゃ借金が増えていくぞ。ああ、言い忘れたけどなぁ、これは今月の利息分として貰っておくからな」
九頭竜が後ろを通った舎弟にオークの角を渡した。
あれだけ苦労したのに利息で消えるなんて……嘘だろ。
命を懸けて手に入れたのが100万。これが多いのか少ないのかわからない。
いや、少ないだろ!
死にかけたんだぞこっちは!
某ギャンブル作品でも300万はあっただろうが!
「なんか不満そうだな?」
「い、いえ! そんなことは!」
「……おまえたちが死のうが生きようが俺たちには関係ねぇ。どうせ死体になれば金になる。臓器売買に加えて、生命保険まで貰えるからなぁ。ま、精々頑張りなぁ?」
九頭竜は背を向けてひらひらと手を振りながら立ち去ってしまった。
舎弟たちは死体をゲート外まで運ぶと俺たちを一瞥して、さっさとどこかへ行ってしまう。
残されたのは俺とヒマリちゃん、そして大量の死体袋。
……え? 放置?
ここまでしておいて、放置するのかよ!?
「……ど、どうしましょう」
「と、とにかくここを出ようか。一回、家に帰りたいし」
「そうですね……私も疲れました」
空き地を抜けると狭い路地に出た。
ここは一体、どこなんだろうか。
建物の感じからすると都内じゃないと思うが。
路地を抜けると視界が広がる。
そこは見たことがない大通りだった。
いや、違う。道だけじゃない。
「ど、どういうことだ?」
「な、なんですか……ここ」
俺とヒマリちゃんは同時に呆気にとられる。
薄汚れている服を着ている探索者らしき通行人が目に入る。
強面だったり、明らかに筋ものらしき人物もいて、全員が当たり前のように武器を装備している。
街中であるはずなのにだ。明らかに銃刀法違反だが警察は見当たらない。
それよりも注意を引いたのは。
「あ、あれって……亜人さん?」
街中に亜人が歩いている。当たり前のように。
獣人、翼人、竜人など。明らかに人間とは違う容姿をしている。
大半は武器防具を身に纏っていた。まさか彼らも探索者をしているのか?
亜人はダンジョン内に存在する知的生命体。
人間とコミュニケーションが取れるため、モンスターとは違い、味方になってくれることもある。
だが、こんな風に人間的な生活を営んでいるところは見たことがない。
いや、それ以前の問題だ。
「おかしい……亜人はダンジョン内にしか存在できないはずだぞ。なんで街にいるんだ?」
亜人は人間との交流が図れるほどに賢いが、所詮はダンジョンの生物。
つまりダンジョンからは出られないはずだ。
何が何だかわからないまま立ち尽くしている俺たちを、近くのホームレスらしき中年たちと行き交う探索者たちがジロジロ見つめている。
この場に居続けるのはまずいかもしれない。
俺もそうだが、特にヒマリちゃんが目立っている。
彼女は学校の制服を着ているからだ。
「と、とにかく歩こう」
「は、はい!」
俺たちは慌てて大通りを歩きだした。
空き地近くの建築物と同様に、町全体の建物の構造は妙に古臭く、雑だった。
ビルなんて一つもない。
昭和初期の日本の印象に近いだろうか。ほぼ木造建築だ。
汚い露店や路地に座っている乞食、明らかにやばそうな連中がそこかしこにいた。
完全なスラム街。海外の超凶悪犯罪がありそうな貧困街っぽい場所。
日本でさえ治安が悪い場所は避けていたのに、まさか自分がそんな場所に足を踏み入れてしまうなんて思いもしなかった。
どこなんだここは。
さっさと安全な場所に行きたい、と思った時。
「まぁてぇよぉ! そこのJK!」
ヤバい奴らに囲まれてしまった。
走って移動するべきだったか!?
「見ろよ、新人だぜ。めちゃくちゃ可愛いじゃねぇの!」
「や、やめてください!」
「やめてください、だってよぉ! かっわいいのなぁ! やめるわけねぇだろうが! ここは下層! 法律なんてありゃしねぇクズの巣窟よぉ! やりたい放題なんだぜぇ! ぎゃはははは!」
「う、ううう、うぅ、はあはあ、女子高生! 女子高生! ひ、久しぶりに見た……ひひひひっ、エロいなぁ、可愛いなぁ、触りたいなぁ、犯りたいなぁぁーーっ!!」
興奮した様子のやばい奴らがよだれを垂らしながらじりじりと滲みよってくる。
さっきまでモンスターと殺し合いをしていたと思ったら、今度は人間のクズと対峙しているなんて、もうめちゃくちゃだ!
俺なんて眼中にないのか、ヒマリちゃんへと迫る奴ら。
このままだとまずい。
俺は焦燥感の中、奴らの後ろを指さした。
「うわあああ! ヤクザだああああぁっ!」
俺は過剰に目を見開き、頬を痙攣させる。
迫真の演技である。
過去の体験をそのまま再現しているのだから真に迫っているはずだ。
「ひぃぃっ! ゆ、許してくださいぃ! もう少し返済は待ってくれぇ!」
やばい奴らは子供のように一斉に頭を抱えて、その場に蹲った。
どうやら奴らも俺と同じ債務者だったらしい。
一か八かの賭けだったが、当たったようだ。
「こっちだ!」
俺はヒマリちゃんの手を取り、一目散に逃げ出した。
大通りを走る俺たち。通りすがる連中は全員やばそうに見える。
「おい! 女子高生だぞ!」
「捕まえろ!」
嘘だろ、おい。トップアイドルを見つけた時みたいなテンションで追いかけてくる奴らが増えてしまう。
まともそうな人間は一人もいやしない。
遭遇する奴は全員悪人だ。
必死に走り続ける。
なんとか奴らを巻いて人気のない路地裏に逃げると、俺たちはようやく足を止めた。
「はあはあ! な、なんなんだここは。まともな人が一人もいないぞ!」
「み、みんな怖い……あんな目で見られたの初めてです」
血走ってたもんな。怖いよな。俺も怖いもんな。
どこに行ってもやばい奴らばかりだ。
ここから出るにはどうしたらいいんだよ!?
「ずいぶんとまぁ、人気者みたいだね」
不意に女の声が聞こえた。
路地の奥から誰かが歩いてくる。
俺はヒマリちゃんを守るように前へと踏み出す。
物陰から現れたのは一人の少女だった。
「あたしが安全な場所に案内してあげよっか?」
小柄で生意気そうな獣人の少女が含みのある笑みを浮かべていた。