続いて運ばれてきた品に思わず顔を顰める。
それは今宵競売にかけられてきたものの中で、飛び抜けて醜悪な様相をしていた。
幾つもの人の腕が、頭部が、螺旋状かつ重なるように配置されている。
螺旋は天に向かって広がり、ちょうどトロフィーのようなシルエットになっている。
気味が悪いなんてもんじゃない。製作意図が分からないオブジェクトにただただ困惑と吐気がする。
『さあ、続きましてはこちら!稀代の芸術家により作成された狂気の逸品!題して、彼岸薔薇《ひがんばら》ッ!折り重なる人のパーツが、まるで彼岸花のように!まるで薔薇のように!自然体と不自然さの境にある美しさを表現しております!こちら、まずは2万ドルから!!』
こちらの動揺に対し、司会者の声は変わらず晴れやかだ。
トロフィーではなく、花を意識して作成されたものらしい。だからなんだよとしか思わないが。
だが、先ほどの壺と比べて突き刺すような怖気など感じない。蒲牢に確認をとるまでもなく、これは魔具ではないのだろう。事実、蒲牢は興味なさげに微動だにしない。
『はい、彼岸薔薇は27万ドルで落札確定でぇす!! おめでとうございまぁす!』
ガベル代わりの足踏みが会場に響き、落札終了を告げる。
依然嫌悪はある。吐き気もする。だが、この状況に慣れつつある自分も、確かにいる。
その事実がただただ不快だった。
この後も、まだまだ競売は続く。
『こちらは人皮装丁の
『こちらは江戸時代の大悪党から剥いだとされる刺青人皮――――』
『こちらは世界最大級!絶滅危惧種アムールトラの剥製標本――――』
『こちらは選りすぐり材料を用いて職人が製作した人間腕時計――――』
『こちらは麗しき大女優が蟲に捕食される様を模したトランジ青銅像――――』
『こちらは世界でたった一つ!
魔具ではない、それでいて貴重かつ不可思議な逸品が次々と落札されていく。
競売の終了時刻が迫り、満を持して一番の目玉商品が運ばれてくる。
感じるのは、壺に感じたような禍々しい空気の重み。
だが何となく、先程の壺と比べれば幾らか軽い気がする。
台座に載せて運ばれてきたのは、小さな赤い針だった。
針という表現が適切であるのか自信がない。
極小の鏃《やじり》のようでもあったし、ダーツかなにかのようにもみえる。
赤く鋭く尖ったそれは、照明に照らされて深紅の月のように仄かに光る。
『こちら本日最後の品となっております!その名は、イネスの赫剣《かくけん》ッ!!皆様方はお察しいただけているでしょうが、魔具になっておりますぅ! 」
運ばれてきたものは剣であった。
確かに、言われてみれば十字架のようなシルエットが剣に見えなくもない。
だが、剣というにはあまりにも小さいそれは、その矮小さに相応しくない悍ましさを放っている。
誰もが固唾をのみながら、司会者の言葉を傾聴する。
「そしてこれはぁ、百の死因によって死亡した百の魂を鹵獲し、この小さな剣の中に閉じ込めることで作製されたそうですぅ!屍霊術師の皆様方ならお判りでしょう?信じがたい神のごとき所業によって作成された代物だということは!!』
吠えるように、興奮を抑えきれないように発せられた言葉が会場に響く。
先程まで禍々しい雰囲気に圧倒されて声を発していないかった観客たちが、驚嘆のあまり動揺して声が漏れている。
その反応にイマイチぴんとこなくて、隣の蒲牢の様子を確認する。
「どれくらい、すごいことなんです? あの剣を作るのって」
「……正直、すごいなんてもんじゃない。魂を視界に捉えて使役する程度なら、出来る術師もそこそこいるけれど、魂を好き勝手に蒐集し百人の魂を特定の物体に固定するなんて悍ましいほど高難度だ」
どうやらとてつもなく難しいらしい、ということは分かった。つまりは、それ以外はなにもわからなかった。
そんな様子を察してか、蒲牢は少し逡巡して一歩一歩確かめるようにゆっくり口を開く。
「そもそも屍霊術師《ネクロマンサー》と霊魂は案外――いや、これについて根本から説明をしていたら時間がかかりすぎてしまう。手短にいこうか」
蒲牢は再び教鞭をとる教師のように語る。
「魂という、存在が不確かで何時たちどころに消えてしまうかもわからぬ存在を意図的に現世に縛り付け、あろうことか自身の指定するモノに定着させる――それは、例えるなら朝霞を掬い集めて瓶のなかに詰め込んで保管しておく――そんな常識知らずの荒唐無稽さだ。あれの作成者は屍霊術《ネクロマンシー》を極めたと言っても過言じゃないね」
朝霞とは早朝に仄かにかかるぼんやりとした雲霧のことだ。
それを集めようなどと考えたことなんてなかったし、どう集めればいいのかなんて想像もつかない。
理解不能で、滅茶苦茶で、荒唐無稽な――正しく神業。
魔具を目にした時とは、また別種の緊張が全身を包むのを感じる。
これは、恐怖でも憤怒でも絶望でもない。
屍霊術師という一つのジャンルを極めた者に対する、畏敬の如き感情。
そんなものを感じるべきではないというのは、自分自身が最も理解している。
司会者の言葉を信じるのなら、かの魔具の作成には少なくとも百人の魂が犠牲になっている。それは、霊魂に対する最大限の冒涜だ。
屍霊術師たちのいう研鑽とは、それ即ち誰かの犠牲によって成り立っている。
屍霊術師が屍体を操るにせよ、魂を使役するにせよ、その研鑽の過程には大勢の人々に対する冒涜が含有する。
間違っても敬意なんてものを抱くべきではない。
「百の死因によって死亡した百の魂自体は、術者が実際に百人を別の方法で殺害すれば手に入るかもしれない。だが、それを差し引いても次元の違う術師であるのは間違いないだろう」
続く蒲牢の分析に内心倦厭する。
特定の死因をもつ死者を用意する方法。
単純極まりないが、自ら殺して手に入れるのが最も手っ取り早い。理屈では理解しても悍ましくて仕方ない。
こちらはそこまで想像できていたわけではない。
彼女からすれば、屍霊術師からすれば、当然の選択肢のうちに入るというのだろうか。
「さあて、そんなイネスの赫剣っ!! まずはぁ、150万ドルから――――ッ!!」
参加者はこれまで以上の熱気を以てして競売に参加する。それは、競売価格がこれまで以上の速度で釣り上がっていくことを意味する。
金額は直ぐに1000万ドルを突破し、それでもなお金額の上昇が収まる気配はない。
「2000万ドルッ」
「2200!」
「4400!」
「5000!」
「5300!」
異常に高騰していく価格に対して、蒲牢も負けじと価格を上げる。
「7000ッ!」
熱気に包まれていた観客の動きが止まるのを感じる。
先程の壺の際もそうだったが、およそ7000万ドルが一種のラインで、それ以上をかけるのは割に合わないのだろうか。
「7000出ましたぁ!他いらっしゃいませんかぁ!もう二度とお目にかかれないかもしれませんよぉ!!」
煽るように嗤いながら、司会者は観客の競争心をつつく。それに触発されたのか、幾人かの観客が葛藤しつつも声を上げる。
「7200……ッ!」
「7300……!」
「7500……!」
それに対して、叩き潰すように蒲牢は再度挙手して口を開く。
「8000ッ!!」
その額を聞いて、観客の熱が急激に冷めていく。前のめりになって浮いた背中を、再度、座席の背もたれに接する。首を振って諦めたように項垂れる者もいる。
そんな会場の様子を視認して、満足げに微笑んだ司会者は足を踏み鳴らす。今宵何度も聞いた落札完了の合図である。
「はぁい!!イネスの赫剣は8000万ドルで落札決定でぇす!!おめでとうございまぁす――――ッ!!そして、本日のオークションはここまで!また次回の参加をお待ちしておりまぁす!!」
落札終了。
これで壺と赫剣の両方の落札に成功したかたちだ。他の品物は異質な物品ではあったが、魔具――大量殺戮を可能とする魔法の道具ではなかった。
蒲牢の語っていた魔具の回収という目的は完全に達成されたと言える。しかし、不謹慎だとは思いつつも、ある違和感がわいてくる。
「さっきの壺が1万人の犠牲のもと作成されたのに対して、赫剣は100人でしたよね?にも関わらず、どうして剣のほうが高い値が付いたんですか?」
単純に数だけで考えれば、それこそ100倍の差があるわけだが、売買金額は100分の1どころか、上回ってすらいる。
命の価値は単純化するものでもないが、それでもこの歴然とした差には疑問を生じずにはいられない。
「色々理由はあるだろうけど、赫剣は使い方と効果が分かっているからかな」
「使い方……?」
「そう。赫剣自体はそこそこ流通してるんだよね。だから、使用条件とその効果が完璧に解明されている――逆に言えば、今日競り落とした壺なんかは、どうやって使用するのか、どういった効果を齎すのかは、どうしても実験と魔術的解析が必要になってくるのさ」
どんなミサイルにだって取説やらマニュアルやらあるだろう。
しかしながら、魔具というのは殺戮兵器にも関わらず、実験と解析を駆使して使い方を推察していかなければならないらしい――その苦労は並大抵ではないことは容易に予想できる。
「それ、下手すれば実験と解析中に暴発して死ぬ可能性もあるということですか?」
「その通り。まあ、少しのミスで即死するなんてのは、意外と希少だから警戒しすぎなくてもいいけどね。それでも、リスクが低く効果が実証されているものを求めるのが自然だ」
想像以上の傍迷惑さに愕然とするしかない。
しかしながら、赫剣のほうが評価額が高かったのには納得がいった。
いつどんな時に爆発するか分からない兵器よりも、使い方が完全に知れ渡っている兵器のほうが欲されるは当然のことである。
「さてと、何事もなくこれでオークションは終了だ。僕の仕事である競売品の代理買い付けも完了して一先ず安心だ」
「随分、高額な買い物になりましたけど大丈夫なんですか?」
「それについては心配いらない。これは全部雇い主の金さ。あのじいさん、金持ちなのが趣味みたいな男だからね。これくらいじゃあ大した損失だと思わないだろう」
蒲牢と白虎の背中を追うように、オークション会場をあとにする。観客たちも続々と会場から退出している。
ある者は満足げに、ある者は退屈そうに、ある者は悔しそうに。
その表情は十人十色であり、彼らが冷血で感情の欠いた化け物ではなく、血の通った人間であることを思い出させる。
それにしても合計1億5000万ドル程度支払ってなお、大した損失ではないと断言できる雇い主とは一体どれだけの億万長者だというのか。
どんな生活を普段送っているのか一市民からすれば想像もできない。
「……というか、落札した品ってどこで受け取るんです?」
受け取り場所さえ分かれば、あわよくば先回りして蒲牢に阻止される前に廃棄できるかもしれない。そんな思惑を隠しつつ発した問いかけに、彼女は落ち着いた様子で返答する。
「落札した品をそのまま持ち歩いてたら誰に盗られてもおかしくないからねぇ。そこらへんは、オークション運営が責任をもって、落札者が指定した住所あてに郵送するのさ。まあ、希望者は受け取って帰ることもできるけどね」
「……そうですか」
しかし、こちらの考えは易々と打ち砕かれた。
オークション運営側が郵送するというのなら、ここから先は蒲牢すら与り知らぬ領域となるのだろう。
彼女が知らない魔具の在処を、自分が探って何とかして盗み出し廃棄する――あまりにも現実味のない計画だ。
「……さて、これからの予定について話をしようか。僕の仕事は早々に片付いた。そして、このイカれた船の巡航ルートに最後まで付き合うつもりはない」
蒲牢は下船へ向けて語りだす。
無論、こちらとしてもこんな船からは即急に逃げ出したかった。
「途中で下船して飛行機に乗り換えれば、近いうちに日本へ帰れるとだろう。君のパスポートとか手続き関係は――雇い主に何とかしてもらえるよう頼んでみるよ。なに、金稼ぎの次に人助けが趣味のような男だ、快く引き受けてくれると思う」
そんな風に話す蒲牢は、何故だか少々矢継ぎ早で結論を急いでいるように思えた。
まるで、何か言われたくないような、何か切り出されたくない話題があるような、何かから遠ざけようとしているような――そんな雰囲気。
その違和感がどうして生じるのか、蒲牢が何を感じているのか、自分には何も分からない。掴みどころのない雰囲気を持つ少女ではあったが、それでも今の雰囲気はどこか異質だ。
彼女に問いただそうか悩んでいると、こちらを見る蒲牢の表情が一気に青ざめた。
そして、すぐに彼女によって思いっきり身体を突き飛ばされる。
体格差のある少女からの一撃であるため、宙に浮くなんてことはなかったが――それでも数歩仰け反らざるを得ないだけの勢いがあった。
突如、発生した衝撃。
それに唖然し、眼前にいる蒲牢に対して警戒を強めようとした矢先。
視界の端から端を、数本の蛇らしき物体が超高速で通過する。
不意に空間を刺し貫くように直進してきたソレによって、蒲牢の身体は容赦なく殴打された。
よくよく観察してみると、ソレは蛇ではなく腕だった。
人の腕のような形状をしてはいたが、人の身では再現不可能な伸縮自在の軌道を魅せる魔腕が、超高速での人体破壊を成立させていた。
人のようでいて、人とは異なる異形の存在。
その全容は未だ見えずとも、その正体には確信をもって答えられる。
彼女を襲った魔腕が高速で縮んでいく。
ダメージによって倒れそうになる蒲牢の身体を地面につくギリギリで受け止めてから、魔腕が戻っていく先を睨みつけて絶叫する。
「屍体……ッ!!屍霊術師《ネクロマンサー》――――ッ!!」