死屍累々   作:峠坂

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メデューズ(2)

――――違和感。

岸幕右京との戦闘が開始してから、付き纏い続ける違和感をバスティアン・カリエは晴らせずにいた。

 

幾度となく繰り返されたメデューズによる連撃。

常人ならば一撃喰らっただけで気絶しかねない拳を何度受けても、彼は辛うじてではあるが意識を保っている。

 

この異常な耐久性と回避を成功させているフィジカルの高さなども、普通に暮らす学生としては異質と言える。

だが、最も不可思議な点は長年連れ添った屍体――メデューズに現れていた。

 

メデューズの無数に生えた触腕――その内の一本の動きが鈍い。

メンテナンスは欠かしたことが無いし、戦闘開始直後は不調ではなかった筈だ。

にも関わらず、戦闘中のどこかのタイミングで格段に制御が効き辛くなっている。

 

些細なことだと掃き捨ててもいいような、小さな違和感であったが、それでもなお思考する。

それが、死力を尽くして時間を稼がんとする少年に対する、せめてもの敬意であると思ったからだ。

 

この不調が偶然の産物なのか否か、それを確かめる為に頭を回す。

 

一体何時から――そう思考を巡らし、記憶を逆再生のように遡る。

そうして、ある事実に気づく。

 

あの触腕は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった、ということに。

 

当然、右京に説明したとおりメデューズの触腕には骨が内蔵されていない。

それ故の、伸縮自在かつ自由自在の可動である。

 

強すぎる膂力によって内部の筋肉を断裂させたのかと思ったが、常人の力で殴った程度で破壊されるようなヤワな構造はしていない。

 

であるならば何故――。

 

思考を巡らし、観察を続け、注意を払い、可能性を吟味し、一つの推測を導き出す。

 

有り得ない――そう思いながらも、目を凝らし魔力の視認精度を高める。

屍霊術師であれば魔力という生命エネルギーを視認することなど容易いが、基本的には体外に漏出している魔力を視認することになる。

 

だが、魔力の操作に熟達した手練れの屍霊術師であれば、身体の内部を巡る魔力を視認することも可能である。

 

通常の視覚と比較すると連続での使用は疲労するため、内部を巡る魔力を注視するのは対屍霊術師戦くらいであるが、今回は懸念を払拭するために使用する。

 

そして、抱いていた推測と懸念が誤りでなかったことを知る。

 

メデューズの身体内部の魔力の循環――概ね異常はないが、触腕の一本のみが異質だった。

丁度、右京によって殴られた触腕だけが他と異なる魔力循環をみせている。

 

その循環はこれまでに視認したあらゆる魔力循環のなかでも、とりわけ異質で異様で異常で――なによりも美しかった。

 

その美しき魔力の循環が、本来の支配者《マスター》である自分自身の魔力を外へ追い出して、今や触腕一本分を掌握してしまっている。その事実に愕然とする。

 

屍体の魔力循環を掌握するということは、その屍体の支配権を得ることに等しい。

より適切に循環する魔力は、より高精度なパフォーマンスを発揮することになる。

 

だがしかし、魔力のこもっていない捨て置かれた屍体ならばいざ知れず、今現在進行形で屍霊術師が操作を行っている屍体を、横からかすめ取る様な事例など聞いたこともない。

 

何故ならば、操作されている屍体に対して部外者が魔力を供給しようとしても、既に屍体は身体全体で魔力循環が完成している状態であり、そこに割り込む余地などないからだ。

 

ない筈なのだ――。

だが、事実として触腕の一本が差し押さえられたかのように、支配権を半ば奪われてしまっている。

 

そして、信じ難い事であるがその魔力循環を齎したのは十中八九、岸幕右京の拳によってだろう。

 

恐らくは、メデューズの触腕を破壊しようとして拳を放った時、触れた箇所から右京の魔力がメデューズに供給されたのだ。

その結果として彼の魔力はメデューズの触腕一本を奪い去ってしまった。

 

幸いなことに彼はまだその事実に気づいている様子はない。

触腕一本分の操作権は既に彼の手に渡ってはいるが、肝心の屍体操作を行えるだけの技術が備わっていないのだろう。

 

だがそれは、屍霊術師ですらない一般人の素人が、屍霊術師として手練れの域にいる自身を超える適切な魔力循環を成し遂げている――という事実を露呈させている。

 

有り得ない――。そう理性と経験が断言していても、眼前にある現実が変わるわけではない。

 

瞬間、思考を切り替える。

事実を事実として認めて、眼前の対象への警戒レベルを引き上げる。

もう自らを狩人だとは思わない。

今までは闘争の相手として敬意は払いつつも、どうしても実力差が大きすぎた為に警戒が甘かった。

 

その認識を根本から改める。

同格か、それ以上と相手していると認識し、目の前の少年を全力で殺す。

 

とはいえ、既に彼は死に体であり、いくら彼のタフネスが異常であっても限界はある。

開始直後は息巻いていた彼も、徐々に消耗していき今ではすっかり虫の息だ。

 

彼の全身は打撲痕により見るも無残な惨状となっており、傷のついていない箇所を探す方が難しい。

吐血と鼻血によって顔の下半分が紅色に染まり、その双眸は充血して目尻に涙の痕が残っている。

 

最早、勝負はついたように思え、あと一撃与えれば今度こそ終わりだろう――そんな確信がある。

 

「最期に言い遺すことはあるかね」

 

これが最後の慈悲だ。

彼の魔力循環について問いただしたくなる気持ちが無いわけではないが、余計な関心は戦場において足元をすくう原因になりかねない。

 

せめて、死力を尽くして戦った少年の名とその最期の言葉だけをバスティアン・カリエの魂に刻み、彼の生を終わらせよう。

 

そう殺意と決意と敬意を込めて、眼前の少年を見下ろす。

 

少年は聞こえないような小さな声で何かを呟いて――立ち上がった。

身体の隅々までが重篤患者そのものの酷い有様のまま、確かに直立し微笑んだ。

 

「まだ、戦うというのかね」

 

思わず発した言葉は、意図せず懇願の様だった。

これ以上の暴力は屍体に対する甚振《いたぶ》りと何が違うというのか。そう言いたくなるような酷い怪我だった。

 

屍霊術師の己が、死体損壊の様な行いに罪悪感を覚えるなど可笑しな話である。

そう言い聞かせて、改めて少年を見据える。

 

魔力を昂らせ、メデューズに戦闘態勢をとらせる。

幾つもの触腕が今か今かと、射出を心待ちにするように構えられている。

 

その一つ一つが、今の少年にとっては一撃必殺の魔拳に他ならない。

 

「ごちゃごちゃ言ってないで、かかってこい。あんたをぶっ倒してやるからよ……」

 

そう口にしながらも、少年は吐血する。

 

限界を超えているのは火を見るよりも明らかであった。

せめてメデューズの全力をもってして殺害し、死をもってしてその苦痛から救済するのが慈悲だ。

 

「いいだろう――。君に敬意を払い、我がメデューズの真骨頂をお披露目しよう」

 

これまで散々少年を殴り続けていたメデューズの拳を、脱力して完全に開く。

怪訝そうに観察を続ける右京を横目に、操作を継続する。

 

循環させている自身の魔力を通して触腕全て――1本を除く――に、ある指令を飛ばす。

 

解放された指は徐々に中指を中心に纏まるように絞り込んでいき、格闘技における貫手の状態を越えて尚、細く一体になっていく。

そして、手指は棘のような形状になるまで細く尖鋭化され、漸く完成する。

 

「これは今までの殴打とは訳が違う。装甲車を貫いて乗車している者を刺し殺すことができる代物だ。――名付けて『棘剣《きょくけん》』」

 

普段は滅多に使用しない、必ず殺すと決めた相手にのみ使用する正しく()()()

それを一般人の少年に使用するという異常事態。

だが、あの美しき魔力循環の謎が、喧しく警鐘を鳴らしていた。

 

油断が致命的なミスになる、そんな予感が消えない。

故に、一切の出し惜しみはしない。全霊で警戒し、全力で殺してみせる。

そんな矜持と覚悟の表れである。

 

「――さらばだ、岸幕右京!」

 

その言葉を皮切りにメデューズは駆動する。

直接攻撃する触腕は四本にまで絞り切り、他の触腕は書劇を回避した先で潰すために待機させる。

 

左に避けようと、右に避けようと、跳躍して上へ逃れようとも殺し切るための選択。

 

尖鋭化された副産物として、空気抵抗が極端に減った掌は、通常の速度を遥かに超越した神速で駆ける。真っ直ぐに伸びる腕は、その空気の流れで床タイルを剥がし砂煙を上げながら、右京目掛けて直進する。

 

着弾し発生したのは一際大きな砂煙と轟音。

ノイズのなか、長年の経験と聴力によって感知する――外れた、という音。

少なくとも、人体を貫くにはいたらなかったらしい。

 

あの速度を回避してみせたのか――そう思った矢先。

 

砂煙を突っ切るように右京は飛び出した。

真っ直ぐに、ただ此方へ向かって突き進んでくる。

ただし、彼は地面なんか走ってはいなかった。

 

「単純な話だったッ!」

 

瞬時、少年の選択した最期の策を知り、愕然とする。

それは策というには余りにも荒唐無稽で、不格好で、常識知らずで、狂気的だった。

 

「降り注ぐ雨を避けられないって言うんならよ――――ッ!!」

 

右京は地面なんか走ってはいない。寧ろ、彼の身体は()()()()()()()()()

踏み出す足の一歩一歩が地面についていない。

 

()()()()()()()()()()!!」

 

岸幕右京は伸びきったメデューズの触腕に飛び乗り、まるで綱渡りが如く活用している。

触腕の上という最短ルートを突っ切って、一直線に真っ直ぐにこちらに向かってくる。

 

「莫迦な――――ッ!?」

 

頭がおかしい、正気の沙汰じゃない。

この期に及んで、彼は未だ諦めてなどいない。

 

全身を走る苦痛が、何度も彼の心を折りかけた筈なのだ。

それでも尚、彼は諦めを踏破し、こちらに向かって只管に走ってくる。

 

正に狂気の沙汰ともいえる作戦をもってして、未だ戦おうとしているのだ。

 

「この針の雨のなか、私に届くと思っているのか――――ッ!!」

 

絶叫したまま、魔力を昂らせメデューズは駆動する。

岸幕右京を刺殺するために、まるで蛇のように曲線的軌道をもってして、幾本もの触腕が彼に襲い掛かる。

 

それと同時に初撃で放った四本の触腕をUターンさせて、背後から少年の背を狙う。

 

だが、その襲い来る触腕の群れに対し、時に跳躍し、時に別の触腕に乗り移ることで右京は巧みに回避を続ける。

 

「莫迦な、まるでサルだ!」

 

「こんな近くで長い腕を振り回したら、絡まらないか心配だよなぁ!あんたは熟練って感じだから、そんなミスはしないかもしれないけど――どうしても直進で動かすより速度は落ちるよな――ッ!!」

 

事実だった。

メデューズが最高速度を出せるのは、どうしたって直進の時だ。

 

曲線を描く軌道や腕同士を交錯させるような軌道の時は、どうしたって速度は落とさざるを得ない。

だからといって、通常の一般人が回避可能な次元のものではない筈だ。

 

にも関わらず、彼はギリギリ回避を成功させ続けている。

ほんの少しでも速度を落とせば死にかねない死の雨のなか、全速力で走り続けている。

恐らくは死に際の最期の足掻き故の、決死の覚悟によるもの。

覚悟が向こう見ずで鉄砲玉のような狂った行為のなか、全速力で進み続ける支えになっている。

死を恐れない決意の強さが、眼前まで迫る死を前にしても、動じない心と冷静な判断を生んでいる。

 

遂には、右京は全ての針触腕を潜り抜けて、メデューズのもとに――私の傍まで到着する。

 

「――いっぺん寝とけ、この野郎!!」

 

そうして私の顔面に叩き込まれる岸幕右京の拳。殴られた衝撃のまま地面に転がって、その鈍重な痛みを身に染みて味わう。

 

「ぐっ――――」

 

身を捩るように痛みに耐えながら、思わず声を漏らす。

 

右京は殴ったと同時に飛び降りて、地面に着陸し、息も絶え絶えにこちらの様子を伺っているようだった。

 

「――かはッ」

 

右京の身体が再び宙を浮く。

針から掌に戻したメデューズの触腕で、彼の首を絞めるようにして持ち上げたのだ。

 

少年のものとは思えない重い拳であったが、それでもこちらの意識を喪失させるには至らなかった。

 

「くそ、気絶させる気で殴ったんだけどな……だめ、だったか……」

 

そんな風に口惜しそうに言う少年。

 

「君に敗因があるとすれば、そこだよ。君は気絶させる気ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

あの拳をあと数発受け続けていれば、私はメデューズの操作不全を起こしていただろう。屍霊術師の怪我や動揺は、それだけ繊細なコントロールに支障をきたす。

 

実力差のある相手に対して、戦闘不能を目標とするのでは公算が甘すぎる。

彼はせめて死に物狂いで、私を殺す為だけに死力を尽くすべきだったのだ。

最期まで殺す気になれない者など、戦いの場から逃げておくべきだったのだ。

 

「せめて、私に一撃入れたことを冥途の手土産にするといい。私は君の名前を魂に刻み込み、死が私に追いつくその時まで、岸幕右京という男がいたことを記憶し続けよう――」

 

棘触腕の幾つかを構える。

彼は観念したのか、気力が抜け落ちたのか気絶したかのように目を閉じる。

 

末恐ろしい少年がいたものだ――そう心で呟いて、メデューズに指令を飛ばす。

 

右京の打撲痕だらけの身体目掛けて、棘触腕が駆動した。

 

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