死屍累々   作:峠坂

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セレスト(1)

 

 

 葉射島から飛び立ちひたすらに東へ進んだ先、大型船メアリー・セレスト号は確かに太平洋上を巡航していた。

 

 接近することで全容が徐々に明らかになっていく。

 メアリー・セレスト号はどうやら大型客船の様であり、甲板には疎らに人影が視認できる。

 

 花矢と昼間に会話した通り、船の見た目など記憶に留まらない。

しかし、暗い海の上を煌びやかに光りながら巡行する様子は何処か幻想的ですらあった。

 

 船に整備されたヘリポートの上に着陸し、自分含めて船の上に五体満足で降り立った。

 セレスト――天空や青空の意を冠するこの船に、空の上から乗船するのは何だか不思議だった。

 

 ヘリの運転席をチラリと覗くと少女が搭乗しており、こんなに若い子が十全に運転をこなしていたのかと、密かに驚かされる。

 

「燃料がギリギリだったが何とか無事に着いたね。良かった良かった。取り敢えず、取ってる部屋に行こうか。君の部屋と替えの服は、さっき電話して用意してもらったから確認してくれ」

 

 蒲牢はそう言って、船の従業員から受け取ったルームキーのうち一枚をこちらに渡す。  

 受け取りつつ、内心では怪訝な思いをしていた。

 何故こうも親切にしてくれるのかも気になるが、あの島での惨劇を見慣れたものの様に振る舞う様子に不信感を抱いていた。

 

「……蒲牢さん、あなたに聞きたいことが山程ある。結局、ヘリの中じゃあ聞けずじまいだったけど、動く屍体に遭遇してもあなたはさして動揺していなかった。あなたは一体――」

 

「せっかちはいけないな。なに、直ぐに話してあげたいのはやまやまだけど一先ず着替えなさい。この船の殆どのエリアはドレスコードがあるからね」

 

 声に出した疑念は、易々と止められて着替えを促される。

 もどかしい気持ちを抑えながら、渋々首肯して指定された部屋へと向かった。

 

 部屋は簡素ながらやけに造りがいい。

 昔、諸事情でビジネスホテルに宿泊したことがあったが、記憶のそれとは大分格差がある。

 

 正直な話、現実逃避を起こしてベッドに沈み込むように寝込みたかった。

 しかしながら、蒲牢から話を聞きたい気持ちのほうが遥かに大きかったため急いでシャワーを浴びた後、用意された黒いスーツに着替えて部屋を後にする。

 

 

◆◆◆

 

 

 蒲牢に集合場所として指定された船内カフェテリア。

 普段なら入ろうともしない上品なおもむきに思わず緊張で身を竦める。

 場違いな雰囲気に潰されそうになるのを耐えながら、蒲牢の待つ席まで到着する。

 

「待ってたよ、道には迷わなかったかい?」

 

「大丈夫です。お気づかいなく」

 

 先に到着していた蒲牢は、黒色を基調にしたレーススカートドレスに着替えていた。

 着替え前も後も同じように喪服のような質素さだった。

 

 蒲牢の隣の席には眉ひとつ動かさずに終始無言を貫く白虎の姿があった。

 彼女は先ほどから着ている魔改造チャイナドレスから着替えてはいないようだった。

 内心、よくドレスコードが通ったものだ、と思わなくはないが態々指摘はしない。

 

 促されるまま蒲牢の対面に座る。

 座席から部屋の内装、ドアノブの握り心地さえ、この空間にある全てが一級品であることを言外に示している。

 小市民である自分はこの空間にいるだけで周囲の客から異物だと思われていないか身を縮めそうになるが、蒲牢は落ち着いた様子で微笑みを浮かべている。

 

「――蒲牢さん」

 

「さて、お腹の減り具合はどのくらいかな? 何でも好きなものを食べなよ。 奢ってあげるから」

 

 意を決して問いかけようとしたが、蒲牢の言葉に遮られる。

 後の先でもとられたような肩透かしを食らい、やや反応が遅れる。

 

「今は何か食べるような気分じゃありません」

 

「そうかい? それなら、何か飲むかい?」

 

「……なら、珈琲をお願いします」

 

 断り続けるのも悪い気がして珈琲を頼む。

 注文した商品が届くまでの間、ちらりと周りを見渡す。

 席は吹き抜けの近くであり、座りながらでも下の階の様子が確認できる。

 

 階下を覗きこみ、思わず息を呑む。

 室内設備の一環として整備された噴水や植木、更には壁際に設置された彫刻品の数々。

 

 椅子やテーブル、螺旋階段に照明に至るまで、その全てが芸術的な美しさを持っていた。

 この世の美しいものを集めて、一つの空間に押し込んだような無秩序さにも関わらず、その全てが秩序立って無理せず空間に馴染み調和している。

 

 その内装の余りにも贅沢な豪華絢爛振りにも驚かされたが、真に愕然としたのは、そこを行き交う彼らについてだった。

 

「……なんだ、あれ」

 

 そこでは笑顔を浮かべる人々に混ざって、異形の存在が当然のように跋扈していた。

 異形と表現こそしたが、それらはどことなく人間の面影がある。

 

 ある男は腕の先に足が、脛の先に掌があべこべについている。

 

 同年代の男たちが身体を繋げられ、まるでムカデのようなシルエットになっている。

 

 全身に瞳を埋め込まれた少女は、その全身の瞳から絶やさず涙を流している。

 

 ガチョウの首から上を移植された肥満の男は、フォアグラがそうであるように管から永遠に流動食を流し込まれている。

 

 まるで、悪質なコラージュのように異質で違和感だらけ。

 不条理を無理矢理カタチにしたような存在たち。

 それを成立させているのは、全身に張り巡らされた継ぎ接ぎだ。

 殆どの異形に共通して、パッチワークの如き継ぎ接ぎが縦横無尽に身体を走っている。

 

「継ぎ接ぎ――?」

 

 意識せずに、漏れた声に蒲牢は目敏く反応する。

 こちらの意を介したのか、沸々と湧いてきた疑問に的確な答えが浴びせられる。

 

「気づいたかい?あれらは()()だよ。丁度、君のお友達――花矢ちゃんといったかな?彼女や他の島民と同じように、死後も活動を続けている」

 

「――ッ!?」

 

 あれが、屍体。

 当然、もとから異形だったわけではないだろう。

 人間として生まれ、人間として生きて、人間として死んだ。

 

 そして、その死後に大いに弄ばれたのだ。大いに冒涜されたのだ。

 全身の継ぎ接ぎがその証左だ。

 その姿は実用性だとか合理性だとか、そういった概念とは余りにもかけ離れている。

 冒涜するために、もしくは愉しむために、徹頭徹尾滑稽になるよう改造が施されている。

 

「さて、君が何を知りたがっているのかは概ね想像できる。島を襲った未曾有の事態、死が死を呼び込み、死してなお動きを止めず、生者も死者もお構い無しに襲って殺す――狂気の集団襲撃(スタンピード)

 

 こちらが怒りで絶叫をあげるより早く、蒲牢は口を開く。

 それは確かに、心から問いかけたかった話題だった。

 あの地獄はいったい如何様にして引き起こされたのか。

 彼女のこれまでの態度と台詞は、この謎の真相を知っているように思える。

 

「あなたの口振りから察すると、あれが何故起こったのか知っていると……?あなたは、あの花矢をみても、この状況を見ても、大して動揺していないように見えますが……」

 

 彼女は、動く屍体となった花矢を視認して――もうどうにもできないと。

 徹底的に破壊するしかない――と確かに言っていたのだ。

 その言葉は確信めいた事実を述べているようにみえた。

 知らずに適当なことを言っているのではなく、知り尽くしたうえで――どうにもできないと――そう言っているようにみえた。

 

「知っているとも。あれが()()()()()()()()()()()()()()もね」

 

 続く言葉に思考が止まりかける。

あの異常事態が自然現象だと思っていた訳じゃなかったが、まさか何者かによって人為的に引き起こされたというのか。

そして、彼女はそれを成した者に心当たりがあるというのか。

 

「あの地獄をうみだしたのは屍霊術師(ネクロマンサー)だ。死者の身体を……時に魂すらを弄び、自身の傀儡とする()()()()()()()()()()()()()たち――――」

 

「ネク……は?」

 

身構えていたこちらの意を介さずに蒲牢はあっけらかんと語った。

聞き馴染みのない単語に、思わず素っ頓狂な声をあげる。

 

「ちょっ、ちょっと待ってください。あんた何を言っているんだ。ネクロマンサー?いま、こんな時にそんな冗談を言うなんて」

 

困惑、怪訝、憤怒が混ざった心情のまま非難するように蒲牢を制止する。

しかし、その思惑が通じていないのか、通じてなお無視しているのか彼女は雰囲気を崩さず言葉を続ける。

 

「冗談じゃないさ、僕はいつだって大マジだぜ。それに証拠だってある」

 

「証拠……?」

 

「まず、階下の異形たち。先程も言ったように彼らは屍体だ。君だって理解できるだろう?人間の首を切断して、代わりにガチョウの首を縫い付ける。そんな改造を施されて生きていける者などいない――」

 

 それは、確かにそうだ。ガチョウ首の男は生物としてあまりにも異常である。

 それにも関わらず、ガチョウ首の男は――依然流動食を流し込みながら――何事もないかのように歩行している。

 

「そして彼女、僕の妻だが……白虎だって屍体さ。戦闘時は勿論、立って歩くことにさえ、僕の魔力と術による補助を多分に受けている」

 

 その言葉を受け、唖然としたまま白虎へ視線を向ける。

 彼女は相も変わらず眉ひとつ動かず、只管に無言を貫いている。

 

 思い返してみれば、会話をするのは常に蒲牢であり白虎は出会ってから一度も声を発していない。

 それは、他者によって死後も肉体を操られているだけの屍体であるからか。

 

「理解したかい?島を襲った狂気の裏には、ある屍霊術師(ネクロマンサー)がついている。そして、僕だって同類の屍霊術師(ネクロマンサー)……といっても、無差別に人を襲う連中と一緒くたにされるのは御免こうむるけどね」

 

 彼女の言葉に疑いの念は晴れないが、一旦受け入れる。

 葉射島は何者かにより襲撃を受け、その島民の死後に悍ましき屍霊術師によって支配された。

 

 しかし、その言葉を信じるとまた別の問題がわいてくる。

 

「……あなたの言葉が仮に事実として、その子を操っていると?花矢や父さんがそうだったように……?そんなの――」

 

 白虎を見据えて思う。許容できるわけが無い、と。

 あの様な地獄をみた直後で死や人の尊厳を踏みにじるような、あの所業が罷り通ることだけは看過できない。

 

「信じるかどうかは君の勝手だが――僕は白虎に生前、死後に操る許しを貰っていた。それでもなお、倫理と道徳の観点から僕を追及すると言うのなら非難も甘んじて受け入れよう。但し――」

 

 蒲牢は一拍だけおいて言葉を続ける。

 

「島を襲った災禍の主――彼を相手取るつもりなら、そんな倫理や道徳やら常識やらを抱えたままじゃあ、決して届かないとだけ忠告しておこう」

 

 蒲牢の意図がわからず困惑する。

 

「なにを言って……?」

 

「これからの話さ。君はこれから先、どう生きるつもりなのかな? 災禍で受けた心の傷を抱えたままひっそりと生きていく気か?それとも、島民の仇を討つために件の屍霊術師(ネクロマンサー)に復讐する気か?」

 

 そういう事か、彼女は覚悟を問いているのか。

 あの地獄を生み出した何者かに復讐するために、残りの人生を捧げる覚悟はあるのかと。

 

「だって、仮に復讐なんてする気がないのなら、災禍の主について知る意味がないだろう?寧ろこの手のケースは不用意にあれこれ知る方が危険なんだよ。僕としては君の意思を聞いておきたくてさ」

 

 当然やってやる――そう言葉を続けることは出来なかった。

 

 災禍の主を探しあて挑むというのなら、それはあの地獄に再び挑むことに他ならない。

 何も出来ず嗚咽をもらしながら逃げ出したあの地獄へ。

 

 そんなことを想像するだけで、もう一度あそこへ舞い戻ると考えるだけで、身体の底から際限なく恐怖が溢れてくる。

 足が竦み、指は地を這い、心は挫け、魂が屈服しそうになる。

 

 島が滅茶苦茶になってるなか一人気付けず、己だけ無様にも生き延び、死後を弄ばれる友人を介錯することさえ出来ず、(あまつさ)え安全が保証された場所から、蒲牢の倫理観を問う。

 

 自身の軟弱さと卑劣さに改めて吐気がする。

 自分に彼女を批難する資格などあるのだろうか。

 少なくとも彼女に救われなければ、今生き延びていることもなかったのだ。

 

 

「――()()()

 

 そこまで口にした瞬間、彼女は遮るように言葉を重ねる。

 

「まあ、何も今すぐ答えを聞かせてくれとは言わない。君にも考える時間が必要だろう。良ければ少し船内を見てまわないか?もし復讐に身を投じると決めたのなら、君が入っていく世界の一端がここにはあるから」

 

「入っていく世界……?」

 

「発展途上国だろうと先進国だろうと、社会の裏には闇取引や陰謀が常に渦巻いてきた。そこには屍霊術師(ネクロマンサー)だって例外じゃない」

 

 つまるところ、屍霊術師なんて生業は当然のことながら表の世界でやれるようなものじゃない。

 故に術師は裏社会にのさばり、非合法な仕事を請けもつことで生計を立てているのだろう。

 

 災禍の主――その屍霊術師を探すということは、裏社会に自ら首を突っ込むことに他ならない。そして時には、仇とは関係のない世界の裏社会において影響力をもつ術師らと敵対することもあるかもしれない。

 

屍霊術師(ネクロマンサー)を追うってことは、場合によっては各国の裏社会を引っ掻き回すことになる……と?」

 

「その通り。そしてここは、そんな掃き溜めのような世界の一端だ。諸々の選択はここを巡ってから決めても遅くはないだろう」

 

 悩みはしたが、結局は彼女の提案を受け入れ船内を見て回ることに同意した。

 少なくとも何処かの港につかない限り、この船から降りようがないのだから。

 

 

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