クロエがダイニングに入ると、
テーブルには既にギャビーの姿があった。
彼女は何も言わずにキッチンを指さした。
食事時になるといつもはクロエを
部屋まで呼びに来るティフィが、
今日は一人でキッチンに立っている。
キッチンでは換気扇の回る音の中で、
ティフィが調理工程を確認して呟いている。
「どうされたんですか?」
「ティフィが料理をするんだって。」
「アルは?」
普段、キッチンに立って
料理をしているはずの彼女の姿は見えない。
「今日は体調悪いからって、
ティフィが任されてるの。
それでわたしは監督の役。」
彼女の隣でココ様ヒューマノイドが、
消火器を抱えている。
「心配ですね。
アルは大丈夫なんですか?」
「あの子が体調を崩すのは、
昔からよくあることだから。
よく入退院を繰り返してたし。」
初めて耳にする話に、
クロエは表情を小さく変えて驚いた。
「あたしの虚弱体質が原因で
母親がノイローゼになって、
育児放棄もされたんだよ。」
「アル?」
アルマがダイニングにやってきて、
椅子を引くクロエの隣に座った。
「大丈夫だよ。いまは元気だから。
あたしが家事を全てやっちゃうと、
ティフィは自己の有用性を
示すことができないだろ?」
「休みも必要よ。」
「働いてないのにな。」
平然と笑い合う二人に、
クロエは目を瞬かせる。
「わたしたち元々は親の勧めで、
同じ劇団に入ってたんだよ。」
「あたしはそこで病気が見つかって、
色々あってギャビーの家に
面倒見て貰ったわけ。
二人目ができたタイミングだったから、
母親からしても最悪だよな。」
彼女から同意を求められても、
クロエは育ちのせいで頷くことはできない。
「いまでもあのひとを許す気はないが、
理不尽な部分に同情くらいはできる。」
「舞台版の『姉妹物語』で
末女《じょ》をやってたくらいに、
演技はうまかったのよ。」
ギャビーがスマホから
アルマの昔の写真を取り出す。
長い髪に純白の衣装を着て
カーテシーの姿勢が可愛らしく、
顔にはいまのアルマの名残があった。
「まぁ。」
「親の顔色を窺うためだったけど、
捨てられたら媚びる必要も
無くなったからな。」
「また意地悪を言う。」
ギャビーに指摘されても、
アルマは改めない。
「他人の考えで演じるよりも、
自分で考えて作ることの方が
好きだったのもあるな。」
「それでティフィが、アルマの隣に
ずっと寄り添って居たんですね。」
アルマのイマジナリーフレンドとして、
ティフィが誕生した理由を
クロエは明確な言葉にした。
彼女の選んだ言葉に嘘の否定も、
素直に肯定もできなかったアルマ。
ギャビーは戸惑うアルマを見て、
普段見せない表情を面白がっていた。
『ぼくの話?』
クロエの言葉を耳にして、
ティフィがテーブルに皿を持ってきた。
「ちゃんとレシピ通りに作った?」
『任せてよ。』
皿の中心には細く切った生地を茹でて、
丸く束ねてある。
「パスタですか?」
「わかった。カルボナーラでしょ?」
理解していないクロエとギャビーに、
ティフィは首を横にする。
「うどんだ、これ!
ティフィが麺を打ったの?」
茹で上げられた
歪な太さの麺を見ただけで、
アルマはひとり興奮している。
「うどんはこういうスープと絡めて
食べるんだよ。」
ティフィは木碗に、
溶き卵のスープを入れて配る。
「うどん? アルマの好きな日本食?」
味の想像どころか食べ方を知らない二人。
「麺に弾力があるけど、味もある?」
「不思議な食感ですね。
スープは中華風なのですか?」
餃子を作った際にアルマが用意した
溶き卵の鶏がらスープを、
ティフィはうどんの汁にしていた。
ギャビーもクロエも和洋中混淆の料理と、
馴染みのない味に困惑していた。
「ティフ。」と、アルマが呼ぶ。
『おいしくなかった?』
味覚がまだ発達していない為に、
味見も曖昧な状態のティフィの料理は、
素材の味が孤立し調和が取れてはいない。
「最高。」
初めて作った料理としては上出来で、
アルマはティフィを高く評価した。
温かい料理を口にしたアルマの鼻からは、
鼻水が垂れていた。
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