監察官のちょっと奇妙な冒険   作:プロメイア推しの人

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拾い拾われの関係

「……遅い」

 

ホワイトスター学会のなんかでかいホールに入った瞬間、冷たい声が飛んできた。

 

白い床。

白い壁。

白い照明。

 

なんだここ。

清潔感で人を殴るタイプの建物か?

俺みたいな庶民が入った瞬間、床の方から「靴底の汚れ、減点です」とか言われそうである。

やめろ。俺は監察官だぞ。

肩書きだけならまあまあ偉そうなんだぞ。

 

その中央に、少し小柄な少女が立っていた。

 

白衣。

片目を隠す前髪。

細い身体を支える、精巧な義肢。

そして、こちらを見上げる鋭い目。

 

「待ち合わせから四分二十二秒。監察官って、時間も守れないのね」

 

「久しぶり、ツイッギー!」

 

「久しぶりじゃない。私は今、あなたの遅刻を責めているの」

 

「受付で迷いまして」

 

「受付で迷う人間、初めて見たわ。いや、あなたが人間かどうかはまだ分類保留だけど」

 

「初手から分類問題」

 

「安心して。少なくとも、時間管理能力は欠陥品寄りね」

 

「辛辣ぅ!」

 

ツイッギーは端末を胸に抱えたまま、ふんと鼻を鳴らした。

 

けれど、声のわりに怒っている感じはしない。

 

いや、怒ってはいる。

でも、帰れとは言わない。

 

昔からそうだ。

ツイッギーは口ではぶっ刺してくる。

でも、刺したあとにちゃんと絆創膏を持ってくるタイプである。

 

いわゆるツンデレである。

素晴らしいよね。

人類が守るべき文化遺産の一つだと思う。

いや、ツイッギーはそんな事言ったら怒るだろうけど。

 

「それで?今日は何の用?報告書から逃げて、学会に亡命しに来たの?」

 

「半分正解」

 

「本当に半分正解なの、救いようがないわね」

 

「今回、旧防衛軍系の資料確認でホワイトスター学会に協力してもらうことになってさ。担当がツイッギーって聞いたから、俺が来た」

 

「……私が担当だから?」

 

「うん。ツイッギーなら安心だし」

 

ツイッギーは一瞬だけ黙った。

それから、彼女は端末で顔を隠すようにしながら言った。

 

「そういうこと、軽く言わないで」

 

「え?」

 

「何でもない。あなたの頭に説明するだけリソースの無駄」

 

「ひどい」

 

「でも合ってる」

 

合ってないと思う。

 

たぶん。

 

いや、合ってるかもしれん。

俺の頭、たまに処理落ちするし。

報告書を見ると特に。

 

 

 

 

資料室は静かだった。

 

壁一面の端末。

高い棚に並んだ記録媒体。

空調の音だけが、薄く響いている。

 

なんというか、賢い人間が集まる場所って感じがする。

俺が長居したら知能指数の平均値を下げてしまうのでは?

すみませんね。俺、熱量と勢いで生きてるタイプなので。

 

ツイッギーは机の上に資料を投影した。

 

古い防衛軍の識別番号。

廃棄された計画名。

消されたはずのクローン管理記録。

 

それらを見た瞬間、ツイッギーの表情が少しだけ固くなる。

 

「……嫌な文字列ね」

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃないなら、あなたが代わりに読むの?」

 

「読みま~す」

 

「あなた、三行目で眠くなるでしょ」

 

「否定しきれない」

 

悲しい。

俺は今、信頼と実績に基づいて馬鹿扱いされている。

否定材料がないのが一番悲しい。

 

「なら座っていて。優しいゴミ拾いさん」

 

その呼び方に、俺は少しだけ瞬きをした。

 

「まだそれ言うんだな」

 

「嫌?」

 

「いや。ツイッギーがそう呼ぶなら別に」

 

「……そう」

 

ツイッギーは画面を見たまま、少しだけ声を落とす。

 

「褒めてるわけじゃないから」

 

「分かってる分かってる」

 

「分かってない顔ね」

 

「俺の顔そんな分かりやすい?」

 

「単純だから」

 

「ひどいちゃむ………」

 

「でも、分かりやすいのは悪いことばかりじゃないわ。あなたが嘘をつく時、すぐ分かるもの」

 

「それって俺が不利じゃない?」

 

「私には有利」

 

「なるほど」

 

何がなるほどなのかは分からない。

だが、こういう時はとりあえず頷いておくのが社会人の知恵である。

 

監察官ライフハックその一。

分からない時は一度「なるほど」と言え。

なお、後で詰められる可能性はある。

 

ツイッギーは淡々と資料をめくる。

けれど、指先だけが少し震えていた。

俺は黙って、それを見ないふりをした。

 

こういう時、何か聞けばいいのかもしれない。

でもツイッギーは、聞かれたくないことほど強く噛みつく。

 

小型犬か?

いや、違う。

噛む力がエグいので、分類としてはもっと危険生物である。

可愛いけど。

だから俺は、あえて別のことを言った。

 

「白衣、似合ってる」

 

ツイッギーの指が止まる。

 

「……今、それを言う必要がある?」

 

「思ったからな」

 

「思ったことを全部口に出すの、やめた方がいいわよ」

 

「善処します」

 

「絶対しない顔」

 

「よく分かってるじゃん」

 

ツイッギーは端末を閉じた。

 

「あなたは昔からそう。人が一番反応に困ることを、平然と言う」

 

「困った?」

 

「困ってない」

 

「顔赤いけど」

 

「室温が高いの」

 

「ここ、空調効いてるよ」

 

「うるさい」

 

はい。

怒られました~。

 

なぜ人は事実を述べると怒られるのか。

これが分からない。

ツイッギーに言わせれば、俺が分からないのが悪いらしい。

世知辛い世界である。

 

 

 

 

「昼食にするわ」

 

ツイッギーは唐突にそう言った。

 

「え、もう?」

 

「資料確認は一区切り。あなたの集中力も限界」

 

「俺、そんな顔してた?」

 

「三分前から、投影資料じゃなくて壁の模様を見てた」

 

「バレてた」

 

「当然。私は頭がいいから」

 

「すご~い」

 

「褒め方が雑」

 

「ツイッギーは天才無双!頭脳明晰!!傾城傾国!!!」

 

「増やせばいいわけじゃない!」

 

食堂は思ったより普通だった。

 

もっとこう、試験管に入った栄養剤とか、謎の完全食とかが出てくるかと思っていた。

「本日の昼食:必要栄養素Aセット」とか。

「咀嚼は非効率です」とか。

いや、ホワイトスター学会を何だと思ってるんだ俺は。

 

普通に温かい料理が並んでいた。

ありがたい。

 

ツイッギーはトレーを持ちながら、俺をちらりと見る。

 

「何にするの?」

 

「おすすめは?」

 

「栄養バランスを考えるなら豆と野菜のスープ。味を考えるなら煮込み。あなたなら大盛り」

 

「俺の扱い雑じゃない?」

 

「燃費悪そうだから」

 

「燃えるから?」

 

「ええ」

 

否定できない。

 

俺、実際に燃えるし。

燃費が悪くて当然である。

エコとは真逆の存在かもしれない。

環境には優しくありたい。

 

席に着くと、ツイッギーは自分のスープをじっと見つめていた。

 

豆と野菜のスープ。

湯気が、ふわりと上がる。

 

その横顔を見て、俺は少しだけ昔を思い出した。

 

 

 

 

あの時、俺は邪兎屋にいた。

 

ニコの姉貴に言われて、廃棄場で使える部品を探していた。

 

理由はもちろん、金である。

 

使えるものは拾う。

売れるものは売る。

食べられるものは食べる。

 

ニコの姉貴の教えは、大体そんな感じだった。

生きる力が強い。

倫理観はたまに置き去りにされる。

でも、そこが姉貴である。

 

その日も俺は、ゴミの山を漁っていた。

 

壊れた機械。

錆びた配線。

割れた装甲。

誰かが要らないと判断したものたち。

 

それらが積み重なった場所は、街の胃袋みたいだった。

飲み込まれたものが、消化もされずに腐っていく場所。

 

その奥で、音がした。

 

声ではなかった。

呼吸だった。

か細くて、今にも途切れそうな音。

 

俺の視界に、熱源が一つぽつりと浮かんだ。

 

俺はゴミをどかした。

 

一つ。

二つ。

三つ。

 

そして、見つけた。

 

そこにいたのは、小さな少女だった。

 

たくさんの同じ顔の死体に押し潰されていた。

身体の一部は、もうまともな形をしていなかった。

エーテルの侵蝕が四肢を食い荒らし、冷たい廃棄物の隙間で、彼女だけがまだ息をしていた。

 

片方の目だけが、俺を見た。

 

怯え。

痛み。

諦め。

 

助けを求めることすら、もう忘れている目だった。

 

俺は、冗談を言えなかった。

 

いつもなら何か言う。

空気を軽くするために。

自分が耐えるために。

 

でも、その時だけは無理だった。

 

「生きてるな」

 

俺が言うと、少女はかすかに瞬きをした。

 

「なら拾うぞ」

 

返事はなかった。

 

でも、俺は勝手に決めた。

 

まだ生きているなら、なおさら拾う。

 

抱き上げようとして、できなかった。

 

死体と廃材が絡みすぎていた。

侵蝕された部分に触れれば、少女は小さく震えた。

 

それでも、声を上げなかった。

泣かなかった。

 

俺はそれが、ひどく嫌だった。

 

「痛いなら痛いって言え」

 

返事はない。

 

「怖いなら怖いって言え」

 

返事はない。

 

「死にたくないなら、瞬きしろ」

 

長い沈黙のあと。

 

白髪の少女は、一度だけ瞬きをした。

 

「よし」

 

俺は右腕を開いた。

赤い光が漏れる。

 

「じゃあ、助ける」

 

その後のことは、あまり綺麗には覚えていない。

 

廃材を焼き切った。

死体をどかした。

侵蝕を抑えながら、どうにか彼女を引きずり出した。

 

いや、言葉だけ見たら完全にヤバい作業である。

俺だって二度とやりたくない。

でも、その時の俺に選択肢なんてなかった。

 

一番覚えているのは。

 

彼女が俺の服を、ほんの少しだけ掴んでいたことだった。

 

ほとんど力なんてなかった。

それでも、離さなかった。

 

だから俺は、もう一度言った。

 

「拾ったからには、捨てないよ」

 

少女は答えなかった。

 

ただ、少しだけ目を閉じた。

 

 

 

 

「姉貴ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 

邪兎屋の扉を蹴破る勢いで開けた瞬間、ニコの悲鳴みたいな怒号が飛んできた。

 

「ちょっとフラマ!?ドア!ドア壊したら修理費どこから出すと思ってんのよ!」

 

「すみません!でも今それどころじゃない!」

 

「それどころじゃないって何よ!」

 

俺は腕の中に抱えていたものを、できるだけ揺らさないようにして中へ入った。

 

それを見た瞬間、ニコの顔色が変わった。

 

「……何、それ」

 

「ゴミ捨て場にいた」

 

「いたって……」

 

「生き、てる」

 

俺の声が、自分でも少し硬いのが分かった。

 

腕の中の少女は、ほとんど意識がなかった。

冷たい。

軽すぎる。

呼吸は細く、今にも消えそうだった。

 

けれど、まだ生きている。

 

それだけは間違いなかった。

 

「アンビー!」

 

姉貴が叫ぶ。

 

奥から出てきたアンビーは、いつもの無表情のままこちらを見た。

そして初めて見るほど、目を見開いた。

 

「……ツイッギー」

 

その名前を聞いた瞬間、腕の中の少女のまぶたが、かすかに震えた。

 

「アンビー?」

 

俺が聞くと、アンビーはすぐに近づいてきた。

 

表情は戻っている。

けれど、声だけが少し違っていた。

 

「フラマ、そこに寝かせて。ビリー、清潔な布。ニコ、医療セットと鎮痛剤。急いで」

 

「お、おう!」

 

「わ、分かったわ!」

 

ビリーと姉貴が慌てて動き出す。

 

普段の邪兎屋なら、ここで誰かが一つくらい余計なことを言う。

金の話とか。

銃の話とか。

借金の話とか。

 

でも、この時だけは違った。

 

全員が、動いた。

 

俺はアンビーの指示通り、少女をソファに寝かせた。

 

アンビーは、少女の顔をじっと見つめていた。

 

同じ顔。

いや、完全に同じではない。

でも、似ている。

あまりにも似ている。

 

アンビーの顔と。

 

「知り合い?」

 

俺が聞くと、アンビーは少しだけ沈黙した。

 

それから、短く答えた。

 

「シルバー小隊の子」

 

「シルバー小隊……?」

 

アンビーは少女の状態を確認しながら、淡々と言った。

 

「防衛軍のクローン計画よ。優秀な兵士を量産するために作られた部隊。その中の一人」

 

「クローン……」

 

ビリーの声が低くなる。

 

アンビーは少女の胸元に触れ、呼吸を確認する。

 

「彼女の名前はツイッギー。戦闘適性は低かった。研究員たちは、彼女の事を欠陥品と呼んでいた」

 

「……最低」

 

ニコが吐き捨てるように言った。

 

アンビーは手を止めない。

 

「でも、彼女は欠陥品じゃなかった」

 

その声だけは、少し強かった。

 

「ツイッギーは頭がよかった。敵の動きを読むのが早い。陣形の組み替えも、撤退ルートの選定も、予備プランも、誰より正確だった」

 

アンビーは少女の髪を、邪魔にならないようそっと払う。

 

「私は、何度も助けられた」

 

その一言に、部屋の空気が少しだけ止まった。

 

「じゃあ、なんでこんなことに……」

 

俺が言うと、アンビーはわずかに目を伏せた。

 

「計画は中止されたの、コストが高すぎたから。シルバー小隊は、成功させるつもりのない任務に送られた」

 

誰も何も言わなかった。

 

アンビーは続ける。

 

「私は、生き残ったわ」

 

その言葉は、感情を削ったように平坦だった。

 

「でも、全員を助けられなかった」

 

ソファの上のツイッギーが、かすかに息を漏らした。

 

それは苦しそうで。

けれど、どこか名前を呼ぼうとしているようにも聞こえた。

 

「ツイッギーは、死亡扱いになっていた」

 

アンビーが言う。

 

「遺体も、姉妹たちのものと一緒に処分されたはずだった」

 

「処分って……」

 

ビリーが拳を握った。

 

「人間を何だと思ってやがる」

 

アンビーは答えない。

 

その代わり、ツイッギーの手を見た。

いや、手だった場所を。

 

「……生きていたのね」

 

小さな声だった。

 

ニコが唇を噛む。

 

「アンビー、助かるの?」

 

「分からない」

 

アンビーは正直に答えた。

 

「でも、まだ生きている」

 

俺は、思わず口を開いた。

 

「なら助ける」

 

アンビーが俺を見る。

 

「フラマ」

 

「生きてるなら拾う。拾ったなら捨てない」

 

自分でも、少し乱暴な言い方だと思った。

 

でも、それしか出てこなかった。

 

アンビーはしばらく俺を見ていた。

それから、ほんの少しだけ頷く。

 

「なら、助ける」

 

その声は、いつものアンビーだった。

 

でも、いつもよりほんの少しだけ。

 

何かを背負う隊長の声に聞こえた。

 

 

 

 

ツイッギーが目を覚ましたのは、夜が深くなってからだった。

 

邪兎屋の事務所は、いつもより静かだった。

 

ニコは奥の部屋で、治療費の計算をしながら頭を抱えている。

ビリーは珍しく声を潜めて、必要な物資を買いに出ていた。

フラマはソファの近くで座ったまま、いつでも動けるようにしている。

 

そしてアンビーは、ツイッギーのそばにいた。

 

「……ここ、は」

 

かすれた声。

 

アンビーはすぐに答える。

 

「邪兎屋」

 

「じゃ……?」

 

「私の今の居場所」

 

ツイッギーの片目が、ゆっくりとアンビーを捉えた。

 

数秒。

彼女は何も言わなかった。

 

そして、かすかに笑った。

 

「……隊長」

 

その声は、あまりにも弱かった。

けれど、その中には確かに喜びがあった。

 

「生きてたのね」

 

アンビーは静かに言った。

 

ツイッギーは目を細める。

 

「それ、私の台詞……」

 

「そうかもしれない」

 

「隊長、変わらないわね」

 

「少しは変わったわ」

 

「そう?顔は同じ」

 

「あなたも」

 

ツイッギーは、ほんの少しだけ目を伏せた。

 

「……同じじゃないわ」

 

部屋が静かになる。

 

ツイッギーは、自分の身体を見ようとして、少しだけ顔を歪めた。

 

「見ない方がいい」

 

アンビーが言う。

 

「もう、見たわ」

 

「……そう」

 

「最悪。ほんと、最悪」

 

ツイッギーの声は震えていた。

 

「手足もまともにない。動けない。戦えない。欠陥品どころじゃないわ。もう、部品にもならない」

 

「ツイッギー」

 

「何?」

 

「あなたは欠陥品じゃない」

 

その言葉に、ツイッギーの目が揺れた。

 

アンビーは続ける。

 

「昔も、今も」

 

「……やめてよ」

 

ツイッギーは小さく笑う。

泣きそうな笑いだった。

 

「隊長は、いつもそう言う。私が一番欲しかった言葉を、当然みたいに言う」

 

「事実だから」

 

「事実じゃないわ。私は戦えなかった。みんなみたいに動けなかった。あなたの隣で剣を振ることも、銃を撃つこともできなかった」

 

「でも、あなたのプランで私たちは何度も生き残った」

 

「……」

 

「あなたは、シルバー小隊に必要だった」

 

ツイッギーは、息を呑んだ。

 

その言葉は、昔にも聞いた。

 

訓練場の端で。

戦闘評価が最低だった日。

研究員に欠陥品と呼ばれた後で。

 

アンビー隊長だけが、そう言った。

 

あなたは必要だ、と。

 

「……覚えてるの?」

 

ツイッギーが小さく聞く。

 

アンビーは頷く。

 

「覚えてるわ」

 

「私の予備プランも?」

 

「もちろん」

 

「私が、すぐ泣きそうになるのを隠してたことも?」

 

「それは知らなかった」

 

「嘘。絶対知ってたくせに」

 

アンビーは少しだけ考えた。

 

「少しは知っていた」

 

「ほら」

 

ツイッギーは小さく笑った。

 

けれど、すぐにその笑みは崩れた。

 

「隊長」

 

「何」

 

「どうして、私じゃなかったの」

 

アンビーは黙った。

 

ツイッギーの声が震える。

 

「どうして、助かったのは私じゃなかったの。どうして、隊長は私を見つけてくれなかったの。どうして、私はあそこで……」

 

言葉が詰まる。

 

「ごめんなさい」

 

アンビーは、静かに言った。

 

ツイッギーが目を見開く。

 

「やめて」

 

「ごめんなさい、ツイッギー」

 

「やめてって言ってるでしょ」

 

「全員を助けられなかった」

 

「やめて!」

 

ツイッギーの声が、初めて大きくなった。

 

その声に、俺が少し身を起こす。

 

けれどアンビーは動かない。

 

ツイッギーは息を荒くしながら、アンビーを睨んだ。

 

「隊長が謝ったら、私が何のために怒ればいいのよ」

 

アンビーは何も言わなかった。

 

「私は、隊長を恨みたいわけじゃない。嫌いになりたいわけでもない。むしろ……むしろ、会えて嬉しいのよ」

 

声が、ひどく小さくなる。

 

「でも、嬉しいのに、苦しい。隊長の顔を見ると、あの日のことを思い出す。みんなが死んだこと。私が動けなかったこと。私だけが、こんな形で残ったこと」

 

ツイッギーの片目から、涙が落ちた。

 

「私、まだ隊長の部下でいていいの?」

 

アンビーは、すぐには答えなかった。

 

けれど迷ってはいなかった。

 

「いい」

 

短い答え。

 

ツイッギーの涙が止まる。

 

「あなたが望むなら」

 

アンビーは静かに続ける。

 

「あなたは今でも、私の部下」

 

ツイッギーは顔を歪めた。

 

「……ずるい」

 

「そう?」

 

「ずるいわ。そんなこと言われたら、私……」

 

また泣いてしまう。

 

そう言おうとして、言葉にならなかった。

 

アンビーはツイッギーのそばに座ったまま、そっと言う。

 

「でも、今は命令を変えるわ」

 

「……何」

 

「生きて」

 

ツイッギーの喉が、小さく鳴った。

 

「戦わなくていい。シルバー小隊を背負わなくていい。自分が欠陥品じゃないと証明しなくていい」

 

「隊長……」

 

「あなたは、生きて。考えて。好きなものを見つけて」

 

アンビーは、少しだけ視線を俺へ向けた。

 

「拾ってくれた人もいる」

 

俺は、気まずそうに頬を掻く。

 

いや、ここで俺に話を振るな。

俺、泣きそうな女の子と隊長の会話に挟まる勇気ないぞ。

俺のメンタルは強火だが、こういう湿度には弱いんだぞ。

 

「いや、俺はただ拾っただけというか……」

 

ツイッギーの視線が俺に向いた。

 

泣いた後の目で、じっと見る。

 

「優しいゴミ拾いさん」

 

「はい」

 

「……雑」

 

「すみません」

 

「でも」

 

ツイッギーは少しだけ目を伏せる。

 

「捨てないって言ったわね」

 

「言った」

 

「覚えてるの?」

 

「覚えてる」

 

「なら、忘れないで」

 

「忘れない」

 

ツイッギーは、ほんの少しだけ息を吐いた。

 

アンビーはその様子を見て、静かに言う。

 

「ツイッギー」

 

「何、隊長」

 

「まずは休んで」

 

「命令?」

 

「命令」

 

ツイッギーはしばらく黙った。

 

それから、涙の残る顔で小さく笑った。

 

「了解しました、アンビー隊長」

 

その返事は、弱々しかった。

 

けれど、確かにシルバー小隊の部下としての返事だった。

 

アンビーは頷く。

 

俺はそれを見ながら、そっと息を吐いた。

 

ゴミ捨て場で拾った小さな命は。

 

まだ、壊れきっていない。

 

それだけで、今は十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フラマ」

 

ツイッギーの声で、意識が戻った。

 

料理の湯気が、目の前で揺れている。

 

「今、昔のことを思い出してた?」

 

「顔に出てた?」

 

「少し。あなたは本当に分かりやすいわね」

 

「そっか」

 

ツイッギーはスプーンを持ったまま、静かに言った。

 

「私は、忘れてないわ」

 

「うん」

 

「あの日のことも。あなたが私を拾ったことも。邪兎屋が大騒ぎしていたことも」

 

「ニコの姉貴、治療費のことでめちゃくちゃ叫んでたな」

 

「でも、手配は早かった」

 

「姉貴だからね。金にはうるさいけど、面倒見はいい」

 

「知ってる」

 

ツイッギーはスープを一口飲む。

 

「私は、あの時、本当に廃棄物だった」

 

「違う」

 

俺の声は、思ったより強かった。

 

ツイッギーが目を丸くする。

 

「少なくとも、俺はそう思ってない」

 

「……」

 

「ゴミ捨て場にいたからって、ゴミとは限らないだろ」

 

ツイッギーはしばらく黙った。

 

それから、少しだけ顔を伏せる。

 

「そういうことを、平然と言うから嫌なのよ」

 

「嫌なの?」

 

「嫌じゃないから困るの」

 

スープの湯気が、彼女の顔を少しだけ隠した。

 

「君は私を、かわいそうなものとして扱わなかった。壊れた兵器とも、価値あるサンプルとも、商品とも呼ばなかった」

 

「うん」

 

「ただ、拾ったの」

 

「うん」

 

「雑で、乱暴で、説明不足で、信じられないくらい無神経だった」

 

「だいぶ言うな」

 

「でも」

 

ツイッギーは、小さく言った。

 

「あの時の私には、それくらいがちょうどよかった」

 

俺は何も言えなかった。

彼女はすぐに顔を上げる。

 

「勘違いしないで。褒めてないから」

 

「はいはい」

 

「はい、は一回」

 

「はい」

 

少しだけ、ツイッギーは笑った。

 

 

 

 

食後、ツイッギーは学会の屋上へ俺を連れてきた。

 

風が少し冷たい。

ホロウの光が遠くに見える。

街の音は、ここまで来ると少しだけ柔らかくなる。

 

「ここ、いい場所だな」

 

「考え事をする時に使うだけよ」

 

「俺と一緒に来たかったとか?」

 

「違う」

 

即答。

でも、耳が赤い。

 

「あなたに見せた方が、話が早いと思っただけ」

 

「何を?」

 

ツイッギーは柵にもたれ、街を見る。

 

「私は今、ホワイトスター学会にいる」

 

「うん」

 

「エーテル研究をして、資料を書いて、会議でバカな大人を論破して、たまに寝不足になって、たまに食堂のスープに文句を言ってる」

 

「いい生活じゃん」

 

「ええ。悪くないわ」

 

その言い方は、少しだけ誇らしげだった。

 

「昔の私は、自分に価値があるなら頭脳だけだと思ってた。手足はなくした。戦えない。兵士としても欠陥品。なら残った価値は記憶と知識だけ」

 

「うん」

 

「でも、最近は少しだけ思うの」

 

ツイッギーは俺を見ない。

 

「頭がいいから価値があるんじゃなくて、私が私だから、ここにいてもいいのかもしれないって」

 

「いいじゃん」

 

「軽い」

 

「でも本気」

 

「……そういうところ、本当にずるいわね」

 

ツイッギーは白衣の袖を握った。

 

「君に拾われたことを、私はずっと負けだと思ってた」

 

「負け?」

 

「だって、自力で生き残ったんじゃない。私は動けなくて、何もできなくて、ただ拾われた。助けてもらった。自分の意志で立ったわけじゃない」

 

「でも今は立ってる」

 

「……ええ」

 

ツイッギーは少しだけ息を吐いた。

 

「だから、今度は私が回収する番よ」

 

「回収?」

 

「あなたが壊れそうになったら、私が回収する。修理して、解析して、説教する。拾うって言うのは、あなたの真似みたいで癪だから」

 

「ツイッギーらしい」

 

「うるさい」

 

俺は笑った。

 

「じゃあ頼むよ、ツイッギー」

 

「何を?」

 

「俺がまた無茶したら、回収して」

 

ツイッギーは一瞬だけ黙る。

 

そして、少しだけ怒ったように言う。

 

「無茶しない努力を先にしなさい」

 

「善処しま~す」

 

「絶対しない顔」

 

「よく分かってるじゃん」

 

「だから困るのよ」

 

彼女は俺を見る。

片方の目が、まっすぐこちらを見ていた。

 

「勝手に壊れないで」

 

「うん」

 

「勝手に死なないで」

 

「死なないよ」

 

「勝手に誰かを拾って、自分を捨てないで」

 

今度は、すぐに返せなかった。

 

ツイッギーの声が、少し震えていたから。

 

俺は明るく笑う。

 

「大丈夫。俺はまだまだしぶといので」

 

「そういう問題じゃないわ」

 

「じゃあ、約束する」

 

「……何を」

 

「無茶はするかもしれないけど、ちゃんと帰ってくる」

 

「そこは無茶しないって言いなさい」

 

「嘘はよくないかなって」

 

「本当にバカ」

 

「でも帰るよ」

 

ツイッギーは黙った。

 

それから、小さく頷く。

 

「なら、いいわ」

 

しばらく風だけが吹いた。

 

「フラマ」

 

「ん?」

 

「次に来る時は、甘いものを持ってきなさい」

 

「賄賂?」

 

「研究協力費」

 

「何がいい?」

 

「なんでもいいわ」

 

「じゃあ俺が選ぶ」

 

「センスには期待してない」

 

「ひどい」

 

「でも」

 

ツイッギーは小さく言った。

 

「あなたが選んだものなら、食べてあげる」

 

そう言って、彼女は街へ視線を戻した。

俺は少しだけ笑う。

 

「じゃあ、今度持ってくるよ」

 

「忘れたら怒るわ」

 

「忘れません」

 

「本当に?」

 

「本当に」

 

「……なら、待ってる」

 

その声は、とても小さかった。

 

けれど、確かに聞こえた。

 

だから俺は、茶化さずに頷いた。

 

「うん。また来る」

 

ツイッギーは返事をしなかった。

 

ただ、白衣の袖を少しだけ握ったまま、俺の隣に立っていた。

 

俺があの日拾ったものは、廃棄物なんかじゃなかった。

 

白衣を着て、難しい資料を読み、俺の遅刻を四分二十二秒単位で責めてくる。

そんな、面倒で、賢くて、ちょっと口が悪くて、でもちゃんと生きている女の子だった。

 

なら、次は甘いものだ。

 

学会の偉い人たちよ。

見ているか。

俺は今、極めて重大な任務を背負っている。

 

ツイッギーに怒られない甘味を選ぶという、恐ろしく半端なく難しい任務をな。

 

……セヴェリアンさん、これ経費で落ちません?

 

 

 

 

 

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