監察官のちょっと奇妙な冒険 作:プロメイア推しの人
貴様の過去編はどこにあるんだぁぁぁぁぁ!!
背中の傷はどうしたぁぁぁぁぁ!!!
「ゆ、羽………ほんとに出すんか?」
「当たり前でしょちなっちゃん!今日から活動開始なんだから!」
「うぅ………私もなんだか緊張してきちゃった………」
三人の小さな天使が、一つのパソコンを争うように眺めていた。
「それじゃ!投っ稿!」
黒髪の天使、南宮羽がエンターキーを打ち鳴らし、ついに彼女達の初回動画がネットの海に放たれた。
「ほ、ほんまに大丈夫なんか!?うちなんか変なミスなんてしてへん!?」
「わたしも音程間違えちゃったりしてないかな!?」
アップロードされたのは、千夏が作曲を手がけ、三人で踊り歌った初めての曲。
それらの価値を世界が、今この瞬間から査定する。
その事実に、アリアと千夏は冷や汗が止まらない。
ピコン
三人が固唾を飲んで、パソコンを見守る中。
一つの電子音が鳴った。
「お、キタキタ!」
羽はそれを喜々として開こうとし。
「アンチコメとかやないよな!?」
千夏はいらぬ心配を抱き。
「だ、大丈夫だよちなっちゃん!」
アリアはそれを宥めつつ、千夏の言葉に不安を抱きながら。
彼女達は、初めて届いたコメントを開いた。
《初投稿おめでとうございます!曲、すごく良かったです。妄想エンジェルって名前もかっこいい。応援します!ファン第一号、名乗っていいですか?》
「…………」
「…………」
「…………」
三人は、しばらく画面を見つめたまま動かなかった。
アンチコメントではなかった。
馬鹿にする言葉でも、冷やかしでもない。初めて届いた、外からの声。
「ふぁ、ファン……?」
千夏が、震える声で呟いた。
「第一号……って、うちらの……?」
「そう、だよね……」
アリアも画面を見つめたまま、そっと胸元に手を当てる。
「わたしたちのこと、応援するって……」
「ほら!」
羽が、二人の肩をぐいっと抱き寄せる。
「言ったでしょ!妄想エンジェルは絶対いけるって!」
「羽、手ぇ震えてるで」
「震えてない!」
「震えとる」
「武者震いだよ!」
「コメント一個で武者震いするリーダー、ちょっと嫌やなぁ……」
「ちなっちゃん!」
千夏はそう言いながらも、画面から目を離せなかった。
曲、すごく良かった。
その一文だけで、胸の奥がじんわり熱くなる。
自分の作った曲が。
三人で何度も練習した歌が。
誰かに届いた。
それが、まだ信じられなかった。
「へ、返信せな……!」
千夏が慌ててキーボードに手を伸ばす。
けれど、すぐに指が止まった。
「……な、なんて返したらええん?」
「えっと……ありがとうございます、かな?」
「それだけやと冷たくない!?でも長すぎたら重いやろ!?初コメに重すぎる女三人とか思われへん!?」
「思われないよ、ちなっちゃん……たぶん」
「たぶん!?」
「落ち着いて、二人とも」
羽が咳払いを一つする。
「ここはリーダーの僕が、妄想エンジェルらしく、ばしっと返すから」
「羽、さっきからずっとエンターキーの上に指置いとるけど大丈夫なん?」
「押さないから!」
「ほんまに?」
「押さないってば!」
結局、三人で画面に顔を寄せ合いながら、一文字ずつ確かめるように返信を打った。
《ありがとうございます!初めてのコメント、とっても嬉しいです。これからよろしくお願いします、ファン第一号さん!》
エンターキーを押し込む。
たったそれだけなのに、三人は同時に息を止めた。
まるで、デビューライブの幕が上がったように。
「……送っちゃった」
アリアがぽつりと言う。
「送ったな……」
千夏がごくりと喉を鳴らす。
羽は画面を見つめたまま、少しだけ笑った。
「うん。送った」
まだ再生数は少ない。
コメントも、今はこの一つだけ。
けれど、三人にはそれだけで十分だった。
「……うちらの歌、ちゃんと届いたんやな」
「うん」
アリアが小さく頷く。
「届いたんだね」
羽は拳を握った。
「だったら、次はもっといいの作ろ。ファン第一号さんが、次も見たいって思ってくれるように!」
「……せやな」
「うん……!」
まだ誰も知らない妄想エンジェル。
けれどその日、三人は初めて知った。
自分たちの声に、返事をしてくれる人がいるのだと。
□
「うぅ……あかん……全然メロディ出てこぉへん……」
千夏はカフェの端の席で、ノートに突っ伏しかけていた。
その時、隣から明るい声が聞こえる。
「すみません。そこ、空いてます?」
「えっ?あ、はい……どうぞ」
顔を上げると、見知らぬ男の人がいた。
どこか軽くて、明るくて。
でも、不思議と嫌な感じはしない人だった。
「ありがとうございます。いやぁ、報告書から逃げてたらここに着きまして」
「報告書……?」
「人類の敵です」
「そ、そんな強いもんなんか……?」
思わず笑ってしまった。
その人は、千夏のノートを見て目を丸くする。
「あ、曲作ってるんすか?」
「いや……えと、そんな大層なもんやなくて……」
「すご~。俺そういうの全然できないんで、普通に尊敬します」
「そ、尊敬なんてそんなん……うちなんて、まだ全然やし……」
「全然でも、作ろうとしてる時点ですごいと思いますけどね」
千夏の指が止まった。
その言い方が、どこか聞き覚えのある温度だった。
軽いのに。
ちゃんと、まっすぐ届いてくる感じが。
「……あの」
「はい?」
「も、もしかして……」
そこまで言って、千夏は慌てて首を振った。
「な、なんでもない!!」
「ん?そっすか」
「でも、ちょっとだけ曲が進みそうや!おおきに!」
「ならよかったです」
その人は、にっと笑った。
千夏はノートに視線を落とす。
たぶん。
いや、きっと。
この人が、あのファン第一号さんだ。
そんな確信が、千夏の胸には残っていた。
□
千夏がノートに音符を書き足していると、カフェの入口のベルが軽く鳴った。
「ちなっちゃーん!」
「あ、千夏ちゃん、いた……!」
聞き慣れた二つの声に、千夏は顔を上げる。
入口に立っていたのは、アリアと羽だった。
アリアは少し息を弾ませながら手を振っていて、羽はいつものように飄々した顔をしている。
「お、友達っすか?」
隣に座っていた男の人が、気軽にそう尋ねた。
千夏の心臓が、変な跳ね方をした。
「そ、そうや!友達!」
千夏は慌てて頷く。
「友達!ただの友達や!」
「ただのって付けると逆に怪しいっすね」
「怪しない!」
「ちなっちゃん、何してるの?」
羽が千夏の向かいに座りながら、男の人を見る。
「こんにちは!ちなっちゃんの知り合い?」
「さっき知り合ったばっかやけどな」
「どうも。報告書から逃げてきた者です」
「報告書から?」
アリアがきょとんとする。
「人類の敵なんすよ、あれ」
「そ、そうなんですか……?」
「信じなくてええよ、アリアちゃん。たぶん大げさに言うてるだけや」
「いや、大げさじゃないっす。報告書は文明が生み出した怪物です」
羽が目を輝かせた。
「いいね、その言い方!ちょっと歌詞っぽい!」
「え、そうっすか?」
「うん! “文明が生み出した怪物”って響き、けっこう強いよ!」
「羽、変なとこ拾わんといて」
千夏が慌てて突っ込む。
男の人は、羽を見て少し笑った。
「もしかして、そっちの子も曲とかやってるんすか?」
「まあね~」
羽は胸を張る。
「僕は歌うし踊るし、あと夢を見る担当だよん」
「夢を見る担当」
「そう!大事でしょ?」
「大事っすね。夢見ないと始まらないですし」
「分かってるね、君!」
羽が満足げに頷く。
千夏は内心で頭を抱えた。
「アリアさんは?」
男の人が今度はアリアを見る。
「えっ、わ、わたしですか?」
「はい。なんか、歌うまそうな雰囲気してるなって」
「ええっ!?」
アリアの顔が一瞬で赤くなる。
「そ、そんなことないです!まだ全然で……!」
「いや、声きれいだし。喋ってるだけでも分かりますよ」
「き、きれ……」
アリアは両手で頬を押さえた。
羽がにやにやする。
「アリアちゃん、褒められてるよ」
「羽ちゃん……!」
「いやぁ、でもほんとに。三人とも何か一緒に作ってそうな空気ありますよね」
男の人が何気なく言った。
千夏の肩がびくりと跳ねる。
羽も、アリアも、一瞬だけ動きを止めた。
「……そ、そう見える?」
羽が探るように聞く。
「見えますね。なんか、放課後に秘密基地で作戦会議してそう」
「秘密基地!」
羽がぱっと笑う。
「いいねそれ!僕たちの活動拠点、今日から秘密基地って呼ぼうよ」
「羽ちゃん、それはちょっと恥ずかしいかも……」
「えー、いいじゃん!」
「……活動?」
男の人が首を傾げる。
三人は同時に固まった。
千夏は心の中で叫んだ。
羽ぅぅぅぅぅぅ!!
「か、活動っていうか!」
羽が慌てて手を振る。
「その、えっと、青春活動!」
「青春活動」
「そう!青春は活動だから!」
「なるほど。深い」
「深くないで」
千夏が即座に切る。
男の人は特に疑う様子もなく、楽しそうに笑っていた。
気づいていない。
本当に気づいていない。
妄想エンジェルの名前も、動画のことも、目の前の三人と結びついていないらしい。
千夏は、ほっとしたような、少しだけ残念なような、不思議な気持ちになった。
「でも、いいっすね」
男の人が言う。
「三人で何かやってるのって、楽しそうで」
「楽しいよ!」
羽が即答する。
「大変だけどね。うまくいくか分からないし、誰にも見てもらえないかもしれないし。でも、三人ならやってみたいって思える」
その言葉に、アリアが小さく頷いた。
「うん……怖いけど、でも、届いたら嬉しいから」
「届いたら?」
男の人が聞き返す。
アリアは少しだけ迷ってから、柔らかく笑った。
「声とか、気持ちとか。そういうのが、誰かに」
男の人は、少しだけ真面目な顔になった。
「届きますよ」
「え……?」
「ちゃんと作ったものって、たぶんちゃんと届くんだと思います。すぐじゃなくても、一人でも。それで十分すごいことじゃないっすか」
その言葉に、三人は黙った。
千夏は、画面に表示された初めてのコメントを思い出す。
《曲、すごく良かったです。》
あの一文と、同じ温度だった。
アリアも、羽も、何かを感じ取ったのかもしれない。
けれど、男の人は何も知らない顔で、アイスコーヒーを一口飲んだ。
「いや、俺が偉そうに言うことじゃないんすけどね。俺は作る側じゃなくて、見る側なんで」
「見る側……」
羽が小さく呟く。
「じゃあさ、君はどういうの見たら、また見たいって思う?」
「え?」
「歌とか、動画とか、そういうの。見てる側の意見、聞きたい」
千夏の心臓がまた跳ねた。
「んー……」
男の人は少し考える。
「上手いのも大事だと思うんすけど、それより「この人たち、楽しそうだな」って思ったらまた見たくなりますね」
「楽しそう……」
「はい。あと、無理して完璧に見せるより、ちょっと不安そうでも、それでも頑張ってる感じがある方が応援したくなるというか」
アリアが、そっと胸元に手を当てた。
「……応援したくなる」
「まあ、俺個人の意見ですけど」
「ううん」
アリアは首を振った。
「すごく、嬉しい意見だと……思います」
「ならよかったです」
男の人は、にっと笑う。
その笑顔を見た瞬間、羽が何か言いかけた。
けれど、千夏が机の下でそっと羽の足をつつく。
羽は一瞬だけ千夏を見る。
千夏は小さく首を振った。
羽は少しだけ目を丸くして、それから、ふっと笑った。
「そっか。じゃあ、楽しそうにやるのが一番だね」
「だと思います」
「よし!」
羽が拳を握る。
「ちなっちゃん、アリアちゃん!次のやつ、もっと楽しくしよう!」
「ここで作戦会議始めんといて!」
「ご、ごめんね……!」
アリアが慌てる。
男の人は、そんな三人を見て、声を出して笑った。
「仲良いっすね」
「まあね!」
羽が胸を張る。
「僕たち、最強だから!」
「おや……?いやそんな訳ないか。いいっすね~そういうの」
「でしょ?」
「はい。なんか、応援したくなります」
その一言に、三人はまた黙った。
応援したくなる。
きっとこの人は知らない。
自分がもう、最初に応援してくれた人なのだと。
羽は、多分感づいている。アリアは、気づいていないかも。
そして本人は、もちろん気づいていない。
そのすれ違いが、なんだか少しだけくすぐったかった。
「じゃ、俺そろそろ戻ります」
男の人が席を立つ。
「報告書という怪物と戦わないと」
「勝てそう?」
羽が聞く。
「負け戦っすね」
「諦め早いなぁ」
千夏が笑う。
「でも、さっきよりはちょっと元気出ました。三人見てたら」
「え?」
アリアが目を瞬かせる。
男の人は軽く手を振った。
「なんか、頑張ってる人っていいなって思ったんで。俺も少しだけ頑張ります。ありがとうございました!」
そう言って、彼はカフェを出ていった。
扉のベルが鳴る。
その音が消えてから、羽がゆっくりと口を開いた。
「……ねえ、ちなっちゃん」
「な、なんや」
「あの人、いい人だね」
「……せやな」
「なんか、不思議だった」
アリアがぽつりと言う。
「初めてコメントをくれた人の言葉と、少し似てた気がする」
千夏は、ノートを見下ろした。
そこには、さっきまでなかったメロディが並んでいる。
「……気のせいやない?」
そう言った声は、少しだけ震えていた。
羽がじっと千夏を見る。
「ちなっちゃん?」
「なんでもない」
千夏はペンを握る。
「ただ、次の曲のサビ、決まった気がする」
「ほんと!?」
羽が身を乗り出す。
アリアも目を輝かせた。
「どんな感じ?」
千夏は、少しだけ笑った。
「誰かに届いた声が、またうちらを前に進ませてくれる曲」
「……いいね」
羽が小さく頷く。
「妄想エンジェルっぽいじゃん!」
「うん」
アリアも微笑む。
「きっと、また届くよ」
千夏はカフェの窓の外を見た。
もう男の人の姿はない。
けれど、胸の中にはちゃんと残っていた。
初めてのコメントも。
さっきの言葉も。
そして、まだ本人が知らないままの、小さな縁も。
「せやな」
千夏は新しい音符を書き足す。
「次も、届かせよ」
まだ誰も知らない妄想エンジェル。
けれどその日、三人は少しだけ知った。
自分たちの声は、きっと誰かを動かせる。
そして誰かの声もまた、自分たちを動かしてくれるのだと。