死屍累々   作:峠坂

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セレスト(2)

 

 

 大型船メアリー・セレスト号は幾つかの区画に分けられる。

 宿泊エリア、賭博エリア、飲食エリア――などニーズごとに多岐にわたるが、なかでも取り分け注目されるのは商業エリアらしい。

 

 世界各国から合法・非合法を問わず商品が集い、通常のルートでは入手が困難なものでもあっさりと手に入る。

 是が非でも欲するものがある顧客にとって、このエリアはまさに理想郷である。

 

「商業エリアと一言で言っても、実際にはそこから更に細かくジャンルが分かれていてね。宝石、稀覯本、文化財、美術品、医薬品など挙げたらキリがない。まあ、売っている商品の金額と希少さに目をつぶれば、日本の田舎によくあるようなショッピングモールと大差ないさ」

 

「いや、流石に比較にならないと思いますけど……」

 

 宿泊部屋や船上レストランで感じた以上の衝撃が商業エリアにあった。

 贅を尽くすなんて表現があるが、その言葉はこういう時の為にあったのだと確信する。

 

 柱やカーペット、照明器具にいたるまで、部屋中のあらゆるものが豪華絢爛に装飾されている。

 陳列されている品々も、自分なんかじゃどれだけ価値があるのか図ることなど出来ない珍妙なものも多い。

 

「……まあ、変わり種も多いとはいえ所持自体はなんら問題ないマトモな品が売られてるのはここまでだ。この先は、ほぼ全ての商品が多数の国々で規制されているエリアだ」

 

 腕時計エリアを抜けた先、床にひかれた黒線により明確に区分されている。

 しかし、今までの商業エリアと比較してもそれほど雰囲気が異なるようにはみえなかった。

 

 客層も従業員もいたって正常で、今までと変化がない。

 ひとつだけ気になる点としては、黒線以降のエリアでは殆どの店で大きなショーケース型冷凍庫が設置されていることだった。

 

 何かが冷凍されながら売られていることは分かっても、肝心の商品についてはイマイチわからない。

 

「……いったい何が売られてるんです?」

 

「幾つか非合法な商品を扱うエリアはあるが、ここいらに陳列されている主な商品は屍体(・・)だよ」

 

「――――は?」

 

 理解できずに思わず聞き返す。

 今宵、既に何度も聞いた単語にも関わらず、何度遭遇しても新鮮な驚きと嫌悪を与えてくれる単語である。

 

 ショーケース型冷蔵庫をよくよく観察してみると、なかには確かに人の頭がずらりと陳列されていた。

 ほかにも右手、左手、左足、右足、瞳、耳、陰嚢など、多種多様な人体の部位がバラバラの状態で販売されている。

 

「つまり、屍体の売買ということさ。まあ、一口に屍体といっても用途によって商品の種類は多岐に渡るがね。屍体本体がそのまま売られていることもあれば、中身の臓器を個別に売ってることもある」

 

「……内臓は臓器移植に使うとしても、何のために屍体なんて買おうとするんです?」

 

 内臓はまだ百歩譲って理解る。臓器移植に使用するというのが想像できる。

 しかし屍体は何のために買うというのか。

 他に想像できるのは屍霊術師が操る用であるが、それを口にするのは憚られた。

 

「用途によると、確かに言ったはずだよ。人肉食用の食材や家具の材料なんかにされるのは寧ろ優しいほうで、爆弾を括り付けて一時の戯れとして消費する。そんな使われ方も多い。買われた先で、どのように扱われるかは購入者次第さ」

 

 彼女が口にした需要の数々はこちらとしては余りにも理解し難いものだった。

 

「なんだそれ……? 頭おかしいんじゃないか……ッ!!」

 

 語られた内容に怒りと嫌悪が湧いてくる。

 それは死者の冒涜に他ならない。

 やりかたさえ違えど、花矢たちに対して行われた所業と何ら変わらない。

 

「その通りだ、頭がおかしい。狂気の沙汰だ。ここにいる連中も屍霊術師(ネクロマンサー)も、当たり前のように死者を冒涜し、その尊厳を破壊することを躊躇わない。無論、個々人で程度の差はあるがね」

 

 吐き気がするほどの嫌悪。狂っている、まったくもって理解できない。

 そんな様子が伝わったのか、蒲牢は少し考える素振りをして語りだす。

 

「しかしだ、君からしたら屍体売買なんて理解できないと思うかもしれないが、歴史を少し紐解けば人類は屍体を商品として取引してきた」

 

 まるで教鞭をとる教師のように、蒲牢はただただ客観的事実を述べる。

 その無感情さが返ってこちらの恐怖を煽る。

 

「理解り易い例としては、近代外科学の開祖と呼ばれ慕われるDr.(ドクター)ジョン・ハンター。彼は解剖手術の実験台として、金で雇った墓泥棒たちに死体を盗ってこさせていた。他にもアインシュタインの脳みそは、死後に本人の許可なく切り分けられ、世界中の研究者や好事家たちに研究材料兼コレクションとして蒐集された。エジプトのミイラたちはイギリス人により墓を暴かれ、その遺体は徹底的に破壊され絵の具の材料にされた」

 

 心が揺らぐ。依然、嫌悪は収まらない。

 しかし、挙げられた実例とこの船で行われている屍体売買、そこにどれだけ違いがあるのか。

 

 医学の発展に寄与したのなら正しいのか。それは当事者からすれば、ろくでもない詭弁じゃないのか。

 稀代の大天才として生まれたのなら研究対象となるのは当然なのか。それは当事者からすれば、尊厳の毀損ではないのか。

 墓を暴き遺体を損壊するのは価値ある芸術を生むために許容されるのか。それは当事者からすれば、ただの破壊と簒奪じゃないのか。

 

「分かるかい?いま挙げた実例は屍霊術師(ネクロマンサー)でも、裏社会で産まれ生きてきた生粋の悪党によって行われたものばかりじゃあない。ただの()()()()()()によって行われたのさ」

 

 何が言いたいのか、わからない。悪趣味極まりない。

 おまえが心底嫌悪した光景は、過去に幾度となく行われてきた所業がまた繰り返されているだけだと言いたいのか。

 おまえが心底愛し、そして奪われた日常と地続きの現実であるとでも言いたいのか。

 

「――なんでそんなことを俺に」

 

 何とか吐き気を耐えて問いかける。

 これが世界の裏側で行われている地獄だとして、それをまじまじと見せつけてくる――その意図が分からない。

 蒲牢は何事もないように、指を一本立てて口を開く。

 

「これは復讐者としてのレッスンワンだ。まずは、君がこちら側に来れるかどうか」

 

 告げられた言葉を受け、心底理解する。これは、先ほどの会話の続きなのだ。

 復讐者として生きていく気はあるのか――そんな問いの続きなのだ。

 

「つまり、もし戦うと決めて……、戦ったさきで俺が()()()()()()――――」

 

()()()()()()()()()()()()()()()ということさ」

 

 もし、復讐に身を投じてあちら側の世界に飛び込んだとして。

 道半ば何者かに()()()()()()に、死後自らが受けるかもしれない光景をありありと見せつけられている。

 

 滑稽に改造された悪趣味な屍体として、半永久的に弄ばれ続けるかもしれない。

 

 人肉愛好家たちの食欲を満たすために、全身の肉が加工と調理を施され、だれかの食卓に並ぶことがあるかもしれない。

 

 あるいは、ただの一時の暇潰しとしてダイナマイトか何かで発破され木っ端微塵に吹き飛ぶなんてことがあるかもしれない。

 

 蒲牢は、ただ淡々と可能性を見せているだけだ。

 死後に受けるかもしれない可能性の一端を。この世界のくそったれな部分の一端を。

 

「――()()()()()()()()()()()()?」

 

「それもあるが、それだけじゃない。世界の裏側にはこんな世界が広がっている。それを君は、思う存分直視して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「どういう……?こんな事態が当たり前だなんて思えるわけがない」

 

 不可解なことを言う。

 この地獄に慣れろというのか、仕方のない犠牲だったと許容しろとでもいうのか。

 

「そうかい?別に屍霊術師(ネクロマンサー)やら裏社会やら関係なしに、地獄なんて、この世界じゃあ全くもって珍しくもなんともない」

 

 奥歯が軋む音がする。

 蒲牢がこれから何を口走ろうとしているのかを察し、その苦味を堪える為に奥歯を噛みしめる。

 それ以上、口を開かないでくれと、縋り付いて懇願したくなる衝動を必死に抑える。

 

「君は世界のどこかで飢餓が起こっていることを知っている筈だ。毎日のように誰かが自殺していることを知っている筈だ。血で血を洗う戦争が起こっていることを知っている筈だ。殺人が、圧政が、簒奪が、暴力が、今日も世界のどこかで起こっていることを知っている筈だ。悍ましき人道危機が当然のように発生し、それらを当然のように()()()()()()()()

 

 当然、知っている。

 今日に限らず、過去もこれから先の未来も、同じように地獄が繰り広げられている。

直視し難い現実を見て見ぬふりして生きてきたのも事実だ。

 

「ニュースをみて、同情することはあったかもしれない。悲しむこともあったかもしれない。憤ることもあったかもしれない。悼むこともあったかもしれない。だけど、それまでだ」

 

 確かに、そうだった。

 蒲牢の言うことは何から何までその通りだった。

だがそれでも、傍観者でしかない自身が紛糾される筋合いはない筈だ。

 

 人間なんてものはちっぽけなもので、多くの人間は自身の周囲で既に手一杯。

 他人が苦しんでいたとしても、それを救うために行動できる者などいない。

 そのことで、責められる謂れなんてない。

 

 そう確信していても、心のどこかで不可思議な痛みが湧き上がってくるのも事実だ。

 現代を生きる人類に普遍的に存在するであろう心理的瑕疵を無遠慮に撫でられるような感覚――ようやく、無視してきたことへの罪悪感を実感する。

 

 こちらの様子を察したのか、蒲牢は弁明するように両手をあげる。

 

「勘違いしないで欲しいんだが、別に僕は君を責めているわけじゃあない。世界のどこかで起こった不幸を無視してきたように、これからも無視を続ければいい。この船に居るような滑稽に改造された屍体達を、売られていく屍体達を無視し続ければいい。これは、寧ろ忠告さ。なぜなら――」

 

 一拍おいて、蒲牢は続ける。その双眸はどこか悲壮感があった。

 

「もしもの君が歩む復讐の道は――こんな事態がごろごろと転がっている。ひとつひとつに心を痛め、死力を尽くして解決に尽力していたら、君は災禍の主に出会う事すらなく――道半ばで力尽きるだろう。さっきも言った通り、ここは世界の一端に過ぎない。ここが格別に狂っている訳じゃなくて、世界の何処もかしこもここと似たり寄ったりなのさ」

 

 彼女の言う言葉はきっと正しい。

 この船で見聞きしたことだけでもその証拠になる。

 

 滑稽な屍体も、売買される屍体も、何もかもがこの船にはありふれている。

 この狂気の惨状は、何もこの船だけのものではないのだろう。

 

 世界のクソッタレな部分の一端がこの船にあるだけで、今も世界のどこかで当たり前の

ように似たようなことが行われているのだろう。

 

 地獄の螺旋。繰り返される災厄。終わっても直ぐに始まる災禍。

 それらを無視して、許容して、諦めて、自分の仇にだけ向かって真っ直ぐに進まない人間が、この世界で何かを成すことが出来るのだろうか。

 

「君は自分の死後と他人の死後。その両方を諦めなければならない。それができないのなら、復讐者なんてやめておけ」

 

 蒲牢が突きつけた無情な現実は、とてもシンプルなものだった。

 

 自身が死後にどう扱われようが諦めてしまえ。

 誰かが死後にどう扱われようが諦めてしまえ。

 それができないのなら、復讐することを諦めろ。

 

 臓腑の奥底から沸々とこみ上げてくる吐気を堪えられず、逃げるようにその場を後にした。

 

 

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