転生勇者の再就職   作:三連九

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2-2 歴戦の剣

 本営への帰還は、昼前には完了した。

 

 老師は、事後処理でもあるのか、まだ村にとどまったままだ。

 

 本営に着くと、このまま順調にいけば王都・フィオルへは明朝の出立だと聞かされた。

 

 そう決まったらしい。

 

 王都では討伐軍の解隊式が盛大に行われ、どうやら“勇者一行”なるものも、そこでいったん解散となる。

 

 勇者一行。その言葉に、トウジはまだ妙なむず痒さを覚えていた。

 

 自分がその中に含まれていることに、どうにも実感がない。

 

 

 天幕の周囲では、兵たちが忙しなく動いている。

 

 荷物をまとめる者。馬の手入れをする者。夜営用の焚き木を積む者。武具の点検をする者。

 

 戦が終わった後特有の、妙に間の抜けた慌ただしさ。

 

 張り詰めていた糸が切れたような空気の中で、それでも手だけは止まらない。

 

 そんなざわめきの端に、オルドがいた。

 

 天幕の陰。

 

 腰を下ろし、大剣を膝の上に横たえている。

 

 大きな手に白い布。

 

 その布が、刃の上をゆっくりと滑っていた。

 

 傍らには、手入れ用の油壺が布に包まれて転がっている。

 

 近づいて初めて、その剣の傷がよく見えた。

 

 刀身のあちこちに刻まれた深い傷跡。

 

 魔物の牙を受けた跡か。

 

 甲殻を叩き割った痕か。

 

 無数の戦場をくぐってきたことが、一目でわかる。

 

 それでも折れずにいる。

 

 オルドの剣は、持ち主と同じく頑丈らしい。

 

 トウジが足を止めると、オルドは顔を上げないまま言った。

 

「座れよ」

 

 顎をしゃくる。

 

 油壺をぞんざいに脇へ避ける。

 

 トウジは黙って隣に腰を下ろした。

 

 しばらく、言葉はなかった。

 

 布が刃を滑る音。

 

 遠くから聞こえる兵士たちの掛け声。

 

 馬の嘶き。

 

 どこかで鍋の蓋が鳴る音。

 

 昼前の本営には、戦いとは違う種類の騒がしさが満ちていた。

 

「縮地」

 

 不意に、オルドが言った。

 

 トウジは顔を向ける。

 

「昨夜のやつ」

 

「……はい」

 

「初めて使ったって?」

 

「あれ、縮地って名前が付いてるんですね。気づいたら目の前に魔物で、ビックリしました」

 

 オルドの手が一瞬だけ止まる。

 

 すぐにまた、布が刃を撫で始めた。

 

「馬も」

 

「乗れちゃいましたね」

 

 トウジは苦笑した。

 

「乗ったこと、なかったはずなんですけど」

 

 言葉にしてから、自分でも妙な気分になる。

 

「なんか……体が覚えてた、みたいで」

 

「マジかよ」

 

 オルドが鼻を鳴らす。

 

 だが、トウジの胸の内には別の違和感が残っていた。

 

 覚えていた――違う。考えるより先に身体が動いていた。

 

 昨夜の戦いもそうだった。

 

「そういや、王都への帰り、馬貸してくれるらしいぞ」

 

「へぇ」

 

「その方が箔がついていいらしい」

 

「ここに来るときは徒歩でしたから、かなり出世しましたかね?」

 

「違いねぇ」

 

 二人して、へへへ、と少し品のない笑い声を漏らす。

 

 その軽さが、ありがたかった。

 

 少しだけ、胸の重さが薄れる。

 

 けれど。

 

「で、ありゃなんだ?」

 

 次の一言で、トウジの視線が落ちる。

 

 左腕。

 

「お前、あれが瘴気だったって、わかってる?」

 

「……みたいですね……」

 

「なんであんなことができる?」

 

「……わかりません」

 

 それしか言えなかった。

 

 わからない。

 

 本当に。

 

 「自分の中から溢れた黒い靄、までは覚えているんですが……」

 

 それが魔物の瘴気へ食らいつき、喰らい、飲み込んでいった。

 

 「……その後のことは……」

 

 ただ守りたかった。母娘を。あの場にいた全員を。

 

 ……それだけは、確かだ。

 

「ったくよぉ……途中、飛んでんのか」

 

 オルドが低く呟き、油を一滴、刃へ落とす。

 

 光を受けて、薄く艶が走った。

 

「……あの、オルドさん……」

 

「この剣な」

 

 トウジは言葉を飲み込んだ。

 

「戦場に出るようになったガキの頃から、ずーっとこの剣一本でやってきてるンだ」

 

 トウジは黙って聞く。

 

「巨人族だからってんじゃなくてよ、扱いが粗ぇからすぐ潰れると思ってた」

 

 鼻を鳴らす。

 

「他の奴らは何本も使い潰してんのによ。一体どういうことになってんだろうな?」

 

 そこで初めて、オルドが顔を上げた。

 

 傷だらけの、それでも整った顔。

 

 まっすぐにこちらを見ている。

 

「使い方……間違ってなきゃ、なんとかなんだよ」

 

 短い沈黙。

 

 その言葉が、胸の奥へ静かに沈んでいく。

 

 まるで剣の話ではないみたいだった。

 

 オルドはまた視線を落とし、刃を拭き続ける。

 

 トウジはしばらく何も言えなかった。

 

 胸の奥が詰まる。

 

 この人はどうして。

 

 言葉遣いは乱暴で。

 

 行動も豪快で。

 

 なのに、どうしてこんなにも優しいのか。

 

「……オルドさん」

 

「あ?」

 

「新しい剣、買ってあげましょうか?」

 

 オルドの手が止まった。

 

 まじまじとトウジを見る。

 

 その目に、わかってねーのか? と書いてある気がした。

 

 だが次の瞬間。

 

「王宮の宝物庫によ」

 

「はい?」

 

「技物の剣があるってよ。破邪の剣とかってすっげー有名なやつ」

 

 真顔だった。

 

「おめーがよ、『魔物首魁討伐の恩賞に賜りたい』っつーたら、くれんじゃねぇか?」

 

 しかもわざわざトウジの声真似付きだ。

 

 妙に似ていて腹が立つ。

 

「そんなことしたらエストに殺されますよ!」

 

「……だろーなぁ。へへへ、それは残念」

 

 オルドが笑う。

 

 低く、喉の奥で転がるような笑い声。

 

 それにつられて、トウジも笑ってしまう。

 

 さっきまでの重苦しさが、少しだけほどけた。

 

「オルドさん」

 

「ん?」

 

「その剣、いつまで持つんですかね?」

 

「んなこったぁ、わかんねぇよ」

 

「でも……間違いさえしなければ、これからもずーっと……」

 

 オルドの手が止まる。

 

 剣を立て、表と裏を検分する。

 

 陽の光が刃を細く走った。

 

「……ま、こんなもんか」

 

 そう独りごちて、新しい布を取り出し、剣を丁寧に包み始める。

 

 戦場では剥き出しで背負われる剣も、こうして休ませるときは驚くほど丁寧だ。

 

「よっしゃ。腹が減った、飯食おうや」

 

 立ち上がる。

 

 その大きな手が、トウジの腕を引き上げた。

 

 力強い。

 

 けれど優しい。

 

 そして、ぽん、と頭を軽く叩く。

 

「肩の力抜きな、トウジ」

 

 オルドは背を向けたまま言う。

 

「そんときゃそんときで、なんとかするさ」

 

 ぶっきらぼうな声。

 

 だが、その背中はどこまでも大きかった。

 

 真新しい布に包まれた剣を肩に担ぎ、さっさと歩き出す。

 

 その背を見つめながら、トウジは小さく息を吐いた。

 

 胸の奥にあった重さが、少しだけ軽くなる。

 

 なんとかなる。

 

 その言葉に根拠なんてない。

 

 でも、オルドが言うと、本当にそう思えてしまう。

 

 どこまでも不器用で、どこまでも優しい。

 

 大きな背中が、昼の陽の中でゆっくり揺れていた。

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