死屍累々   作:峠坂

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常夏の島(1)

「――んあ」

 

目を覚ますと知らない天井が視界に入る。

こういう場合、知らない天井というのは病院のモノであるのが定番であるが、細い草を集めたような――茅葺き屋根みたいな天井であった。

 

一体自分は何をしていたのかを思いだそうとして、しばらく呆けたあと――。

 

「そうだ、蒲牢さんは――痛ぁ!!」

 

直前のカリエとメデューズとの戦闘を思い出し、蒲牢の安否を確認しようとしたが、全身を走る鈍い痛みによって中断される。

 

冷静になって辺りを見渡すと、その風景は船内とはかけ離れていた。

いわば常夏の南の島。遠くには海が広がり、視線を飛ばせばヤシの木が見える。

広いビーチに併設された茅葺き屋根の小屋――もっとも壁は設置されておらず、日光除けの休憩所のような場所に寝かせられていた。

 

ビーチには人の気配がなく、静かに潮騒の音だけが聞こえていた。

その光景は、神秘的で美しくはあったが同時に不安も過る。

 

「なんだ、ここは。まさか天国って言うんじゃないよな」

 

「残念ながら、そうじゃない」

 

「その声は、蒲牢さん?無事だったんですね!」

 

「それは僕のセリフさ。君がもう目覚めないんじゃないかと気が気でなかったんだから」

 

「蒲牢さん……そんな風に心配してくれてたなんて……」

 

思わず目頭が熱くなるのを感じる。

どういう経緯があったのか分からないが、無事に二人で船内を脱出できたのは間違いないようだった。

気絶した自分を助け、ここまで運んでくれたであろう彼女に、寧ろ感謝しなければならないだろう。

 

寝起きであったため頭が働いていなかったが、よく聞き分けると声は極々近くから聞こえてきた。

声のした先に視線を飛ばすと、そこには確かに蒲牢と白虎の姿があった。

 

ただし、蒲牢は黒色の、白虎は白色の水着を着用しており、どちらもビーチチェアに寝転がっている。

照りつく太陽から素肌を保護するパラソルの影に隠れ、サイドテーブルには鮮やかな色をしたドリンクと一台のノートパソコンが置かれていた。

 

蒲牢はサングラス越しの双眸をこちらに向けて、ゆっくりと口を開く。

 

「本当に心配してたよ」

 

「にしては浮かれすぎでは!?」

 

心配――とは縁が遠そうなリラックスぶりである。

 

「人が人を想うのは心の有り様だ。心配していたらビーチに居てはいけない、なんてルールはないだろう」

 

「そうかもしれないですけど、なんか、釈然としないなぁ……」

 

目頭に到来していた熱さが引っ込み、返って冷静になれた。

一応は重症患者である自分を、ビーチに連れてきているのも納得しがたいし。

 

「まあ、それはそれとして。あの後、助けてくれたってことですよね?ありがとうございます。調子いい事あれこれと息巻いておきながら、結局助けられてしまって面目ないです」

 

簡潔に感謝と謝罪を伝える。蒲牢は胸を張りながら、柔らかく微笑んだ。

 

「気にする必要はない、僕だって君に助けられた。あの物量で挟撃を受けていたら、流石の僕でも厳しかったからね」

 

「それなら、良かったですけど……。てか、ここどこなんです?」

 

周囲に広がる砂浜を見渡しながら問う。

 

「船の中で言わなかったかい?ハワイだよ、ハワイ。あの船に乗って終着港まで行こうとすれば、それこそ一か月くらいかかるからね。用事が済んだら、ぱっぱと下船するに限るのさ」

 

人生初ハワイ――こんなタイミングで訪れる事になるとは夢にも思っていなかった。

絶景に感嘆しつつ、こんなことしている暇なんてあるのかと困惑する。

 

「さて、目覚めたばかりで悪いが陰鬱な話をしようか。島民に魔術をかけて死者同士を殺し合わせ、君の住んでいた島を最低最悪の地獄に変えた――その元凶についてだ」

 

蒲牢はおちゃらけた態度を引っ込めて、こちらに双眸を向ける。

葉射島の惨状を想起し、怒りと嫌悪が湧いてくる。

 

「元凶の屍霊術師――災禍の主について、蒲牢さんは見当がついているんですね?」

 

船内カフェテリア内で、誰が行っているかも知っている、そんな旨の事を言っていたと記憶している。あの時は信じ難い事がありすぎて、つい聞きそびれてしまった。

 

「仮称として災禍の主、なんて呼ばせてもらっていたが、実際のところ君の島を襲った犯人は分かり切っているんだ」

 

「その正体について、確信できるような証拠があるって認識でいいですか?」

 

「チラリと言ったが、災禍の主が扱う屍霊術は通常のものとは大きく異なる。恐らくは、本人が独自に開発し改悪し発展させた――本人しか扱うことが出来ない魔術だ」

 

狂った屍体に殺されたものは同じように狂った屍体になる――。

他の屍霊術師が扱うような、一体一体の屍体に専念するようなものとは訳が違う。

質より量とでも言いたげな、それでいて致命的な被害を齎す魔術。

 

「殺人事件に例えるなら、世界中で一人しか所持していない銃によって殺された屍体が見つかったとき、犯人はだれかなんて推理するまでもないだろう?」

 

「銃痕から銃の種類と犯人を予測するように、被害から魔術の種類と犯人を予測できるってことですか」

 

蒲牢は微笑んで首肯する。

言わば、言い逃れできない物的証拠を自ら遺して現場を去っているようなものか。

 

そう聞くと愚かなものだが、それだけ奴の使用する魔術が常識外れの規格外ということなのかもしれない。

つまり、その魔術が誰にも真似できない神業であり、誰の手も届かない手練れの屍霊術師である――という予測。

 

だが、追う側として犯人が分かっているのが好都合なのは間違いないだろう。

 

「奴は神出鬼没で世界各地に現れては、あの島のような殺戮事案を発生させている。行動原理は謎に包まれ、出生に纏わるデータすら見つかっていない。誰が呼び出したのか、その屍霊術師はこう呼ばれている――」

 

蒲牢は一拍おいてから口を開く。

 

正体不明の屍体(ジョン・ドゥ)と」

 

ジョン・ドゥ――。それが、島を襲撃した屍霊術師の名前。

その名前を決して忘れないよう、魂に刻み込む。

実際のところ、蒲牢の言葉から察するに本名ですらないのだろう。

世界の何処にいようと、何年かかろうと必ず見つけ出してやる。

 

「神出鬼没って言ってましたけど、手がかりはないんですか?」

 

「残念ながらほぼないね。どうやら奴は一定条件化で本人が傍に居なくても魔術の発動を行えるらしくてね……被害が発生した場所付近に必ずしもいる訳ではないらしい」

 

「そうですか……」

 

あの地獄の惨状が本人がその場にいなくても発生できる可能性がある――クソッタレの悪辣性能である。

だが、言われてみれば葉射島にはここ数日だれかが入島したような噂は聞いていない。禄に産業も観光も乏しい葉射島においては、誰かしらが観光で上陸することさえ非常に珍しいため、ちょっとした噂になるのだ。

 

恐らくではあるが、ジョン・ドゥは葉射島にはいなかったのだろう。

一歩前進した気持ちでいたのに、振り出しから出れていない、そんな嫌な感覚がある。

 

「だが、手がかりが全くないわけじゃない。裏社会で暴れている狂人たちの中には――ジョン・ドゥ事案に被せるように事件を起こしている奴らがいる。それも、事前に災禍が発生することを知らなければ、行動を起こせないであろうタイミングの案件も多々あってね」

 

一見無関係に見える連中が、何故か足並みを揃えて行動している――ということか。

それは確かに奇妙ではある。

 

「ここから推測できることとして、ジョン・ドゥと密かに繋がっている連中がいるかもしれないってことだ。そして、その連中はジョン・ドゥと比べれば遥かに所在の看破と身柄の拘束がしやすい存在だ」

 

蒲牢の意図をようやく理解する。

ジョン・ドゥ本人に直接接触することが出来ないというのなら、()()()()()()()()()――そんなシンプルな理屈。

 

「つまり――ジョン・ドゥと繋がりがありそうな連中を捕縛すれば、ジョン・ドゥ本人に繋がる手がかりが見つかるかもしれないってことですか」

 

「そういうこと。まあ、可能性の薄い道ではあるが、現状これくらいしか奴に迫る具体的な手立てがないのも事実だ」

 

神出鬼没の屍霊術師に辿り着くために、他の連中を利用する。

確かに具体的な計画ではあるが、それはつまり裏社会の連中に必要があればちょっかいをかけるということになる。

 

「実は僕にも、殺したいくらい憎んでいる奴がいる。そして、そいつもジョン・ドゥと繋がりを持つ可能性がある」

 

「蒲牢さんも復讐を……?」

 

「そこでだ――良ければ、一緒に来るかい?君が僕の復讐を手伝ってくれるなら、僕も君の復讐に手を貸そう」

 

「それは、願ってもない申し出ですけど、俺が一緒にいても役に立たないのでは?」

 

その交換条件は、正直破格だった。

自分は既に殆ど手詰まりであるが、蒲牢の立場からであれば見えてくるものもあるだろう。しかし、それ故に疑問が生じる。

 

戦闘ならば白虎がいる。仮に自分が30人いたとしても、白虎に勝てるかと言われると難しいだろう。

自身が蒲牢の役に立つ要素など欠片もないと思われるが、彼女なりの気遣いという事だろうか。

 

「そんなことないさ。言っておくが、気遣ってるわけじゃない。君はどうやら面白い魔力を持つようだからね、それが役に立つことがあるかもしれない――そういう打算だよ、打算」

 

蒲牢が何やら意味深なことを言う。

魔力――屍霊術師が屍体を駆使するために使用する生命エネルギーのことだったか。

大して考えてはなかったが、自身にも魔力とやらが眠っているとでもいうのだろうか。

 

「よくわかりませんが、こちらとしては本当に有難いです。是非、よろしくおねがいいたします」

 

「よし、交渉成立だ。そうだ、成立ついでにその敬語、やめてくれないかい?これから共に連中を追っていくのに、距離感があるのはなんかさあ」

 

そんな風に不満気に蒲牢は抗議する。とはいえ、こちらとしては彼女は幾度も助けられた恩人であり、とてもじゃないが気さくに接するのは恐縮する相手であった。

 

「でも、恩人に砕けた風に接するのは――」

 

「いいから、敬語は禁止だ。助けられたのはお互い様だと言った筈だろう?今日からは僕は君を右京と呼ぶ。君も僕を蒲牢と呼びたまえ」

 

有無を言わさぬ雰囲気に圧倒されて渋々了承する。

 

「――分かった。改めてよろしく頼む、蒲牢」

 

「うん、それでいいんだよ。それで」

 

それに彼女は満足気に微笑みを返すのだった。その微笑みは少女らしく可憐だった。

何となく緊張してしまって目線を逸らすと、彼女の晒された両脚にある違和感を覚える。

 

「そういえば、蒲牢。メデューズに殴られた時にできた怪我、もう大丈夫なのか?」

 

「おいおい、僕の御御足《おみあし》に熱視線送りすぎだろ。目敏い奴め」

 

「変な言い回しすんなよ、単なる心配だ。数時間とかで歩けるようになる怪我には見えなかったけど」

 

メデューズからの強襲を受けた時には、確かに酷い打撲痕が現れていた筈であるが、脚には簡易的に包帯が巻かれているだけで大して痛そうにもしていない。

蒲牢は自分の脚を撫でながら口を開く。

 

「魔力は生命エネルギー、屍霊術師――というか魔術師は体内の魔力操作の応用で自己治癒力を高めることも出来るのさ。治したい箇所に多めに生命エネルギーを流すことでね」

 

「なんだそれ、うらやましい」

 

「勿論限度はある。蜥蜴の自切みたく、にょきみょき生やすことなんて真似は不可能だし、打撲や骨折など自己治癒の範囲内かつ軽傷なら短期間での治癒も可能ってレベルだ」

 

「つまり、超便利な代物ってわけでもないのか。多少治りを早くするだけで」

 

「そゆこと。まあ、おかげで屍霊術師って案外タフなんだよね。死にさえしなければ何度も起きあがって悪さをするから、敵対した屍霊術師はあと腐れなく殺すことを勧めるよ」

 

「ころ……っ」

 

一瞬、慄いてしまう。

自ら進んでそういう世界に踏み込んでおいて、今更後悔などする気はない。

それでも、いざ誰かを殺さなくてはいけなくなった時、自分はちゃんと殺すことが出来るのだろうか。

 

ジョン・ドゥに辿り着くまでに、一体どれだけの人間を殺して、屍体の山を築くことになるのだろうか。

人を弄ぶように殺すのと、人を目的の為に殺すのは、一体どれだけの差があるのだろうか。

 

改めて、覚悟しなくてはならない。

気を失う直前――カリエによって指摘された通り、殺す気でやれなかったのが致命的な敗因となったのだ。そして、そんな事態が再び起こらないとも限らない。

 

戦うと決めた。復讐すると決めた。

その決意が嘘偽りでないというのなら、いずれは殺す覚悟も決めなくてはならない。

 

ふと思ったが、彼女の口振りから察するに、カリエを始めとした屍霊術師集団は鏖殺されたのだろう。

別段、蒲牢が慈悲をかけてやりたくなる連中でもなかっただろうし。

だが、カリエの駆使する屍体メデューズは、船で視認したような敢えて滑稽に改造された屍体とは大きく異なっていた。

徹頭徹尾、無駄を削ぎを落とし機能美のみを追求した合理の塊――そんな印象すらある。

カリエとはほんの僅かに戦っただけの間柄だが、隣にいる蒲牢に悟られぬよう密かに――せめて彼の魂が安らかに眠ることを祈った。

 

何故か苦悶の表情を浮かべるカリエの顔が、澄み渡る青空に浮かんだ気がした。

 

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