死屍累々   作:峠坂

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グレイトフル(3)

 

「――少しだけ、蒲牢さんと話をさせて下さい」

 

「まあ、いいだろう。短く済ませたまえよ」

 

 当然、拒絶されるだろうと踏んでいた懇願はあっさりと承諾される。

 

 肩透かしをくらいつつ、蒲牢に向き直ってその表情をみる。

 

 これまで見てきた冷静で余裕のある態度からはかけ離れた、焦燥感漂う姿。その原因が全て自分にあることを痛感し、申し訳なさが骨身に染みる。

 

「蒲牢さん、覚悟できてるかって聞いてくれましたよね。この船に乗ってそれほど経っていない時に」

 

 蒲牢は困惑したようにこちらを見つめ返す。

 

 これから先、こちらが何を口走ろうとしているのか身構えているようである。

 

「情けない話ですけれど、俺はあの時怖かったし、今だって怖くて仕方ない。災禍の主に挑むというのなら、それはもう一度あの地獄へ舞い戻ることに他ならない。あの恐怖と喪失をもう一度味わうことに他ならない。そんなことを想像しただけで、膝が馬鹿みたいに震えて立ち上がることも難しくなる」

 

 素直に本音で告白する。自分自身の脆弱さを殊更に喧伝するように。

 

 花矢のように強くなれない、蒲牢のように強くなれない。

 

 そんな風に言い訳がましく、己の弱さを赤裸々に吐露する。

 

「だから、俺は、あの時……」

 

 蒲牢を見ながら存分に躊躇ってから発する。

 

 あの時言いかけて、言いそびれてしまった敗北宣言を今ここで。

 

「復讐なんて()()()()()()()――――そう言おうとして」

 

 結局は自分はちっぽけな人間で、弱者で、卑劣で、浅慮で、無能で、醜悪な存在なんだ。

 

 無念のまま死んでいったであろう島民のために、立ち上がって戦うだとか、生涯を復讐に捧げるだとか、そんなことは恐ろしい。

 

それだけ地獄と化した葉射島の記憶は強烈な恐怖として、魂に刻まれてしまった。

 

「――だろうね。そして僕は、君が心変わりしてやっぱり復讐しよう――なんて考えないよう、ダメ押しで更なる恐怖を植え付けた。屍体売買の現場とかを敢えて見せつけたりね。()()()()()()()()()()()――――」

 

 覚悟を問うためにではなく、覚悟を折るために。

 

 初めから蒲牢は本音の部分では、復讐者への道に進まぬように早々に諦めさせる手筈だったのかもしれない。

 

「だからこそ意外だった。魔腕からの襲撃を受けたあの時、短い猶予を浪費してまで覚悟を問いたあの時。君はまだ決めかねているといった。てっきり君の中では決まり切っているものだと思っていたから、復讐なんて無理だとそう言うものだと思っていたから」

 

「島民の皆には本当に申し訳ないけど――あの地獄に再び赴いて災禍の主を突き止めて相対するなんて俺には無理だ、勘弁してくれって心底思いました。だけど、ここで悪趣味の見本市みたいな馬鹿げた改造を施された屍を見る度に、悪辣の極みのような魔具やら商品やら見る度に――」

 

 船で見たのは世界の一端。屍体損壊と冒涜からなる悪辣非道のバーゲンセール。

 

 葉射島で経験したこの世のものとは思えない地獄の饗宴は、姿かたちを変えて世界の裏側で日常のように行われている。ただの平凡な地獄のひとつ。

 

()()()()()()()()()()()()()って、そう実感したんです」

 

 もし、葉射島でこの悲劇が最後だというのなら、史上稀にみる大災害にでもあったのだと――納得は出来ずとも受け入れることはできたかもしれない。

 

 生涯をかけて島民を忘れず供養し続けて、いずれ時間が傷を癒すのを待つなんてことができたかもしれない。

 

 だが、そんな期待は夢物語なのだと痛感させられた。

 悼んだとしても、苦しんだとしても、忘れようとしても。

 

 こちらの事情には一切合切考慮なんてされず、世界の何処かで災禍と地獄は繰り返される。

 

「クソッタレの惨状が今も世界の何処かで発生しているかもしれない。例えこれから立ち直って、前を向いて歩けるようになっても、また身近なところであの地獄が起こるかもしれない。俺はそんな風に怯えながら生きるのは嫌です」

 

 震える声で忌憚なく弱者の論調を展開する。

 

「俺は弱い人間だから、あの苦しみをもう一度味わう事なんてできないし、あの苦しみを他の誰かが味わうのも見たくない」

 

 脆弱で軟弱だから、苦しいのは嫌だから。

 弱くて、愚かで、脆くて、ちっぽけな自分は苦しいことに耐えられない。

 もう二度と、あの惨劇を繰り返させるのは耐えられないから。

 

「だから、俺は戦います。島を襲った災禍の主を突き止めて、必ず報いを受けさせる」

 

 だからこそ、戦う。

 それは、逃避のような宣誓。強者による正義心からなる宣誓とはわけが違う。弱者による逃避からなる宣誓だ。

 

「待て、君は一体何を」

 

 蒲牢がこちらを見て困惑している。

 これから俺が、何をしでかそうとしているのか理解できずに。

 

 魔腕屍体と屍霊術師に向き直り、視線を飛ばす。

 背後の蒲牢に、もう指一本触れさせぬように腕を広げて庇いの姿勢をとる。

 

「な――っ!?」

 

 背後で驚愕に満ちた声を上げる蒲牢。

 魔腕屍体の屍霊術師は、心底失望したように溜息を吐く。

 

「てっきり、別れの言葉なり恨み言なり言うものだと思っていたが……まさか、この私とメドゥーズに挑もうとでもいうのか?」

 

「蒲牢さんを殺すなり、売るなりするってんなら、止めさせてもらう」

 

 決意を込めて発した言葉を、男は嘲笑う。

 

「君は屍霊術師ですらないんだろう?そんな君がこの数の屍霊術師を相手取る気か?未亡人の扱う屍体もいるが――、恐らく元来の半分以下の性能しか発揮できないこの状況で?」

 

 男の指摘通りに戦力差は明らかだ。

 こちらの戦力は白虎と戦闘の素人が一人のみ――それに対して、相手は伸縮自在かつ高速駆動もお手の物の魔腕屍体と数十組の屍霊術師たち。

 

「そうだ、馬鹿な真似はよせ。復讐者として生きる覚悟が決まったというのなら!僕のことなど捨て置け!!いったはずだ、自分のことも他人のことも諦めろと――――ッ!!」

 

 蒲牢は縋り付いて懇願するように絶叫する。

 

「俺はヒーローじゃない。世界中に蔓延する地獄の全てを解決することなんて出来やしない。蒲牢さんが言ってた、自分の目的とその道程以外の全てを無視するべきだって意見も――――間違っているとは思わない」

 

 世界の何処かで起こる悲劇に駆けつけて解決するなんて当たり前だが出来やしない。

 所詮は正義の味方(ヒーロー)ではなく、ただの復讐者(アヴェンジャー)なのだから。

 

「だけど、言ってくれましたよね、花矢について」

 

 島民を護る為に自傷を行ったという花矢に対する推理。

 それが真実かどうかは分からない。それでも――――。

 

「花矢が本当のところはどう思っていたかなんてわからない。もしかしたら推測も間違いかもしれない。だけどそれでも、蒲牢さんは花矢の想いを汲むことを考えてくれていた――」

 

 花矢が実際のところどう思っていたのかなんて、彼女に聞かなければ分からない。

 そして、それが聞ける日は永遠にやってこない。

 

 それでも、屍体の状況から想いを察して、それを汲もうとしてくれた蒲牢。

 それを聞いたとき、漲った思いの丈を形にするように慎重に言葉を選ぶ。

 

「そのことに、俺がどれだけうれしかったのか。どれだけ感謝を伝えたいのか、どれだけ救われたのか。貴女からすれば今日あったばかりの他人だったのに、花矢に対して最大限敬意を払おうとしてくれた」

 

 結局のところ俺は生命だけじゃなく、心も救われたのだ。

 

 あの地獄で、島民の全てが惨たらしく弄ばれた。尊厳を徹底的に毀損された。

 あらゆる命が尊厳が、全て無価値の塵芥のように扱われた。

 だけど、島民の一人の――花矢の想いを察し、悼み、大切に扱おうとしてくれた人がいる。

 

 この胸中にとめどなく溢れる感謝の念を、敬意を、親愛をどう表現すればいいのだろう。彼女の行いにどう報いれば足りるのだろう。

 

「理由はそんなところです。貴女を見捨てて逃げ出した後に、憂いなく復讐なんてできるはずがない。花矢のことを大切にしようとしてくれた貴女を見捨てて、復讐なんてしたって意味がない。復讐もする、だけど貴女を見捨てるつもりもさらさら無い」

 

 際限なく沸き立つ感情の奔流――――それを無理矢理抑えつけて、眼前の魔腕遣いに真っ直ぐ敵意を向ける。

 

「犠牲になった島民の弔いの為に。これから犠牲になるかもしれない誰かの為に。自分自身の心を守る為に戦おうというのに、貴女のことを見捨ててしまえば、それこそ本末転倒だ」

 

「馬鹿だな君は、本当に大馬鹿だ……」

 

 蒲牢は小さな声でこちらを責める。

 魔腕遣いは心底不愉快そうに睨みつけてくる。

 

「ヒーロー気取りか?言っておくが、屍霊術師である以上、そこの未亡人も私たちも同類のクソッタレだ。金銭や思想信条の違いで、あっさりと躊躇いもせず人を殺す人でなしだ」

 

 実際のところ、災禍の主と魔腕遣いと蒲牢――その三者にどの程度の差があるのかなんて分からない。それを見極めるにはまだまだ知らないことが多すぎる。

 

「君がそいつを救ったとしても、その後手痛い裏切りにあうかもしれないんだぞ。私たち屍霊術師は目的のためなら、いかなる手練手管も惜しまず悪逆非道を成すのだから」

 

 そうなのかもしれない。正直、自分自身ですら蒲牢を救うことが正しいことなのか分からない。

 

「確かに、ついさっきまで――何なんだこの怪しい人は、とか思ってはいましたけど」

 

「え、そんな風に思ってたんだ……」

 

 余裕のある態度でもなく焦燥感ある態度でもなく、純粋にショックを受けたような表情を浮かべる蒲牢。

 これまでが嘘っぱちだとは思わないが、初めて素の表情が見れたような気がした。

 

「分からないな。そこまで理解していて何故救済(すく)う。分かり易い善行を積んで神様相手にポイント稼ぎでもしているのか?死後に天国にいけるように?」

 

「なんですかそれ、そんなこと考えたことないです」

 

 岸幕家は代々、神道も仏教も基督教も信仰してないが、元旦は神社に初詣に行って、死んだら寺でお葬式をして、サンタクロースは十歳まで信じてた。

 神様なんて信じてないけれど、あの世なんて信じてないけれど、それでも死んだ皆の魂が安らかに眠れますようにって祈る。

 信仰心だとか、損得だとかではなく、ただ死者の安寧を希う。

 だから自分が天国にいけるかどうかなんて、つゆほども興味はない。

 

「だけど、そうだな。強いて理由を挙げるなら――」

 

 想いと決意を再び口にし、確固したものとして定義する。

 震える身体を漲る決意と強固な動機で支える為に。

 

「善行によって善人が必ずしも報われるとは限らないように」

 

 いつだってそうだ。善因善果なんてまやかしだ。

 歴史上の聖人や善人の類だって、大抵最期は悲惨な結末だった。

 

「悪行によって悪人が必ずしも報いを受けるとは限らない」

 

 いつだってそうだ。悪因悪果なんてまやかしだ。

 この船にいる悪辣な所業を行っている全ての者が、何れ悉く報いを受けるわけではない。

 

 そんなことは分かり切っている。善因善果も悪因悪果も、そうあってほしいだけなのだ。心からそうあってほしいと望んでいても、そんな世界はどこにもない。

でも、だからこそ、俺は――――。

 

「なら、せめて俺は――――恩には報いて生きていきたい」

 

 島から救い出してくれてありがとう。

 

 花矢に最期を齎してくれてありがとう。

 

 覚悟を折ろうとしてくれてありがとう。

 

 花矢の想いを汲んで大切にしてくれてありがとう。

 

 蒲牢から受けた測り知れない大恩。それをまだ一つも返せていない。

 

 善人が報われないというのなら、悪人が報いを受けないというのなら、せめて恩人が報われなければ――あまりにもやるせない。

 

「蒲牢さんには恩がある。それを返したい――ただそれだけです」

 

 結局はそうあってほしいだけなのだ。

 

 自分や大切な人の為に尽くしてくれた人が、損ばかり被る姿など見たくない。

――ただそれだけの単純な動機。

 

 だが、単純故に最も強固で揺るぎ難い軸。

 自分自身の全身全霊を込めて戦ってみせる。そんな決意を胸に眼前の敵を見据えた。

 

 

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