監察官のちょっと奇妙な冒険 作:プロメイア推しの人
なんでプロメイアさんがいないんだダァァァァ!!
黒枝ァァァァァァァ!!寿司を食えぇぇぇぇぇぇ!!!
これは、わたくしがまだ自分自身にとらわれていた時の話。
わたくしが、レールに囚われていた頃のお話。
過保護な両親。
これまでわたくしのために色々してくれた両親。
そんな二人が、大好きだった。
けれど、どこか胸につっかかる物があった。
初めて、自分の意思で護衛すらつけずに家を出た。
普通の女子からしたら、なんて事ない普通の出来事。
それでも、わたくしにとってはまごうことなき大冒険。
ショッピングをして。
一人で、気になっていたアクション映画を見て。
心の底から楽しかった。
それで、日が暮れる前には家へ帰るつもりだったのに。
「で?この可愛い嬢ちゃんは、どこの家んだ?」
「知らねぇよ!!てめぇで勝手に調べろ!!!」
「んん~!!!んんんん~!!!」
「黙れよガキがぁぁ!!!!」
まさか、こんな野蛮な奴らに捕まってしまうなんて。
でも、きっと大丈夫だ。
今でも、わたくしの両親は心配してくれている筈。
きっとすぐにこんなやつら倒してくれる。
そう、思っていた。
きっとすぐに助けが来る。
きっとお父様とお母様が、わたくしを見つけてくれる。
きっと、いつものように全部元通りになる。
だから、大丈夫。
そう自分に言い聞かせていた。
けれど、身体は正直だった。
手が震える。
喉が詰まる。
涙が勝手に滲んでくる。
口を塞がれているせいで、まともに声も出せない。
怖い。
怖い、怖い、怖い。
わたくしは、何をしているのだろう。
少しだけ外の世界を見てみたかっただけなのに。
自分の足で歩いて、自分の目で見て、自分の意思で何かを選んでみたかっただけなのに。
それだけで、こんなことになるなんて。
やっぱり、わたくしは外に出るべきではなかったのだろうか。
やっぱり、お父様とお母様の言う通りにしていればよかったのだろうか。
そう思った、その時だった。
「すみませーん」
場違いなほど明るい声が、倉庫の中に響いた。
「……あ?」
男たちが一斉に入口を見る。
わたくしも、涙で滲んだ視界のままそちらを見た。
そこに立っていたのは、一人の男性だった。
歳は、わたくしより多分高く見えて。大人に見えた。
両手をポケットに突っ込み、まるで道に迷って店員を探しているみたいな顔をしている。
「ここ、迷子センターで合ってます?」
「誰だてめぇ!!」
「違う感じっすね。すんません、じゃあ誘拐犯センター?」
「ぶっ殺すぞ!」
「うわ、治安わっる」
男性は、まったく怯えた様子もなく肩をすくめた。
何なのだろう、この人は。
助けに来てくれたのか。
それとも、ただの通りすがりなのか。
どちらにしても、危ない。
ここにいてはいけない。
わたくしは必死に首を横に振った。
来ないで。
逃げて。
そう伝えたかった。
けれど、男性はわたくしを見ると、にっと笑った。
「お嬢さん、大丈夫?」
「んんっ……!」
大丈夫なわけがない。
でも、その声を聞いた瞬間、ほんの少しだけ胸の奥が軽くなった。
不思議だった。
この人は、明らかに場違いなのに。
こんなにも危険な場所で、ふざけたことばかり言っているのに。
それでも、なぜか。
この人が来たから、もう大丈夫なのだと。
そう思ってしまった。
「おい、ガキ。てめぇ、何しに来た」
「いやぁ、そこのお嬢さんが困ってそうだったので」
「見りゃ分かんだろ。関係ねぇ奴は消えろ」
「関係ない、かぁ」
男性は少しだけ考えるように首を傾げた。
そして、真顔で言った。
「でも可愛い女の子が泣いてるんすよ?」
「は?」
「そこに俺がババッと登場!!あんたらみてぇな犯罪者も全員お縄!!それでハッピーエンドっしょ」
何を言ってるんだ、この人は。
「何言ってんだてめぇ………!」
男の一人が怒鳴り、男性へ殴りかかった。
危ない。
そう思った瞬間。
男性の両手が、ポケットから抜かれた。
そこには、普通の人間の手があって。
男の拳が届くより早く、男性は軽く腕を振った。
それだけだった。
それだけで、殴りかかった男は床を転がり、積まれていた木箱に突っ込んだ。
「はい、一名様ご案内~」
「なっ……!」
「て、てめぇ何者だ!」
男性はっ………と言った後、少しだけ胸を張った。
「俺はお節介焼きの、知能構造体………」
「嘘つけぇ!!」
「まあ細かい自己紹介はあとで」
男性は、わたくしをちらりと見る。
その目は、さっきまでのふざけた声とは少し違っていた。
優しかった。
「すぐ終わらせるから、待っててね」
その言葉だけで、また涙が出そうになった。
男たちが武器を構える。
「撃て!」
「効かないねぇ!機械だから!」
男性がそう言うと、人間の腕に見えていたものが、内側から赤い光を漏らしながら、無骨な機械の形へ変わっていく。
けど、大きく構えはしなかった。
右腕を大きく前に出して。
「新技だぜ。技名ないけど」
パチン
男性が指を鳴らすと、炎の線が空に走る。
それは、瞬く間に男達の中心に向かい。
「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」
大爆発を起こした。
でも、それはとても繊細で。
近くにいたわたくしには、ほんのり温かさだけがやってきた。
煙。
焦げた床。
転がる男たち。
けれど、不思議と怖くはなかった。
さっきまでわたくしを囲んでいた野蛮な男たちは、全員床に倒れている。
誰一人として立ち上がれない。
「よし。新技、成功」
男性は自分の右手を見ながら、満足げに頷いた。
「うーん、でも技名どうしよ。まったく………大佐はさぁ技名考えろや………指パッチン爆破……いやダサいな。炎線爆……? うわ、これもダサい。俺、ネーミングセンスやばいかも。やっぱマンガ家さんてすげぇな………」
この状況で、技名を考えている。
わたくしは、呆然と彼を見つめていた。
怖いはずなのに。
震えはまだ止まらないのに。
なぜか、少しだけ笑いそうになってしまう。
「さて」
男性は倒れた男たちを確認してから、こちらへ歩いてきた。
わたくしは思わず身を縮める。
けれど、彼は慌てたように両手を上げた。
「怖がらせたらごめんね。今、ほどくから」
そう言って、わたくしの口を塞いでいた布をそっと外してくれた。
手足の拘束も、乱暴ではなく、少しずつ確認しながらほどいていく。
自由になった瞬間、身体から力が抜けた。
「あっ……」
倒れかけたわたくしを、彼が慌てて支える。
「おっと。危ない危ない。大丈夫?」
「……えぇ」
声が、まだ震えていた。
「助けてくださり………感謝しますわ」
そう言うと、男性は少し照れくさそうに頬を掻いた。
「いやぁ、可愛い女の子が泣いてたから。これはもう助けるしかないなと」
「か、可愛い……」
「うん。めちゃくちゃ」
また、そんなことを平然と言う。
わたくしは頬が熱くなるのを感じた。
怖かったせいだ。
きっと、そうだ。
「えっと、名前聞いてもいい?」
「わたくしは……」
そこで、少しだけ背筋を伸ばす。
こういう時こそ、きちんと名乗らなければならない。
お父様とお母様に、そう教わってきた。
「ルシアーナ・オクシスィース・テオドロ・デ・モンテフィーノと申しますわ」
「るしあーな……お……くす……」
「……もう一回?」
「ルシアーナ・オクシスィース・テオドロ・デ・モンテフィーノです」
「るしあーな・おくしすぃーす・ておどろ…………」
「デ・モンテフィーノ」
「で・もんてふぃーの」
「はい」
「……」
彼は、真剣な顔で数秒黙った。
まるで人生の重大な選択を迫られているかのような顔だった。
そして、ぱん、と手を打つ。
「ルーシーで!」
「え?」
「長いから、ルーシーで!」
「ルーシー……」
初めて呼ばれた名だった。
家では、誰もわたくしをそんな風には呼ばない。
お父様もお母様も、使用人たちも、皆きちんと名前を呼ぶ。
ルシアーナ様。
お嬢様。
モンテフィーノ家のご令嬢。
そう呼ばれてきた。
けれど。
ルーシー。
その呼び名は、少し不思議だった。
軽くて。
近くて。
わたくしを、家名でも立場でもなく、一人の女の子として呼んでいるようで。
「……変ですわ」
「え、ダメだった?」
男性が少し焦った顔をする。
その顔がおかしくて、わたくしは小さく笑った。
「いいえ。嫌ではありません」
「じゃあルーシーで」
「はい」
「俺はフラマ。フラでもフラマでも、お好きにどぞ」
「では……フラマさん」
「うん。よろしく」
笑えた。
さっきまで、怖くて、怖くて仕方なかったのに。
この人と話していると、胸の奥の重たいものが少しずつほどけていく。
その時、遠くから車の音が聞こえた。
きっと、お父様たちの関係者だ。
わたくしを探している人たちかもしれない。
帰らなければならない。
分かっている。
こんな危険な目に遭ったのだ。
早く家に帰るべきだ。
わたくしは、倉庫の外へ続く扉を見た。
夕暮れの光が、そこから差し込んでいる。
このまま帰ったら。
わたくしの初めての冒険は、怖い記憶で終わってしまう。
誘拐されて。
泣いて。
助けられて。
そしてまた、家に戻る。
それでは、何も変わらない。
わたくしは、またレールの上に戻るだけだ。
「フラマさん」
「ん?」
「お願いがあります」
「何でもどうぞ。あ、でも借金の肩代わりとかは無理です。俺も金ないので」
「違います」
思わずまた笑ってしまった。
本当に、変な人。
「わたくしを……郊外へ連れて行ってくださいませんか?」
□
「これが、わたくしが郊外に来た理由ですわ」
「運命的だな~。最近の若い者は~」
「ルーシーを連れてきたのってフラマだったのか……」
「懐かしいな~。あの時のドレスのルーシーは可愛いかった~」
今日は懐かしのブレトンウッズまでやって来た。
ルーシーにパイパーにライト。シーザーとバーニスは急用だそうで。
「い、今は可愛くないん…ですの?」
ルーシーが、少しだけ不安そうにこちらを見る。
え。
何その顔。
待て待て待て。
急にそういう乙女みたいな顔しないで。恋しちゃうでしょうが!
「いやいやいや。今も可愛いに決まってるじゃん」
「っ……!」
ルーシーの顔が、分かりやすく赤くなった。
あれ。
俺なんか変なこと言った?
いや、聞かれたから答えただけなんですけど。
「昔のルーシーは、こう……守ってあげたくなる感じの可愛さだったけど、今のルーシーは自分の足で立ってる感じがして、かっこよさもある可愛さっていうか」
「か、かっこよさもある可愛さ……」
「相変わらずだな、お前は」
「褒めてる?」
「諦めてる」
「悲し」
パイパーはにやにやしながら、肘でルーシーをつついた。
「よかったなぁ、ルーシー。今も可愛いってさぁ」
「べ、別に!確認しただけですわ!昔の話ばかりされると、今のわたくしがどう見えているのか気になっただけで!」
「はいはい、そういうことにしとくよ~」
「パイパー!」
ルーシーが怒っている。
でも、耳まで赤い。
かわいい。
……いや、こういうのを口に出すとまた大変なことになる。
学習しろ俺。
俺は賢い。やればできる子。
「でも、あれだよな」
俺はブレトンウッズの景色を見渡した。
乾いた風。
広い空。
街とは違う、荒っぽくて、でも自由な空気。
「あの日、ルーシーがここに来たいって言った時、俺まあまあ焦ったんだよ」
「そうだったんですの?」
「そりゃそうでしょ。誘拐された直後のお嬢様が『郊外へ連れて行ってくださいませ』だぞ?普通に考えたら、俺の選択肢は『家に送る』一択だった」
「でも、連れてきてくださいましたわ」
「うん」
俺は少しだけ笑った。昔の自分を。
「ルーシーが、外の世界を怖いだけで終わらせたくないって顔してたから」
風が、彼女の髪を揺らす。
「そんな顔を……していましたの?」
「してた。俺は意外と人の顔を見る男なので」
「自分で言うと少し怪しいですわね」
「俺もそう思う」
「認めるんですのね」
そりゃ認める。
俺は自分の信用度を過信しない男。
なぜなら、俺が俺を見てもたまに信用できないから。
「でも、あの時のルーシーはちゃんと自分で選ぼうとしてた。怖くても、まだ進みたいって思ってた。だからまあ……俺も乗った」
「………感謝、しますわ」
「やめなさいよ照れくさい。俺は俺がしたいままにした。そんだけだよ」
「でもまぁ」
「ルーシーが今笑ってるなら、悪い選択じゃないって胸張れるかな」
「……あなたは、本当にずるいですわ」
「なんて?」
「何でもありませんの!!」
パイパーがくすくす笑う。
「フラマは分かってないなぁ~」
「何を?」
「それが分かってないってことだ~」
「禅問答?」
「恋問答かもねぇ」
「恋?」
俺が首を傾げると、ルーシーがすごい勢いで咳払いをした。
「こほん!パイパー、余計なことを言うんんじゃねぇですの!」
「はいはい~」
恋。
恋ってなんだ。
恋愛?
いやいやいや。
ルーシーが?
俺に?
ないないない。
俺の脳内の冷静な俺が、腕を組んで首を振っている。
しかし、脳内の男子高校生俺は「もしかして?」みたいな顔をしている。
黙れ男子高校生俺。お前はすぐ調子に乗る。
パイパーみたいな可愛い子が俺を好きな訳ないだろ。
俺は恋愛マンガでよくいるクソボケじゃないんだ。
「フラマ」
ライトが声をかけてきた。
「ん?」
「久しぶりに来たんだ。少し走っていくか?」
「いいけど………バイクなんてないぞ」
「それなら、わたくしの後ろに乗ればいいですわ」
ルーシーが、さらりと言った。
パイパーが「お~」と楽しそうに口笛を吹いた。
「ルーシー、いいのか?」
「構いませんわ。フラマには、昔わたくしを郊外へ連れてきていただきましたもの。今度は、わたくしが連れていく番ですわ」
そう言って、ルーシーは少し得意げに胸を張った。
かっこいい。
いや、普通にかっこいい。
昔のお嬢様どこ行った?
「じゃ、失礼して」
俺はルーシーの後ろに乗る。
その瞬間、ルーシーの肩がぴくりと跳ねた。
「……近いですわね」
「バイクの二人乗りってそういうものじゃ?」
「そ、それは分かっていますわ!」
「大丈夫?俺、重くない?」
「平気です。あなた一人くらい、問題ありませんわ」
「おお、頼もしい」
俺がそう言うと、ルーシーは少しだけ嬉しそうに笑った。
「では、しっかり掴まっていてくださいまし」
「どこに?」
「……こ、腰、ですわ」
「おっと」
急に難易度上げてきたな。
これはあれだ。男として試されている。
俺の中の紳士、出番だぞ。
俺はできるだけ慎重に、ルーシーの腰に手を回した。
「ひゃっ……」
「え、今のかわ――」
「何でもありませんわ!!」
「はい!」
ライトが呆れたように首を振る。
「落ちるなよ」
パイパーがにやにやしながら手を振った。
「いってらっしゃ~い、若い二人~」
「若い二人ではありませんわ!」
ルーシーはそう叫ぶと、勢いよくアクセルを回した。
乾いた風が、頬を叩く。
「うおおおお!?速っ!?」
「怖いですの?」
「いや!めっちゃ楽しい!!」
「では、もっと飛ばしますわ!」
「待ってそれは違う!」
ブレトンウッズの道を、俺たちは走り出した。
昔、俺が連れてきた場所を。
今度は、ルーシーに連れられて。