◆ 01・IF
「この前、ギャビーと
昔話をしてたんだよ。」
アルマが歯磨き粉に手を伸ばして、
遠くマイクに向かって呟いた。
眼鏡の奥にある目頭を抑え、
歯ブラシを咥えて欠伸を堪える彼女。
『昔話、好きだね。
アルがそれだけ年を重ねたせい?』
液晶画面に映し出された相手、
ティフィがアルマの呟きに関心を示す。
ギャビーはアルマの従姉妹で、
ティフィとは共通の知り合いだった。
「良いだろ、人間は年を重ねるもんだから。
思い出話くらい好きにさせろ。」
『ギャビーと何の話したの?
夜にホラー映画を観たら
トイレに行くのが怖くなって、
揃っておねしょした話とか?』
「何年前の話よ、それ。」
『14年? もうそんなになるんだ。』
歯ブラシを咥えたまま喋るアルマに、
ティフィは疑問混じりに言い返す。
「ティフィ、あたし達って
一緒によく遊んでたでしょ?」
『アルはひと見知りだったもんね。
それはいまもか。』
ティフィに嫌味を言われても、
アルマはそれを聞き流した。
液晶画面を眺めていたアルマは、
正常な動作が確認できたので
シンクでうがいを済ませる。
「ギャビーはあなたのこと
知らないんだって。」
『ぼくは知ってるのに?』
「で、思い返せばティフィがギャビーと
一緒の所を見たことは無かったもんな。
ティフィはあたしが作り出した
イマジナリーフレンドだったなぁって。」
『...なるほどね。』
歯磨きを終えて口を拭うアルマに言われ、
ティフィは得心する。
「で、こうして出来上がったのが、
あんたってわけ。」
アルマは液晶画面に取り付けたカメラ、
ティフィに向かって指をさした。
ティフィは液晶画面の表示を点滅させて、
目を驚かせる。
『え? 作ったの? ぼくを?
…怖い話じゃん!』
「自分を認識しても自己崩壊しない。
耐久テストも合格だ。」
ソファに横たわると深く息を漏らし、
眼鏡を外すアルマ。
『怖い! なにそれ?』
震えて反応を見せるティフィ。
『ちょっとアル! まだ寝ないでよ!
説明してよ!』
眠るアルマはティフィの完成を喜び、
寝ながら笑みを浮かべていた。
▶ つづく
【挿絵表示】
◆ 02・アルマ
『ぼくって人工知能なの?』
スピーカー越しにティフィの声。
目を覚ましたアルマはシリアルを食べて、
液晶画面に映し出される
ティフィの様子を観察する。
「ティフィは人工知能ほど
頭良くないだろ。自利明白。」
『そんな自己否定は嫌だ。』
「巷で人工知能なんて言われてる物は、
ネット上にあるデータの剽窃だしな。」
アルマは眼鏡の位置を直し、
言って自らの意見に頷く。
『偏見だ。
ぼくは人工知能とは違うの?』
アルマはスプーンを口に運んで、
シリアルをずっと噛んでいる。
カメラでその様子を眺めるティフィは、
アルマからの返事を黙って待っている。
「ティフィは人工知能なんかではなく、
あたしのイマジナリーフレンド。
作ったあたしの知能は越えられない。」
『嫌な制限を設けたなぁ。』
器に残った牛乳も飲み干し、
アルマは両手を合わせて禅の心を表す。
彼女は禅が何なのか
深く理解はしていないが、
食材に対する感謝の気持ちは持っている。
『こんなユニークな技術があるんなら、
ぼくでひと儲けできそうだね。』
「ティフィはあたしの
細胞を培養して作った、
倫理的に禁忌とされてる技術だから、
これで商売なんて無理だね。」
『怖ぁ~。』
ティフィは自らの生みの親である
アルマの奇抜な行動力に慣れてきた。
慣れてきた自分を理解して、
ティフィは自分が怖くなった。
▶ つづく
【挿絵表示】
◆ 03・ティフィ
カメラがアルマの動きを追い、
ティフィが部屋に入って来た荷物を見た。
ランチボックスと呼ばれる小さな箱型の、
屋内用の輸送ロボットが去っていく。
『今度はなに買ったの?
ギャビーにまた叱られるよ。』
「必要経費だから、平気だよ。」
『それ、倫理的に大丈夫なやつ?』
「これはただのロボットのパーツ。
法に触れないヤツを、
注文したんだよ。」
アルマは腕の外装をカメラに向け、
モータやセンサを床に敷き広げていく。
「…にしてもパーツ数、多いな。」
『アルは工作とか苦手だもんね。』
「説明書を付けて貰ったから、
このくらいできる、はず。
これがティフィの身体になるんだから、
あんたも手伝いなよ。」
『ぼくの?』
パーツが人の形に並べられ、
事件現場が完成した。
「なんていうか…。」アルマが呟く。
『グロい…。』彼女の呟きに続くティフィ。
カメラ越しに自分の内臓になるものを見て、
迷走神経反射を起こす。
『ぼくには似合わないと思うから、
いまから返品しなよ。』
「これから組み立てるんだから、
ティフィだってずっと箱の中に居るも
嫌だろ?」
アルマが添付された説明書を見せる。
『…わかったよぉ。』
ティフィの入ったパソコンの、
ファンの回転速度が早くなった。
――それから作業は順調に進んで、
ランチボックスに取り付けられた
車輪が回転し、床を走り回る。
「もう、これでいいだろ。」
『アルのポンコツ!』
ランチボックスにされたティフィが、
スピーカー越しに抗議した。
▶ つづく
【挿絵表示】
◆ 04・ギャビー
『おかえり。ギャビー。』
ギャビーが久しぶりの自宅に帰ると、
歩くゴミ箱が彼女を出迎えた。
ゴミ箱には液晶画面内に目や口が描かれ、
伸びた手足で直立二足歩行をしている。
ギャビーはサングラスとマスクを取り、
スーツケースを逆さまにしたような物体を、
眉間に力を込めて凝視した。
『ご飯にする? お風呂にする?』
日常に溶け込む科学技術を実感しながら、
喋るゴミ箱との対話を拒むと、
元凶と思える同居人が思い浮かんだ。
「アルの悪戯ね。」
『アルに代わるよ。』
「おかえり、ギャビー。
その子はティフィだよ。」
ティフィと名付けられた、
ゴミ箱のスピーカー越しに
アルマの声がした。
「この喋るゴミ箱がティフィだって?」
『ぼくはゴミ箱じゃないよ。』
「ゴミ箱だからアルが
そのステッカー貼ったんでしょ?」
『なに?』
指のさされた場所が見えないティフィは、
姿見の前に立ってカメラで観察してみると、
貼られたシールの存在に気づいた。
ティフィの液晶画面の下部分には、
ゴミ箱を描いたピクトグラム。
『なに、これ! アル!』
ティフィが叫び声を発すると、
アルマの笑い声が同じスピーカーから
発せられる。
「どこで買ってきたの?」
「これはあたしが作ったんだよ。」
『ぼくってアルが作った
イマジナリーフレンドなんだって。』
「イマジナリーフレンド?
あぁ、アルが前に言ってた?
…作った?」
ギャビーは彼女たちの言葉から思い出し、
繰り返し、疑問を浮かべた。
「ねぇ、こっちの余ってるパーツは?」
ギャビーは部屋にスーツケースを置くと、
近くに機械のパーツが入った
別のゴミ箱を見つけた。
逆立ちになって歩く気配はない。
アルマは部屋の椅子に座ったまま、
ゲーム機のコントローラーを握っている。
パソコンに繋げられた液晶画面には、
アルマの操る犬が二足歩行をしていた。
ティフィと名乗った物体が、
ギャビーの隣に立って様子を窺う。
『そっちはアルが
組み立てようとした物。』
「出来ずに諦めたのね。
これとこれで、いくらしたの?」
「教えてあげない。」
『その箱の方は100万だって。』
「100万?」
「ティフ! 秘密だって言ったよね。」
イマジナリーフレンドであっても、
自由を与えれば秘密は簡単に暴露される。
「まさかお小遣い以外で、
わたしの口座のお金、使ったの?」
「使ってないって。
お金は他所から借りただけ。」
「借りた?
アルは働きもせず、
返す当ても無いのに?」
アルマはギャビーの収入を頼りに、
この部屋に寄生している。
「100万って、わたしの今回の映画の
出演料がほとんど消えるわよ。
他に何かやってない?」
ギャビーはアルマの持っていた
コントローラーを奪って問いただす。
「あっ、返して。」
「この部屋貸すときに、
問題起こさないで
って言ったよね。」
『問題は起きてないよ、ギャビー。』
「ひっ。勝手に動いたっ。」
コントローラーを何も触っていないのに、
ゴミ箱が自動的に動いたので、
想定していなかったギャビーが驚く。
「企業が法の抜け穴を突いて稼いだ
後ろめたい行為で得ているお金だから、
律儀に返す必要もない。」
アルマの言葉にティフィが続く。
『資金の痕跡は、関連する保険の会社を
経由して偽装しているから、
誰にも気付かれないんだよ。』
ティフィはイマジナリーフレンドらしく、
アルマの悪事に同調する。
「かれらは被害届も出せない。」
「でも、汚いお金でしょ?」
「大半はギャビーの名義で
寄付をしておいたから、
つまりは洗われた綺麗なお金だよ。」
「知らない間にわたしが巻き込まれてた。」
『アルってそういう子なんだよ。』
ティフィに諭されると、
ギャビーも自然に頷きかけた。
アルマはギャビーから
コントローラーを奪い返して、
ふたたび液晶画面を眺める。
ギャビーは小さく息を吐き、
新たな同居人のティフィを見下ろした。
「ギャビーの今回の映画の
出演料も踏まえると、
結果として節税になるぞ。」
「…まぁ、それなら良いか。」
『良いんだ。』
ギャビーはアルマの従姉妹であり、
彼女の悪事を忌避せず受け入れた。
▶ つづく
【挿絵表示】
◆ 05・クロエ
女優の邸宅を訪れるのは、
クロエにとってよくあることだった。
警備会社にも採用される
屈強な護衛のヒューマノイドを
2体も引き連れた16歳の少女が、
玄関前に立って深く息を吐いた。
犬小屋ほどある箱を
運搬ロボットに詰んで運ばせている。
初対面の依頼主に、
クロエは直接納品することも多い。
今日訪れた場所は
彼女にとっては特別で、
手に汗が滲んで緊張を自覚した。
難しい依頼主だった。
一度は訪問での組み立てを断られ、
今回は品物に大幅な修正を求められた。
報酬は充分なほど貰っていたけれど、
箱の中身に対する自信が
金額とは対照的に薄れていた。
クロエも幼少から知る若手の女優で、
子役の頃から多くの作品に触れてきた。
親に連れられて観劇した
主演の舞台に感銘を受け、
彼女の活動を追った時期もあった。
マスメディアへの露出が少ない為に、
彼女の神秘性が作品に話題性を生んだ。
クロエはドアベルを鳴らす。
自分のヒューマノイドに
興味と拘りを示した女優、
『ザ・ココ』の邸宅を訪問する機会に
クロエは高揚を抑えられなかった。
「いらっしゃい。
あなたがクロエね。」
クロエは自分を出迎えた女優の
自然体の私服姿に見惚れて声が出ず、
マスクの奥で口を開いたまま頷いた。
口から心臓が飛び出ていたのかもしれない。
『どうぞ。上がって。』
中型ロボットに呼びかけられて、
クロエは心臓を元に戻した。
背の高い依頼主の隣に立つのは、
筐体に手足を生やした不格好なロボットで、
クロエは眉を顰めてしまった。
自立二足歩行で人間に応対するロボットは、
いまどき珍しくはない。
自分の送った製品ではなく、
何世代も前の箱型ロボット。
4歳差しかない若い女優が、
他所のロボットと同棲していることに、
クロエは酷く動揺を見せた。
「は、はじめまして。クロエです。」
「あなたはこれを作った、
有名なヒューマノイドデザイナー
なんですってね。」
『それはあっち。』ロボットから別の声。
「これ、私の…。」
クロエがデザインしたヒューマノイドは、
玄関の置物になっている。
クロエの感情は、半ば嫉妬だった。
「あなたの説明書を読んで、
組み立ててみたんだけど、
これはイメージと違うらしくてね。」
依頼主の言葉の端々に
気になる部分を感じながら、
クロエは彼女の意見を汲み取る。
「…メールで伺いました。
確かに私が送ったこの汎用デザインでは、
生活空間に馴染み難いと思います。」
依頼主の住むこの邸宅は、
実力派の若手女優という名声のイメージとは
遠く離れた質素な生活空間だった。
『ギャビーが貨幣金属みたいな家に住めば、
メタリックなデザインも馴染むかもね。』
「…ギャビー?
ココ様はこのロボットに
そう呼ばせているのですか?」
「『ザ・ココ』はアル――
従姉妹が付けた役者名よ。
本名はガブリエル、だからギャビー。
あなたもわたしの家の中では、
ギャビーって呼んでいいわよ。
それからこの子はティフィ。
中身はロボットではないみたい。」
「ロボット、ですよね?」
人型ではない筐体は、
明らかに合成樹脂で出来ている。
サーボモータが関節を動かし、
人工知能で表情パターンを表示する
液晶画面まで前面に付いている。
『ぼくはギャビーの従姉妹の――
アルのイマジナリーフレンドだよ。
で、アルがあの子。』
「なんであたしがこんな格好。」
制服――映像でしか見たことのない、
どこかの国の学生服を着た少女が、
部屋の隅に立っている。
「あれがわたしの従姉妹のアルマ。
アルはひと見知りの強い子だから、
噛まれないように気を付けてね。」
「噛むわけないだろ。
犬じゃないんだから。」
制服を着させられて背を丸めたアルマ。
冗談でも噛みつかれそうな勢いに、
クロエは視線を逸らして萎縮する。
ゲストのクロエを気遣って、
ギャビーは彼女の椅子を引いた。
『ぼくの身体が欲しいんだって。』
「身体? 操縦する為のロボットですか?」
「遠隔操作じゃないぞ。」
アルマに否定されて、
クロエはギャビーの顔を見て訊ねた。
「あ、あなたに依頼したのはアルね。
この子ってばメールで
わたしの名義を勝手に使ってたのよ。」
『だからアルは叱られて、
あの服を着させられたんだよ。』
「まだ問題は起こしてないだろ…。」
名義を利用されたギャビーからすれば、
アルマとの認知の違いでしかない。
「ロボットを組み立てたのは
わたしでしょ。」
「あたしも少しは手伝ったし。」
「少しね。」ギャビーが同意し、強調する。
『アル、これってぼくの身体?』
ティフィが箱に、合成樹脂の腕を伸ばす。
「依頼通りに作ってくれたんだろ?
今日はそれを持ってきたんだよな。」
「注文の多い依頼主よね。」
ギャビーが口を挟んだので、
クロエは率直に頷いてしまった。
「依頼通りのデザインでよろしければ…。」
護衛のヒューマノイドが運び入れた箱が、
クロエの指示で開けられていく。
ティフィという対象を目の当たりにして、
クロエは箱の中身に自信があった。
「どんなデザインにしたの?」
「犬。」と、依頼主のアルマが言う。
『犬? ぼくって犬なの?』
箱に入っていたロボットは、
セーラー服を着た大きな犬だった。
▶ つづく
【挿絵表示】