死屍累々   作:峠坂

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常夏の島(2)

「お、連絡がきた」

 

蒲牢はそう言って、サイドテーブル上のノートパソコンを手にする。

彼女はこちら側を向くように座り直し、その膝の上にノートパソコンを置く。

身体が殆ど動かせないため、首だけを動かして画面を見る。

 

画面に映っていたのは、老齢の男だった。

一体誰だと思ったのも束の間、画面の男が口を開く。

 

『初めまして、右京。既に蒲牢から報告は受けている。なかなか災難な目にあったようだね』

 

「どうも、寝ながらですいません。口振りから察するに蒲牢の雇い主――さん、ですか?」

 

彼が魔具の代理購入を依頼したというのなら、警戒の対象であることは変わらない。内心怪訝にしつつも、蒲牢の手前、疑念は隠しつつ話を聞き出す。

 

『その通り、私が彼女に魔具の買い付けを依頼した。私の名はサミュエル・ロックハート、以後よろしく頼む』

 

「ロックハート?」

 

どこかで聞き覚えがある。別に友人や親族に同姓がいるというわけではない。

だが、何かの教科書だとかニュース記事だとかで目にしたような気がする。

そんな風に記憶を遡って、遂に思い出す。

 

「――――あ」

 

「おや、知ってるのかい?このジイさん、アメリカの石油王だよ。魔具の購入に湯水の如くお金を使えたのも、ひとえに彼が大金持ちだったから」

 

億万長者であることは予想出来ていたが、まさかそんな大物だったとは。

しかも、ロックハート一族といえばとりわけ有名な――。

そう巡らせようとした思考を、本人から被せられて阻害される。

 

『今は私の事はどうでもいい。蒲牢からの報告で聞かせてもらったよ、君の特別な体質についてもね』

 

「特別……?」

 

『なんだね、まだ聞かされていなかったのかね?海月型の屍体、メデューズとやらの腕の自由を奪った魔力の循環を――』

 

「腕の自由――?一体、なんのことか……」

 

彼が何を言っているのかまるで見当がつかない。

面食らってしまい、思わず助けを求めるように蒲牢へ視線を送る。

 

「僕は屍霊術師達を相手しながら、君の方へも注意を向けていた。君は無意識だったようだけど、戦いの過程であの屍体に君自身の魔力を叩き込んでいたんだ」

 

蒲牢が語った内容に益々困惑する。

確かにメデューズの腕を骨折させようと試みはした。

結局のところ、それは無為に終わったわけだが、あの時に無意識ではあるが同時に魔力も叩き込んでいた――らしい。

だからといって、それが何になるのかは分からない。

 

「本来ならそんなことをしても意味がない。使役されている屍体には既に潤沢に魔力が循環し、そこに外部から介入する余地なんて微塵もないからね」

 

依然困惑は収まらない。彼女たちが何をそう特別視しているのか理解できない。

 

「だが、君の魔力はあろうことか、使役していた屍霊術師本人の魔力を放逐して、腕一本の支配権を完全に簒奪してしまった」

 

「支配権――ってことは……!?」

 

()()()()()()――。その意味を理解し、ハッとする。

もし、葉射島の島民のように死後に暴れまわる屍体に対し、同じように魔力を叩き込めばどうなるのか。

此方の様子を観察していたサミュエルは、口角を歪ませて笑みを浮かべる。

 

『気づいたかね?仮に、死後に暴れまわり際限なく増え続けるゾンビ達に、君の魔力を与えればその操作権は君に移行するだろう。そうすれば、殺し合うのを止めさせることだって出来る筈だ』

 

「――――ッ!」

 

葉射島で発生したような惨劇。

ゾンビが動けなくなるまで徹底的に破壊し尽くす以外の対処法が、自身の魔力とやらに秘められている。その可能性に身が震える。

 

『君はごく一部の例外を除いて、屍体を使役する屍霊術師にとっての天敵なんだ』

 

屍体と屍霊術師その双方向の関係に横槍を刺し、一方的に支配能力を奪い取る。

そんなことが可能なら、まともに戦いにもならないような圧倒的強者相手でもやりようはあるかもしれない。

 

『どれだけ数が多くとも、どれだけ堅牢な守りに守られていようとも、どれだけ強力な武装を装着しようとも、君が触れて魔力さえ流してしまえば暴れることは出来なくなる。いわば君は、()()()()()()()()()なんだよ。』

 

そんな風に言葉を締めくくってサミュエルは嗤う。

死後に支配を受け、弄ばれる屍体たち。それらを支配から解放することができる。

凄まじいが、一体何故自身にそのようなことが出来たのかが分からない。

 

「すごい話だとは思いますけど、どうして俺にそんなことが出来たんでしょうか?」

 

『それは私達も分からない。これが君の特異体質によるものなのか、天賦の才によるものなのかすら分からない。だが、これまで見たことのないケースであることは間違いないね』

 

「そうですか……」

 

屍霊術に精通しているであろう両者をもってして不可解な事例というのなら、こちらが幾ら推測したところで謎は解けなさそうである。

だが現段階では分からなくとも、これから検証を重ねていく過程で見えてくるものもあるかもしれない。

 

『二人の間で話は固まったようだが――是非蒲牢とともに世界を巡り、様々な屍霊術師と相対するといい。実戦こそが人を最も成長させる。戦いの最中、君は自身の力の扱い方を学べるだろう』

 

「それは、俺としても願ってもないです」

 

少しでもジョン・ドゥに近づくために戦い続けよう、その覚悟は決めている。

しかし、話を聞いてどうしても想起するのは葉射島の現状についてのことだ。

 

「今から、葉射島まで戻ればゾンビになった皆を開放してやれるかもしれないってことですよね」

 

彼らをこれ以上冒涜させないために、是が非でも向かいたい――そんな風に思って発した言葉だった。

 

『それは……いや、隠したところで仕方ないか。ニュース記事を共有するよ』

 

サミュエルは一瞬表情を固めた後、直ぐに感情を切り替える。

そして、画面に映し出されたのはネットニュースの記事だった。

見出しには大きな字で――島で発生した大量変死事案!!――と記載されており、航空写真は葉射島のものだった。

 

「これはっ!?」

 

『見ての通り、君が眠っている間に島での惨劇が発見されたんだ。だが、残念ながら住民の生存者は確認できなかったらしい。それどころか殆どの屍体が火炎などによって酷く損傷していて、身元の照会にもかなり難航しているようだ。幸か不幸かゾンビは既に同士討ちによって力尽きていたようで、ゾンビ自体が発見されてはいないらしいがね』

 

「……そうですか、もう間に合わないんですね」

 

ショックのまま項垂れる。

酷く損傷を受けるか魔力切れになるまで止まらない屍体集団。

彼らの死後の寿命は思いのほか短く、既に島民は全滅しているようだった。

こうなってしまっては自身にできることは悼むことしか出来やしない。

 

だがもう一つ、どうしても聞いておかなければならないことがある。

胸中にこびりついている懸念を払拭するために恐る恐る声を上げる。

 

「俺から、ロックハートさんに聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 

『む、なにかな?』

 

「購入した魔具――あれはどうする気なんですか?」

 

もし、殺戮兵器を使用するために購入したと言うのなら、彼とは袂を分かつ必要があるだろう。

そんな思いを胸に秘めながら、発した問いかけだった。

サミュエルは少しだけ考える素振りをする。

 

『赫剣はともかく壺は魔力が凶悪すぎる。効果の検証の過程でどんな犠牲が生じるか想像もできない。故に、少しずつ魔力を抜いて無力化しようと考えていた』

 

「――!無力化!?そんなことができるんですか?」

 

それは望外の回答だった。

無効化が可能というのなら、それは魔具の廃棄と同義である。

 

『できるとも。だが、それ相応の時間――十数年から数十年かかる可能性もあるのがネックだがね。それでも、緩やかに無力化させていくつもりだ。ああいうタイプは無理に破壊するのも忌避されるから、時間をかけて力を削るしかないのが辛いところだ』

 

「そうですか……でも、やりようがあるなら良かった」

 

どれだけ時間がかかろうと無力化する手段があるということに、少しだけ安堵した。

だが、その言質だけではまだ信用しきることはできない。

 

「でも、自分の所有物にする為に購入したいってなら分かりますけど、無力化する為に購入したってことですよね。貴方はなぜ蒲牢を雇ってまでそんな事を?慈善活動ということでしょうか?」

 

大金と手間をかけて行ったにしては、メリットが見えてこない。

悪党に魔具が渡るのを防ぐためだとか、魔具による被害を最小限に抑えるためだとか、何か納得できるような説明が欲しかった。

 

『動機が知りたいってことかね?強いて言うならば――狡いから、かな』

 

「狡い?」

 

『ああ、だって私のロックハート財閥はまどろっこしい制度を守り、清廉潔白な経済活動を行っているというのに、麻薬取引や死体売買に精を出す無法者どもが莫大な利益を得ている。これが何よりも気に食わない。狡いだろう、そんなのっ!』

 

老人が大真面目に子供じみた理屈を語る。

普通ならば無視されるような理屈も、語るのが米国の石油王ともなれば話が違う。

 

『だから、時折裏社会の連中にちょっかいを出して奴らの目論見や販売経路なんかをズタズタに引き裂くのが趣味なんだ。魔具の回収は、そんな趣味の一環さ。危険団体の手に渡って益々調子に乗るのを牽制する為だったり、単なる嫌がらせ目的だったりね。くく、落札できずに落胆する奴らの顔を直接見れないのだけは残念だったが』

 

小気味よく笑うサミュエルの様子に内心困惑していると、話を聞いていた蒲牢が呆れた様に肩をすくめる。

 

「右京、君の事だから実はジイさんが魔具を使って悪事を働く可能性を考えているんだろうけど、その心配は杞憂だよ。彼の頭の中にはいかに健全に金儲けするかと、裏取引の邪魔をすることばかり詰まっているから」

 

サミュエルの語った理屈を聞いて、少し拍子抜けしてしまった。

もし彼が大真面目に正義のための慈善活動だったと語ったのなら、恐らく猜疑心は晴れなかったと思う。

俺からすらば彼が善人なのか善人の振りをしているだけなのか、判断がつかないからだ。

しかし、こうも恥も外聞もなく子供のような主張をされると、内心抱いていた警戒心や猜疑心などの感情全てが肩透かしをくらったような気になる。

彼に対して大真面目に警戒することが馬鹿らしいことのように思えて、警戒が萎んでしまった。

話が一区切りしたのを感じ取ったのか、サミュエルは咳払いをする。

 

『さて、君はこれから復讐者として生きる。蒲牢から散々覚悟を問われただろうから、今更私が君の覚悟を問うことはしない。老人としては若者が復讐に人生を捧げようとしているのを止めるべきなんだろうが――私は聖人君子じゃない。私は私の些細な目的の為、君たちは君たちの復讐の為に互いに死力を尽くそう』

 

サミュエル・ロックハートは嗤う。

頬を歪ませて、まるで無邪気な子供のように嗤う。

 

『古代ローマの哲人皇帝マルクス・アウレリウス曰く、最も良い復讐の方法とは自らまで同じような行為をしないことである、とされる。それは正しいのかもしれない。そうあるべきなのかもしれない。殺人に殺人で返すなど、憎悪に憎悪で返すなど、もってのほかなのかもしれない。だが、そんな正しい言葉は、美しき文句は今の君たちには毒素そのものだ。私たちは哲人じゃないし、ましてや聖人じゃない。只々只管《ただただひたすら》に復讐の事だけを考えたまえ』

 

復讐をしない道が、きっと客観的に見れば正しい道なんだと思う。

復讐は何も生まないなんて言うけれど、それは正にその通りなのだろう。

だがそれでも、ジョン・ドゥを止めずに安寧に生きることなど出来やしない。

 

『世界にはまだまだ強力な屍霊術師が蔓延っている。ジョン・ドゥを追うというのなら、彼らと相対することもあるだろう。そんな時、君の能力は連中に対する強力な切り札になりえる。あらゆる障壁、あらゆる怨敵、あらゆる屍体を打倒した末に、きっと奴はいる。ジョン・ドゥはいる!!』

 

サミュエルは語気を強め、興奮したように語る。

そして、身振り手振りが徐々に落ち着いて、冷静さを取り戻す。

 

『君の事を同志として仲間として戦友《とも》として、心から歓迎するよ。蒲牢とともにアメリカにきたまえ。生活の保障をしてあげよう。アメリカだって屍霊術師が関わるキナ臭い案件が目白押しだ。君のいい経験になるだろう』

 

サミュエルはそういって通話を一方的に切断する。

蒲牢と顔を見合わせると、蒲牢は呆れたような表情をしていた。

 

「なんというか嵐のような人だったな」

 

「あのジイさんはこういう人だから気にしなくていいよ。熱くなると直ぐにベラベラ喋って歯止めが利かないから。アメリカに行くことだって君は了承してないのに」

 

「あー……」

 

ふと思い出すは、本州にいる筈の妹と母の顔。

引っ越してからは一度も会っていないけれど、葉射島の惨劇をニュースで見て何を思うだろうか。

妹は心配するかもしれないが、母は――。

 

「けど、生活の保障をしてくれるって言うんなら願ってもない。父さんがいない以上、日本に残っても生活していくのも大変だしな」

 

二人に頼ることは出来そうもない。

妹は助けようとしてくれるかもしれないが、肝心の母に自分はめっぽう嫌われているのだ。

妹だって学生で金銭的余裕はないだろうし、母からの援助も期待薄ならばサミュエルを頼った方がいいだろう。

 

「そうかい?まあ右京がそう言うならそれでいいか」

 

蒲牢はそう納得して、ノートパソコンをサイドテーブルに置きなおす。

 

「それじゃあ、暫く休息したらアメリカ本土行きの飛行機に乗ろうか」

 

彼女の言葉に首肯する。

こうして、日本の葉射島からメアリー・セレスト号を経由して、今度の舞台はアメリカ本土へと移る。

 

今日一日で全てを奪われて、屍霊術師なんて非現実的なものを目の当たりにして、見たくもないものを散々直視した。

それでもなお、ジョン・ドゥに辿り着くその日まで、死力を尽くして足掻き続けよう――そう改めて誓う。

 

 

(一章セレスト号編 おわり)

 

 

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