死屍累々   作:峠坂

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メデューズ(3)

メデューズの針触腕が右京の身体を貫いて、床に鮮血が飛び散る――ことはなかった。

そうなる寸前に、メデューズの針触腕が手首から切断されて地面に落ちたからだ。

 

「――なッ!?」

 

突然の事態に愕然としていると、女の声が聞こえる。

息も絶え絶えにしながら、肩を動かして呼吸を繰り返し何とか呟く。

 

「――『虎徹《こてつ》』」

 

声が聞こえてきた先――――そこにいたのは未亡人と彼女が従えている屍体だった。

未亡人は脚の負傷故に地に尻をついて、屍体は何かを抱きかかえている。

 

よくよく目を凝らしてみれば、それは右京だった。

つい先ほどまでメデューズによって首を掴まれ、身動きが取れなかった彼が今や脱出を果たしていた。

 

推測するまでもなく、針触腕を切断するついでに彼の身柄も奪われてしまったのだ。

 

「……なんとか、間に合ったようだね。本当によく頑張った」

 

蒲牢は心底安堵したように、少年に声をかける。

彼は重体患者そのものであるが、それでもギリギリ死んではいなかった。

 

「莫迦なッ!まだ精々五分程度しか経っていない筈――ッ!?」

 

彼女が言っていた討伐目標時間は10分程度だった。

 

手数の多いメデューズならいざ知れず、改造に乏しい屍体を駆使してここまで短時間で倒し切ってしまうなど有り得ない。

 

そう激高するように問いかけた疑問に、蒲牢は満面の笑みで嘲笑う。

 

「敵が口にした目安の時間を信じるなよ、案外真面目なんだね」

 

「……では、本当にこの短時間で、あの連中を倒し切ったのか。それなりの手練れもいた筈だが」

 

「言っておくが君の戦力分析は概ね正しかった。あの集団と君に畳みかけるように襲われれば――かなりの確率で僕は敗北を喫していただろう。無論、あの連中を倒すのだって相当きつかったしね。だけど――」

 

蒲牢は右京へ視線をやり薄く微笑む。

 

「彼が命を懸けてまで時間稼ぎをしているんだ。限界の一つや二つ越えてみせるさ」

 

彼女の遥か後方――屍霊術師集団と未亡人が争った戦場に視線を向ける。

そこでは、屍体と生きているのか定かではない屍霊術師の集団が不揃いに転がっていた。

 

本当にあの時間で制圧を終わらせて、こちらの戦場にも間に合わせたというのか。

 

「さて、僕の休憩を待つ必要はない。そろそろラウンド2といこうか」

 

白虎が近くの安定した場所に右京を寝かせ、戦闘の構えをとる。

メデューズが最も得意とする戦闘は中距離戦だ。

つかず離れずの距離を保ちながら、適度に攻撃を加え、じわじわと相手を消耗させる。

 

対して白虎呼ばれる屍体――これまでの戦いの様子から察するに近距離戦闘用に調整を施された屍体であることは明白。

 

しかも、速度も平均的な屍体よりも遥かに速い。

メデューズの拳速を越える速度で近づかれてしまえば、こちらの勝ちの可能性はなくなってしまう。

 

故に、結論はシンプルなものに帰結する。

 

先手必勝――初動の速さを持ってして、奴が接近するよりも迅速に超高速の触腕を駆使して最速で殺す。

 

「メデュウウウウズ――――ッ!!」

 

言葉に反応して、メデューズの触腕が一斉に白虎へと向かう。

右京に浴びせたような暴力の驟雨が再びお披露目される。

 

「虎徹ッ」

 

降り注ぐ針触腕の雨、その一つ一つを()()()()()()()()()()

幾つもの針が手首から切り落とされて、メデューズの攻撃性能が著しく低下する。

 

「なに――――ィ!?」

 

切り落とされた針が、正しく雨の如く地へ向かって落ちるなか――白虎は前進していた。反応が間に合わないほどの超高速で、メデューズの懐まで急接近を果たす。

 

こちらはメデューズの背後に、庇われるような形で立っている。

一度、メデューズの身体を盾にして、縮み戻ってきた触腕で縛り殺してやる――そんな思惑を胸に抱く。

 

メデューズの触腕は頭足類の筋肉を用いており、人体では不可能な動作――例えばロープの如く対象を縛り付ける事も可能なのだ。

 

先程から奴らがみせている手刀も、手首という細い部位を狙われたから切断されたのだ。

胴体を無数の触腕でガードすれば切断は難航する筈、その隙をつく。

必殺を確信し、それが破綻したときに人は最も致命的な隙を見せるのだ。

 

来い、来てみろ。受けきって、返り討ちにしてやる。

 

そう息巻きながらも、冷静に相手の動きを観察する。

白虎の動作、その開始が先程の技とは異なっている――手刀じゃない、そう気づいたときには遅かった。

 

「白虎――『琥珀掌《こはくしょう》』ッ!!」

 

白虎による掌底が、メデューズの腹部に直撃する。

腹部は裂けたり崩れたりすることなく、圧倒的衝撃をダイレクトに全身へ伝達しながら勢いよく宙を浮く。

 

攻撃を受けたメデューズに巻き込まれる形で、自身も遥か後方へ吹っ飛ばされる。

地面から身体が浮き、壁に激突して漸く停止した。

 

余りにも強大な衝撃――身体の内部構造そのものにダメージを与えるような凶悪な掌底により、耐えかねて吐血する。

 

「――――化物がっ」

 

そんな憎まれ口を何とか吐いて、意識を保てなくなりうつ伏せになるように倒れた。

 

 

◆◆◆

 

 

「――――っ」

 

先ほどの戦場付近でバスティアン・カリエは目を覚ます。

どれだけ気絶していたのか、未亡人はどこへ行ったのか、あの後どうなったのか、あらゆる疑問の解消を求めて辺りを見渡す。

 

両腕と両脚はロープによって縛り上げられている。周囲には金で雇った屍霊術師集団が山積みにされており、自分はそのうちの麓のあたりに放置されている状態だった。

 

「おや、ようやく目を覚ましたかい」

 

声の先に視線を向けると、未亡人と白虎が立っていた。未亡人の怪我は多少は痛みが引いてきたのか、簡易的な包帯がまかれていた。空間の中で少年、右京の姿だけがどこにもない。

 

「右京はどこに?」

 

「彼は船内の医療センターに運んでもらった。客同士のトラブルには介入しない奴らだが、既に君たちを伸《の》してトラブルは解決していたからね。連中も断ったりはしなかったさ」

 

「そうか」

 

敵として争い、命を獲ると殺意を込めて殺そうとした相手が生きていて、何故か安堵している自分がいる。

 

少年はひたむきに自身の役割に殉じ、覚悟を示し、遂には一矢報いてみせた。その戦いに敬意を抱いていた。

 

だからこそ、彼が生きていてくれて良かった、そう素直に思う。

だが、この現状に疑問が無いわけじゃない。

 

「何故、まだ私を殺していない?未亡人《ウィドウ》、お前が殺しを躊躇うようなお優しい性分を持ってるなんて話は聞いたことが無いが」

 

「侮るなよ。僕は不殺主義者じゃない。必要とあれば殺すことを躊躇ったりしない、君がそう言っていたように僕らは人でなしだ」

 

「それならば、何故――」

 

一瞬、血迷ったのかと思ったが、彼女は冷静にそれを否定した。

その否定により、益々何故自身が生かされているのか理解ができない。

 

「君、彼を……右京くんを殺すのギリギリまで躊躇ってたろ」

 

「いったい、何を根拠にそんなことを」

 

「色々と理由はあるが、一番の理由は戦力を分散したことかな。あの時、君と雇われの屍霊術師集団に挟撃され、乱戦となれば、僕には右京くんを護る余力はなかった。君からしたって態々戦力を二つに分けてリスクをとる必要性はなかった」

 

人員を分散させなければ、勝利を収めたのは逆だった筈だ。

だが、もしそうしていれば、この船に成り行きで乗船しただけの少年は――。

 

「屍霊術師にしては、かなりの珍種だが――君は巻き込まれただけの少年を殺したくはなかったんじゃあないか?」

 

図星だった。殺す覚悟を決めたのは、彼の潜在能力――美しき魔力循環を脅威と感じたからであり、それまでは気絶による戦闘終了を目標としていた。

裏社会に蔓延る様な自業自得な案件や人でなしのクズ相手ならば、殺したって後悔はないが、明らかに船内にいるのも場違いな少年を殺してよいものか葛藤していた。

 

「そして、右京くんも君を殺そうとまでは思っていなかった」

 

それも事実だろう。本気で殺す気であったのなら、あの顔面での一撃で済ます筈がない。畳みかけるようにして何度も拳を打ち付けていた筈である。

 

「最終的に君は右京くんを殺すことを視野に入れはしたが――結局彼のことを殺せなかったし、戦闘時間の大部分では互いに殺す気がなかった。それを、最後に横槍入れた人間が一方的に片方を殺すのはちょっと筋違いだろう」

 

未亡人は自己主張を続けていく。殺意の有無、曖昧なようで単純な理由。

 

「君の死を望まなかった彼に免じて、命までは奪わない」

 

そう締めくくられた蒲牢の言葉に、思わず笑みが零れる。

あの戦闘の最中、こちらの観察も抜かりなかった手腕には驚かされるが、いまはそれよりも――。

 

「目敏い奴め。見透かしたようなことを言いやがって。お前が世界中から嫌われている理由が何となくわかった気がしたよ。だが、そうか、計らずも彼に救われた形か……」

 

曖昧な理由で情けをかけられても、憤慨する気持ちになどなれなかった。

それよりも、どこか爽やかな気持ちすら湧いてくる。

とっくに見放していた屍霊術師という存在を、ほんの僅かでも肯定できるような気がして。

 

しかし、疑問が無いわけでは無い。

ここまで他者に敬意をもって接している未亡人には、あらゆる悪評と巷説の類が付き纏っていた。それらは単なる流言飛語であったのだろうか。

 

眼前の未亡人を見据え、彼女なりに行った敬意と、右京の口から語られた恩について想起する。

 

そして結論を出す、きっと悪評は彼女に恨みを持つものが流した、悪質なデマだったのだろう――と。

 

「噂ではもっと性悪と聞いていたが、その風説はどうやら間違いだったようだな」

 

胸中には最早憂いがなく、穏やかな海を思わせる心地よい爽やかさで満ちていた。

 

悪辣非道と忌み嫌われる屍霊術師において、ここまで他者を思いやり敬意を払う者が未だに存在していたとは。

 

その事実に、密かに歓喜する。

蒲牢は妖精のような可憐さで微笑む。

 

「――そういうのは全部終わってから言った方がいいかもよ」

 

「……なに?」

 

終わってからも何も、最早こちらに抵抗の手立ては無く、彼女も自らの口で殺さぬと発言したばかりであった。

 

これ以上、何をしようとしているのか。

そう困惑していると、彼女は懐から何かを取り出した。

 

「従業員に話して、さっき持ってきてもらったのさ」

 

包帯のような布で包まれたそれを開くと、見覚えのある深紅の姿が確認できる。

蒲牢は本当に嬉しそうに、まるで悪戯する子供のような笑みで微笑む。

 

「これ、なぁ~んだっ!」

 

「それはまさか、い……、『イネスの赫剣』ッ!?」

 

驚きのあまり上体を起こして、膝立ちのような状態になる。

オークションにて本日落札されたばかりの魔具、イネスの赫剣が確かに蒲牢の手に収まっていた。

 

瞬間、想起するはイネスの赫剣の効果と発動条件――。

 

「お、お前――――ッ!!」

 

「その反応、どういう効果が込められているのか知っているようだね」

 

基本的に魔具というのは一点物であり、破壊したりすれば永久に使用することが出来なくなる。

効果が分かっていない魔具はその効力を推測するための実験も必要となり、十全に使用できるようになるまで莫大なコストがかかることも多々ある。

 

それに比べて、イネスの赫剣は既に数本出回っており、その効果も屍霊術師の間では広く知れ渡っている。

 

「確かに殺さないとは言ったよ?言ったけどさぁ?僕の怪我はまあともかくとして、右京くんをあんだけボコボコにしておいて、僕と彼からの合計2発でお咎めなしって言うのは――余りにも釣り合わないでしょ」

 

確かに釣り合わないかもしれない、理屈としては理解できる。

 

「だからといってイネスの赫剣を持ち出してくる奴があるかッ!納得がいかないなら、お前の気の済むまで殴ればいいだろうが――――ッ!!」

 

恥も外聞もなく喚き散らすようにした抗議が、真面目に受け取られることはなかった。

額にチクリと何かが突き刺さる感触がする。

蒲牢によって、私の額にイネスの赫剣が突き刺さった。

 

小さな針の如く赫剣では、殆ど外傷などない。

それこそ、縫い針が指先をつついた程度のダメージしか与えることは出来ない。

 

だが、その真価が発揮されるのは外傷にではなく――――。

 

「『イネスの赫剣』――。これは百の死因からなる百の魂を封じ込めた魔具。発動条件は対象を赫剣で突くこと。そして、その効果は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

突き刺された瞬間、脳内に流れるはあらゆる死の風景。

圧縮された時間のなかで、幾度となく繰り返される死。

 

絞殺され、射殺され、撲殺され、轢殺され、毒殺され、刺殺され、惨殺された。

刎死し、壊死し、獄死し、憤死し、情死し、感電死し、溺死し、病死し、焼死した。

 

死が死を呼び、死んでも終わらぬ死の地獄。

世界各地で引き起こされた悲劇と殺意の物語の一端を、この身で実際に体験したかのように、脳内に叩き込まれる。

 

死ぬ度に生の喪失を味わい尽くし、絶望が脳髄を穿ち尽くす。

だがそれでもなお終われず、再び死の前まで舞い戻る。今度は、別種の方法で死を遂げる為に。

 

「君は今、圧縮された時間のなかで、剣に封じ込められた百度の死因の全てを自らのものとして追体験した。現実時間では一秒に満たない僅かなうちに、ね」

 

そうして百度の死を経験し終わったときには、精神が耐え切れず嘔吐した。

自身の口から出るものが、吐血でも怨嗟でもないことに密かに驚いた。

吐血でも怨嗟でもないものが、口から出てくるのが余りにも久々だったから。

狂いそうになる意識を、鋼の意思で保ち眼前の未亡人を力なく睨みつける。

 

「おや、未だに気を失っていないとは。優秀じゃないか」

 

微笑みを浮かべる蒲牢の姿は、先ほどと異なって悪魔のように見える。

 

あらゆる悪評や巷説の類は流言飛語なんかではなく、事実だったのだろうと悟る。

意識を失う前に、なんとか絞り出すように恨み言を述べる。

 

「くそったれ、未亡人……必ず、地獄に落ち、ろ……」

 

そこで気力は途切れ、自身の吐瀉物の海に倒れこむ。

薄れゆく意識のなか、蒲牢がなおも良い笑顔を浮かべる。

 

「言われなくとも、屍霊術師は全員もれなく地獄行きだ」

 

その言葉を耳にしたのを最後に意識は完全に消失した。

 

 

 

 

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