死屍累々   作:峠坂

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葉射島(4)

 

 

 花矢は傷の浅い方の腕をこちらに向けて接近し続ける。

彼女の指がこちらに触れる寸前、風切り音とモーターの駆動音が混ざったような轟音が上空に出現した。

 

「なッ!?」

 

 否、明確にいえば今の今まで、それが近づきつつある事に気づかなかったのだ。

あまりにも異常事態が重なりすぎて視野狭窄に陥り気づけなかった。

 

 視野だけならともかく聴覚までお釈迦になるなんて、自身の無能さには本当にどうしようもなく吐き気がする。

 数歩下がり花矢の指先を躱して、真上へと視線を向ける。

 

「ヘリコプター!?」

 

 ホバリング飛行で真上に待機しているヘリコプターを確かに視認する。

 何故こんな所にという疑問を咀嚼する前に、ヘリコプターの扉が開かれ、中から二人の少女が()()()()()

 

 片方がもう片方を抱きかかえながら、心中するように地面に向かって一直線に自由落下する。

 

「――ッ!?」

 

 二人の少女が地面に衝突し、無惨にも周囲に散乱――――することはなかった。

 

 黒髪の少女を抱えた白髪の少女が着地の刹那、身を翻し踵落としの要領で地面を踏み割って無理矢理衝撃を分散させる。

 そんな、あまりにも力任せな方法で上空からの着地を成功させた。

 

 着地点を基点につくられたクレーターの中心に二人の少女が立っていた。

 

 一人は地面にクレーターをつくりあげた白髪の少女。魔改造されたチャイナドレスを思わせる独特な衣装を身に纏い、こちらを一瞥もせずにただ花矢へと視線を向けていた。

 

 もう一人は抱きかかえられていた黒髪の少女。黒色を基調にしたレーススカートドレスを着用しており、最低限の装飾がされただけのそれは――まるで喪に伏している印象すら与える。

 

 彼女は白髪の少女の背後に立って、僅かに苦悶の表情を浮かべている。

 そして、直ぐに黒髪の少女はこちらに振り返って安心させるように薄く微笑んだ。

 

「初めまして少年。一先ずは生きていておめでとう」

 

「あなた達は一体……?」

 

 突然の乱入者に困惑していると、花矢の指先が最も距離の近い白髪の少女へと接近しつつあるのを視認した。

 それは相変わらず鈍重ではあるが、それでも殺す気で近づいている事実は変わらない。

 

「危ないッ!あんたらが何処の誰でどうして来たのかは、この際どうでもいい!花矢から離れてくれ!殺されるぞ――ッ!!」

 

 疑問を棚上げして叫ぶ。

 その真意には、確かに乱入者の二人が傷つかないか危惧する気持ちも多分に含んでいる。

 しかし、心の底では花矢が目の前で誰かを殺す場面を直視したくない、そんな弱い本音が隠れていた。

 動揺のなか恐れを込めて発せられた言葉に、それでもなお黒髪の少女は冷静に応じる。

 

「分かってる。寧ろ、僕はこんな事態に対する専門家だ」

 

「専門家……?」

 

 意味が分からないが、彼女は確かに既に()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一切動揺した素振りを見せずに、目の前の動く死体という非現実を現実のものとして受け入れている。

 もしかして彼女は、この惨劇を以前にもどこかで見たことがあるとでも言うのだろうか。

 

「色々と聞きたいことは有るだろうが、それは目の前の脅威を排除してからにしよう」

 

 黒髪の少女は花矢を見据えて、白髪の少女に声をかける。

 

白虎(びゃっこ)、構えて」

 

 白虎と呼ばれた白髪の少女は、腰を下ろし臨戦態勢をとる。

 想起するのは、先程地面にクレーターを生んだ異次元の膂力。

 そんな力をもってして花矢と衝突すれば、既に傷だらけの花矢がどうなるのかは自明の理だった。

 

「なっ!待ってください、その子は、花矢は俺の友達なんです!!」

 

「なればこそさ、少年。せめて大人しく引導を渡してやるのが慈悲ってもんだ。もう内心じゃ気づいているんだろう?この子は既に、死んでいるのだと」

 

 反論しようもない至極真っ当な意見だ。

 ここで花矢を止めなければ、こちらを殺しにかかるのは分かりきっている。

 仮に花矢から逃げきったとしても、今度は街へ向かい、再殺(ころ)し合う集団に合流するだけだろう。

 

 それならせめて、この悪夢のような現実から解放してやるのが情けというものだ。

 分かりきってなお、自分には選択できなかった。

 既にボロボロの花矢を再殺(ころ)す為に、更に致命的なまでに傷つける――そんな選択はとれなかった。

 

「覆水盆に返らずってやつだ。こうなってしまった以上はもうどうにもできない。エネルギー切れになるまで隔離するか、動けなくなるまで徹底的に破壊するしかない」

 

 本来なら、自分の役目のはずだ。せめて最期の介錯を友人としてしてやるべきだった。

 

 花矢を悪夢から解放してやるべきだった。

 それを乱入者という本来はこの島にいないはずのイレギュラーな存在に一任してしまう、己の弱さと不甲斐なさに心底失望した。

 

「だからせめて、一撃で」

 

 黒髪の少女の言葉を受け、白虎は拳を突き出す。

 丁度、正拳突きのような構えで放たれた拳が花矢に触れる。

 

 瞬間、凄まじい破壊力が花矢を貫いて、その身体に大きな風穴を開通させた。

 四肢をそれぞれ別方向から引っ張られたような、人体を中心から徹底的に引き裂かれたような傷を受け――花矢は今度こそ動かなくなる。

 

 再殺完了。なんてことない、既に死んでいた彼女が再び死んだだけだ。

 そうは理解しているのに、溢れる涙を止められなかった。

 

「……そういうことか」

 

 黒髪の少女は、何かに気づいたように呟く。

 その言葉が何を意味するかは分からない。

 

「ヘリに乗りたまえ。直ぐにこの島を脱出する」

 

「……待ってください。俺のほかにまだ生きてる人が居るかもしれない。少しだけ、探す時間をください」

 

 涙を何とか拭って、縋り付くように懇願する。

 目視できた範囲では、生存者らしき人影は確認できなかった。

 しかし、探索範囲を広げれば未だ生きている島民が存在する可能性は十分に有り得る――そう思い、発した願いだった。

 

「無理だし無駄だ。島に降り立つ前に上空から見たが、島の殆どが燃えていたし君以外に生存者は確認できなかった」

 

 今ここで救われたように、せめて誰かを救いたい――そんな願いは呆気なく拒絶される。それでも諦めきれずに、再度縋り付くように切望する。

 

「空からだと屋外にいる人しか探せない。どこか部屋の隅で震えて助けを待つ人がいるかもしれない……っ!」

 

 ヘリコプターから見たのでは限界がある。

 この惨状にいち早く気づいた誰かが、外から助けが来るのを信じて、ずっとどこかで待っているかもしれない。

 

「確かにそうかもね。で……?一軒一軒家探(やさが)ししていくつもりかい? この火炎と死者が蔓延る地獄のなかで?そんなの現実的じゃないだろう」

 

 紛うことなき正論に、言葉を窮する。

 それでも諦めきれない。自分が目の前の少女達に救われたように、誰かがこの地獄で助けを求めて足掻いているのだとしたら、それをどうして見捨てられる。

 

「……虱潰しに探そうとは思ってません。家の裏の雑木林を突っ切っていくと学校に着きます。学校は緊急時の避難所に指定されているから、誰かしらが避難しに来ていてもおかしくない」

 

「……だから、それが無駄だと――」

 

 彼女が言葉を終わらせる前に、雑木林に向かって俺は駆け出した。古い枝を踏み割りながら、只管に闇夜のなかを直進する。一昨日の雨でできたであろう泥濘を容赦なく踏み、ズボンの裾に酷い泥ハネが付くのも構わず、只管に闇夜を進む。

 

 暗闇の中、余計なことばかり頭をよぎる。只管に走るしかないこの状況が、返ってその思考に拍車をかける。

 

――花矢はどうしても救えなかったのだろうか。

――どうしてこんな事態になっているのだろうか。

――生き残りはどこに、どれだけいるのだろうか。

――空から降ってきた二人の少女は一体なんなのか。

――夜勤へ向かった父親はどこかに避難できているだろうか。

 

 今考えても仕方のないことであることは、重々承知している。それでも、考えることがやめられない。後悔と絶望と不安と疑念と憂慮を胸に足を動かす。

 

 

 

そうして三分程度走り続けて、雑木林を抜けた先には燃え盛る葉射島高等学校(・・・・・・・・・・・)があった。

 

「学校が……ッ、燃えている……」

 

 外から窓越しに見える教室は、猛火に包まれて思い出とともに、その面影を煤に変貌させつつある。

 そして校舎で見たものは、なにも火炎だけじゃない。学校には確かに人の影があったのだ。

 

 集まった幾人かの人々が、花矢のように動く死体と化して互いに殺しあっていた。そのなかには幼子や老人も含まれており、弱者であることなどにはまるっきり配慮されず、一切合切の容赦なく再殺されていく。

 

 その殺し合いに参加する死体のなかで、一際見覚えのある姿を見つける。

 

「――――ッ!!」

 

 そこにいたのは父、岸幕諒だった。

 昼間に出ていった服を血と脂で汚しながら、再殺(ころ)しあう集団のひとりとして加わっていた。

 取っ組み合って、噛みつきあって、引き裂きあって、穿ちあって、殺しあう。

 そんな狂気に捕らわれた亡者の集団の一員になっていた。

 

「……父さんッ」

 

 嗚咽に近い酷い声で父を呼ぶ。父は当然、応じない。

 校舎が燃える音と死者たちが殺しあう音に混じって、何者かが背後から迫る音が聞こえてくる。

「理解したかい? 僕がこの島にきた時点でもう手遅れだった。君以外には、もう」

 

 白虎に抱きかかえられて、こちらに追いついた少女が声をあげる。白虎はその衣服に泥一つ付けておらず、息が上がった様子もない。

 

「すいません、ご迷惑をかけました……」

 

 ぐちゃぐちゃになった頭で、なんとか謝罪を行う。

 

「今度こそヘリに乗って島を脱出する。これ以上の遅延は許容できない」

 

 黒髪の少女の言葉に従うほか道はなかった。弱々しく首肯して、ヘリに乗ることに同意した。

 ヘリに乗り、上空から燃え盛る島を観測する。少女の言った通り、本当に生存者らしき者は見当たらない。第二の故郷である葉射島が死体と火炎が織り成す地獄と化したことを、空の上から改めて認識する。

 

「さて、本来なら本土のどこかにでも送ってあげるのが筋なのだろうけど、僕は僕で外せない仕事がある。悪いが暫しの間、付き合ってもらうよ」

 

「……仕事?そういえば貴女は何故こんなところまでヘリを……?」

 

「海上で行う仕事なんだが、所用で船に乗り過ごしてね。あまり優雅とは言えないかもしれないが、空から直接船に乗り込むことにしたのさ」

 

「空から船に……?」

 

 船に乗り遅れた、そんな些細なアクシデント。

 それが無ければ彼女がヘリコプターを用いた強行的手段で、船に向かうことも燃え盛る葉射島を見つけることもなかった。

 何かが違ってれば、自分だって花矢や父さんと同じ末路を辿っていたのだ。

 その事実に身の毛がよだつ。

 

「短い間だが、よろしく頼むよ……。えーと、そういえば名前を聞いてなかったね」

 

「俺は右京(うきょう)岸幕右京(きしまくうきょう)です」

 

「そうか。僕は……いまは蒲牢(ほろう)と名乗っている。そして、これから僕らが向かう先はメアリー・セレスト号。ここよりいくらかマシなだけの地獄の名だ」

 

 これが葉射島での日々との別れであり、黒髪の少女――蒲牢との出会いだった。

 

 

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